「20年落ちのボルボを修理しながら乗る」アメリカの本物の富裕層が驚くほど質素に暮らすワケ
プレジデントオンライン / 2022年3月4日 12時15分
※本稿は、渡辺由佳里『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。
■初めてアメリカの富豪に出会ったあるパーティ
経済格差社会のアメリカには富豪も多い。2021年10月現在、ビリオネアの数は724人で世界1位だということだ。
映画で描かれるアメリカの富豪のイメージは、高級ブランドで身を包み、世界中にいくつも持っている大邸宅の間を自家用飛行機で行き来し、ミシュラン星2つ以上のレストランで毎日食事……といったものだろう。
私が1980年代に初めて出会ったアメリカのお金持ちがまさにそんな感じだった。それまでお金持ちに触れる機会がなかったので、動物園に初めて行ったときのように物珍しくて興奮したのを覚えている。
現在の夫であるデイヴィッドと付き合いはじめて1年ほど経った1988年末、ニューヨーク市近郊に住む彼の両親を初めて訪問することになった。一足先に自宅に戻っていた彼から「大晦日に弟夫婦の友人のレオのパーティに招待されているので、ドレスを持ってきて」と言われた。適当に選ぶつもりでいたら、彼のお母さんから「着物を持っているのなら、そちらにしたほうがいい」という助言があった。
■招待客は値踏みするような視線を向けてきた
パーティのホストであるレオは私より年下の25歳だから私が持っているドレスで十分だと思っていたのだけれど、ボーイフレンドの母親の意見は重視したほうがいい。そこで、叔母から着物を借りてアメリカに飛んだ。
大晦日の夜、慣れない着物をなんとか着付けてデイヴィッドと一緒に車で友人宅に向かった。公道からレオの家の門に入ったのだが、それらしい建物が見えない。門から500メートルほど車を走らせて、ようやくお屋敷が見えてきた。敷地の中には公式の試合に使えそうな立派なテニスコートもある。
パーティに招待された客のほとんどはレオの私立学校の同窓生なので私より年下だ。知らない人ばかりだから聞き役に徹していると、女の子たちはお互いのドレスやネックレスの話ばかりしている。どうやら彼女たちが着ているのはシャネルなどの高級ブランドのドレスらしい。
黒いベルベットのドレスを着た女性は、「私、ヴァレンティノのヴィンテージドレスが欲しくて相当探し回ったのよ。それに合うパールのネックレスを見つけるのも苦労したわ」と言い、値踏みするような視線で私を眺めた。
■「ピカソみたいな絵ですね」「ピカソですよ」
レオと婚約したばかりの美しい女性は、彼からのプレゼントだと言ってパールが三重になったチョーカーを友人にみせびらかしていた。一粒が10ミリあるのではないかと思うほど大粒だ。「日本人ならミキモト真珠が簡単に買えるんでしょう? あなたもデイヴィッドに買ってもらったら?」などととんでもないことを言う。
安売りのポリエステルのドレスとフェイクのパールネックレスでパーティに来るつもりだった私は、「着物にしなさい」と言ってくれたデイヴィッドの母親に心の中で感謝した。着物の値段は彼らにはわからないし、ジュエリーを着ける必要もないからだ。
話があわないので、トイレに立つふりをしてその場を離れて家の中を散策した。散策できるくらい大きな家なのだ。その途中、どこかで見たような絵がいくつか壁にかかっているのを見つけた。
それまでの私の人生では、こういう場合はたいてい美術館で売っているポスターだ。だが、目の前にある絵はちょっと違う。「プリントじゃなくて、本物の油絵だわ……」とじっと見つめていたら、見知らぬ若い男性が「この絵、好きですか?」と声をかけてきた。パーティの参加者なのだろう。
「これ、ピカソみたいな絵ですね」と言うと、彼は微笑んで「ピカソですよ」と言う。「じゃあ、こっちの版画は? もしかしてアンディ・ウォーホル?」と尋ねると、「ええ、ウォーホルのオリジナルです」とさらりと答えた。
■珍しい体験は楽しいが、お茶漬けが恋しくなる
彼は、屋敷の持ち主の長男であり、パーティの主催者のレオだったのだ。その場に加わったデイヴィッドに紹介されてようやく気づき、赤面してしまった。彼の父親はニューヨークで有名な不動産業者であり、アートディーラーでもあるという。
