「年下は呼び捨てにして当たり前」そんな世界の非常識がまかり通るから日本は生きづらい
プレジデントオンライン / 2022年3月12日 15時15分
※本稿は、岡田豊『自考』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■日本人になじみの薄い「エイジフリー」という言葉
エイジフリー。聞き慣れない言葉です。エイジ(年齢)から、フリー(解放、自由)になる。雇用の分野では、年齢を基準にせず、年齢にとらわれずに働くという意味合いがあるようですが、ここでは、もっと広く、「年齢を気にせず、すべての世代がフランクに、誠実に向き合う」という意味で使いたいと思います。
先輩と後輩。上司と部下。年上と年下。高齢者と若者。何だか、どれも壁を感じる対の言葉です。年下は年上を敬わなければいけない。後輩は先輩の言うことを聞いて先輩を立てなければいけない。部下は上司に従う。高齢者は若者と話が合わないと決め付けて毛嫌いし、若者は高齢者を説教臭いと決め付けて敬遠する。
すると、高齢者はますます話し相手がいなくなり、孤独になります。部活動で後輩が先輩からレギュラーを奪い、先輩が補欠になると、その後輩は気を使ってやりにくくなるし、先輩からいじめられるケースも出てきたりします。
会社では、年下の後輩が上司になるのは当たり前の時代。その後輩の上司が先輩の部下では仕事をしにくいからと、その先輩をその職場から移動させたり、会社の外に出向させたりもします。何だか、「エイジ(年齢)」のせいで、みなさん、お互いが損をしていないでしょうか。その損が積み重なって、社会全体で大きな損失となり、社会の閉塞感を生み出していないかと考えました。
礼節正しい日本人だからこそぶつかる年齢の壁。でも、そんな年齢の壁をある程度、取っ払えないでしょうか。年下の可能性をつぶさない。年上の可能性をつぶさない。
お互いに尊重し合い、人としてのマナーを守れれば、エイジフリーは、かなり有益な手段ではないかと思います。
■お互いの尊重に年齢の上下は関係ない
私は若い人と心を開いてもっと話をしたい。若い人から学ぶことはたくさんある。年齢が30歳離れていても、関係ありません。若い人の本音を聞いて学びたいし、私の本音を聞いて批評もしてもらいたい。壁を取り払ったら、きっと楽しいだろうと思います。
その組織の限られた価値観の中で、先輩が必ずしも後輩より秀でているとは限りません。もし後輩の方が秀でているならば、先輩はそれを受け入れればいい。例えば、年下の上司だからといって、自らの可能性にフタをするのはナンセンスです。若い人も遠慮なく、中高年に言いたいことを言うべきだし、きっと心を開いて話せたら、有益なことがたくさんあるのではないかと思います。
お互いに人間を尊重し合えるのであれば、年齢の上下は関係ないと思うのですが、いかがでしょうか。後輩が上司になったという理由だけで、有能な先輩をいちいち本社から子会社に出向させていたら、会社の損失にもなりかねません。
「年長者を敬う文化があるから、日本ではなかなか難しいのではないか」。知人はこう言います。そうかもしれません。確かに大きな理想論かもしれません。でも、エイジフリーという柔らかいセンスは、様々な可能性を高め、広げてくれるかもしれません。
■「相手をどう呼ぶべきか」という日本独特の“壁”
日本人の横並び意識や序列社会の背景の一つに、相手をどう呼ぶかという呼称の問題があります。「山田さん」「山田君」「山田」。例えば、山田さんのことを呼ぶ時、少なくともこの3通りがあります。「山田さん」と呼ぶ場合、この山田さんは、初対面の人か、自分より年上の人、先輩や上司などになります。次に、「山田君」「山田」と呼ぶ場合、山田さんは、同級生や同期、または後輩や部下などです。
英語や中国語は比較的シンプルですが、日本語はややこしいです。繊細な日本の文化を象徴する大切な呼称かもしれません。ただ、こうした名前の呼び方に反映されている意識が、日本人の横並び意識や序列社会の背景となり、画一的な社会を助長しているのではないかという問題提起です。これが、時には人の判断を萎縮させたり、人生の選択肢の幅を狭めたりしていないかと気になっています。
1年や2年浪人して大学に入る人はたくさんいます。大学院を出て就職すれば、職場での年齢差は開きます。せっかく大学院まで出たのに、職場で年下の先輩に、呼び捨てにされるケースもあるでしょう。呼び方をめぐって、戸惑ったり、不愉快な思いをしたりした経験は多くの人が有していると思います。年齢差や組織での順番によって、相手をどう呼ぶのかという意識は、日本社会である種の「壁」になっているのではないでしょうか。
円滑なコミュニケーションを図るために、上司部下や年齢に関係なく、「さん」で呼び合う会社もあります。確かに、職場や学校など、家族や親しい仲間同士以外では、全員がお互いを「さん」と呼び合うのは、良いアイデアだと思います。「さん」で呼び合えば、すっきりして、威圧、萎縮、遠慮など余計な感情が入り込む余地が小さくなるかもしれません。年齢や立場に関係なく、みなさんが「さん」づけで呼び合うようになれば、前述した「エイジフリー」も社会に広がりやすくなるのではないでしょうか。
■「お前」呼ばわりはパワハラになる可能性すらある
