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「全国280万人の地方公務員が認めた逸材」名もない町役場の30歳のオファーを一流選手が二つ返事のワケ

プレジデントオンライン / 2022年3月7日 11時15分

埼玉県宮代町の役場に勤める伊藤遼平さん - 筆者撮影

地方公務員は全国に約280万人いる。「お役人仕事で対応が遅い」「市民に寄り添ってくれない」といった声もしばしば聞かれるが、逆にあっぱれな仕事をする人もいる。地方公務員が認めた人に与える「地方公務員アワード」に選ばれた30歳男性をスポーツライターの清水岳志さんが取材した――。

■地方公務員が選んだ「本当にすごい地方公務員」はどんな人物か

「地方公務員アワード」をご存じだろうか。

地方公務員が、教育・警察・消防・福祉などジャンルを問わず「本当にすごい」と思う同じ地方公務員を推薦し、全国の候補者たちの中から審査で選んで表彰するものだ。

伊藤さんが受賞した地方公務員アワードの表彰状
伊藤さんが受賞した地方公務員アワードの表彰状(筆者撮影)

人口3万人の埼玉県宮代町の役場に勤める伊藤遼平さん(30歳)は、2021(令和3)年8月に、「あなたの存在が全国の公務員の可能性を広げ、さらなる活躍の土台を築きました」としてこの賞を受賞した。現在、全国に280万人余りいる地方公務員が認めた若き人材ということになるだろう。

肩書は「子育て支援課主事」。主な仕事は、子育てに関する施設の運営のほか、パート保育士の勤怠管理、子ども食堂の運営などだが、それに加えて「社会連携活動」にも力を入れている。今回の受賞はこの部分が特に評価された。

社会連携活動とはどんなものか。例えば、2021年10月に町内の施設で開催した「産後ボディケアストレッチ」という講座の開催だ。

バレーボールV.LEAGUEのDIVISION1(V1リーグ)に属する「埼玉上尾メディックス」の岩崎こよみ選手が同年5月に出産し、その後、競技復帰を目指していることを知った伊藤さんは、その復帰プロセスはアスリートではない母親の参考にもなるのではないかとチームや岩崎選手に相談して企画した。

講座当日は、産後1年未満の母親と赤ちゃんの7組が参加した。「産後うつの抑制にもつながる」「なかなか自分のために時間を使うことができないけれど、ゆっくりストレッチをして体が軽くなった」と大好評だった。

同年10月には、スペインで人気のスポーツのパデル(テニスとスカッシュを合わせたようなラケット競技)や、ブラジル発祥のフレスコボール(リオデジャネイロ発祥のビーチスポーツ)の日本代表選手3人を招いたイベントを運営し、地元の子供たちと楽しんだ。

2022年1月には、フェンシングの日本選手権で決勝戦に進んだ現役選手を招待して、「ふうせんフェンシング」を親子で楽しむ企画も立てたが、こちらも大盛況だった。

■一流のアスリートを招いたイベントで「フードドライブ」も併設

伊藤さんを中心とした宮代町が企画・運営するこうしたイベントには共通点がある。それはスポーツイベントのゲストに一流のアスリートを口説いて招いていること、さらにそのイベントで「フードドライブ」を併設していることだ。

フードドライブは、参加者などに家庭で余った食品を寄付してもらい、フードバンク・福祉施設を通じて貧困家庭に届けてもらうボランティア活動だ。

仕事中の伊藤遼平さん
筆者撮影

伊藤さんが今、実現に向けてエネルギーを注いでいる企画のひとつが埼玉県の10のプロスポーツチームで作る「プライドリームス埼玉」との事業を宮代町で開催することだ。

このイベントでは、スポーツの素晴らしさを伝えるとともに、「スポーツ王国・埼玉」の実現に貢献するPR活動を行っている。青少年の健全育成、自治体のスポーツ振興の活動にも協力している。参加するチームは下記の通りだ。