カクテルアワーの後は、テーブルについて正式なディナーである。飲み物の選択は水とヴーヴ・クリコのみ。レオは、「今夜の飲み物はシャンペンしかないけれど文句は言わないように。2ケースほど用意しているから足りなくなることはないよ」と言う。
料理を運んでくるのは制服を着たプロの給仕たちだ。映画に出てくる貴族の屋敷にいる、バトラーのような人もいる。「歴史小説の世界に飛び込んだみたい!」とワクワクした。シャンペンを注がれたり、新しいお皿を目の前に並べられたことは記憶しているが、なぜかメニューについてはまったく覚えていない。あまりにも現実離れしていたからだろう。
珍しい体験だったので楽しかったが、これが毎日となると、楽しいよりも面倒だ。「こんな暮らしをしたい」とはまったく思わなかった。新年の秒読みが始まる頃には「早く東京のわが家に戻ってお茶漬け食べたい」と思っていた。
■東海岸に住む上流階級の避暑地ナンタケット島
この時から30年ほどの間に、アメリカ中でいろいろなリッチに会った。大企業の最高経営責任者として高額の給与を得た人、何世代にもわたって富を引き継いでいる「オールドマネー」、一代で富を築き上げた「セルフメイドマン」と「ニューマネー」、そして、近年ではテクノロジー関係のスタートアップを短い期間に大きく育てた起業家など、それぞれにお金との付き合い方が異なる。彼らとは異なる立場にいる私にとっては、それを観察するのが面白い。
歴史が浅いアメリカにはヨーロッパのような貴族階級はない。そのかわりに上流階級として君臨するようになったのが何世代も富を蓄積した「オールドマネー」だ。代表的なオールドマネーは、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパからアメリカに移住してきたルーズベルト、カボット、ロウウェル、デュポン、フォーブス、アスターといった一族だ。
政治や産業が最初に根付いたのがボストンやマンハッタンなので、富を何世代にもわたって受け継いできたオールドマネーは、今でも東海岸に集中している。
オールドマネーの避暑地として知られているのが、ボストンやニューヨークからアクセスの良いナンタケット島である。土地部分が123平方キロメートルしかなく、しかも大部分が開発を許されない保護地だ。新たに家を建てる許可がなかなか下りないので、常に供給より需要が大きく、景気後退でもあまり不動産の価格が下がらない。
■オールドマネーは豪邸や自家用ジェット機を持っていない
住居の平均販売価格はパンデミックのさなかの2020年にも平均が2.55ミリオン・ダラー(約2億6千万円)で、不動産業者のレポートによると10億円から20億円の高額な邸宅の売れ行きが特に良かったという。
こういう家を買う富豪は、他にも家をいくつも持っている。それらの家を行き来するために自家用機を持っている人も多く、規模としては小さなナンタケット空港はマサチューセッツ州ではローガン国際空港の次に忙しい空港になっている。
何十億円もする豪邸を持ち、自家用ジェット機をお抱えのパイロットに操縦させてナンタケット島に来る人のほとんどは一代で巨大な富を築いた起業家である。オールドマネーは、それができる資産があっても大きな家は買わず、シングルエンジンのプロペラ機かヨットを自分で操縦してやってくる。
■最初の入植者の子孫は冷房のない別荘で雑魚寝
義母が50年以上仲良くしているRさんは、ナンタケット島の最初の入植者を先祖に持つオールドマネーだ。ナンタケット島に推定価格50億円以上の土地を所有しているだけでなく、弁護士の夫の収入と親から受け継いだ資産を持っている。
だが、彼女が島に別荘として持っているのは、17世紀に漁師だった先祖が建てた地続きの小屋2つだけなのだ。小屋とはいえ、ナンタケット島でも特に地価が高い場所にあり、写真集に必ず登場するほど有名な歴史的建築物である。だから初めて中に招待していただいたときには、ドキドキした。
驚いたのは、(都市部のアパートを除く)アメリカの普通の家にある皿洗い機や電子レンジといった電化製品がまったくなかったことだ。冷房もない。夏になると、夫妻の5人の子どもたちとその伴侶や子どもたちがやってきて、2つの小屋にぎゅうぎゅう詰めになって雑魚寝すると言う。
「この家では、夜になると、台所からときどき音がするのよ」とRさんは話す。ご先祖のジョージという幽霊が夜中にサンドイッチを作っているのだそうだ。「あまりにも居心地がいいから、死んでいることを忘れちゃうのよね」といたずらっぽい笑顔を浮かべて語った。代々伝わるこの小屋を、幽霊も含めて次の世代にそのまま受け渡したいとRさんは考えていた。
