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チビ、メガネ、英語が下手…アメリカでアジア系が犯罪の標的になってしまう「不都合な真実」

プレジデントオンライン / 2022年3月3日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

アメリカではコロナ禍以降、アジア系住民を狙った犯罪が増えている。上智大学の前嶋和弘教授は「以前からあった差別意識が表面化した形だ。アメリカではヘイトクライムの取り締まりには地域性があり、消えるには時間がかかるだろう」という――。

■コロナ禍で表面化したアジア系住民へのヘイトクライム

アメリカの主要都市で、アジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が急激に増えつつある。

ヘイトクライムとは人種、肌の色、宗教、出身国、性、障害など、特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や憎悪に基づく、嫌がらせ、脅迫、暴行、殺人などの犯罪の総称である。ヘイトクライムの場合、犯罪の犠牲となったのがたとえ一人であっても特定の属性のグループ全体に対する憎しみがその根幹にあるため、犯罪の衝撃は極めて大きい。地域社会だけでなく、時には国全体に影響を及ぼす。

人権意識の高まりもあって、アメリカでは社会に「ヘイトクライム」の概念が定着した1980年代から次第に罰則強化に向かっていった。州によって異なるが、ヘイトクライムが認定された場合、社会的な影響に合わせ、通常の犯罪による刑罰より厳しい罰則が加重適用になる。

例えば、禁固1年半程度の罪状の場合、ヘイトクライムが認定された場合、2年から3年半程度に重くなるのが一般的である。

■トランプ大統領時代から増加傾向に

アメリカではトランプ前大統領が当選した2016年大統領選挙の前後から社会の分断が顕著になり、ヘイトクライムとみられる犯罪の増加が頻繁に報じられるようになった。

ただ、ここ数年のアジア系の犯罪はかなり執拗(しつよう)かつ悪質なものばかりである。歩いている老人に急に襲い掛かり、何度も殴ったり蹴ったりするケースも頻繁にある。

これは何といっても、新型コロナウイルスが中国・武漢市が発生の起源とされていることが大きい。多くのアメリカ人にとって、アメリカで生まれ育った中国系や韓国系、日系と、中国本土からの人物を見た目で区別することは極めて難しい。「同じアジア人」という感覚だ。

■依然として存在するアジア系への偏見

アジア系はアメリカの歴史の中で「遅れてきた移民」である。19世紀半ばからまず中国系の移民が金採掘や大陸横断鉄道の建設要員として流入し、その後に日系人が入っていく。ただ、遅れてきた移民であるため、ハワイ州の他、カリフォルニア州などの西海岸中心に居住した。

白人社会から見れば、アジア系には特定の「永遠に異質な(forever foreign)」ステレオタイプがある。背が低い、メガネ、従順、集団主義、英語が下手、米、魚中心の食事などである。現在なら、ここに車の運転が下手、技術者、医学者、バイオリン演奏家なども加わる。

多くが思い込みにすぎないはずだが、それでも見た目の違いは大きく、中国系や日系に対して19世紀後半から20世紀には排斥運動が起こる。真珠湾攻撃が起こると、「日系人はスパイとなる可能性がある」として、アメリカ本土に住む約12万人の日系人全員に対して、強制収容が行われた。

もちろん、このような負の歴史は過去のものである。ただ、いまだにアジア系を「異質だ」とする偏見は完全には払底されていない。

■新型コロナウイルスで一気に火が付いた

その偏見はちょっとしたことで一気に表面化する。それがコロナ禍の衝撃である。

カリフォルニア州立大学サンバナディーノ校の「憎悪と過激主義研究センター」は、2月初め、アメリカの主要14都市でのアジア系住民に対するヘイトクライムのデータを明らかにした。それによると、2021年のヘイトクライムは前年比で約3倍以上(339%増)になっている。この数字はまだ予備的分析だが、少なくとも前年よりは大きく増えているのは確かだろう。

コロナ感染が広がったのはアメリカでは2020年3月である。このセンターによると、ヘイトクライムの上昇はコロナ感染が一気に広がった2020年3月と4月に急増した。

暗いオフィスでFBIのジャンパーを着たベテランが写真を見つめている
写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

■アジア系の被害が増加していることを示すFBIのデータ

都市部だけでなく、全米規模でもアジア系に対するヘイトクライムは上昇しているのは間違いない。

司法省傘下のFBI(連邦捜査局)の統計データは2020年が最新だ。

全米規模ではアジア系に対する同年のヘイトクライムは全米で279件。2019年からは77%増加している。

この数字の増加がいかに深刻かは、他の人種に対するヘイトクライムと比べると明らかである。黒人2871件(2019年から49%増)、白人869件(同30%増。*ユダヤ系などが含まれる)、ヒスパニック(517件、2%減)とアジア系の増加率が目立っている。

