映画館、ジム、日本風の大浴場…カリブ海に浮かぶ「児童性愛の島」に潜入したジャーナリストが見たもの
プレジデントオンライン / 2022年3月12日 15時15分
2020年7月2日、米東部ニューヨーク州の連邦検察当局が記者会見で使用した、米富豪ジェフリー・エプスタイン被告(左)と元交際相手ギレーヌ・マクスウェル被告の写真(米ニューヨーク) - 写真=AFP/時事通信フォト
■携帯電話のGPSは役に立たなくなった
セント・トーマス島に予約していたコテージを探すために、フォトグラファーのエミリーと私がレンタカーの青いジープで出発したのは夜の8時過ぎだった。所番地はわかっていたが、山奥に入り、道の傾斜が急になればなるほど、爪が膝に食い込んできた。携帯電話のGPSは役に立たなくなった。でこぼこの急坂の、しかも左側を走るなんて私だったらはじめから無理だ〔セント・トーマス島はアメリカ領だが車は左側通行〕。ふだんの右側通行のときですら運転が苦手なのに。
その夜はふだん沈着なエミリーでさえ、どこに向かっているのか、本当に着けるのか不安を表すようになった。
そのすばらしいアイデア——少なくともはじめはそう思っていた――を思いついたのは私だ。ありきたりなホテルなんかやめて、崖の上にあって大きな窓とテラスがついていてカリブ海を180度見晴らせるエアビーアンドビーの快適なコテージに泊まって、エミリーに喜んでもらおう、って。
サイトの説明文は申し分ないし、写真は息を吞のむほど美しいし、値段も手ごろだった。うまくいかないわけある?
■島の情報通「アイランド・マイク」が同行
オーナーには何度か電話したが、道案内はこんな感じだった。「青い家のある突き当たりまで行ったら、郵便受けのまえを右に曲がり、牛のいるところをまた右に曲がって。白い壁が見えてきたら、そこにうちへの私道があるの」
セント・トーマス島の細い山道をとにかく進んでいくうち、アルフレッド・ヒッチコックの映画『泥棒成金』で、グレース・ケリーがパウダーブルーのコンバーチブルのハンドルを握り、海岸沿いのフレンチ・リビエラを全速力で駆けるカーチェイスのシーンが浮かんだ。
一歩まちがえれば、山の斜面に飛び出してしまいそうだ。急な坂をのぼりきったら、目を閉じて息を止めなければならない。そこからの下り坂ではカリブ海に突っ込みそうな恐怖でダッシュボードをつかんでうめくしかなくなるから。
先導する車がなかったら、目的の家はおろか、町へ引き返す道もわからなかっただろう。島に住む情報源たちと数カ月前から話をするうち、そのなかのひとり、私が「島(アイランド)のマイク」と呼ぶ情報源が、私たちふたりでは崖の上にある家をうまく見つけ出せないだろうと予測して同行してくれたのだ。
■予約したコテージは「殺されるのにぴったりの場所」
道案内で聞いていた白い壁のところの私道にようやくたどり着いてからも、家の扉までは私には90度近くに見える傾斜をのぼらなければならなかった。あたりの地形に慣れていてSUVを運転するアイランド・マイクが、私たちを誘導して坂道をのぼっていった。
濃い赤のライトに照らされたコテージは、外観も内部もエアビーアンドビーの写真とはまったくちがっていた。エアコンはなく、窓にはカーテン代わりにシーツがかかっていた。エミリーは写真を撮り、この建物が広告にあったようなロマンチックな島の保養場所ではないことを突きつけた。
だがもう夜も遅いので、なんとか一晩やり過ごして朝になったら新しい宿を探しにいこうと提案した。
エミリーははねつけた。
「ふざけないで。こんなところにはいられない。殺されるのにぴったりの場所だよ! 何かあっても誰にもわからない」
アイランド・マイクも、女性がふたりだけで泊まるような場所ではないと言った。町から離れすぎて携帯電話も使えない。彼は、ホテル探しがたいへんだろうから手伝うと申し出てくれた。セント・トーマス島は2017年9月にハリケーン・イルマで受けた壊滅的な打撃からまだ回復しておらず、多くのホテルがまだ修繕中だったり完全に閉鎖したりしていたのだ。私はその日の夜、ダウンタウンのバーで別の情報源と会うことになっていたので、言い争う時間はなかった。
■この島が「児童性愛の島」と疑われたワケ
アイランド・マイクの案内で山を下りながら、反対側から車が突っ込んでこないようにと祈った。
携帯電話が早くつながってほしい、そうすれば、私の神経を鎮めてくれるブルース・スプリングスティーンを聴けるのにとずっと思っていた。
エミリーはそのときの島ののどかなコテージの写真をまだもっている。「殺人ハウス」と名づけて。
