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うまいだけでは生き残れない…モスバーガーを復活に導いた「奇跡のマーケティング」の中身

プレジデントオンライン / 2022年3月6日 12時15分

創業時からの根強いファンに支えられてきたモスバーガーが、新規顧客開拓に本腰を入れた――。動物性食材などを使用しない“環境と身体に優しいバーガー”第2弾、「グリーンバーガー<テリヤキ>」 - 写真=PR TIMES/モスフードサービス

■逆風の中でも新機軸を打ち出し続ける

コロナ禍は外食産業への大変な向かい風となっている。だがそのなかにあっても、逆風をかいくぐり業績を拡大している一群の外食企業がある。

モスバーガー(モスフードサービス)はそのひとつであり、コロナ禍の下でも売り上げを着実に伸ばしている。全店売上高を対前年度比で見ると、2020年度上期(4~9月)が3.5%、2020年度下期(10~3月)が10.8%、2021年度上期(4~9月)が13.3%の伸びとなっている(モスフードサービス企業サイトの「IR情報>IRライブラリー>月次情報」より)。

ファストフードは、コロナ禍を乗り切りやすい業態とされる。たしかにモスバーガーのように、そもそも持ち帰りや宅配に適したメニューが多く、家族客向けで、酒類の販売がなく、住宅街にも店舗が多いチェーンは、コロナ禍の日々に適応しやすかったといえる。とはいえ、これは一面であり、あらゆるファストフード・チェーンがコロナ禍の下で業績を伸ばしているわけではない。

2020年に始まったコロナ禍以降も、モスバーガーでは「まるごと! レモンのジンジャーエール」や「日本の生産地応援バーガー 真鯛カツ<愛媛県愛南町>」(いずれも2021年5月より発売開始)などの数量限定/期間限定商品のヒット、モバイルオーダーの強化、ロボット配膳の試行など、目が離せない動きが続いた。しかし、モスバーガーでマーケティング本部長を務める安藤芳徳氏は、変化の絶えない日々のなかにあっても、目先の顧客獲得に動くことはなかったという。

コロナ禍のなかでの一進一退はあっても、モスバーガーの業績拡大が止まらないのはなぜか。それは同社が自らの「なりたい姿」を見定めており、揺らぐことのないビジョンの下で活動を積み上げていくことができているからである。

■屈辱の赤字転落で開発方式を大改革

モスバーガーのような強いブランド力を持つ企業にとっても、成長基調を維持するのは楽ではない。コロナ感染が大流行する前の2018年2月から19年7月までのモスバーガーは、ほぼ毎月のように既存店の売り上げが前年割れを続ける状態だった。19年3月の決算では、11年ぶりの赤字に転落してしまう。

そのころまでのモスバーガーは、「つくったものを売る」というプロダクトアウトの開発を行っていた。商品開発部は「うまいものをつくればよい」という姿勢であり、そこで開発された商品を商品流通部とブランド戦略室が引き継いで、原材料の調達やプロモーションを行うというやり方だった。業績悪化の原因は、この開発方式が時代に合わなくなっていることにあると考えられた。

そこでモスバーガーは、2019年4月から「売れるものをつくる」マーケットイン型へと開発方式を切り替えていく。

あわせて、以前には独立性が高かったブランド戦略室、商品開発部、商品流通部を、新設されたマーケティング本部の下に統合する組織改革も順次行われていった。従前のモスバーガーでも、営業から集まる情報や市場調査のデータは、商品開発部に伝えられていた。しかし、つくる人はつくる人、売る人は売る人という縦割りの組織のもとでは、そこから先のコミュニケーションは活性化せず、いわゆる組織のサイロ化が生じていた。

■コアなファン層に支えられてきたが…

以前のモスバーガーが、「うまいものをつくればよい」という職人かたぎのマーケティングで売り上げを維持できていた背景には、このチェーン独自の歴史や立ち位置がある。故・櫻田慧氏によって1972年に創業されて以来、同社はモスバーガーやテリヤキバーガーなどの独自性の高い商品、注文を受けてから調理する方式などによって、マクドナルドなどとは異なるハンバーガーレストラン・チェーンとして人気を集め、市場シェア2位のポジションを占めてきた。

当時のモスバーガーの商品開発部の独立性の高さは、同社が創業時からのコアなファンに支えられたチェーンだったことに由来する。長年の関係から好みや傾向を知り尽くしているファン層に向け、商品開発部は「うまいもの」の開発を行っていればよく、顧客が何を求めているか、顧客のどのような期待に応えるべきかを、一から検討し直す必要性は低かった。

新商品の大がかりなキャンペーンを店舗外で行わなくとも、来店してくれるファン層の体験シェアを上げ、そこからの口コミなどによるにじみ出しで業績を拡大できた。こうしたマーケティング方式によってモスバーガーは、プロモーション費用をいたずらに投じないですむ効率的経営を実現していた。

■新たなターゲットは「若いママ層」

モスバーガーのこのマーケティング方式が2018年ごろに揺らぎはじめていた要因は、ファン層の高齢化だと考えられる。1970・80年代のティーンエージャーたちも、今では50歳を超える年齢となっている。加齢にともなう食の変化を考えれば、ハンバーガーにかぶりつく頻度の低下はやむをえない。従前のファン層に頼るマーケティングが、いよいよ限界を迎えはじめていたのである。

2021年末に展開された、人気キャラ「リラックマ」とのコラボによる「モス福袋」キャンペーンのポスター
2021年末に展開された、人気キャラ「リラックマ」とのコラボによる「モス福袋」キャンペーンのポスター(写真=PR TIMES/モスフードサービス)

