初代PSは「3万9800円→1万5000円」まで値下げした…なぜ人気ゲーム機の新商品は毎回"高く売り出される"のか
プレジデントオンライン / 2022年3月15日 15時15分
※本稿は、永井竜之介『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)の一部を再編集したものです。
■価格設定に必要な「3つの視点」
プロダクトを発売するとき、重要になるのが価格設定だ。「いくらに設定すれば、最も効果的に顧客へ届けられるのか」は、とても悩ましい課題となる。
価格を設定するときには、3つの視点が必要になる。1つめは、顧客の視点だ。「この商品ならば、この価格で買いたい」と顧客が希望する価格ラインを見極めることで、価格設定の根拠とする。企業としては、基本的にはできるだけ高く売りたいため、顧客が「この価格なら、ギリギリ受け入れられる」と思う上限の価格ラインを発見できることが望ましい。ただし、業務用スーパーなどのように、圧倒的な低価格で顧客を獲得している場合は、逆の戦略をとることもある。「この商品が、どれだけ安ければ顧客は驚き、感動するか」という下限の価格ラインを見極め、その「驚きの安さ」を実現するところから逆算して、プロダクト開発をする。
■魅力的な価格でも、赤字になったら元も子もない
2つめは、競合の視点だ。「ライバルとの競争に勝つには、この価格にする必要がある」という判断に基づいて価格を決める。ライバルよりも安く設定して「お得さ」で差別化するのか、高く設定して「高級感」で差別化するのか。あるいは、あえてライバルと足並みを揃えて価格での差別化をなくしたうえで、品質やデザインなどで勝負に出るのか。競争を念頭に置いた、様々な価格設定が考えられる。
3つめは、自社の視点である。自社の人件費やコスト構造を踏まえて、目標とする利益率を確保できる範囲で、価格を調整する必要がある。顧客の注目を集めるために「驚きの安さ」を実現しようとしても、それを実現できるだけのローコスト・オペレーション(※)ができるのかどうか。どんなに魅力的な価格でも、売れば売るほど赤字になってしまっては元も子もない。自社の実現可能範囲はどこまでか、を明らかにしなければならない。もしくは、自社のコスト構造に無駄がないかどうかを点検し、改善策を考える必要がある。
この3つの視点による価格設定を組み合わせて、あるいはいずれかを特に重視して、プロダクトの価格を決定することになる。
※無駄なコストをかけず、効率的な組織運営・ビジネスの仕組みを作り、機能させること。
■ユニクロはフリースを異例の安さで売り始めた
価格設定における3つの視点を押さえたうえで、特別な狙いを持った価格戦略についていくつか紹介していこう。
新しいプロダクトを発売する際、あえてライバルよりも大幅に安い価格に設定することで、市場のシェアを一気に獲得し、顧客を奪い取り、後追いしてくるライバルを突き放す戦略がある(市場浸透価格)。これは、利益よりも市場シェアを重視し、「まず一気に顧客の心を掴みとる」ことを狙うものだ。
低価格で一気に市場シェアを獲得した成功例として、ユニクロのフリースがある。それまでフリースという商品は、アウトドア用品ブランドが登山・野外用に開発、販売するもので、1万円を超えることも珍しくなかった。それを、街中で気軽に着られるように、1900円という異例の安さで商品化したのが、ユニクロのフリースだった。
1998年のユニクロ原宿店のオープン時には、1階のすべてをフリース売り場にするほど、目玉商品として強力に展開した。「フリースに自信あり。」というキャッチコピーのテレビCMも効果を発揮して一大ブームを巻き起こし、初期のユニクロの飛躍を支える、大ヒット商品となったのだ。
■広めたい商品は「まず安く売る」
2010年の創業以来、急成長を続ける中国の家電ベンチャー・シャオミの製品も、圧倒的なコストパフォーマンスを武器に、世界中で支持を集めている。シャオミは幅広いスマート家電を展開しているが、中でも好調なのがスマホだ。中国国内だけでなく、グローバル市場でシェアを急速に伸ばしている。すでに世界のスマホ市場で韓国のサムスン、アメリカのアップルと共にトップ3の地位を築いている。
そのシャオミが宣言しているのが、「製品の利益率を5%以下に抑え、それを超えた分はすべてユーザーに還元する」という薄利多売の精神だ。これは、顧客に対して「絶対的にお得な商品」を届けると約束していることになる。だからこそ、シャオミのスマホは、ライバルの追随を許さないコストパフォーマンスを実現し、グローバル市場でシェアを一気に伸ばすことに成功しているのだ。
一度、低価格で大々的に発売してしまうと、後から価格を上げにくいという難点はあるものの、戦略的に「広めたい商品」ならば、まず安く売ることが鉄則となる。
■人気ブランドがとれる「まず高く売る」戦略
今度は逆に、あえてライバルよりも高く売ることで、大きな利益を生み出し、早い段階で開発コストを回収する戦略を紹介しよう(上澄吸収価格)。この戦略は、価格にこだわりが薄く、プロダクトへの愛着が強いファン層を最初のターゲットとして販売する。ある程度普及が進んできてから値下げを行い、より広いターゲットへの普及を狙うものだ。