何カ月も前から、私はなんとか時間をつくってセント・トーマス島へ行き、エプスタインの「児童性愛の島」、ときに「乱交パーティーの島」と呼ばれる島を訪れたいと思っていた。セント・トーマス島の情報源からは、エプスタインが個人で所有するリトル・セント・ジェームズ島での彼のふるまいや、近くにあるより大きなグレート・セント・ジェームズ島を購入したときの資料が送られてきていた。
エプスタインの島が性的な人身売買に利用されているのではないかと疑う人は多かった。船かヘリコプターでしか行けない孤立した場所なので、ヴァーニジア・ジュフリーやほかの女性がその島で被害に遭ったと主張する性的虐待を隠れておこなうには絶好の立地なのだ。
自らを「料理人ジェームズ」と名乗る情報源とも会う約束をしていた。メールによると、彼はエプスタインについてよく知っているようだった。たとえば、ワークリリースの期間中にエプスタインが事務所に運ばせたケータリング料理の代金は10万ドルを超えていたとか。その料理の多くは、エプスタインを1時間監視するごとに42ドル以上を稼いでいた保安官代理たちの腹に入ったそうだ。
■貧しい島の地元政治家を抱き込んだエプスタイン
料理人ジェームズはエプスタインのもとで働いていたのではないかと私は考えたが、調べるべき情報が雪崩のように押し寄せたので、彼が誰なのかを調べる時間はなかった。
料理人ジェームズとアイランド・マイクはそろって、証拠はないが、と断ったうえで、エプスタインが米領ヴァージン諸島の前知事ジョン・デ・ヨンを買収し、さらにはその妻セシルを、セント・トーマス島を拠点とするデータマイニング会社という触れ込みのエプスタインのベンチャー企業、サザントラスト社に雇っていたという。
セント・トーマスは貧しい島なので、エプスタインの意に沿うように地元の政治家の目をつぶらせるのにさほど苦労はなかっただろう。
実際、セント・トーマス島はエプスタインにとって完璧な場所だった。米領ヴァージン諸島(USVI)は文字どおりアメリカの領土だ。セント・トーマスのほかにセント・クロイ島、セント・ジョン島、さらにエプスタインのリトル・セント・ジェームズ島など多くの小さな島々で構成される。カリブ海の東端に連なる小アンティル諸島のなかにあり、地理的にはプエルトリコの東、英領ヴァージン諸島の西に位置する。
首都はセント・トーマス島のシャーロット・アマリーで、2010年の国勢調査によると人口5万1634人だった。
■逮捕後、秘書が島内のカメラや金庫を「撤収」
エミリーと私がセント・トーマス島に到着したときには、FBIはすでにエプスタインの島の捜索を終えていた。その島で短期間働いていた女性と話してみたところ、その女性のボーイフレンドはエプスタインが逮捕されたときにはまだそこに雇われていたそうだ。
カップルふたりから話を聞くことができた。エプスタインが7月6日に逮捕されると、すぐに個人秘書のレスリー・グロフがニューヨークからやってきて、島のカメラシステムを取り外しはじめたのだという。エプスタインのコンピューターや、何が入っていたのかわからない大小の箱、オフィスにあった巨大なスチール製金庫もどこかへ運び去られた(なお、グロフの広報担当者は、エプスタインの逮捕後にグロフが島に行ったことはないし、島にカメラが設置されていることをグロフは知らなかったと述べた)。
このカップルはこわがっていて、録音器のまえでは話そうとしなかった。ふたりとも秘密保持契約を結ばされており、違反すれば100万ドルの罰金が科されるとのことだった。
この男性従業員によると、到着したFBI捜査官に従業員全員が退去を求められたそうだ。
「FBIが来たときには島内のカメラはすべてなくなっていた。島の捜索を始めるまでにあれほど長く時間を空けたことに驚いた」
セント・トーマス島の新たな到来者にはメディアの大群もいた。私が記事の方向性を見定めるまえに、ヴァニティ・フェア誌が、この性的人身売買犯はつい最近の2018年にも少女を連れてきていたと話す地元民の声を挙げ、島でエプスタインが重ねてきた悪事について強烈な記事を書きあげた。
■自家用機に乗り込む若い女の子たちが目撃されていた
セント・トーマス島の空港では、未成年と思われる女性が彼の自家用機に乗り込む姿がたびたび目撃されていた。
滑走路で働いていた地元民がヴァニティ・フェア誌の取材にこう話している。「高校生くらいの女の子たちがいた。とても若く見えた。いつも大学のスウェットシャツを着ていて、ショッピングバッグをもっていた」
