元凶は「発泡酒、第3のビール、飲み放題」…日本人がビールを飲まなくなった3つの理由
プレジデントオンライン / 2022年3月2日 17時15分
■30年前から「ビール離れ」は運命づけられていた
「我が世の春」
と有頂天となっている時に滅びの種が蒔かれはじめるものです。ビールの巨大工場が閉鎖されるニュースが話題になっていますが、ビール各社にとっては1990年代前半、ひとりあたり酒類消費量が最高潮だったときに「3つの滅びの種」が誕生しました。
ビール類市場は2021年まで17年連続で縮小しています。日本人が浴びるほどアルコールを飲んでいた狂乱の1990年代と比べれば近年のひとりあたり消費量は8割まで減りました。ビール各社のこれからの戦略はどうあるべきなのでしょうか?
若者のビール離れが言われるようになって久しいですが、因果関係を考えると逆でしょう。若者がビールから離れるようにメーカーが仕向けた。悪いのは若者ではなくメーカーだという説です。はっきりと言えばビールメーカーが「まずいビール」と「高いビール」に力を入れはじめたときから、今日のビール離れは運命づけられていたのでしょう。
この話をすると経済評論家としては仕事が減ってしまうかもしれませんが、こういうことははっきりと言っておいたほうがいいでしょう。まずいビールとは酒税法上はビールではないビール類のこと。つまり新ジャンルと呼ばれる酒税の安いビールのことで、1990年代を境に若者は主にこのまずいビール類を飲む運命になりました。理由はビール会社がそのように戦略を定めたからです。
■発泡酒出現のタイミングで、酒類の消費量は減っていた
バブルが崩壊した1990年代前半に酒類販売免許制度が緩和されてディスカウントストアでビールを扱えるようになったことがきっかけで、ビール各社が酒税の安い発泡酒に力を入れるようになりました。
実はこの当時、海外の有名ブランドのビールが日本の酒税法上は発泡酒になることがビール各社の間で話題になっていました。そのブランドはビールではないとブランドイメージが悪くなるということで、成分的には発泡酒でもあえてビールの酒税を収めて国内で販売していたのです。が、逆に言えば発泡酒でも十分においしいビールを作ることができるということでした。
そんなことからビール各社が発泡酒に力を入れはじめたことで1990年代中盤に発泡酒ブームが起きます。後から歴史を振り返れば、日本人のひとりあたり酒類消費量のトレンドが変化して、需要ががくんと減ったのはこの発泡酒出現のタイミングでした。90年代前半の消費量を100とすれば90年代後半の消費量は95に下がったのです。
■第3のビールが出現した頃から、ビール類市場の減少が始まった
2003年には発泡酒はビールとほぼ同じ市場規模に成長するのですが、その傾向が良くないと考えた政府によってこの年、酒税法が改正されて発泡酒の価格が大幅に上がります。この年を境に発泡酒市場は縮小し、代わりに改正された酒税でも価格が安い第3のビールと呼ばれる新ジャンルに、安いビール類の主役が代わります。この第3のビールがまずかった。
実は日本人が本格的にお酒を飲まなくなるのは、この第3のビールが出現した2003年からです。ひとりあたりアルコール消費量は90年代前半を100とした場合にさらにがくんと90を切るように大幅に減り、そこから毎年のようにずるずるとビール類市場の減少が始まります。
要するに、新ジャンルはビールに口当たりは似ていますがビールよりも明確にまずい。物資が不足した戦時中にビール各社はサツマイモからビールが作れないかを研究したそうですが、やっていることは同じで安い代用品を現代の技術で再現しただけ。そしてまだ経済的に余裕のない若者が成人して居酒屋で最初に味わうのはこの「まずいビール」ですから、若者のビール離れはビール会社にその責任があるわけです。
■富裕層は「うまいビール」若者は「まずいビール」
さて皮肉な話ですがこの1990年代から日本中でもうひとつ、うまいビールブームが起きます。きっけかは漫画『美味しんぼ』のヒットです。美味しんぼの影響で、美食家から見て本当においしいのはビール純粋法の下で作られたドイツのビールであり、それと同じルールで作られているのは日本ではエビスビールしかないという新しい常識が誕生したのです。
それを受けてビール界では高いビールが誕生します。プレミアムモルツのヒットを皮切りにビール各社がプレミアムビール市場を作り上げます。時を同じくしてマイクロブリュワリーが認可されるようになり、地ビール市場もひろがりました。今ではクラフトビールなど高くておいしいビールが多種多様な形で手に入るようになりました。
それ自体はビール市場にとって良い動きだったのですが、1980年代のように老若男女平等に同じうまいビールを片手に居酒屋で「うぇい」とお酒を飲む時代とは異なり、高いビールを飲む所得階層が誕生しました。富裕層はおいしいビールを飲み、下流層の若者は高いビールが飲めない時代に突入したのです。
■3つめの滅びの種は「飲み放題」の誕生
さて2000年代、日本経済は長期のデフレ経済に突入します。この時代に消費者のハートを射抜いた酒類業界の戦略が、3つめの滅びの種である「飲み放題」でした。
飲み放題というのは1980年代にも存在しましたが、今のようにどの居酒屋でもデフォルトで存在するようなサービスではなく、ごく一部のお店でしか存在しないサービスでした。それが急速に広まった結果生まれたのが泥酔文化です。