そこでモスバーガーは、若い母親を中心とした女性たちを新たなメインターゲットと見定め、新規顧客開拓を進めることにした。この世代の女性たちが子供たちとともにモスバーガーを楽しむようになれば、次世代のファン育成にもつながっていく。

長年のファンを大切にしながら、新たなメインターゲットを呼び込み、次世代のファン育成につなげる。そのための商品開発は、経験則だけでは難しい。新たなメインターゲットとなる世代の女性たちは、おいしさだけではなく、自身の健康や環境問題への意識も高い。

彼女たちに売れる商品をつくるには、従前からの経験則を超えた検討を一から行い、市場調査や営業から集まる情報も総動員しての開発が必要だった。先に述べたマーケットインへの組織改革は、こうした必要を踏まえての対応だったのである。

■コロナ禍の下での着実な前進

2019年ごろから、モスバーガーはこの新たな方針の下で活動を進め、業績を拡大していった。この中長期のビジネス展開をにらんだ新方針は、コロナ禍の下でも揺るがない。

ニュー・ノーマルのなかでモスバーガーは、賃料の高い都心部ではなく、テイクアウトに向いた郊外での店舗展開を強化したり、ヘルシーでSDGs志向の商品を投入したり、男性アイドルグループSnow Manのラウールと渡辺翔太を起用したキャンペーンを進めたりしている。これらも、長年のファンに加えて新たなメインターゲットを開拓する必要を意識しての展開である。

モスバーガーは活力に満ちた会社であり、コロナ禍の下でも新たな動きが止まることはない。この活力が単なる右往左往に終わらないのは、会社としての戦略的な方向性が定まっているからである。進むべき方向性が見えている組織や個人は、先行きの予測が困難な状況でも、未来に向かう動きを絶やすことなく、着実に行動を積み重ねていける。

■ニュー・ノーマルのなかでのマーケティング

コロナ禍が私たちにもたらしたニュー・ノーマルとは、フタを開けてみれば、ひとつの定常状態ではなかった。感染拡大の波が寄せては返すたび、製品やサービスの企画、プロモーションや営業といったマーケティングの各種の領域において、新しい活動が求められる。マーケティングの前提が次々に変わっていくなか、俊敏に変化に対応することが日常となってしまい、もうすっかり慣れてしまったという方も少なくないだろう。

ニュー・ノーマルのなかでのマーケティングでは、予測や計画の正確さを求めていると、いつまでたっても行動を起こせないということになりかねない。間違いのない予測や計画を手にしたくとも、その前提が次々に置き換わっていくからである。

■行動することから活路は開かれる

このような日々の状況に、どう対応するか。長期の巣ごもりが可能な蓄えがある組織や個人であれば、嵐が去るのを待ち、動かず耐えるという選択もありえる。だがそうした余裕がない場合は、置かれた状況で当面できることを見いだし、素早く新しい行動を始めていくしかない。そして、始めた行動の結果からフィードバックを得て、変化する状況をつかみ、さらなる新たな行動に着手していけば、予測や計画の前提が次々に置き換わるなかでも、よりよく行動を続けていくことができる。

SDGs的取り組みを店舗設計や運営に導入したモスバーガー原宿表参道店(2021年12月15日オープン)
写真=PR TIMES/モスフードサービス
SDGs的取り組みを店舗設計や運営に導入したモスバーガー原宿表参道店(2021年12月15日オープン) - 写真=PR TIMES/モスフードサービス

スタンフォード大学経営大学院のチャールズ・A・教授と、ハーバードビジネススクールのマイケル・L・タッシュマン名誉教授は、企業が成功を維持し成長を続けるためには、新規事業と既存事業の両方の成功が必要だとする「両利きの経営」という概念を提唱している。(C. A. オライリー 、M. L. タッシュマン『両利きの経営』東洋経済新報社、2019年)。ここで、新規事業に必要となるのが「知の探索」であり、既存事業に必要となるのが「知の探求」である。

ビジネスの前提条件がころころ変わるニュー・ノーマルの状況下では、このうちの「知の探索」的な活動を、チョロチョロと動き回るなかで進めていくことからマーケティングの活路が生まれてくる。ニュー・ノーマルのなかでは、新規事業に向いた組織や個人の活躍の場が広がる

■予測が揺れ動く中で方向感覚を保つには

とはいえ、「マーケティングの活路は、チョロチョロと動き回る探索から生まれる」という話に不安を感じる人たちも少なくないだろう。たしかに、チョロチョロが単なる右往左往に終わってしまっては悪手となる。

では、そこで右往左往に陥らないために、マーケターは何に頼ればよいのか。予測が揺れ動き、計画が定まらないなかで未来に向かう歩みを着実に積み重ねていくには、組織や個人が「自分たちは何者なのか」「何をめざして日々の行動を続けていくのか」という戦略的な方向感覚を保つことが重要である。未来に向けて自社/自分の可能性をどのように広げていくかを考えるという意味では、ビジョンと言い換えてもよい。

ビジョンと予測は、ともに組織や個人が未来に向けた行動を続けていくための言明だが、その役割や成り立ちは異なる。ビジョンとは、組織や個人の未来に向けた行動をどのように進めるかという「意思」の表明である。ビジョンを予測しようとする組織や個人はないだろう。

「予測は困難だが、ビジョンは揺るがない」。このような状況を確保できている企業は、コロナ禍の下でも動きを絶やさず、元気に市場の可能性をとらえていくことができている。モスバーガーは、そうした企業のひとつである。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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