職場で、上司や先輩が、部下や後輩を「お前」と呼ぶのをやめてほしい。
こんな声を最近よく聞きます。「お前」と呼ぶ人にとっては、「親しみを込めて言っているのに」という理屈もあります。
しかし、受け止める側の意識は、必ずしもそうではありません。不愉快と感じる人もいます。上司が部下に「お前」という場合、状況や受け手の感じ方次第では、パワハラに該当するかもしれないといった考え方も出てきています。時代はここまで来ています。
例えばですが、お互いに「さん」と呼び合うようになれば、すっきりするかもしれません。「うちの主人が」「お宅のご主人はどう?」。妻などが夫のことを「主人」と呼ぶケースはいまだに多いと思います。でも、「主人」って、ちょっと変な感じがします。夫が主人なら、妻は何なのでしょうか。「主人」とは、古い「家」の制度、文化を引きずった言葉なのでしょうか。名前で呼んだり、「夫」「妻」「相方」「パートナー」と呼んだりすれば、上下関係や格付けされた印象を感じません。
普段、当たり前のように使っている言葉でも、自考してみる必要がありそうです。
■教師、医師、政治家は皆「センセイ」なのか
「先生」「センセイ」と呼ぶ相手はどんな人たちでしょうか。
人それぞれですが、私は、自分に教えてくれた学校の教員や恩師は「先生」と呼びます。同様に、私を真剣に診察しようとしてくれる医師は「先生」と呼びます。軽率な感じの医師は「○○さん」と名前で呼びます。私を教育しようとしてくれたり、私の病気を本気で治療しようとしてくれたりする大切な役割の人に対しては、尊敬と信頼、責任を果たすべきだという願望も込めて「先生」と呼ぶことにしています。
政治家はどうでしょう。若い記者時代、政治家を取材する時、先輩記者に倣って、国会議員を「センセイ」と呼んでいました。媚びる感じがして抵抗がありましたが、「○○議員」と呼ぶよりは「センセイ」と呼んだ方が、相手が振り向いてくれるかもしれないといった下心があったのかもしれません。
しかし、やがて疑問に思い、ある時から、やめました。自らの利益を優先するような政治業の人が多いと感じ、センセイという呼称がはばかられたからです。重責を果たし切れていない議員を「センセイ」と呼べば、議員が増長し、勘違いしてしまうかもしれないなどと考えました。
■被告を「さん」付けで呼ぶようになった裁判官
2014年3月、埼玉県川口市で起きた17歳の少年による祖父母殺害事件。借金があった母親が少年に「殺してでも借りてこい」と指示したといいます。不幸な幼少期だったことなども踏まえ、検察は死刑ではなく、無期懲役を求刑。その年の12月、さいたま地裁(栗原正史裁判長)は懲役15年の判決を言い渡しました。
産経新聞によれば、判決後、栗原裁判長は少年に次のように説諭したそうです。「お母さんにも原因はあるかもしれないが、君の責任はなくならない。ひと2人が亡くなったことの意味を一生考えてほしい」「君が刑期を終えて社会に戻ってくるのを、君を思ってくれている人たちと一緒に、私たちも待っていようと思います」。
裁判長自らも待っている、と呼びかけた栗原さんの言葉は話題になりました。
また、栗原裁判長は、被害者遺族として検察側の証人に立った少年の母の姉に対して、「決してあなたを非難しているわけではないが、周囲にこれだけ大人がそろっていて、誰か少年を助けられなかったのか」と問いかけたそうです。
法廷で裁判官が、自らの思い、感情をどこまで投げかけていいのか、賛否があるかもしれません。でも、栗原さんは、少年のことを自分の頭と自分の心で自考し、判決を本気で出そうとしたのではないでしょうか。少年を殺人犯に追いやった背景に、「社会」の責任もあるとすれば、栗原さんはその「社会」の中に自らをも含めて考えたのかもしれません。
さいたま地裁で裁判員裁判を担当していた栗原さんは、ある裁判員の言葉に影響を受けました。朝日新聞によれば、ある事件の協議中、栗原さんは裁判員から次のように指摘されました。「裁判官って、被告を呼び捨てにするんですね。普通、社会でそんなことってないですよね」。それまで栗原さんの目には「被告は裁かれる対象にすぎない異分子」と映っていたそうです。しかし、その裁判員は、被告を同じ社会にいる構成員、いわば“仲間”と捉えていました。
栗原さんは、それから、被告に「さん」を付けて呼び、丁寧語で語りかけるようになったそうです。やり方を変えたのです。上から見下されるのではなく、「さん」付けで呼ばれ、丁寧な言葉で語りかけられた被告は、何を感じるのでしょうか。
同じ目線に立とうとする裁判官の言葉は、被告の心に響くのかもしれません。
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ジャーナリスト
1964年、群馬県生まれ。日本経済新聞、共同通信記者を経て2000年からテレビ朝日記者。元テレビ朝日アメリカ総局長。トランプ氏が勝利した2016年の米大統領選挙や激変するアメリカを取材。共著に『自立のスタイルブック「豊かさ創成記45人の物語」』(共同通信社)などがある。
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(ジャーナリスト 岡田 豊)
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