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イェール大名誉教授「目玉焼きに見る"日本の息苦しさ、同調圧力の正体"」

プレジデントオンライン / 2022年3月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

■アメリカの目玉焼きは6種類もある

評論家で、勝間塾の主宰者の勝間和代さんとは長い友人である。「デフレの日本を救うには金融拡大が必要だ」と意見を述べても、日本銀行をはじめとして、経済学者、官庁エコノミスト等が、ほとんど私の話を聞いてくれなかった頃、勝間さんはデフレの深刻さを理解して政府を説得しようとしてくださった。2010年には、『伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本』(若田部昌澄日銀副総裁を含め3人による共著、東洋経済新報社)を出版し、そのときからの友人である。

勝間さんがユニークなのは、本で得られる知識から思考するだけでなく、日本人の日常を直視して生活のアドバイスや評論活動を展開するところにある。他人に学ぶのではなくて、日頃の生活の中に問題を発見し、知性を働かせて日々をより豊かなもの、充実したものに変えていこうとする。生活に密着した“勝間節”は面白く有益である。共著者のよしみで、私は勝間塾の名誉会員であるらしく、時にゴルフの「ホール・イン・ワンを達成しました」などという朗報が届く。

22年2月16日の勝間塾のニュースレターに「アメリカの目玉焼きは6種類もある」という記事が載った。それは日米文化の差を説明するときにいい例で、イェール大学の日本経済の講義でも議論した話だったので、ここでも取り上げさせていただく。

日本で目玉焼きは、ふつう1種類しか思いつかない。勝間さんは、ファミリーレストランのデニーズに行って、「ベースドエッグモーニング」と「サニーサイドアップモーニング」の2種類の目玉焼きがあって、両者の違いがわからなかったという。そこから興味を持って調べると、アメリカには6種類の目玉焼きがあることに驚いたそうだ。

「ベースド・エッグ」は日本で定番の、蒸し焼きの目玉焼き。「サニー・サイド・アップ」は蒸し焼きにしない方法だ。

このほかに、両面焼きで黄身を液状に仕上げる「サニー・サイド・ダウン(オーバー・イージー)」、オーバー・イージーで黄身を半熟にする「オーバー・ミディアム」、黄身もしっかり火を通す「ターン・オーバー」、ターン・オーバーより弱火でじっくり固めに焼く「オーバー・ハード」と6種類ある。アメリカで目玉焼きを頼むときは、その6種類のうちどれにするかを聞かれる。日本では、まずないことだろう。

アメリカでは目玉焼きの焼き方に細かな種類がある

■イェール大学では文化の多様性を教える

目玉焼きで日米文化の違いを考えると、次のようなことになる。米国人は個性を重んずるので、卵の焼き方の細かなところまで各人の嗜好を尊重する。他方、日本人は「半熟がいい」といった好みがあったとしても、目玉焼きを頼むときに焼き方を指定するのは「わがまま」だと思い、我慢する。日米の文化を比較すると、米国人はわざわざ調理の方法にまで自分の意思を尊重し、人生の生きがいを自分の個性に合うように精いっぱい追求しているのが食生活から読み取れるのだ。

米国の文化がいいというつもりはなく、皆と一緒に同じことをする日本の文化は日本人の知恵であったともいえる。日本社会のルーツは農耕文化にあり、その名残が根強く残っている。農作のために灌漑や稲刈りなどを行うには、村全体が協力して行う必要がある。個人が「わがまま」を言っては、村八分の扱いを受けてしまうから、個人の考えや好みを示すことは控えるようになる。

このようなことはすでに文人哲学者だった和辻哲郎が古典『風土』で、美しい文章で記しているところである。「風土」とは、単に気候だけでなく、自然に対応した生活習慣、考え方であり、それは自分たちの置かれた自然環境にどう対応するのか、というところから生まれてくる。

和辻氏の説明によれば、地球上の地域を分類してみると、「砂漠」地域では、人類は砂漠の脅威とただ闘うことになる。日本の置かれている「モンスーン」地域では、嵐(台風)が来たときにはお互いに我慢しつつ、いつもは協力しつつ自然に順応する生活を送る。ヨーロッパは――このあたりイタリアに留学した和辻氏は多少西洋かぶれしていたようにも見えるが――「牧場」である。自然に対して人間が合理的に働きかける余地があって、ルネッサンスから近代文明が生まれ、経済発展が起こったという。

私がイェール大学で日本経済を教えるとき、アメリカ社会・経済のあり方が唯一であると信じている学生の偏見を解くため、『風土』の英訳を必読書に課した。経済学の授業としては型破りではあっても、他地域の経済・社会の違いを理解する基礎にはなったと思う。

■個性の抑圧を和らげてはどうか

というわけで、私がいつも批判的に見ている日本人の協調性・同調性や個性を抑圧する慣習も、自然環境の影響があることがわかる。

高度成長期における日本の経済成長は、電気製品や自動車の製品開発・大量生産によるところが大きい。「カイシャ(会社)」は世界共通語になったが、実は日本の会社組織が伝統的な農耕社会の延長であることを示していた。「モノづくり」の日本は、従業員が会社に集まり、時には寝食、コンパ、運動会まで一緒にしようとする傾向が強かった。上役とレストランに行く会社員は、上役と同じものを注文することが今も少なくないと思うが、よく日本の風習を示していると思う。

しかし、近ごろは日本でも、ファミリーレストランやホテルのビュッフェでは、卵料理でも種類を選択できるようになりつつあって、変化が起こっている。もちろん和食の朝食では、種類が選べなくても、料理人が工夫してつくってくれた目玉焼きを堪能するのもいい。一方で、アメリカのように焼き方を選べるのも個人としてはメリットがある。どちらがいいかというのではない。身近な料理の調理法ひとつとっても、日米の社会の違いを感じることができるのだ。

ただ、日本社会は今や農耕社会ではないことは言うまでもない。1人でもパソコンで仕事できるし、製造業もサービス業も全員一律に働く同調性の必要がなくなり、少しずつ多様性が認められ始めている。「伝統であるから」という理由だけで、一律な働き方や生活を続けていたら、同調圧力を感じて息苦しさを感じるようになってしまう。せっかく生まれてきた一回きりの人生だから、自分だけが持つ個性を生かす人生を十分に楽しむことを考え始めてはいかがだろうか。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 撮影=石橋素幸 写真=PIXTA)

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