■推定50億円以上の土地を非営利団体に売却したワケ
Rさんが心配していたのは推定50億円以上の土地の将来だ。この土地は17世紀からずっと自然のままで家族に引き継がれてきたのだが、夫婦には私と同年代の子どもが5人もいる。そのまま土地を遺すと、5人の間でその処置を巡って争いが起こる可能性があった。
そこで自分たちが生きているうちに土地を売却して売上金を平等に分け与えることにした。推定価格で購入することを申し込んだ富豪がいたが、Rさんは躊躇した。Rさんの家族は代々この土地を自然のままに保ち、一般人が散歩してもいいように解放してきた。だが、富豪は家のセキュリティの事情から立ち入り禁止にしてしまうということだ。
時間をかけて考慮したRさんは自分が満足できる解決策にたどり着いた。推定価格の10分の1以下の価格で、土地を永久に保護して住民に開放してくれる非営利団体に売却した。彼女は、子どもたちに沢山お金を与えるよりも、ナンタケット島の美しさを守り、人々と分かち合い続けることを優先したのだ。
■他人に見せびらかすような金の使い方は下品
何年かこの地に住んで知ったのは、アメリカ東海岸のオールドマネーにとって「質素倹約は美徳」ということだ。ナンタケット島にいるときに車がエンストして立ち往生しているRさん夫婦に出くわしたのだが、彼らが20年以上同じボルボを運転しているのを知って「さすがだ」と思った。
オールドマネーの間では富を他人に見せびらかすような使い方は「下品」だとみなされており、車は動かなくなるまで使うし、服や靴も上質のものを長い間使い続ける。「ここでは、穴があいたセーターを着ている者ほど大金持ちの可能性がある」と教えてもらったことがある。外見や生活態度からオールドマネーを見分けることは難しいのだ。
2004年に民主党大統領予備選に立候補したハワード・ディーンの家族もオールドマネーだ。彼と伴侶は両方とも医師である。ディーンの選挙参謀だった知人が「ハワードは倹約家すぎて困ったよ」と笑い話をしてくれた。
■包装紙やリボンの再活用は「東海岸らしい」こと
キャンペーンのときに着ていたスーツはすべて「洗濯機で丸洗いできる」のが売り物のポリエステルで、しかも大統領選挙のキャンペーン中はそれを自分で洗濯していたというのだ。「大統領になるつもりなら、スーツくらいは良い物を着なくてはいけない」と知人が提言したところ、「重要ではないことに金を浪費したくない」とディーンに反論されたという。
私が生まれ育った時代の日本は、今とは異なり、物があまりなかった時代だ。絵を描く白い紙を手に入れるのも困難だったので、片面しか印刷されていないチラシは貴重だった。その時代の習慣が染みついている私は、クリスマスプレゼントの包装紙やリボンを捨てることができずについ再使用を試みてしまう。
貧乏くさい癖なのだが、義母は「東海岸らしい質素倹約ね」と誤解してくれている。この点で、オールドマネーに感謝したい私である。
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エッセイスト
助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、1995年からアメリカ在住。現在はエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長編新人賞受賞。翻訳書に糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』など。著書に『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』、最新刊に『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)。洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
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(エッセイスト 渡辺 由佳里)
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