野球・埼玉西武ライオンズ
サッカー・浦和レッズ
サッカー・レッズレディース
サッカー・大宮アルディージャ
サッカー・アルディージャVENTUS
バスケット・さいたまブロンコス
バレー・埼玉上尾メディックス
ソフトボール・戸田中央メディックス埼玉
ハンドボール・大崎電気ハンドボール
サッカー・ちふれASエルフェン埼玉
(以上10チーム)

各チームは通常、ホームタウンの活動が主だが、ファンを増やすには本拠地以外でもファンを増やしたい。一方、ホームチームが存在しないスポーツ空白区の自治体側もスポーツを媒介として市民に交流や楽しみの場を提供したい。

双方の思惑を読み取った伊藤さんは「では、宮代町でいかがでしょうか」と名乗りを上げることにしたのだ。

でも、ただ来てくださいと招致しても簡単には通らない。そこで、伊藤さんは「スポーツ×社会課題解決」をテーマにして、地元でいつも実施している催しと同じように、スポーツだけでなく、フードロス対策や貧困世帯支援を呼びかけることをイベントの柱にすることにした。

伊藤さんは昨夏、担当者が集結した「プライドドリームス埼玉」の会議でこうしたスポーツ体験と貧困支援のコラボ案をプレゼンテーション。その熱意が伝わって誘致が正式に決定した(2022年3月6日に実施予定だったが、コロナ禍のため延期)。

■きれいごとではすまない“修羅場”を見て感じたこと

こうしたやさしい目線がなぜ伊藤さんの中に存在するのか。

「役場に入って、本当にいろんな経験をしました。ニュースやドラマの話かと思えるような虐待や貧困に触れることもあります。例えば、電気・水道が止まりそうなご家庭もある。近隣の家で虐待が起きているといった通報電話を受け緊急出動することも珍しくありません。『自殺したい』という方からの悲痛な叫びが持ちかけられることもあります」

きれいごとではすまない“修羅場”を毎日のように目にすることで、伊藤さんは近隣住民同士の付き合いや、地域交流が重要だと改めて認識し、そのために役場としてできることを最大限にしたいと思ったという。

伊藤さんの企画内容の特徴は前述したようにスポーツを絡めたイベントが多いということだ。聞けば、「スポーツに人を笑顔にする力がある」と確信したのは、学生時代にバレーボール教室のスタッフをしていた頃だという。

生まれは宮代町の隣、白岡市。親がバレーボールをやっていて自身も小学生でバレーを始めた。埼玉県でベスト4になり私立の名門、埼玉栄中から声をかけられ進学する。高校も埼玉栄に入学。インターハイにも出て、ベスト16になった。

東京経済大に進み1年生からリーグ戦に出場した。そして、大学での講師との出会いが運命を決定づけていく。

大学の体育の授業でバレーを受け持つ非常勤講師が「FC東京」のバレー部門の総監督をしていた。それが縁で大学2年の終わりぐらいからFC東京バレーボールチーム普及スタッフとしてアルバイトを始める。ユースチームの指導や、都内のママさんバレーチームへの出張コーチなどをした。

「小さい頃からずっと勝ち負けにこだわった(競技としての)バレーをしてきました。でも、FC東京でのスクール活動や社会貢献活動をみて、スポーツの魅力が(勝ち負け以外に)もっと幅広いものだと痛感しました。自分が(部活などで)培ったものをそれに使ってみたいなと思いました」

サッカーのJリーグの各クラブには自治体・企業・学校などと3者以上と連携した社会活動をする理念がある。略して“シャレン”と呼ばれる。実はフードドライブもそのひとつで、伊藤さんもそんな活動をしたい、と心を揺さぶられた。

資料を作って親会社の東京ガスの担当者に会って熱意を伝えると、念願かなってFC東京に入社することができた。

バレー教室など普及に務めていた16年2月、Jリーグが主体となって行っている国際貢献事業の「スポーツ・フォー・トゥモロー」の講師にFC東京の中から選ばれる。24歳の時だった。また、当時、大地震が起きてまだ情勢不安なネパールに一週間派遣された際にはスポーツの楽しみを伝えつつ、防災教育を教える機会が持てた。

