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「EUの脱炭素戦略はそもそも無理筋だった」ウクライナ戦争で明らかになったロシア依存の危険性

プレジデントオンライン / 2022年3月13日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Iurii Garmash

■ロシアのウクライナ侵攻で狂った欧州の脱炭素戦略

ロシアによるウクライナへの本格的な軍事侵攻を受けて、欧州連合(EU)が掲げる脱炭素化戦略につき、大幅な見直しを余儀なくされる可能性が出てきた。

EUは、温室効果ガスの排出の実質ゼロ化を目指し、これまで矢継ぎ早に様々な戦略を打ち出してきた。特に発電から石炭火力を排する上では、天然ガスと原子力の活用が前提とされてきたからだ。

まず天然ガスの利用に関して黄色信号が灯っている。EU統計局によると、2020年時点でEUの天然ガスの輸入量のうち36%がロシア産であることが分かる(図表1)。

旧ソ連時代からロシアとヨーロッパの間にはパイプラインが敷かれており、ロシア産の天然ガスが輸出されていた。その重要な経由地の一つがウクライナである。

EUの天然ガス輸入量の国別内訳(2020年)
出所=EU統計局(ユーロスタット)

ロシアとドイツをダイレクトに結ぶノルドストリーム2の計画が物語るように、EUの経済面でのけん引役であるドイツの脱炭素化計画は、ロシアからの天然ガスの輸入増を前提に組み立てられていた。

ゆえにドイツのショルツ首相は、対露強硬派であるベーアボック外相を制してまで、最後までロシアに対する制裁に関して慎重な姿勢を堅持してきた。

しかしながら事態の深刻さに鑑み、ドイツも対ロシア制裁に賛同することになった。ノルドストリーム2に関しても、プロジェクトそのものを稼働させない方向性で話を進めているようだ。

ドイツだけではなくEU全体がロシア産天然ガスの輸入を戦略的に減らす方向で一致しており、液化天然ガス(LNG)の調達に舵を切っている。

■ロシア産の天然ガスが欧州の脱炭素戦略の前提だったが…

ロシア産天然ガスの輸入量の減少やLNG調達への切り替えに伴うコスト高が見込まれること、さらには原油そのものの価格が急騰していることなどが材料視され、ヨーロッパの天然ガス価格が急騰している(図表2)。

ヨーロッパでは天然ガスの価格が主に市況が反映され易いスポット契約で決まるため、天然ガスの価格の急騰にもつながっている。

ヨーロッパ市場の天然ガススポット価格(CEGH VTP)
出所=eex

他方で、ヨーロッパ市場で急落しているのが排出権の取引価格(図表3)だ。

排出権価格の下落は、何よりも脱炭素化が当初の想定よりも進まないだろうという見方が取引関係者の間で高まっていることに起因するのだろう。排出権価格が、実需以上に投機的な思惑からオーバーバリューされていたことの証左とも言えそうだ。

いずれにせよ、既に市場はEUが掲げた脱炭素化戦略が見逃しを余儀なくされるという展開を織り込んでいるようだ。

一方でEU、特にその執行部局である欧州委員会はまだ脱炭素化戦略についての見直しに関して、公式には言及していない。とはいえ、早晩、脱炭素化に向けた戦略について、欧州委員会はその在り方を修正することになるだろう。

ヨーロッパの排出権取引価格
出所=EU ETS

EUは2021年6月に制定した「欧州気候法」で、2030年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を1990年対比55%以上削減するという目標を法制化した。脱炭素化そのものを撤回することはまずないだろうが、こうした数値目標をより下方に修正するという展開は、今後十分に予想される。

■脱炭素戦略の狂い①…脱原発と脱石炭の見直し

ロシア産の天然ガスに対するアクセスを見直すとなると、その他のエネルギーで発電をカバーする必要に迫られる。その選択肢の一つに原子力があるが、原子力発電の能力を増強させることは非常に困難だ。

