フリーWi-Fi感覚で「フリー筋トレマシン」を探す…陸上自衛官たちの"知られざる筋トレ事情"
プレジデントオンライン / 2022年3月7日 12時15分
※本稿は、ぱやぱやくん(著)・原田みどり(イラスト)『陸上自衛隊ますらお日記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■定年退官するまでトレーニングは不可欠
さて、ここからは実際の「ますらお(※)育成訓練」の実態について見ていきましょう。正直キツそうだったり、想像がつかなかったりする部分もあるかもしれませんが、それを指導しているのも、しごかれているのも、皆さんと同じ人間です。一見すると遠い世界の出来事でも、中の人達に思いを馳せてみていただければと思います。
※ここでは「陸上自衛官=ますらお」とする。
皆さんも予想がついていると思いますが、自衛官はとにかく体力が必要です。どんなに知力が高くても、どんなに優しくても、体力がないあまり力尽きて倒れてしまえば役に立ちません。ですから、新隊員から定年退官するまでトレーニングは不可欠です。幹部候補生学校などでは、休み時間が10分でも一畳分のスペースさえあれば、せっせと腕立て伏せを始める学生も普通にいます。
一方で、実は入隊試験には体力テストがないので、入隊時には「箸よりも重いものを持ったことないです」という人でもまったく問題ありません。募集担当官から「体力はなくても大丈夫だよ」と言われることはよくありますが、それも事実なのです。ただ、これは「入隊時は必要ない」だけの話であり、入隊後はかなり求められます。つまり、もやしっ子でも入隊は可能ですが、入隊後には「強いもやし」になるように訓練をされていくのです。
なお、ガリガリのもやしだと思って舐めてかかった同期が、実はボクシングフライ級の国体選手や全国高校駅伝の選手だったという「SSRもやし」の隊員も一人ぐらいは存在します。人は見た目で判断してはいけませんよ。
■ベテラン軍曹「これがマッスルスパイラルだ‼」
では、体力はどのくらいあればいいかといえば、「あればあるほどいい」としか言えません。ますらおは、厳しい訓練をこなしていくために、トレーニングそのものが仕事になります。年齢に関係なく、暇さえあれば腕立て伏せ、駆け足、懸垂をするなどの習慣が身についていきます。
私が在籍していた部隊のベテラン陸曹は、若手隊員を集めて懸垂をしながら「筋肉がつくと自信がつく。自信がつくと部下がついてくる。部下がついてくると部隊が強くなる。部隊が強いと国民が安心する。これがマッスルスパイラルだ‼」と言って、若者達に生き様を示していました。「マッスルスパイラル」、『キン肉マン』の技みたいで素晴らしいですね。
■実はゴリゴリのマッチョにはなれない自衛隊
「陸上自衛官になるとマッチョになれる」というわけでもありません。大体のますらおは、ボディビルダーではなくボクサーのような締まった体になります。持久走や武装障害走(※)など持久力を重視したトレーニングが多く、バーベルを持ち上げるような訓練は基本的にしないからです。任務では瞬発的なパワーより、粘り強さを求められるので、こういった訓練がメインになっています(ミニ四駆でたとえるなら、「ハイパーダッシュモーター」のような直線での速さではなく「トルクチューンモーター」のような坂道でも負けない粘り強さが必要といえるでしょう)。そういった理由から体力はつきますが、極度な筋肥大はしないので細マッチョぐらいに落ち着きます。
(※)武装障害走:ヘルメット、防弾チョッキ、ブーツ、小銃などのフル装備でアスレチックコースを走る訓練。心臓が破裂しそうになり、終わった後に嘔吐(おうと)することも珍しくない。なお、色々な駐屯地が「ウチの武装障害走コースが一番キツい」と主張するので「日本一うまいラーメン屋」状態になっている。ちなみに幹部候補生学校の武装障害走コースは「世界で二番目、アジアで一番キツい」という。米軍に忖度(そんたく)して、あえて世界で二番目と主張をしているらしい。
補足しておくと、当然ながら強烈なマッチョを目指す人間もいます。彼らは有料のジムに通ったり、高いプロテインをガバガバ飲んだりする筋肉重課金勢です。そのため、駐屯地の売店に行くと、ヤマザキストアなのに外国のプロテインが売られているという尖った現象が発生します。
いずれにしても「ますらお」には、いつでもどこでも腕立て伏せや駆け足をするぐらいの心構えが必要といえます。マッチョになる必要はありませんが、体力や根性はあればあるほどいいのですから。
■課業終了後には「良い筋トレマシン」の争奪戦が起きる
ますらお達は、プライベートでもトレーニングを行います。もちろん個人差がありますが、プライベートでも鍛えれば鍛えるほどますらおといえるでしょう。