企業にとっては、安さに惹かれる顧客よりも、商品の価格が高くても買ってくれる顧客の方が基本的に優良顧客となる。価格が高くても、いち早く手に入れたいと願うファンがいる人気ブランドほど、「まず高く売る」という選択肢を持つことができる。一見すると上から目線の殿様商売のように思えるかもしれないが、これもブランド価値を確立するメリットの1つと言えるだろう。「まず高く売る」ことによって、高級なブランドイメージを作ることができるが、価格が高すぎたり、ブランド価値や差別化が弱すぎたりすると成り立たない戦略でもある。
■人気ゲーム機の新商品は「まず高く売る」が定石
人気ゲーム機の新商品は、「まず高く売る」価格戦略が採用されやすい。2011年2月に発売された任天堂のゲーム機「ニンテンドー3DS」は定価2万5000円でリリースされた。そして、発売から半年後には、実に4割減となる1万円の大幅値下げに踏み切った。これは、異例とも言える大幅値下げとなったが、まず高く売り、期間を空けて値下げする戦略は、任天堂の他のゲーム機種でも広く採用されている。
ソニーの人気ゲーム機シリーズ「Play Station(以下、PS)」でも、同様の価格戦略が採用されている。1994年にリリースされた初代「PS」は3万9800円で発売されたが、その後2万9800円、1万9800円と段階的に値下げされ、最終的には当初の半分以下となる1万5000円で広く普及していった。この方針は、次世代機のPS2以降でも継承されている。
ゲーム機だけでなく、自動車・家電・アパレルなどにも、この「まず高く売る」価格戦略は採用できる。値下げは簡単にできるし顧客にも受け入れられるが、値上げはそうはいかない。確実に人気を見込める商品ならば、「高く売る」から始めた方が得策だ。
■ビジネスは「種蒔き」と「収穫」に分けられる
ビジネスは、「種蒔き」と「収穫」の2種類に分けることができる。
すべてのビジネスで均一に稼ぐ必要は必ずしもなく、利益は重視せずに顧客を掴む「種蒔き」のビジネスと、ごっそり稼いで収益を生み出す「収穫」のビジネスを使い分ければ良い。
100円均一ショップの商品には、100円で買うのがお得な商品もあれば、100円で買うのが実はお得ではない商品も混じっている。顧客にとってお得な「種蒔き」の商品で惹きつけ、お得ではない「収穫」の商品も合わせて買わせることで儲けている。ハンバーガーショップのポテト、ファミリーレストランのドリンクバーなどは「収穫」の商品として有名だ。原価率が低く、店にとって沢山稼げる商品になっている。
■アップルウォッチは「種蒔き」の商品だ
アップルのスマートウォッチ「アップルウォッチ」は、実は「種蒔き」の商品として効果を発揮している。アップルウォッチは2015年に発売されてから、毎年のようにバージョンアップを重ねて、プロダクトの価値を高め続けている。健康管理・スポーツ・支払いといったスマート機能に加えて、アップルウォッチの特筆すべき点は、時計としてのデザインと機能性の高さにある。純粋に時計として、外装・デザインの品質が優れており、ストレスフリーな設計が徹底されている。
そもそもアップルは、すべてにおいてデザインに強いこだわりを持つ企業だが、アップルウォッチの場合は特にデザインにこだわる必然性が大きい。それは、アップルの視線の先には「ヘルスケア・ビジネス」があるからだ。アップルは、アップルウォッチを装着した人の健康データを活用して、ヘルスケア・ビジネスを強化していくことを宣言している。アップルウォッチを腕に着ける人々の健康データは、同社のビジネスの貴重な資源となるわけだ。だからこそ、情報収集端末を腕に着け続けてもらうために、アップルウォッチは快適性にこだわったデザインと、装着感を徹底的に追い求めたプロダクトになっている。
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高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了の後、博士後期課程へ進学。同大学商学学術院総合研究所助手、高千穂大学商学部助教を経て2018年より現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。日本と中国を生活拠点として、両国のビジネス、ライフスタイル、教育等に精通し、日中の比較分析を専門的に進めている。主な著書に、『リープ・マーケティング―中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)がある。
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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)
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