今の若いビジネスパーソンにこんな話をしてもぴんと来ないかもしれませんが、1980年代のビジネスの場では飲み会が4次会まであるのがある意味あたりまえでした。具体的にはお客さんとの会食が設定されたとします。それがお開きになると当然のように同じお客さんと2次会に行くのです。銀座のクラブはこうした2次会需要で大賑わいでした。
■1次会の「たった2時間」でみんなベロベロになる
そうやって2次会を終えてお客さんにお土産をもたせてタクシーに乗せたら、内輪で反省会を開きます。これが3次会。上司からいろいろとお叱りを頂戴して3次会が終わり、上司がタクシーで帰ると、
「やってらんねえよなあ」
と言う先輩に誘われてしめのラーメンと一緒にビールを1杯。この4次会が午前3時頃でお開きになって、また翌日、新しい営業活動が始まる。これがひとりあたりの酒類消費量が多かった時代のビジネスパーソンの1日でした。
昭和の時代には1次会で完全に酔っぱらうのは学生ぐらいで、社会人は1次会では正気を保つ義務がありました。この文化を壊して泥酔文化を誕生させたのが飲み放題です。以後、1次会の2時間で参加者は完全に酔っぱらうようになり、かつ、接待も飲み会も1次会で終了するのが日本の新しい文化になってしまいました。
このように歴史をひもとけば、若者のビール離れが起きているのではなくて、ビール会社が売上を伸ばすために導入した3つの戦略によって、若者がビールを飲まなくなったという論理が正しいことがわかるでしょう。ビール工場が閉鎖されて怒っている従業員は、世の中ではなく30年前の経営陣を怒るべきです。自ら蒔いた滅びの種が今、ブーメランで戻ってきているのですから。
■RTD市場流行の背景にも「飲み放題」がある
さて、このようなブーメランによる逆風の中、それでもビール各社は成長戦略を描かなければなりません。今、成長している国内市場はふたつあります。RTD(Ready to Drink)市場とノンアル市場です。
RTDとはその名のとおり、缶をあけたらすぐ飲める飲料のことで、成長の主力は缶チューハイと缶カクテル、缶ハイボールです。RTD市場が若者の間で堅調に拡大している背景には、先ほどお話しした飲み放題があります。
最近の飲食店のメニューでは飲み放題は2種類あるのが普通です。それは飲み放題とプレミアム飲み放題で、わかりやすくいえば飲み放題のメニューでは新ジャンルビールと安いお酒、プレミアム飲み放題ではビールと高いお酒が選べます。
若者が居酒屋で楽しむ場合は当然、価格の安い飲み放題の方を選ぶので、そこで一番飲まれるお酒は新ジャンルビールではなくハイボールだったりチューハイだったりするものです。実際、私が若い世代の飲み会に参加すると、お酒が好きな人は飲み放題でビールが選べないとわかると1杯目からビール類ではないお酒を迷わず選ぶ傾向にあります。
こうして「お酒といえばビールではないもの」という習慣で育った若者は、コンビニで自宅で飲むアルコールを買う際にも220円のビールではなく155円のストロングチューハイを選びます。
■「ノンアル市場の拡大」は、飲めない消費者に良いトレンド
ちなみにRTDについて低アルコール化のトレンドがあるというニュースを見ますが、販売量を見る限りは今でも主力はアルコール分7%以上のストロング系であることは間違いありません。要するに1缶で十分に酔えるという点が若者のニーズに合致しているわけです。
もうひとつのトレンドであるノンアル市場の拡大は、お酒を飲めない消費者にとっての新しくて良いトレンドです。
日本人には一定数、アルコールが飲めない人がいて、そのひとたちにとって飲み会は居心地の悪いものです。これまでは盛り上がる居酒屋の中で選択肢はウーロン茶と緑茶の2択しかなかったものですから、それで2時間の時間をつぶすのは容易なことではありませんでした。
そこに登場したのがノンアルコールビールであり、ノンアルコールカクテルやノンアルコールチューハイです。味わいにバラエティがあるうえに、オーダー毎に違ったものを楽しむことができるため、ノンアル体質の人にとっても飲み会に参加しやすい環境が整ったのです。
■ビールの反撃は2026年から始まる
さて、30年前に当時のビール業界の偉い人たちが蒔いた3つの滅びの種ですが、5年後にはようやく滅びのトレンドが止まりそうです。2026年に酒税法が改正されて、30年かけて形成された業界のゆがみが消滅するからです。
この年、ビール、発泡酒、新ジャンルの酒税がようやく一本化されます。ビールの酒税が下がり、発泡酒、新ジャンルが上がるのです。同時にチューハイやワインも新ジャンルほどではありませんが、酒税が上がります。
ざっくりいえば今、350ml缶だとビールはチューハイよりも42円酒税が高いのですが、その差が2026年には20円弱になるのです。コンビニでは缶ビールが198円、ストロング缶が162円となり両者はあまり価格が変わらなくなります。当然ですが飲食店でもビールとチューハイ、ハイボールはそれほど価格が変わらないメニューに変わることになるでしょう。
若者がビールのおいしさに気づくのはこの年からではないでしょうか。2026年、30代上司が、
「おい、ビールなんてまずいものよく飲めるな?」
と新入社員をからかうと、
「でも先輩、ビールって超やばくないですか?」
と答える日が、必ずやってくる。ビールの反撃はこの2026年から。今のうちに工場建て始めたらどうでしょう?
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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