島の警察署長であるウィリアム・ハーベイは、自分はエプスタインが誰であるかさえ知らないと主張した。
1998年にリトル・セント・ジェームズ島を買ったあとエプスタインは、この30ヘクタール弱の楽園に数百万ドルを投じ、茂った森の大半をブルドーザーで破壊して道路や建物を建設した。メインの屋敷のほかに、映画館、図書館、ジム、音楽スタジオ、日本風の大浴場などがある。
記録によると、野生動物を保護し外来植物の侵入を防ごうと、環境保護庁などが何度も島の開発を制限しようとしたが、不調に終わっている。指摘を受けるたびにエプスタインは、環境規制を回避するために罰金を支払ったり、罰金の代わりに慈善団体に寄付したりしていた。
1999年に島で雇われたデータ通信の専門家、スティーブ・スカリーの話では、エプスタインは世界じゅうの金融市場をつねに監視できるように、専用の電源を設けて光ファイバーケーブルを張り巡らせ、広域データサービスを引き入れるのに、尋常でない額を投入したという。エプスタインは、諸島の他の雇用主たちと同様に、従業員の子どもたちの私立学校の費用を肩代わりしていた。
■買い手を隠し、さらに広い島を2250万ドルで取得
だが島ひとつでは足りなかった。エプスタインは2015年、海峡を挟んだ向かいにある、2倍以上広い65ヘクタールのグレート・セント・ジェームズ島を手に入れようとしはじめた。
この島は1970年代からデンマーク人家族が所有していた。マイアミ・ドルフィンズのジェイソン・テイラー選手への売却をめぐって一悶着あったようだが2013年に決着し、その1年後にデンマーク人家族は島を売りに出した。
だがその一家の相続人は、エプスタインの性的人身売買の経歴を理由に、彼には売りたがらなかった。
そこでエプスタインはいつものように金と資源を使って望みのものを手に入れる道を見つけた。ダミー会社を設立し、真の買い手がドバイの王室とつながりのある裕福なビジネスパーソン、スルタン・アーメド・ビン・スライエムであるかのように見せかけたのだ。
2250万ドルで売買契約が成立し、買い手が島をブルドーザーで壊しはじめたあとになって、労働許可証の記名から真の所有者がエプスタインであることが明らかになった。
スライエムはわれわれの取材に対し、エプスタインからベンチャー企業に名前を使いたいと言われたが、自分は断ったと側近をつうじて回答した。
■謎の情報源「料理人ジェームズ」とは誰なのか
セント・トーマス島に着いた夜、エミリーと私はアイランド・マイクの助けを借りてどうにか2部屋を確保し、町の小さなレストランで料理人ジェームズに会うために出かけた。
アイランド・マイクは私たちのことが心配だったのだろう、一緒に来てレストランの離れた席で見張ると申し出てくれた。私はとくに不安を感じていなかったが、いつものようにエミリーから質問攻めに遭った。
「その情報源ってどんな人?」
「どうやって知り合ったの?」
「じゃあ、はっきり言って、あなたもその人がどういう人物か知らないわけね?」
いまにして思えば、私はもっと下調べをしておくべきだった。
その日の夜、料理人ジェームズを待つあいだ、ローレン・ブックとメールのやり取りをしていた。
彼女はフロリダ州選出の上院議員であり、エプスタインの抜け穴だらけのワークリリースと関連してパームビーチの保安官事務所に不正行為がなかったかどうかを再調査するよう指示したグループの一員であり、さらに自身が児童虐待のサバイバーでもある。
料理人ジェームズは、おそらくは島内のレストランでの仕事を終えたあと、夜10時ごろに合流することになっていた。
待つあいだ、エミリーはますます神経質になった。私はローレン・ブック上院議員にメールしながら、ホテルに戻って記事を書こうかと考えていた。長い1日の終わりで、エミリーと私が何か食べたかどうかも思い出せないほど疲れていた。
■性犯罪で25カ月服役した矯正施設の元受刑者
そのときブックから来たメールに、パームビーチのリック・ブラッドショー保安官にまつわることをほじくるな、と何度も脅迫を受けたことが書いてあった。私は興味を惹かれた。フロリダ州で強い力をもつロビイスト、ロン・ブックの娘を脅迫するとは大胆な。
その場でロン・ブックに電話して詳細を聞いた。彼は政治力を駆使して、誰が脅迫者なのかを突き止めようとしていた。
「しばらくまえに、ローレンにひどいメールを送りつづけたやつがいて、娘は命の危険すら感じていた。われわれは専門家を雇ってそいつが誰かを突き止めたんだ」とロンは言った。「料理人ジェームズと名乗ってた」