大抵の駐屯地には筋トレ場があり、好きなときに体を鍛えることができるので、筋トレ好きなますらおは課業終了後に早歩きで直行します。なぜ急ぐかというと、「良い筋トレマシン」は他の中隊の筋トレマニアに先を越されて使用されてしまうので、できる限り早く到着する必要があるからです。
放課後に小学生達が公園の人気遊具を争い、他校の小学生と熱いバトルを繰り広げるように、筋トレマニア達も我先にと向かうのです。この戦いに負けると、グラウンドの片隅に置いてある錆びたバーベルで体を鍛えるしかありません(そうしたアイテムは、公園の地中に埋まっているタイヤと同じぐらい人気がありません)。
■フリーWi-Fi感覚で「フリー筋トレマシン」を探しがち
「駐屯地のトレーニング機材じゃ足りない!」という部隊は、訓練費や有志のカンパ等で最新式の筋トレマシンを購入して中隊の中央廊下あたりに置くこともあります。しかし、こうするとどこからともなく他部隊のますらおがやってきて、勝手に鼻息荒くデッドリフトしている場合があります。これは飼いネコのためにエサを準備したのに、知らない野良ネコがそのエサを食べていることと同じぐらい由々しき事態です。このような事態を防ぐために、「このウェイトマシンは他部隊の使用を禁ずる」等の注意書きが書かれている場合があります。
しかし、その隣にあるランニングマシンは業務隊のお金で買ったから誰でも使っていい、などと見えないテリトリーが発生していることもあります。そのため、筋トレ好きな隊員は、フリーWi-Fiを探す感覚で、使用できる「フリー筋トレマシン」を細かくチェックしがちです(マッチョの世界には特有の細かさがあるんですね)。
なお、重量トレーニングを行うとき、最後の1回で「ウワーーーー‼」や「うおおおお‼」と絶叫する人達がいます。この声出しは自らを追い込むために必要ですが、「うるさいからやめろ!」と怒られることが多いので、グラウンドの端っこに放置されたバーベルで「おおおお!!!」とやることになります。グラウンドの端っこのほうで聞こえる断末魔は、ますらお達の魂の叫びなのです。
■勝手にトレーニングを始める「野良マッチョ」たち
また、例外的ですが、オリンピック選手を育成する「自衛隊体育学校」にはゴールドジムにもない最新の機材があるので、それを聞きつけた野良マッチョ達がどうにかしてそれらを使おうと試みることがあります。しかし、基本的にはオリンピック候補選手達が使用するためのものなので、野良トレーニングしていることがバレるとゴリラみたいな体育教官にたっぷり可愛がられてしまいます。マッチョの敵はマッチョですね。
陸上自衛隊には「マッチョ系のますらお」ばかりではなく、延々と走っている「ランナー系のますらお」もたくさんいます。彼らは「走ると脳内麻薬が出て気持ちが良い」ということに気づいたランニングジャンキーです。無駄な肉が削げ落ち、骨と筋(すじ)しかないように見えますが、めちゃくちゃ体力があります。彼らは雨の日も雪の日も関係なく、いつも駐屯地を水族館のマグロのようにグルグルと走っています。中には、駐屯地内でハーフマラソンのタイムトライアルをしている強者もいます。
駐屯地内が真っ暗になっても彼らはストイックにグルグルと走り続け、暗闇から汗だくになってすごいスピードで現れます。そのため、夜の駐屯地でふいに彼らに出くわすと、野生動物に遭遇したときのような恐怖感を覚えることがあります。まったく怖い話ですね。
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防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に幹部自衛官として勤務をしていたが、退職後にのら犬になった男。文章を書く事が好き。「意識低い系」で、自分が主役になるのが嫌い。ミリタリーよりも可愛いものが好き。名前の由来は、幹部候補生学校で教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。
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絵本作家
多摩美術大学美術学部芸術学科卒。ポケモン関連商品デザインに関わり、ゲーム、カード、映画などのイラストやデザインなどを手がける。2014年よりドイツに移住。ヨーロッパのイベントに多数参加。2016年、河野克俊統合幕僚長(当時)ドイツ訪問に際し作品贈呈。2017年、『ふわふわのくま なつかしいドイツの街・ツェレで遊ぶ』(朝日新聞出版)刊行。Twitterにて、ふわふわのくまbot(@fuwafuwanokuma)運営中。
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(元陸上自衛官 ぱやぱやくん、絵本作家 原田 みどり)
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