難関中学の入試で頻出の作家が語る「親の"狂気"をどうコントロールしたらいいか」
プレジデントオンライン / 2022年3月14日 8時15分
■中学受験に熱中するのは真面目なお母さん
——中学受験を経験した親、受験に関心がある人の間で『翼の翼』はとてもリアリティのある小説だと評判になっています。
【朝比奈あすかさん(以下、朝比奈)】周りの友人たちからも「読んだよ」という感想をもらっています。主人公である母親の円佳(まどか)は息子に塾で一番上のクラスに入るようプレッシャーを与え続けたり、息子がケアレスミスをするとなじったりするので、嫌悪感を抱かれるんじゃないかなという懸念もありました。
でも、感想を聞くと、「自分も円佳と同じことをするかもしれない」と共感してくださる声も多くて。もともと円佳は翼の安全のために会社を辞めたほど根が真面目で、翼が何よりも大事な存在だからこそ成功させたいと考え、中学受験にのめり込んでいきます。その姿を通して、中学受験は子どものためにするものなのに、なぜ時にそれが子どもの心を傷つけるものになってしまうのかということを描こうと思いました。
——現在、中学受験をさせようと考える親は増える一方のように見えますね。
【朝比奈】私が経験した6年前よりさらに低年齢化し、特に首都圏や都市部では就学前から塾に通わせる親御さんも多いと聞きます。少子化が進む一方で、教育関係の情報は溢れ、昔に比べさまざまな選択が可視化されていますね。高校受験は大変だとか、大学附属校の方がのびのびできるなどと聞けば、子どものことを思うからこそ「損をさせてはいけない」「人生の選択を見誤らないようにしよう」と焦ってしまうのでは。
■子どもを受験させたときの経験が小説のベースに
——実際に、朝比奈さんもお子さんの中学受験に熱中されたそうですね。
【朝比奈】私には子どもが2人いますが、どちらも中学受験をしました。情報を集めるために講演会やセミナーに通い、受験関連本を読み、一人目が6年生のときは仕事をセーブしていたほど。その知識が『翼の翼』を執筆する時に役立ちました。当時、円佳ほど子どもを追い詰めることはなかったですが、イライラしたり、不安になったりと、心の中に起こったことは小説に書いています。
![一人目の受験のときは仕事をセーブすることもあったと話す朝比奈さん。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/3/670/img_d3228ea2d9ca1421de44199ae44efede428932.jpg)
——後半、翼の父親で円佳の夫である真治が、翼の成績が落ちていくとスパルタ式で勉強させる。その描写は怖いほどの迫力です。
【朝比奈】息子の中学受験を通して、彼の未熟さが露呈しましたが、そうなってしまう真治が、かつてどんな子どもだったのか、どんなふうに育てられたのかも考えたかったのです。また、親はつい子を導かなきゃいけないと思ってしまうけれど、もしかすると、導ける力がないかもしれない。そういう視点に立って、カッとなってしまうときこそ、自分の中にも未熟な部分、子どもの部分があると気づけるといい。
私も学生時代から会社員だったときまで声を荒げたことはほとんどなかったので、自分では感情の振り幅が小さいほうだと思っていたのですが、親になると子どもたちに対して自分の感情をコントロールできなかったことが何度もあり、ダメな母親でした。子どもが何をしているか気になってしまい、口を出したくなってしまった。どうしてもっと信じて見守ってあげられなかったのだろうと今は思いますが、当時はうまくできませんでした。
■親子が言い争わない受験なんてあるのか
——勉強しない子どもを親が叱るというのは、程度の差こそあれ、避けられないですよね。
【朝比奈】明らかにサボっていて成績が下がったとき、子どもが反抗的なことを言うと、「何を言っているの?」と返してしまい言い合いになる。その言い合いをせずに受験を終わらせられる家庭ってあるんでしょうか。親も人間ですから、ある程度言ってしまうのはしょうがないとも思います。
![朝比奈あすか『翼の翼』(光文社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/e/200/img_ce9e63a43c2cbd7ee8d9fec209c34fd325101.jpg)
ただ、大人なので、親子の関係を客観的に見られる部分を持っておきたいですね。言ってはいけない言葉、あとあと残ってしまうような言葉ってあると思います。本当に難しいことだけれど、感情とは別のところで理想像を持っておく。ひどい言葉で叱ることは子どもの自尊心を傷つける行為だし、やる気を出すことにつながらない。どうしても小言くらいは言ってしまいますが、決定的に傷つける言葉を言う自分は、あるべき姿ではないんだと自覚することで、ぎりぎりで自分を抑えられればいいのだと思います。
——円佳も息子と夫の間に挟まれ自分を見失ってしまうときもありますが、大切なことを思い出します。そして、最大のピンチを経て受験本番を迎える親子3人の姿が印象的でした。
【朝比奈】翼はずっと、勉強を「やらされて」いたんですよね。仕事や家事もそうで、やらされているうちはだめで、自分で「やりたい」と思って工夫するようになれば満たされた状態になり、パフォーマンスも良くなります。だから、結果的に翼がどこに進学したかということを気にしなくていい終わり方にしようと考えました。合否や進学先より大切なのは、「自分の勉強をした」ということ。それこそが中学受験での成長だと思います。そして、全ての学校に楽しい青春があるんだということに説得力を持たせるために、翼の受験校を選ぶ面談のシーンでは、彼が受験する全ての学校の個性を細かく書きました。物語の本筋ではないのですが、そこはかなりこだわってゲラの最後の段階までしつこく加筆しました。
■子どもの受験を通して大人が作った社会を描いた
——結局、親としてはどうやって子どもと接するのが正解なのでしょうか。
【朝比奈】理想は子どもを信じることだと思います。言うはやすしで、実際に育てていると、見守るのはものすごく難しいことなのですが、私は上の子の受験の時に熱心にやり過ぎて疲れたので、下の子の受験の時には考えを変え、むしろ仕事をたくさん入れました。子どもにも仕事や趣味に熱中する姿を見せ、母親である前にひとりの人間だということを伝えていこうと思いました。受験についてもお母さんが100パーセント、ケアしてくれると思われないように……。
その代わり、できるだけ機嫌を良くしていようと努めました。親は家事を多少手抜きしてもニコニコしているほうがいいのでは? 小学生って学校で親の知らない体験をしているものなので、その話を面白がって聞いてあげるのもいいと思います。実際、子どもの世界の話や子どもの考え方は面白いです。
——『翼の翼』の反響は大きかったと思いますが、今後も中学受験について書く予定はありますか?
【朝比奈】中学受験についてはこの作品に全て書いたので、もうメインテーマにすることはないと思います。ただ、子どもの話は書き続けていきたいなと……。大人の物語は最終的にその人自身の責任も問われてゆくのですが、子どもの言動は大人に責任があると思います。大人がよく言う「今の子たちはこうだから」というのも、全て今の大人のありかたが影響していて、小学生で根っから悪い子なんていないはず。中学受験はそういった社会の一面として描いたわけですが、これからも、子どもという存在を通して大人、そして今の社会というところまで書いていけたらと思っています。
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作家
東京都生まれ。大学卒業後、会社員を経て2006年に『憂鬱なハスビーン』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。『君たちは今が世界』と『人間タワー』が2020年の中学受験において、開成中学、海城中学など10校以上の国語問題で出題された。
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(作家 朝比奈 あすか 構成=小田慶子)
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