父兄対抗リレーで青筋を立てて戦う父親たち…元陸上自衛官が見た"自衛隊員の子育てライフ"
プレジデントオンライン / 2022年3月16日 15時15分
※本稿は、ぱやぱやくん(著)・原田みどり(イラスト)『陸上自衛隊ますらお日記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「我が家の中隊長がお怒りになるから帰ります」
ますらお(※)に子どもが生まれるともう大変です。一家の大黒柱としての意識が強くなり、この子が大学を卒業するまでは自衛隊で頑張ろうと思います。なお、お子さんが生まれる前後は奥さんが実家に帰省をすることが多く、ますらおは官舎でつかの間の独身ライフを楽しむことができます。
※ここでは「陸上自衛官=ますらお」とする。
しかし何年も誰かと共に生活してきたますらおは、一人で生活をすることに孤独感を覚えることが多く、わざわざ営内でゲームをしたり、誰かの官舎に遊びに行ったりします。まるで両親が共働きをしている鍵っ子の放課後のようですが、ますらおはさみしがり屋なことが多いです。
![ぱやぱやくん(著)・原田みどり(イラスト)『陸上自衛隊ますらお日記』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/200/img_6452db2e825b0f938a2c78de874a7947385086.jpg)
そして出産を終えた奥さんが帰ってくると、新隊員教育が始まります。奥さんがますらおに子どもの寝かしつけ方、あやし方などを教え、上手くできないと「そんなのじゃダメ!」と怒ります。人生は学ぶことが多く、大変ですね。そして大好きな飲み会も1次会でお開きにして帰ることになります。「我が家の中隊長がお怒りになるから帰ります」が彼らの口癖です。
また、女性自衛官の場合は出産もあるのでさらに大変です。もちろん産休・育休は取れ、時短勤務なども調整できますが、幼子がいる家庭は戦場。ある方は「幼子がいる家は実戦みたいなものだから、演習よりもキツい」と言っていました。「これから戦いが始まる」と言い残して保育園に向かう姿は、まさに勇者のように見えました。
■子どもそっちのけで父兄対抗リレーに燃える父親たち
ますらおの家に生まれると、普通の家と異なることがあります。それは陸上自衛隊が圧倒的に身近になることです。家が迷彩服などのリアルミリタリーグッズであふれ、官舎に住むと周りの大人はほぼ自衛官になります。そして駐屯地の一般開放や夏祭りに行き、戦車やヘリコプターに乗ることもあります。自衛隊マニアのおじさん達がやることを、ますらお2世達はナチュラルに行うのです。
休日になるとゴジラの映画を見て、「ほら、これがお父さんの仕事だよ」と教育されるので、一般のサラリーマン家庭の感覚が分かりません。絵を描けば戦車やヘリコプターを描くようになりますが、右傾化した愛国少年だからというよりも、戦車やヘリコプターが日常なだけです。
駐屯地や官舎がある地方都市の小学校に進学をすると、クラスメートが自衛官の子ども達だらけになります。そうした小学校の運動会では、父兄にますらお達が多数やってきて、会場の設営・撤収を猛烈なスピードで行います。父兄対抗リレーや綱引きなどの競技があると、子どもそっちのけで青筋を立てて戦うますらお達を見ることができます。運動不足のお父さんは形無しとなってしまうので、気を付けましょう。
■マイホームを手に入れて迎える「黄金時代」
子どもが大きくなると、官舎に住んでいたますらおは「そろそろマイホームを買うか!」という気持ちになり、永住地を求め、住宅展示場にも足繁く通うようになります。陸上自衛官は国家公務員という安定した職業のため、銀行はホクホク顔でお金を貸してくれますし、ハウスメーカーも「絶対に逃がしてはいけないお客さん」として手厚いサポートを受けることができます。バランス釜や虫達の空挺(くうてい)降下と戦ってきた奥さんも「やっとマイホーム!」と嬉しさを隠せませんし、子ども達も「パパ! 僕の子ども部屋はあるの⁉」と目をキラキラさせながら、ますらおの父に話しかけます。
![家の模型](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/670/img_03959949ca96c039196adbe1e0d61e8c409262.jpg)
ちなみに、幹部候補生学校には「この先 住宅展示場」と掲げられた看板があります。そこにはレジャーシートのようなものを器用にテントみたいにして張った「剛健ハイム」という人類として限界ギリギリの住宅が展示されており「いいか、お前ら、訓練中はこの剛健ハイムがマイホームとなる。今から作り方を説明するから1回で覚えろ」と言われました。
![出所=『陸上自衛隊ますらお日記』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/d/670/img_7d4974940113a809c984348056e41f82398738.jpg)
■建てる場所を間違えると「年末年始とお盆」にしか帰れなくなる
そんな時代から苦労して訓練を乗り越え、出世し、結婚し、子どもにも恵まれて、いよいよ本当の住宅展示場に来られるのです。そして、陸上自衛官は「プライベートにおけるますらお黄金時代」を迎え、「あぁ、自衛官になってよかったなぁ」としみじみと感じるのです。
