「ウクライナを焚きつけたEUの責任は重い」国民性のそっくりな兄弟国が戦争に至った本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年3月8日 13時15分
■ロシアによるウクライナへの軍事侵攻
ウクライナは2022年2月24日からプーチン・ロシア大統領の命令により、ロシア軍の軍事侵攻を受けている。各地で激しい戦闘が行われ、市民を含む多くの犠牲者が出ている。これに対し、世界各国や世界中の市民からの非難が相次ぎ、ロシアへの厳しい経済制裁もはじまっている。
プーチン大統領は侵攻前、ウクライナ東部のドンバス地域にあるドネツク、ルガンスク2州で親ロシア派武装勢力が実効支配する地域を「独立国家」として承認し、2つの「国家」のトップと「友好相互援助条約」を結んだ。
プーチン大統領は、侵攻を開始した24日、国民向けのテレビ演説で、独立を承認したウクライナ東部二州の代表者から軍事支援を要請されたと説明。ウクライナへの軍事作戦は「ウクライナを武装解除し、ロシア系住民などを抑圧した人物を裁く」ためだと語った。
プーチン大統領の「暴挙」の背景にあるのは、現在の国際秩序の基本となっている欧米を中心とするリベラルな価値観こそがロシアの精神的な基盤を破壊するというロシア内強硬派(チェキスト)の危機感であるとされる。プーチン大統領はウクライナを兄弟国と呼び、昨年7月に発表した論文では「ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ可能だ」と結論づけているという(東京新聞2022年2月25日3面)。
一方、ウクライナのほうでは、欧米と一体化していきたいという期待があり、EU欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が2月27日報道のインタビューで「ウクライナはわれわれの一員。加入してほしい」と述べたのを受けてウクライナのゼレンスキー大統領は28日、ウクライナのEU(欧州連合)加盟を申請する文書に署名。「新たな特別手続きによる即時承認」を求めた。なお、後日、フォン・デア・ライエン委員長の発言はEUへの加入ではなく欧州への参加を誘ったものにすぎないと訂正された。
こうしたロシアとウクライナのEUに対する姿勢は、図表1に示した両国民の対EU観の差にも表れている。
以前は、ロシア、ウクライナの国民は、EUの中心メンバーであるドイツやフランスの国民と同様にEUを肯定的にとらえていた。ところが、2014年以降は、ロシア国民はEUに幻滅し、一方、ウクライナ国民はドイツやフランス以上にEUを肯定的に評価するようになっているのである。
それでは、ロシアとウクライナは、それぞれ反対方向を向く、とても兄弟国とは言えない状況になっているのであろうか。
今回の記事では、以下2点について述べていきたい。
・冷戦崩壊後の苦難の経験を共有する兄弟国であるにもかかわらず、今回のウクライナへの侵攻の背景にあるのは、EUやヨーロッパへの見方が正反対になってしまったことから生じた悲劇である。
■子どもに身につけさせたい徳目のトップが「勤勉」の両国民
世界各国の研究機関が共通の調査票で行っている「世界価値観調査」は各国の国民性をデータで理解することに役立つ貴重なデータである。この調査では、毎回、子どもに身につけさせたい徳目の問を設けていて、私は、この設問の結果が世界の各文化圏の国民性の特徴を不思議なほど明瞭に表していると考えている。
図表2には、ヨーロッパを代表させてフランスとドイツ、旧ソ連のスラブ圏からロシア、ベラルーシ、ウクライナの結果を掲げ、両者の中間的位置の国としてエストニア、また、まったく異なる文化圏である日本の結果を参考として併載した。
親が子について心配するのは、友達と喧嘩したり、いじめに遭ったり、いじめたりして、学業に身が入らぬようになることである。この点は万国共通だろう。しかし、そうならぬように子に何を言い聞かせるかは文化圏によって大きく異なる。ただし、外形標準の徳目ともいうべき「礼儀正しさ」は各国共通であり、文化圏によって差がないので、ここでは除外して考えておこう。
表中には登場しないが、イスラム圏諸国においては、ほぼ決まって「信仰心」が一位に来る。信仰をともにする同士で子どもがお互い仲良くし、正しく学業に励めるようにしようとするからであろう。
西欧諸国を中心とするヨーロッパ圏では、表のフランス、ドイツと同様、「礼儀正しさ」を除くと「寛容性」が首位、「責任感」が次位の場合がほとんどである。
