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「EVは自動車産業の破壊者である」そんな議論を続ける限り、日本車の敗北は避けられない

プレジデントオンライン / 2022年3月17日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pollyana Ventura

世界で進むEV(電気自動車)シフトの流れに、日本車メーカーは消極的だといわれる。なぜなのか。元東大特任教授の村沢義久さんは「『EVシフトは日本の自動車産業を破壊する』と言われるが、もはやそうした議論は意味がなくなっている」と警鐘を鳴らす。経済ジャーナリストの井上久男さんとの対談をお届けする――。(第1回/全3回)

■「日本車敗北」の危機感が足りない

【井上久男氏(以下、井上)】村沢先生が出された『日本車敗北』(プレジデント社)ですが、興味深く拝読しました。本のタイトルではないですが、このままだと日本車が敗北してしまうというのは、私も同感です。また、その危機感が日本にはまだまだ足りないように思います。

【村沢義久氏(以下、村沢)】私の記事がヤフーニュースに載ると、「EVシフトは起こらない」「この著者の意見は間違いだ」といったコメントがたくさんつきます。かつてはそういう意見と議論していこうと思っていましたが、いまはもうやめてしまいました。

そういう人たちは、幕末の「攘夷論者」と同じで、考えが内向きになっていて、聞く耳を持たないからです。この『日本車敗北』という本では、「EVはダメだ」という意見はあまり気にせず、とにかく事実だけを書いたつもりです。

■賛成派、反対派の「神学論争」になっている

【井上】いま日本では、あるメーカーに近い一部のモータージャーナリストらが、「EV推進反対論」を主張しています。もちろんそれに対抗する形で、一部に「EV推進論」があることも事実ですが。

しかし、もはやそうした議論に意味がなくなってきていると思っています。これは「神学論争」のようなもので、どちらが正しいか、現時点で結論は出ない。「EV反対派」にも一定の理屈があり、出してくるデータもまんざら嘘ではない。

ただ、カーボンニュートラルの流れと、DXの加速を背景に、世界はいま、産業革命の真っただ中に置かれています。これから内燃機関は新しい動力源にシフトしていくでしょう。そうした中、長期的な視点では、「EVシフト」に一日の長があるでしょう。

そのほうが、新たな産業が生まれ、国際的な競争力も高まるので、結果として国民の生活が豊かになるでしょう。

【村沢】あと、EVシフトには「脱炭素」という側面があります。国際社会のガソリン車規制はどんどん進んでいきます。そのため、EVが好きじゃない人でも、いずれはEVに乗らざるを得なくなると個人的には見ています。

一部のジャーナリストが、日本国内で何を言おうと、世界はそういう方向に進んでいるのです。あと数年たてば、「EV反対派」も、かなり少なくなるように思います。

本来、反対意見があるほうが、議論が活発になっていいのですが。ただ、建設的に議論しようにも、彼らは外の世界を知らなさすぎます。

■「ユーザーはEVを求めていない」のウソ

【井上】日本の一部のモータージャーナリストは、「ユーザーはEVを求めていない」と言っていますが、それはウソじゃないかと思いますね。

実際、ユーザーはEVを歓迎しています。「脱炭素」とか、環境にやさしいという面が強調されがちですが、実際にEVを購入している人に聞くと、「EVのほうが面白い」「使い勝手がいい」と答えますから。

また、世界を見渡すと、車のスマート化が進んでいます。中国の小鵬汽車(シャオペン)のように、車のキャビンが映画館になるとか、そういった新しい体験を提供するEVが続々と登場しています。

若者たちが「EVのほうがかっこいい」と思うようになれば、ガソリン車中心の世の中は、あっという間に変わってしまうと思います。

【村沢】中国の小鵬汽車は世界のEVメーカーランキングの20位以内に入っている、注目のEVベンチャーですね。

【井上】19年に現地で取材しました。かなりテスラを意識していて、今後伸びそうな印象を受けました。

【村沢】同じ中国のNIOも注目のEVベンチャーです。いまのところ月別ランキングには入ったり入らなかったりですが、今後上昇してくると思います。

■EVは都市よりも地方で売れる

【村沢】私の記事には「EVは所詮ヨーロッパ、アメリカ、中国でしか売れない。新興国では日本車が強い」というコメントも寄せられます。しかし、むしろ新興国のほうがEV化を受け入れやすいとという面もあります。

