「ロシア世界」を守るためには仕方ない…プーチンが軍事介入を正当化するために使う"あるキーワード"
プレジデントオンライン / 2022年3月2日 17時15分
2022年2月24日、ロシア・モスクワのクレムリンで行われたロシア人実業家との会合で議長を務めるロシアのウラジーミル・プーチン大統領。同日未明、プーチン大統領はウクライナに対する特別軍事作戦を開始することを決定したと発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■クリミア危機が起きた2014年にプーチンが行ったこと
プーチンにとって、2014年は記念すべきイベントが集結する年だった。第一次世界大戦勃発から100周年、第二次世界大戦勃発から75周年。そして、レニングラード包囲戦の終結やノルマンディ上陸作戦など、第二次世界大戦の終戦につながった画期的な出来事から70周年……ピックアップするネタには事欠かなかった。
14年1月、プーチンは年明け早々行動に乗り出し、レニングラード包囲戦の終結を記念する式典で花輪を手向けた。
彼は包囲戦との個人的なつながり(「これは私自身の家族史に刻まれた出来事だ」)やレニングラード市民(彼の両親も含む)の払った犠牲について強調した。
ロシアの国営テレビは、ナチスのソ連侵攻をテーマとした映画やドキュメンタリーをひっきりなしに放映した。
■「新たなファシスト」という“詭弁”
そうした映像のなかで語られる事実の数々は、プーチンやクレムリンがキエフに誕生した「新たなファシスト」の脅威となぜ戦わなければいけないのか、その理由を説明するものだった。
第二次世界大戦の記念日を利用してウクライナ作戦やクリミア併合を正当化する物語を紡ぎ出すために、プーチンは手持ちの道具をさらに磨き上げる必要があった。
それまで彼は、ウクライナ人とロシア人を単一の民族としてひとくくりにしていたが、今度は両者を引き離さなければならなかった。
■「第二次世界大戦中のウクライナ人」を持ち出す
第二次世界大戦というレンズを通して見ると、民族としてのウクライナ人は第五列だった。つまり、彼らはロシア人やロシア国家の敵だった。
クリミア併合を発表するプーチンの3月18日の演説は、この点をきっちりと反映させたものだった――2011〜12年のデモで国家を脅かしたロシア国内の第五列と、ウクライナ人を巧みな言い回しで結びつけたのだ。
戦時中の第五列といえば、国家の裏切り者であり、ナチスに協力したソ連の人々や民族を指す。そこで、プーチンはソ連の歴史のなかでも混迷をきわめた20年間――ロシア革命から第二次世界大戦勃発までの時期――についてあえて言及した。
■史実を「侵攻の武器」として利用する
当時、ウクライナ人はたびたびロシア人と対立し、ソ連支配に反対するウクライナの民族主義グループが次々と組織された。
その一つであるウクライナ民族主義者組織(OUN)は、国境を越えたポーランドに拠点を置くグループだった。
当初、OUNとその指導者のステパン・バンデラは、1939〜41年にポーランドとウクライナに侵攻したドイツ軍と協力関係にあった。彼らの心には、ドイツがウクライナ独立を支持してくれる、という(無益な)期待があった。
OUNがドイツと協力関係にあったという史実を利用して、プーチンは、ステパン・バンデラをヒトラーの右腕とイメージづけようとした(実際のところ、バンデラはヒトラーに会ったこともなく、最後にはナチスとソ連の両方から迫害されることになる)。
さらにプーチンは、ウクライナの新政府がステパン・バンデラの思想の流れを引くものだと印象づけようとした。
彼は数々のスピーチや発言のなかで、国家の生き残りとロシア世界(ルスキー・ミール)の防衛を賭けたロシアの長年の戦いについて繰り返し語り、古い物語を引っぱり出してきた。
■「ウクライナはユダヤ人虐殺の実行犯」という物語
2014年、ロシアの長い奮闘の最新章の1ページに立ったプーチンは、「ステパン・バンデラのウクライナ」に潜む第二次世界大戦の恐怖の再来を必死に食い止めようとしていたのだ。
一方、第二次世界大戦中のナチス・ドイツとロシアの協力については、プーチンは巧みな話術を駆使して正当化した。
ドイツによるポーランド侵攻を容易にした1939年の独ソ不可侵条約と、スターリンとヒトラーによる秘密取引は、ロシアの生存のために必要だったとして弁護された。
ところが、ステパン・バンデラとウクライナの民族主義者たちは、過激思想や反ユダヤ主義に駆られ、ナチスに仕えてウクライナのユダヤ人を虐殺したとして非難された。
