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「SWIFT排除は"金融版核兵器"にはならない」ロシアへの制裁に欧州が本気とはいえない3つの理由

プレジデントオンライン / 2022年3月5日 18時15分

2022年2月27日、SWIFTのロゴ(ブリュッセル) - 写真=EyePress via AFP/時事通信フォト

欧州連合(EU)は3月2日、ロシアへの追加の経済制裁として、ロシアの7つの金融機関を「SWIFT(国際銀行間通信協会)」から締め出すと発表した。この経済制裁にはどれだけの効果があるのか。元HSBC証券社長の立澤賢一さんは「今回の制裁には抜け道が多く、期待されているような破壊的ダメージは与えられないだろう」という――。

■岸田首相と日本政府はロシアに対抗する「リーダー」

2月27日に、アメリカ・ホワイトハウスのサキ報道官が出した「声明」が、さまざまな方面に波紋を広げています。

声明の中で、岸田首相と日本政府を「プーチン氏のウクライナ攻撃を非難するリーダー」と表現していたからです。

原文では「Prime Minister Kishida and the Government of Japan have been leaders in condemning President Putin’s attack on Ukraine」となっています。

「have been」と、現在完了進行形が使われているので、「リーダーであり続けてきた」といったニュアンスが感じられます。

アメリカがこのような形で日本に言及するのは非常に異例なことで、何らかの必ずしもポジティブではない「意図」が込められているように思ってしまいます。

通常、日本の総理大臣は、就任後すぐ訪米し、アメリカ大統領との会談に臨みます。しかし、岸田首相は昨年10月に第100代内閣総理大臣に就任して以来、いまだにバイデン大統領との直接会談を実現できていません。

バイデン大統領と会えない表向きの理由は「コロナ」ですが、果たしてそうなのか、疑問が残ります。

■真偽不明の「情報」が世界を飛び交っている

「米中貿易戦争」開始以降、アメリカは「反中」を掲げています。一方、日本政府には親中派の議員が多くいますし、経済界には、中国依存型のビジネスモデルを構築する企業も多数あります。

それを踏まえると、アメリカが日本をあえて「ロシアと対抗するリーダー」と表現したのは、「皮肉」か、はたまた「対中国のように、ロシア問題で弱腰になるなよ」と「釘を刺す」のが目的ではないか。そう勘繰ることもできそうに思います。

「日本はアメリカの期待に背くのではないか」。

ホワイトハウスが日本政府にそういう不信感を抱いているからこそ、この「異例の声明」が出されたとも解釈できるのです。

私は、今回の「ウクライナ危機」の本質とは、「情報戦」ではないかと考えています。

ロシアには「ハイブリッド戦」という概念があります。これは、正規軍同士の戦闘以外に、ゲリラなど非正規軍の活動や、工作活動、サイバー攻撃などを含めた戦争を指しています。その一環として、ロシア側からもさまざまな「情報」が流されています。

■SWIFT排除はロシアにとって痛手となるのか

一方、西側諸国も、アメリカを中心に、さまざまな「情報」を流しています。危機の当初から、「プーチンが○日に侵攻する」と言ってみたり、「ロシア軍が撤退を始めた」と言ってみたり、真偽のほどが明らかでない「情報」が多数飛び交っていました。

そのような中、また一つの「情報」が飛び込んできました。

それが「EUがロシアをSWIFTから遮断する」という情報です。

SWIFTとは、「Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication」の略。日本語では「国際銀行間通信協会」と言います。

大雑把に申し上げますと、SWIFTは、貿易の代金などを、国境を越えて送金する際に、送金情報をやり取りするためのメールサービスのようなものです。

そのSWIFTからロシアを完全に排除するということは、「ロシアを世界経済から締め出す」ということだと一般的には理解されています。特に大手メディアはそうした論調です。

しかし、実際にはそうではありません。少なくとも、今回のEUの決定で、ロシアが世界経済から完全に遮断されることはないと断言できます。

むしろ、今回EUが決定した制裁自体も、一種の「情報戦」ではないか。そう懐疑的に見てしまう部分もあります。

銀行に列を作るロシアの光景
写真=iStock.com/tanyss
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tanyss

■最大手とエネルギー部門に強い銀行は対象外

1つ目の理由は、「ロシアの全銀行が対象ではない」という点です。

今回EUが発表したSWIFT遮断対象となるロシアの銀行は、わずか7行に過ぎません。しかも、その中には最大手のズベルバンクと、エネルギー部門に強いガスプロムバンクが入っていないのです。

今回の決定を受けても、ロシアの大半の銀行は、これまで通りSWIFTを使うことができます。もちろん、7つの銀行が排除されるのは痛手でしょうが、ロシアにとって、致命的な問題にはならないと思います。

2つ目の理由は、SWIFTの代替手段があるという点です。

■SWIFTを使わなくても資金移動はできてしまう

西側諸国と対立するロシアは、中国の国際決済システム「CIPS」を使うことも可能です。

そもそも、SWIFTとは「送金の仕組みそのもの」ではありません。あくまで、「資金移動の情報をやり取りする仕組み」です。

同じ国の銀行の間で、資金を移動させる場合は、中央銀行を通すことになります。日本には「日銀ネット」という仕組みがあり、各銀行が日本銀行に持っている「日銀当座預金」を介して、資金を移動させています。

一方、国境を越えて資金を移動させる場合は、日本銀行に該当するような機関がありません。ではどうしているかと言いますと、「コルレス銀行」という存在を通して、資金のやり取りをしています。