新興国の中にはEV産業を育成しようとする国が増えています。ベトナムではビンファーストというEV企業があらわれていますし、おそらくインドも今後「EV大国」となってくるでしょう。EVは構造の複雑な内燃機関がないため、新興国でも取り組みやすいのです。

経済ジャーナリストの井上久男さん
経済ジャーナリストの井上久男さん

【井上】インドネシアのジョコ大統領はEVをやりたがっているそうです。タイなんかでも同じような傾向がありますね。

【村沢】新興国にガソリンスタンド網を整備するのは大変なんですよ。輸送だって手間がかかる。でもEV用の充電ステーションなら、電線さえ通っていれば簡単に整備できます。1カ所あたりの費用もせいぜい数百万円で済みますから。

【井上】日本でもガソリンスタンドの経営難、後継者難が叫ばれています。EV化は、自宅で充電できる点でもメリットが大きいように思いますね。

いま日本のEV販売は、実は岐阜県など、軽自動車が売れている地域で好調です。どうも、地方の過疎化でガソリンスタンドが減っていることが影響しているようなんです。

【村沢】それは紛れもない事実だと思いますね。地方だと、最寄りのガソリンスタンドまで十数キロ、という環境もめずらしくありません。「EVは都市でしか使えない」といったイメージもあると思いますが、EVはむしろ地方で売れるような気がします。

■経営トップは情報を選別する目を持つべき

【村沢】日本の言論環境には改善の余地があると思います。福島第1原発の事故当時、私は東京大学の特任教授でしたが、事故前には東電から研究費を提供されていた一部の研究者が、原発の安全性にお墨付きを与えている姿を目にしました。

同様に、日本の一部のモータージャーナリストは、EVについて正確な情報発信をしていません。

元東大特任教授の村沢義久さん
元東大特任教授の村沢義久さん

【井上】「EVは補助金がなければ成り立たない商売だ」とか、そういう主張をするモータージャーナリストもまだまだいますね。ただ、EVを買う人は、これからどんどん増えていくと思います。

【村沢】より深刻な問題は経営者の姿勢です。仮に、御用モータージャーナリストが、疑わしいニュースを発信していたとしても、賢明な経営者なら、そのような情報を信用すべきではありません。

メーカーのトップは、情報を選別する目を持つべきです。

■内向き化する日本車メーカーの経営者

【井上】トヨタ自動車社長の豊田章男氏は、祖父豊田喜一郎氏を尊敬しておられるそうです。その豊田喜一郎が残した有名な言葉に、「障子を開けてみろ、外は広いぞ」がある。要するに、日本人は世界を見るべきだということです。

ただ、いまの日本車メーカーのトップは、世界を見ているでしょうか。

【村沢】私は豊田章男社長がアメリカに留学している時に、インターン先探しなどでお手伝いさせていただいたことがあるんです。また、日本に帰国されて、営業マンとして仕事を始められた時に、彼から最初に車を買ったのは私なんです。そんな縁で、結婚式にも呼んでいただきました。

お付き合いがあったから言うわけではないのですが、豊田社長ご自身は、英語も上手だし、海外にもよく行かれているし、非常に優秀な方だと思います。ただ、「トヨタの経営戦略」として見ると、世界が見えていないように感じるんです。

【井上】私も豊田社長は個人としての能力やセンスがある人だと思います。ただ、業界を代表する日本自動車工業会の会長をしているため、業界トップとしての見解と、トヨタのトップとしての見解とを使い分けているような感じもあります。

そのため、EVシフトすると仕事が減ったり、競争力が落ちたりする企業の意見もくみ取り、EVシフトに物申す、といったスタンスになっている気がします。

■「生産技術」という日本の強みが負けはじめている

【井上】EVに関して豊田社長の言っていることは、かなり矛盾しているように思います。

【村沢】その通りですね。

【井上】豊田社長は、「EVシフト」は日本の自動車産業を破壊する、というようなことを言っておられます。ですが、世界のEV化に乗り遅れるほうが、日本の自動車産業にとって、致命的なダメージになるのではないかと思います。