伊藤遼平さん
筆者撮影

「ネパールでの体験は大きなターニングポイントになりました。地震で家も壊れた土埃の殺風景の中で、言葉は『ナマステ』しか通じなかったけれど、子供たちがバレーを楽しんでくれた。勝敗以外の価値が刻まれた。自分の生まれた田舎町にも届けたいなと思うようになった」

スポーツで笑顔を届けられる仕事は何か。将来のことを考えると生まれた街のことも気になる。「自分の世界観を具現化できるのは公務員かもしれない」と思いつく。

■インターハイ出場の体育会系が初めて猛勉強し25歳で地方公務員に

FC東京を辞めて退路を断った。そして試験勉強を始めた。バレーのネットワークを生かすには体育館があるところ。白岡市には大きな体育館がなく隣町の宮代町の職員に狙いを定めた。

「推薦で学校に行っていたので生まれて初めて勉強しました(笑)。自宅で1日に8~9時間。4カ月ぐらい勉強しました。2年ぐらいかかると思ったんですが」

50人ほどが受験して合格者は9人。運よく、一発で受かり、晴れて25歳で入庁となった。

ところが、配属先は、希望とはまったく異なる建築課。建築開発、家を建てる時の法規審査のチェック、空き家対策、公園管理……と完全に門外漢だ。

温めていたビジョンは置き去りにされ、自分のキャラクターや強みも生かせなかった。Jリーグを経由して公務員というキャリアもそこでは不要なものだった。異動希望を出し続けて努力して3年間が経過。ようやく今の部署の配属になったが、今度はコロナ禍で特別定額給付金担当との兼務になった。

「住民からの電話が鳴りやまないんです。『(対応が)遅い』とか『(給付は)いつになるんだ』とか。こっちを切ったらあっちが鳴ってと。銀行口座を教えてもらって、ひたすらシステムに数字を打ち込んでいました」

それから半年経って、やっと腰を据えて“シャレン”を考えることができるようになる。悩みは年間予算二十数万円のうち、スポーツ関連に充てられるのは微々たる額だということだ。その中でこの1年、スポーツチームは5つ、日本代表選手を10人ほど呼ぶことに成功した。

「例えば、交通費だけで来ていただくこともあります。フェンシングの日本代表選手も1万円。少ない額なのに、快く協力してくれる選手に感謝してます」

仕事柄、週末の出勤も多く、給料は手取りで20万円ほど。異動で来年この部署にいるかはわからないというサラリーマン特有の不安もある。

「公務員アワード」を受賞時、全国の地方公務員からは次のような称賛の声が届いた。

「ポジティブで諦めない行動力に勇気づけられる。スポーツと地域の可能性を見せている」
「スポーツ版子ども食堂の視点が大変おもしろい。また自分の自治体のみならず他地域にも感動を届けようとしている姿勢がとても素敵だ」
「異色の公務員!そんな経歴を存分に活かした取り組みを継続し実施しているところがすごい」

現在30歳、自分の未来もどんどん切り拓いていきたい。

伊藤遼平さん
筆者撮影

「実はプロチームと地域を結ぶマネジメントもしてみたいんです。公務員の働き方も多様になってくるので有償ボランティア(副業)でできないかなと(笑)。自分の一番のスキルはバレーのコーチができることですが、それはまだ生かせていません。今後、部活動が学校から地域に移されたら活躍の場が出てくるのかもしれません。教員への転職も選択肢のひとつに数えています。教員免許も大型バスの免許も取りました(笑)」

指導の道に進むのか、イベントマネジメント系の才にかけるのか。答えがまだ出ない。ただ、人の役に立ちたい。その気持ちに変わりはない。

あるイベントでバレー選手と年齢・性別もさまざまな子供たちがボール遊びをした時のことだ。

「ひとりのお母さんから『ウチの子が心の底から笑っているのを久しぶりに見ました』と言われたんです。スポーツは力になる、人を前向きできる力があると思ったんです」

そうした生の体験がスポーツを生かした街づくりに挑む伊藤さんの大きな原動力になっている。

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーライター 清水 岳志)

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