メディア戦略によって広められた「プーチンが語る物語」のなかでは、彼らはホロコーストの実行犯であり、ウクライナの民族主義思想を掲げてロシア人をも攻撃した危険分子だった。
プーチンは訴えた。
今、世界は新たなファシストの台頭に直面している。
しかしアメリカや西側諸国の政府は、1940年代の戦時中の同盟ではロシアと手を組んだにもかかわらず、今回はそうしようとせず、なぜかウクライナの過激派を支援・扇動しようとしている。ロシアを崩壊させたいという欲求から、アメリカとヨーロッパの米同盟国は第二次世界大戦の原則そのものを裏切っているのだ。
■「あなたたちはどちらの味方だった?」
プーチンはそれまでの政治論争でも、こうした戦術や言葉遣いを試したことがあった。
例えば2000年代のチェチェン紛争中には、チェチェン人の歴史が利用された。07年4月のタリンのソ連兵戦没者慰霊碑の撤去をめぐる論争ではエストニア人、08年8月のグルジア戦争中にはグルジア人の戦時中の過去がほじくり返された。
これもケース・オフィサー流の脅迫の一種といっていい。
いずれの場合も、プーチンはこう言っているも同然だった。
こうした国家や個人の忠誠と裏切りの物語は、プーチンが談話のなかで好んで取り上げるテーマである。
■「戦時中にソ連を裏切ったのは誰か」
『プーチンの世界』第5章で説明したとおり、第二次世界大戦中、プーチンの父は内務人民委員部(NKVD)の破壊工作部隊に所属し、レニングラードからナチスの占領地へと送られた。
あるとき、現在のエストニアに入った彼は、敵の協力者を殺し、占領軍にとって有利なものをすべて破壊することを命じられた。いわば特攻作戦だった。
プーチンの父はケガを負ったが、何とか生還して故郷に戻ることができた。父親の体験を語るとき、プーチンは「戦時中にソ連を裏切ったのは誰か」という強い思いを必ず口にした。
そのなかにはエストニア人とウクライナ人が含まれていた。
情状酌量の余地はあるとしても、彼らの行動はプーチンにとって許しがたいものだった。ウクライナについていえば、1930年代のソ連の集団農場化政策や大飢饉(ききん)の被害によって、モスクワ政府に対する敵意がはぐくまれていったことは確かだった。
ソ連指導者のニキータ・フルシチョフは、当時の苦痛への謝罪の意味も含めて、1954年にクリミアをウクライナに移管した(そのときにはもちろん、ソ連の解体など想定されていなかった)。しかしプーチンにとって、こうした歴史は2013〜14年の自身の物語とはいっさい関係がなかったのである。
■エリツィン大統領から引き継がれた思想
歴史を武器として使うことによって、プーチンはウクライナの民族間の緊張や恐怖に薪をくべた。次に彼が訴えたのは、たとえどこに住んでいようとも、ロシア民族とロシア語話者を攻撃から守るのが国家の権利と義務であるということだった。
この権利は、1990年代初頭にボリス・エリツィン大統領が初めて主張したもので、のちにロシアの軍事政策へと正式に盛り込まれた。
プーチンはこうした義務と、意のままに操ることのできる法律の力を駆使し、2014年5月25日に予定されていたウクライナ大統領選挙に先駆けて、クリミア半島を実効支配した。
プーチンがこのときに道具として用いたのは、クリミア半島へのロシア黒海艦隊の長期駐留を認めるウクライナとの二国間条約、ロシアの支援を求めるヤヌコーヴィチ大統領や地方当局の要望、ロシア議会の決議だった。
これらの道具は、軍や民間の建物やインフラを守る治安部隊の活動を法的に援護するものだった。そして、3月16日に慌てて行われたクリミアのロシア併合に関する住民投票が、今回の行動を正当化する最後の要素となった。
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1965年生まれ。米ブルッキングス研究所/米国・欧州センターディレクター。
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1946年生まれ。米ブルッキングス研究所/シニア・フェロー。
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(米ブルッキングス研究所研究員 フィオナ・ヒル、米ブルッキングス研究所研究員 クリフォード・G・ガディ)
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