たとえば日本メーカーの強みは、工場の生産技術にあったわけです。海外の高級車のようなスマートなデザインや、ブランド価値はなくても、工場がしっかりしているから、高品質な車を比較的安価で生産できていた。

しかし、その生産技術の点で、すでに日本車メーカーはテスラに負けはじめています。これまで約70部品を集め、ロボットで溶接して車体の一部を作っていた工程を、テスラはギガプレスという装置を開発し、まるごと一発で成型しています。テスラは派手な部分が注目されがちですが、実はそういう既存の自動車メーカーにない地味な技術も凄いんです。

自動車産業で働くロボット
写真=iStock.com/josemoraes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/josemoraes

■「格安EV」が新興国の需要をかっさらっていく

【村沢】トヨタ流の「カイゼン」だとか、日本車の生産技術の高さはある意味神話化していますが、世界の技術はもっと上を行っていますね。

21年末に、トヨタは記者会見で「2030年にはEVの世界販売を350万台とする」と発表しました。この計画については「他のメーカーに比べると少ない」「総販売台数1000万台のわずか35%にすぎない」など、いろいろ言われていますが、私は、「そもそもトヨタの販売台数は2030年に1000万台を割っている」と予想しています。

また、「EVを350万台売る」のも、達成困難ではないかと思っています。

【井上】まだまだ自動車が普及していない地域もあるので、世界の自動車需要は今後増えるとは思います。ただ、その増加分のシェアをトヨタが本当に取れるかどうか。新興国では格安EVの需要が高まっています。

中国で50万円を切るEV「宏光MINI」が人気ですが、こうした車が新興国需要をかっさらっていく可能性はあると思います。

■トヨタは本気で「EVシフト」するのか?

【村沢】トヨタのEVシフトの要因の一つとして、環境保護団体などからの「外圧」があると思います。

【井上】海外からどう見られているかは、かなり気にしているのだと思います。会見では実物のEVをたくさん並べたので、一部のメディアは「さすがトヨタ、もう実物ができている」と大絶賛したんです。ただ実際には、さすがに間に合っていなくて、半数くらいは張りぼてだったんです。

もちろん、2030年の計画を発表しているので、実車が間に合っていないことは別におかしくはないのですが、かなり焦って見栄えを整えようとしている、という印象は受けましたね。

【村沢】「外圧」を気にしているとなると、トヨタはさらにEVシフトを加速させるかもしれないですね。

【井上】社内には混乱もあるようです。堅実な社風なので、じゃあ具体的にどうやって電池を調達するかとか、そういう議論も起こっていると聞きます。

■「毎日手を洗え」喜一郎の精神と反するのでは

【井上】ただ、実際にはすでにトヨタはEVシフトを進めています。

村沢義久『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)
村沢義久『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)

下山工場では20年1月にエンジンの生産ラインを2本から1本に減らしています。また、エンジンに絶対必要な「燃料噴射装置」は、これまでトヨタ、デンソー、愛三工業の3社にまたがっていましたが、今後は愛三工業に集約することになっています。このように、ガソリン車からEVへの切り替えを意識した動きは見られます。

トヨタの豊田喜一郎は「現地現物」と言い、技術者に「毎日手を洗っているか」と問いかけたそうです。つまり、技術者は現場に出て、手を動かせと言っているわけです。

EVも、実際に手を動かして作ってみないと分からないわけです。なのに、「部品メーカーが崩壊する」「電力事情でEV化できない」と言うのは、そうした豊田喜一郎の精神に反するように思います。

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村沢 義久(むらさわ・よしひさ)
元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修了(情報工学専攻)。スタンフォード大学経営大学院にてMBAを取得。その後、米コンサルタント大手、ベイン・アンド・カンパニーに入社。ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン日本代表を経て、ゴールドマン・サックス証券バイスプレジデント(M&A担当)、モニター・カンパニー日本代表などを歴任。2005年から2010年まで東京大学特任教授。2010年から2013年まで東京大学総長室アドバイザー。2013年から2016年3月まで立命館大学大学院客員教授を務める。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)、『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)、『電気自動車』(ちくまプリマー新書)、『手に取るように地球温暖化がわかる本』(かんき出版)など多数。

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(元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント 村沢 義久、ジャーナリスト 井上 久男)

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