■「公式データ」に表れないヘイトクライムの数字

ただ、都市に比べて、アジア系が比較的少ない南部や中西部の場合、「政府の公式データ」が実際のヘイトクライムの数字を拾い切っていないという根強い問題がある。

その背景にあるのが「ヘイト」に対する意識のアメリカの地域差だ。

そもそも、この情報化時代の中、FBIのものはなぜ「最新」が2年前なのか。南部や中西部などの法執行機関(州、郡、市など)がデータ提供に積極的でないのがその理由だ。

FBIからの再三の要請があっても協力的ではなく、その結果、FBIが前年の数値を発表できるのは、例年ようやく秋から冬となる。

■FBIの数字は全くあてにならない

実のところ、ここで論じた数字そのものの増減すら、あてにならない。

アメリカには2020年の段階で法執行機関(州、郡、市の警察)は計1万8625カ所存在する。その中でのヘイトクライムの情報をFBIに提供したのは1万5138カ所であり、8割程度しかない。

面倒がってデータを提供していない警察機関も少なくないのだ。「政府の公式データ」があてにならないのが現状である。

さらに問題なのが、数字ですくい上げられていないヘイトも数多いとみられることだ。

ヘイトクライムは「社会構築」されるものである。「何がヘイトか」という認識が重要で、憎悪をどう実証するのかという点にある。決め手になるのが犯罪者の「心の問題」である分だけ、「嫌がらせ」にどれだけ悪意があるかは決める法執行機関が決めなければならない。

■人種差別のひどい地域ほど、差別行為が事件にならない

その「ヘイト」に対する意識は、アメリカの場合、地域差がある。

政治文化の差もあって、「ヘイトに敏感」といえる都市部のヘイトクライムが多く認定されるのに対して、「ヘイトに鈍感」ともいえる南部や中西部諸州のヘイトクライムの数は極めて少ない。

アジア系の場合、比較的都市に集中しているため、南部や中西部の中でも田舎の場合、そもそもアジア系の数が少ないだけでなく、アジア系へのヘイトクライムが認定されずにデータとしてすくい上げられないケースも多々ある。

FBIの2020年のデータによると、ヘイトクライムの総数は8263件で、カリフォルニア州(人口約3950万人)が1339件、ワシントン州(同760万人)が451件、ニューヨーク州(同1940万人)が463件あるのに対して、南部のアラバマ州(同490万人)は27件、アーカンソー州(同300万人)が19件、中西部のワイオミング州(同57万人)が18件だった。人口の差もあるが、あまりにも差が大きい。

地図上のアラバマの文字に赤い丸
写真=iStock.com/TARIK KIZILKAYA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TARIK KIZILKAYA

このうち、アラバマ州のヘイトクライムは2019年には何とゼロだ。同州は全米の中でも人種差別の度合いが最も悪質な場所の一つである。1960年代、キング牧師が人種差別を摘発していく公民権運動の拠点として選んだのが、同州のバーミングハム市だったのは皮肉といえよう。

このように「政府の公式データ」があてにならない中、カリフォルニア州立大学サンバナディーノ校の「憎悪と過激主義研究センター」はアジア系が集中する都市に絞って、速報的に毎年初めに昨年分を公開している。

その速さやFBIデータの不十分さもあって、このセンターのデータについてのニーズは高く、アメリカのメディアが頻繁に引用するようになっている。

■FBIがたるんでいるわけではない

このような犯罪摘発の地域差はなぜ起こるのだろうか。それは犯罪の摘発についてもアメリカが中央政府(連邦政府)と州政府がすみわける連邦主義をとっていることに起因する。

刑事事件となる犯罪の大多数は州法の違反に対して州(そして州の下にある市や郡)が摘発し、起訴していくものである。殺人、強盗、放火、窃盗、暴行、破壊行為など、思い浮かぶ犯罪のほとんどは、州法に対する違反である。

連邦政府が摘発するのは、犯罪行為が州を跨いで行われる犯罪や連邦税詐欺、郵便詐欺などに限られる。

ヘイトクライムのほとんどは警察権がある州単位で対応することになっている。FBIがたるんでいるわけではなく、この犯罪摘発の構造があるため、どうしようもない部分がある。

■ヘイトクライムが消えるには時間がかかる

アジア系へのヘイトクライム対策として日本でも話題となった2021年5月に成立した「新型コロナ・ヘイトクライム法(the COVID-19 Hate Crimes Act)」では、コロナウイルス感染が広がる中でのヘイトクライムを調査する担当者を司法省に置くことや、新型コロナに関する差別的な表現を防ぐ指針の策定、警察など法執行機関への研修助成金などが盛り込まれている。

ただ、この内容から想像できるように、ヘイトクライムを抜本的に取り締まる法律ではなく、ヘイトクライムの未然防止や州の摘発を促進する内容でしかない。

反ヘイトの動きは全米で進みつつある。そもそもこの状況を改善させようという人々の大きな願いがあるためだ。アジア系に対するヘイトクラムがこれだけ問題となり、連日のように報じられるようになっている。教育での反差別の仕組み作りも広範である。

ただ、アメリカは地域差を含めて多様だ。ただ、多様である分だけ、ヘイトの対応も遅くなる。残念ながら、この状況は当面、変わりそうになく、アジア系に対するヘイトクライムが消えるには時間がかかる。

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前嶋 和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授、学部長
上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。文教大学准教授などを歴任。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)など。

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(上智大学総合グローバル学部教授、学部長 前嶋 和弘)

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