現実的な手段は、廃炉予定の原発の延命を図ることだ。事実、今年中の脱原発を目指していたドイツも原発の廃炉延期を模索しているようだが、道のりは平たんではない。

2月末にドイツのショルツ首相は従来からエネルギー政策を転換すると発表、ルンスビュッテルとビルヘルムスハーフェンの2カ所にLNGターミナルを建設する計画を示すとともに、これまで脱原発を声高に主張してきた緑の党出身のハーベック経済・気候保護相が、現在稼働中だが廃炉予定の原発の運転延長を検討していると発表した。

しかし3月8日、ドイツ経済・気候保護省と環境省は連名で原発の運転延長を推奨しない(nicht zu empfehlen)という消極的な報告書を公表した。延長に費やすコストに比べると、得られるベネフィットが少ないという理由からだが、一方でこの「推奨しない」という表現は、稼働の延長の可能性に含みを持たせるものとも言える。

他方でハーベック経済・気候保護相は、2月末にエネルギー政策の転換を発表した際に石炭火力発電を存続させる可能性についても言及している。経済・気候保護省と環境省のスタンスはまだ分からないが、代替手段に乏しい中で当初の予定通りに石炭火力を削減していけば、ドイツの電力不足が深刻な事態になることは容易に想像できる。

同様に、スペインの出方にも注目が集まる。スペインのサンチェス政権は再エネ100%での発電を目指しており、2035年までの脱原発を目指している。しかしスペインは、風力発電の不調から昨年は厳しい電力価格の高騰に見舞われたばかり。国際エネルギー機関(IEA)からも原発の稼働延長を勧告されているのが実態だ。

電力所
写真=iStock.com/Drbouz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drbouz

■脱炭素戦略の狂い②…EV化の後ズレ

電源の脱炭素化スケジュールと同様、電気自動車(EV)シフトも後ズレするだろう。

EV用の半導体に不可欠なネオンの多くがウクライナで、また触媒に使われるパラジウムや蓄電池に使われるニッケルの多くがロシアで産出される以上、2035年までに内燃機関を搭載した新車の販売を終了するという欧州委員会の方針の実現には黄信号が灯る。

燃料電池車(FCV)や「水素エンジン」に期待するとしても、普及の加速には限界がある。むしろ欧州委員会は、当初の目標では内燃機関車に含めていたハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の普及も容認する方向に路線を修正するのではないだろうか。HVとPHVは、それこそ日系メーカーが得意とするところの車種だ。

いずれにせよ、ヨーロッパ発の脱炭素化の流れは、その方向性自体は堅持されるとしても、その具体的な手段についても早々に修正することになりそうだ。

当然、日本も脱炭素化の道のりに関して見直しを余儀なくされるだろう。CO2実質ゼロ目標の年限を2050年に据え置くとしても、再エネ拡充や原発再稼働といった方向転換はあり得るだろう。

自動車に関しても、日本はそもそも電動車という定義を用いて、その中にEVのみならずHVやPHVを含めていた。日本もまたEVの普及を図っているが、そのスケジュール観に関しても見直しを余儀なくされる可能性が出てきた。

■「ヨーロッパの脱炭素戦略」はどこで道を誤ったのか

戦略を立てる際には、その目標をどこに定めるかが問題だ。それに、その目標を実現するためにどのような手段を取るかも問われてくる。

EUが掲げた脱炭素化戦略は、目標と手段の両面で野心的だった。そもそもの環境意識の高さに加えて、グローバルなルールメイカーとしての復権を目指そうとするEUの姿勢が、そうした野心につながった。

とりわけ脱炭素化の手段に関して、EUはもっと現実的なアプローチで臨む必要があったのだろう。特にEUは石炭火力の廃止に躍起となっていたが、石炭はヨーロッパの中にも多く埋蔵されている希少な鉱物資源である。最新の技術を使えば温室効果ガスの排出量は抑制できるし、ロシア産の天然ガスに対する依存度を減らすことができるはずだ。

エネルギー政策は安全保障政策そのものと言われる。過度に特定のエネルギー源に依存することは、リスクを集中させることにもつながる。様々なエネルギーの活用を検討し、バランスを取ることが重要だ。

ヨーロッパはエナジーミックスの在り方を再考せざるを得ないし、日本もまた早急にエナジーミックスの在り方を考え直す必要があるだろう。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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