マイホームを建てる場所ですが、転勤が少ない陸曹は自分の勤務地周辺の駐屯地に建てるケースが多く、転勤が多い幹部は利便性の高い首都圏or地方都市に建てることが多いです。特に、防大卒幹部は「よし大分に一軒家だ!」と家を建てると大変なことになります。東北転勤となった際は九州へのアクセスが悪く、交通費もかかるので「年末年始とお盆休みにしか帰れない自分の城」となってしまいます。そして子ども達の楽しそうな写真を見ながら、自分は相変わらず単身赴任先の官舎で、さみしく排水口のヌルヌルと格闘する羽目になります。
■娘が生まれると心の女神にする人が多い
独身時代のますらおの心の支えは恋人ですが、その恋人と結婚をし、子どもを持つとまた話は変わってきます。心の支えが奥さんから徐々に子どもにシフトするようになるのです。もちろん、生活を支えてくれている奥さんも立派な支えですが、やはり自分の子ども、さらにいうと娘さんを心の支えにする人が多くなります。男の子も、もちろん心の支えになりますが、やはり弱みを見せたくないという気持ちからか、娘さんを心の女神にする人が多い傾向にあります。
![親と手をつなぐ少女のシルエット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/1/670/img_51690fda080ca9032b99a3f32759ee41334531.jpg)
家庭を持ってから、レンジャー訓練や幹部候補生学校などの厳しい訓練に参加するますらおの中には、娘の声が聞きたくて仕方がない人達がいます。教官に厳しい指導を受けた夜に、自分の娘に電話をかけ「うん、ちいちゃんも頑張るんだよ……」と話すお父さんや、消灯前のベッドで自分の娘の写真を見てウルウルしているお父さんもいます。かと思えば、お父さん達を厳しく指導している教官もまたお父さんなので、「もちもち~。ゆいたん。今日はにんじん食べられたの~。えらいでちゅねぇ」と単身赴任で会えない娘に電話することだってあるのです。お父さん達は心の支えを大切にして辛いことを乗り切ります。
■娘が地下アイドルになると、ライブを開催することがある
尖ったナイフのようなますらおが、娘誕生と共に牙を抜かれた狼みたいになることもよくあります。戦いしか知らなかった狂戦士達も、娘という「美しい一輪の花」を目のあたりにすることにより「モノトーンの人生に、極彩色の彩り」が与えられ、別人に生まれ変われるのです。ある意味「鬼の目にも涙」といえるでしょう。
なお、自衛官の娘さんが地下アイドルになった場合、駐屯地の一般開放日に「お父さんの職場に来ましたー」とアイドルグループがやってきて、ライブを開催することがあります。そうした場合は、「アイドルは大好きだけど、自衛隊に興味ないオタク」と「ミリタリーが大好きだけど、アイドルに興味ないオタク」、「よく分かんないけど、ぼんやり見ている自衛官」が混在するカオス空間が誕生します。
■「ますらおエリート」として育成される愛息子
一方、特に男の子の場合は「ますらおエリートコース」を歩む可能性があります(ただあくまでも本人が親のますらお気質を引き継いでいる場合ですが)。幼少期からサッカーや野球、柔道などをやり、休日のキャンプでは弥生時代のように摩擦熱で火をおこそうと奮闘します。川に行けば数メートルの岩からダイブし、スキーに行くと急傾斜の上級コースを滑ります。私の同期は父親が陸上自衛官で「Tシャツはズボンにインしないと怒られるから、近所では直していた」や「テストの点数を見て『おおむね良好!』と言われた」と話していました。
![出所=『陸上自衛隊ますらお日記』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/3/670/img_c31073d3c9cf03d30aa1cc9b4ffcd19f405044.jpg)
また、親の僻地勤務に一緒についていく場合は、さらにたくましくなります。南の島の場合は太陽の日射しをたっぷり浴びて、サンゴの海にダイブし、漁師の手伝いで捕まえたヤシガニを茹でて食べるようになります。北海道の道東なら極寒の中スキーをしたり、知り合いの狩猟に同行し鹿肉を堪能したりするようになります。このように、都会では決して味わえない経験をして生き物として強くなるのです。
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防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に幹部自衛官として勤務をしていたが、退職後にのら犬になった男。文章を書く事が好き。「意識低い系」で、自分が主役になるのが嫌い。ミリタリーよりも可愛いものが好き。名前の由来は、幹部候補生学校で教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。
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絵本作家
多摩美術大学美術学部芸術学科卒。ポケモン関連商品デザインに関わり、ゲーム、カード、映画などのイラストやデザインなどを手がける。2014年よりドイツに移住。ヨーロッパのイベントに多数参加。2016年、河野克俊統合幕僚長(当時)ドイツ訪問に際し作品贈呈。2017年、『ふわふわのくま なつかしいドイツの街・ツェレで遊ぶ』(朝日新聞出版)刊行。Twitterにて、ふわふわのくまbot(@fuwafuwanokuma)運営中。
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(元陸上自衛官 ぱやぱやくん、絵本作家 原田 みどり)
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