自主性を重んじる国民が多いのもこの地域の特徴である。「自分の言葉・行動に責任をもちなさい」という責任感の教えや「わが道を行きなさい」という自主性の教えの影響下では、自然と自己主張が激しくなり、意見の対立から子ども同士のトラブルが増えるので、「お互い、相手の主張を認め、尊重しあいなさい」という寛容の精神の教えでバランスを取って社会が分裂しないようにしているのであろう。
一方、脇目を振らず自分が頑張るという「勤勉さ」が1位で、2位が「責任感」というグループとしてロシアと旧ソ連諸国が目立っている。
2018年3月のロシア大統領戦で圧勝し、通算4選を果たした頃、プーチン氏は、選挙前に流されたドキュメンタリー番組で「彼らはゲームができないし、強くない」と欧米諸国を見下した。また、アメリカ・ファーストのトランプ米国大統領が国民の分断を助長し、難民問題で揺れる欧州で排外主義のポピュリズムが吹き荒れるのにふれて、「欧米が信じるリベラリズムや多文化主義の理想は『失敗に終わった』と断じた」そうである(東京新聞、2018年3月20日)。
また、プーチン氏は、かつてインタビューの中で自分の身を守るために各種の格闘技を習っていた少年時代に得た3つの教訓として「1.力の強い者だけが勝ち残る。2.何が何でも、勝とうという気持ちが大切。3.最後までとことん闘わねばならない」を披露したという(同日夕刊「筆洗」)。
こうした発言からうかがわれるプーチン氏の価値観には、今回のウクライナ侵攻における態度を予感させるものがあるが、旧ソ連スラブ文化圏で重視される徳目が反映しているとも考えられる。
もっともこの文化圏に住む普通の親としては、単純に、子どもが余計なことにうつつを抜かさずに、学業に専心してほしいという期待から「勤勉さ」の徳目をまず身につけさそうとするのであろう。
いずれにせよ、ウクライナの国民性はヨーロッパ風ではなく、明確にロシアと共通であることがうかがわれよう。
■同性愛許容度でもロシア、ウクライナは同じ方向を向いている
次に、現在、国民性の点で共通するところがあるとしても、今後はどうか、すなわち、ロシアとウクライナでは違う方向への国民意識が向かっているのかどうかが問題となる。
同性愛に対する見方ほど世界を二分する倫理的な志向性はないといえる。すでに昨年5月の本連載では、この点をテーマにし、欧米流の高い同性愛許容度は、必ずしも世界的潮流とはいえず、むしろ世界は二分される傾向である点を明らかにした。
この点に着目し、ウクライナがロシアとたもとを分かち、欧米流に近づいているかを確認してみよう。図表3は、図表2と同じ世界価値観調査の結果から、ドイツ、フランスといった欧米主要国とロシア、ウクライナ、ベラルーシといった旧ソ連諸国の同性愛許容度の推移を追ったものである。日本やエストニアは参考データをして掲げている。
これを見ると明らかなように、この40年間に、欧米諸国は同性愛に対してますます寛容さを高めてきていることがわかる。一方、ロシア、ウクライナ、ベラルーシは、もともと同性愛を受け付けない程度が高かったのであるが、一時期、欧米型に向かうかと見えたが、21世紀に入ってからは、むしろ欧米諸国とは反対に許容度が横ばいに転じている点で軌を一にしている。
日本などは欧米の考え方の影響もあって、ほぼドイツ、フランスと並行して同性愛許容度が上昇してきている。だから、日本人は、それが世界共通の傾向だと思い込んでいるフシがある。実際は、むしろそれは欧米先進国やその影響を受けている国民の傾向であるにすぎず、中国、インドといった途上国やロシアなど旧ソ連諸国などでは同じ方向を必ずしも向いていないのである。
旧ソ連圏の中でもエストニアなどは、日本と同様、国民意識が欧米先進国に近づきつつある。これとは対照的に、ロシアとウクライナは倫理的な価値観がまったく同じ方向へと向かっている点が印象的である。
■共通の歴史体験を共有するロシアとウクライナの国民
ロシアとウクライナでは、こうした国民意識の共有だけでなく、歴史体験においても共通性が高い点を次に見てみよう。
2019年の時点で、結局のところソ連崩壊は良かったのか、悪かったのかを旧共産圏8カ国の国民に聞いたピューリサーチセンター調査の結果を図表4に掲げた。
スロバキア、ハンガリー、リトアニア、チェコ、ポーランドは「改善」が「悪化」を上回っている。ただし、この順で、「改善」超過幅がスロバキアの7%ポイントからポーランドの65%ポイントと大きな異なっている。