つまり、資金移動そのものはコルレス銀行間で行われており、SWIFTはその資金移動の情報をやり取りしているだけなのです。

そのため、SWIFTを使わなくとも、銀行間決済をすることは「理論上」可能です。ただし、送金の事務が大幅に増えるため、貿易を停滞させる可能性は高いです。

ルーブル紙幣
写真=iStock.com/Coprid
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Coprid

■「天然ガスの輸入だけは何があっても続けたい」

そして3つ目の理由が、西側諸国にとって最も厄介な問題になります。

それは、「ロシアを世界経済から遮断すると、西側諸国が大打撃を受ける」という点です。

プレジデントオンラインでの記事(「むしろ米国にとって好都合」バイデン大統領がウクライナを助けない本当の理由)でも触れたように、ヨーロッパはロシア産天然ガスに依存しています。

急激な「脱炭素化」で、ただでさえエネルギー不足に陥っている上に、ロシア産の天然ガスがストップしてしまえば、ヨーロッパ諸国は大混乱に陥るでしょう。そのため、天然ガスの輸入だけは何があっても続けたいというのが、ヨーロッパの「本音」なのです。

もしアメリカが「すべてのロシア銀行をSWIFTから遮断」するよう求めたとしても、ヨーロッパが反対する可能性が高いのです。

実際に、ロシアがウクライナに実弾攻撃開始する前まで、ロシアからのエネルギー依存度が高いドイツは、SWIFTからロシアを排除する案に賛同していませんでした。

とはいえ、「建前」として、何かの制裁をしなければならないわけです。そのため、見た目には強硬手段に見える「SWIFT遮断」を決定しながらも、あえて「抜け道」を残しているという風に、今のところ見えるのです。

■「ロシア制裁」で漁夫の利を得るのは中国

大手メディアには、「SWIFT遮断」はロシア経済に破壊的なダメージをもたらす、という論調も出ています。

もちろん、SWIFT遮断はロシアにとって痛手ではあります。しかしながら、ここまでご説明しましたように、その影響は少なくとも「破壊的」とは言えないと思います。

むしろNATOが軍事的手段を取れない中、「やってる感」の演出のために使われているという風に見ることも可能です。

仮に、百歩譲って「SWIFT遮断」によってロシア経済が大打撃を受けたとしても、それはまたもう一つの「悩ましい問題」を呼び起こすことになりそうです。

それは、「中国が漁夫の利を得る」という問題です。

「SWIFT遮断」により、ロシア産天然ガスの輸出が大きく減少すれば、ロシア経済にとって打撃となります。ただし、その際は、おそらく中国がロシア産天然ガスの「最後の買い手」となるでしょう。

■中国は制裁対象のイランから原油を買っていた

そう判断し得る前例があります。

2018年に、イランに対して「SWIFT遮断」が実施され、イラン産原油の輸出に大きな影響がありました。しかし、そのイラン産原油を、マレーシア経由で中国が買っていたと言われています。

もちろん、国際社会の大多数の国々が「ロシア非難」に染まっている中、中国としてもあからさまにロシアの肩を持つことはできません。

それに、ロシアと中国の間には稼働しているパイプラインが1本しかないという物流上の問題もあります。

一方、中国はオーストラリアとの関係が悪化し、やはりエネルギー不足に悩んでいます。

それを考えると、経済制裁により買い手がなくなったロシア産天然ガスを、中国が肩代わりする可能性は、十分すぎるほどあると考えられます。

■ロシア制裁は「台湾問題」に飛び火する可能性も…

日本人が何よりも懸念すべきなのは、今回のウクライナ危機がどのように日本に影響を与えるかだと思います。

ウクライナ危機は台湾問題に飛び火するでしょうか。

SWIFT遮断によって、西側経済から排除されることになれば、ロシアは必然的に中国との結びつきを強化することになります。また、中国は中国で、「一帯一路」など、アメリカに頼らない経済圏の構築に全力を傾けています。

お互いに必要性に迫られて行動した結果、ロシアと中国は、結果的にその関係を深めています。

ロシアからのエネルギーや食糧の輸入が増加することで、中国は、台湾侵攻後に受けるアメリカの経済制裁を、あまり恐れずに済むことになります。

つまり、「ウクライナ危機」でロシアに経済制裁すればするほど、「台湾問題」に火をつけてしまう可能性があるのです。

ペアになっているロシアと中国の国旗
写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

■ウクライナ情勢は「対岸の火事」ではない

そのため、日本は、「ウクライナ危機」においても、「対中国」を意識した対応を練っていく必要があると思います。

しかし、冒頭で触れたように、日本は「対中国」で、アメリカから「不満」を買っている現実があります。

ウクライナ情勢は、日本人にとって、決して「対岸の火事」ではないのです。それを肝に銘じて、対応していくべきだと思います。

大手メディアの「情報」だけに頼ると、こうした構造が見えにくくなります。世界中の情報を、自分なりの視点で分析できるように、日頃から準備しておくことが、より一層重要になっていると、痛感しています。

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立澤 賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授
住友銀行、メリルリンチ、バンク・オブ・アメリカ、HSBC証券など、長年にわたって国際金融の最前線で活躍。ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など、多彩な一面も持つ。現在、経営者・投資コンサルタントとして活動するほか、若手投資家の育成にも力を注いでいる。オンラインサロン『一流の流儀』

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(元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授 立澤 賢一)

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