「料理人ジェームズ? まさか、本当に?」怯えた声を誰にも聞かれないように、私はレストランの外に出た。
まさにその名前の人物がエミリーと私に会うためにここに来ようとしているとロンに伝えた。
「すぐ逃げろ」。ロンが言った。
私は席に戻り、料理人ジェームズのメールアドレスを自分のメール履歴のなかで検索してみた。
信じられない。この人物は、私がエプスタインの記事を書くよりずっとまえの2016年から50回以上も私にメールを送ってきていた。最初は私の刑務所シリーズについてだった。彼はフロリダ州のスワニー矯正施設の元受刑者で、身に覚えのない性犯罪で25カ月服役させられたと主張していることがわかった。
■エプスタインの死を報じる夜中のテレビニュース
10時をだいぶ過ぎても誰も私たちを捜しに来なかったので、よい兆候だと思った。だが私たちが席で会計を済ませていると、男性がふたり現れて私とエミリーをじっと見ながらカウンターに座った。ふたりにどこから来たのかを尋ねてみたら、中東と答えが返った。
セント・トーマス島の住民なら誰の顔でも知っているアイランド・マイクも彼らのことはわからず、私たちに退出するよう身振りで促した。私たちが立ちあがったのを見て、彼らは先にすっと出ていった。マイクのあとをついて外に出ると、男たちは立ったままタバコを吸っていた。マイクが「1本くれないか」と頼み、3人で雑談を始めた。
エミリーと私がホテルに向けて車を出したときもマイクはまだ彼らと話していた。私たちふたりは少し動揺していた。部屋に着くと、隣のエミリーの部屋から、ドアのまえに椅子やらナイトテーブルやらを積んでいるらしき音が聞こえた。
寝間着に着替えてベッドに倒れ込んだとたんにぐっすりと眠ってしまい、夜中に電話が鳴ったのも、エミリーがドアをノックしたのも気づかなかった。
エプスタインがニューヨークの拘置所の監房で意識不明になっているところを発見されたとNBCが報じていたのだ。
翌朝目が覚めて、携帯電話の大量の新着メッセージを見た瞬間、このあとエミリーとアイランド・マイクと一緒にボートで島に渡るのは無理だと悟った。
■元汚職警官が殺害したのか、自殺を助けたのか
速報は大まかな内容だったが、それでも7月23日火曜日に、首に傷を負い意識を失ったエプスタインが監房の床に倒れているところを発見されたことはわかった。自殺を図ったのか誰かに襲われたのかは不明。当初の報道では、彼は他の受刑者から脅迫を受けていたため、より安全に保護拘置できる房に移ったとされていた。
記事によって見方は異なり、同房だった元汚職警官のニコラス・タルタリオーネがエプスタインを殺そうとしたという説がある一方で、逆に、エプスタインが首を吊ろうとしたのをタルタリオーネが助けたという説もある。
51歳のタルタリオーネは何も話さなかった。彼の弁護士によると、タルタリオーネはエプスタインと親しくしていたが、今回の事件とは無関係だと主張している。弁護士は、この元警官が拘置所の非人道的な環境について苦情を申し立てていたため、罠に嵌められたのではないかと考えている。
事件が起こったのは厳重警備の棟の房内だった。ふたりが収容された房に窓はなく、虫やネズミが動き回り、床には水たまりができていた。
今日まで説明されていないなんらかの理由で、メトロポリタン矯正センターは、4人殺しの容疑の大男と、卵形のペニスをもつひ弱な66歳でアメリカ一(いち)有名な児童虐待の容疑者を同じ房に押し込めたのだ。
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米フィラデルフィア出身、テンプル大学卒。30年のキャリアのなかで、犯罪、司法、人権問題を中心に精力的に執筆し、数々の受賞歴を誇る。エプスタイン事件を追った2018年のシリーズ記事、“Perversion of Justice(倒錯した正義)”は大きな反響を呼び、米国ペンクラブ賞、ヒルマン賞、ジョージ・ポルク賞ほかを受賞、トランプ政権の労働長官辞任や、連邦政府による再捜査のきっかけとなった。また、フロリダ州刑務所の虐待・汚職に関するシリーズ記事でも、高い評価を受けている。
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(マイアミ・ヘラルド紙 調査報道記者 ジュリー・K・ブラウン)
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