一方、ブルガリア、ウクライナ、ロシアの3カ国では、少なくとも経済状況については、「改善」されたが20%台と「悪化」の50%台の半分近くとなっており、プラスマイナスで「悪化」しているという結果であった。
主要国を3グループに分けると、
① 大きく改善(ポーランド、チェコ)
② やや改善(スロバキア、ハンガリー)
③ 悪化(ウクライナ、ロシア)
となろう。
また、「市場経済への移行には賛成か」という同じピューリサーチセンターの調査結果を、こちらは時系列データであるが、図表5に掲げた。こちらも3グループ、すなわち
① 一貫して賛成が多い(チェコ、ポーランド)
② 一時期反対が増えたが今は賛成超過(ハンガリー、リトアニア)
③ 賛成と反対が拮抗(きっこう)(ウクライナ、ロシア)
が認められる。ロシアは、最近になって反対が賛成を上回った唯一の国である。
このように、旧共産圏諸国の中でも、ロシアとウクライナは過去のソ連崩壊やこれまでの市場経済体制への移行に関して、ほぼ同一の意見を抱く国民が多いことが分かる。
こうした差が生じている理由は、第一に、西欧に近い旧共産圏諸国のほうが、西欧からの工場進出などで市場経済にスムーズに組み込まれやすかったからであり、第二に、ソ連崩壊で旧ソ連諸国は社会主義時代に周辺共産圏諸国よりソ連経済の恩恵に浴していた反動で経済衰退や社会の混乱が著しかったからであろう。
このように、ロシアとウクライナはソ連崩壊後の経緯や苦難の経験の点でも共通性が高いのである。
■ロシア、ウクライナ両国で高まる国民意識
ロシア、ウクライナ両国は、ソ連崩壊後の厳しい経済衰退や社会混乱の苦難を経て、徐々に経済が回復し、厚生状態が改善され平均寿命も回復し、ソ連時代を上回るようになってきていた。
ソ連の崩壊でそれぞれ別々の国となったロシアとウクライナは、もともと独立国だったポーランドなどとは異なり、当初、ロシア人としての誇り、あるいはウクライナ人としての誇りを抱きにくい状態だった(図表6参照)。
しかし、その後の経済の回復、社会の改善で、国民としての誇りも醸成されてきていたところで、今回のロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。プーチン・ロシア大統領は、ロシア人の国民意識、そしてナショナリズム感情の高まりを受けて、EUへの対抗意識を強め、片やEUへと傾斜する兄弟国ウクライナへの侵攻に踏み切ったのである。
ロシアはプーチン大統領という権威主義的な指導者の下で、大国としての過去の栄光を思い返す形で国民意識を高めてきた。このため、EUへの対抗意識が強まっている。
一方、ウクライナは、親欧米派と親露派の指導者が相次ぎ登場し、それにともなう政争が絶えない中で、国民としての意識が高まり、政治への失望感も深くなっていた。コメディアン出身の現大統領が選ばれたのもそのためであろう。このため、国民性や世界観の上では決して欧米化しておらず、むしろロシアとの共通性が大きいにもかかわらず、政治不信からの脱出先としてEUへの期待が高まる結果となっていた(冒頭に掲げた図表1を参照)。
そうした中で起こった今回の軍事侵攻は、骨肉相食むとでも表現すべき、まことに悲劇的な状況と言わざるをえない。こうなることが分かっていれば、ロシアの野心を発動させないためにもっとはやくウクライナのほうから自主的に、EU・NATOにもロシアにも属さないという中立国宣言を行わなかったのかと悔やまれる。
大義を欠いた軍事侵攻とその惨禍の責任はもちろんプーチン大統領がもっとも重いが、欧州の指導層のほうにも、まるで火遊びのようにウクライナをEUに招き寄せるポーズを示し、ウクライナを焚き付けた責任は免れないだろう。
AERA.dotの取材によると、父ウクライナ人、母ロシア人のロシア人女性(38)は、プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切った理由を、彼女なりに解釈して、こう表現したという。「アメリカやヨーロッパが、お金をウクライナの玄関にわざといっぱい置いて、ウクライナとロシアの兄弟の国同士を喧嘩させようとあおっている」(2月27日の記事<パパはウクライナ人、ママはロシア人の女性が語る“戦争”のリアル 「ケンカを煽り立たのは西側」>)。
案外これが真実に近いという気がしている。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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