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「グラウンドに挨拶はしなくていい」日本一の少年野球チームが廃止した"野球界の謎慣習"

プレジデントオンライン / 2022年3月16日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RBFried

全国大会で優勝経験もある滋賀県の「多賀少年野球クラブ」では、「世界一楽しく! 世界一強く!」という方針を掲げている。そのため、たとえば「グラウンドに挨拶する」という少年野球の習慣を廃止した。どんな狙いがあったのか。お笑いコンビ「トータルテンボス」の藤田憲右さんが、監督の辻正人さんに聞いた――。(第1回/全3回)

※本稿は、藤田憲右『多賀少年野球クラブに学びてぇ!』(インプレス)の一部を再編集したものです。

■イタリアで目の当たりにした「本当の野球」のあり方

【藤田】そもそもなんですが、辻さんは今でこそ「世界一楽しく! 世界一強く!」という方針を掲げていらっしゃいますけど、その前まではゴリゴリのスポ根指導をされていたわけですよね。

【辻】めちゃくちゃスポ根でしたね。

【藤田】でも全国大会で準優勝したりとか、スポ根指導でも十分な結果を残せていたわけじゃないですか? 指導方針を変えようと思ったのは何がきっかけだったんですか?

【辻】2011年にマクドナルド杯(※)で3位になったんです。優勝チームは「国際ユース野球イタリア大会」に出場できるのですが、たまたま優勝、準優勝したチームが辞退して僕らが行かせていただくことになったんです。それでイタリアに行って、そこで見たこと、経験したことがきっかけでしたね。

※「小学生の甲子園」とも呼ばれる全国大会。正式名称は「高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメント」

【藤田】イタリアで野球の影響を受けてきたんですか?

【辻】そうなんです。なぜかイタリアで(笑)。イタリアはサッカー王国ですから野球ってマイナー競技なんです。だから試合ももちろん僕らが勝ったんですけど、でも彼らは負けているのにとても楽しそうに野球をやっていたんです。試合後に我々のところにニコニコしながらやってきて、子ども達のグローブやら帽子やらを「ちょっと見せてー」と興味津々で、子ども同士すぐに打ち解けて仲良くなって。

【藤田】なんか想像つきますね(笑)。

【辻】あとはお国柄なんでしょうけど、試合開始時刻になってもまだグラウンドにラインが引かれていなかったり、審判も来ていなかったりとか(笑)。でも誰もピリピリしていない。もう本当に大らかで。

【藤田】大らかすぎますね(笑)。

【辻】関係者に「審判はまだ来ないんですか?」って訊いたら「あっちの方から来るんじゃないか?」みたいなことを言われたり。もう開始時刻を過ぎているんですよ(笑)。

【藤田】(笑)。

【辻】1週間もそんな感じのイタリアで過ごしましたから「イタリアの野球と日本の野球、どっちが本当の野球なんやろう?」っていろいろと考えたんです。

■「野球を通じた教育」に重点を置きすぎていた

【藤田】日本の学童野球では「野球を通じた教育」みたいなことがよく言われますもんね。

【辻】時間やマナーを守ることとか、僕らが野球で当たり前に言っていることを向こうは全く教育していないんです。そんなことよりも野球が始まったら野球を楽しむ、遊びと同じように野球を楽しむ。そっちを大切にしているんです。

【藤田】なるほど。

【辻】僕らが日本でやってきたことは確かに間違いではない。野球を通じて野球以外のこともすごく勉強できている。でもあまりにも教育とか規律とかに走りすぎてしまっているんじゃないかって、イタリアでそんなことを思ったんです。

【藤田】足を揃えて走るとか、道具をきれいに並べるとかよりも、野球そのものをやった方が絶対に楽しいですし上手くもなりますもんね。

【辻】そうなんです。だから日本に帰ってきてからは、練習に遅れて来てもいいよ、ということにしたんです。野球をやりに来ているのだから、時間までに来るかどうかっていうのは野球とは関係ない。野球がやりたい時間に来たらいいよと。挨拶とか整理整頓にしても、それは野球とは別のものだから各ご家庭できちんと教えてくださいねというふうに。

撮影=株式会社apricot.h、宇田川淳

【藤田】野球以外の部分を少なくして、野球をすることにもっと集中していったんですね。結構思い切った方針転換ですね。

【辻】そうですね。保護者会の規約にあった野球以外のこと、全部消しましたからね。だからペラッペラの規約になりましたよ(笑)。でもいきなり今のような形にしたのではなくて、試行錯誤しながら実験的にやっていったという感じですね。

【藤田】イタリアから帰ってきて、子ども達には「スポ根は止めるぞ!」みたいな話はされたんですか?

【辻】しましたね。子ども達は「やったー!」という感じで喜んで。めちゃくちゃ明るくなりましたね、練習の雰囲気が。

【藤田】保護者の反応はどうだったんですか?

【辻】一緒にイタリアに行った方は理解してくれました。でも行っていない方は「そらアカンやろ」みたいなね。

【藤田】「アカン」というのは勝てなくなる、ということですか?

【辻】それもあると思いますけど、どちらかというと、野球を通じて挨拶、礼儀もしっかり身に付くと思って子どもをチームに入れたのに、だらしない子になってしまうとか、そういった理由からだったと思いますね。

■「何のためにするの?」が多い野球界の慣習

【藤田】野球界っておかしなマナーとか習慣ってたくさんありますよね。挨拶の仕方とかも「そんな挨拶、社会で絶対しないよ!」というような、野球でしか通用しない挨拶をしていたりだとか。

【辻】ありますねぇ。

【藤田】野球を全く知らないうちの妻なんか「なんで野球はみんなで並んで足並み揃えて声を出してランニングするの?」って訊いてくるんです。そう言われると、なんでだろうって僕も思って、明確に答えられなかったんです。「敢えて言うならばみんなで呼吸を合わせて同じことをすることでチームのシンクロ率を高めることによってだな……」としどろもどろで言ったんですけど、「野球って全員で同じ動きすることあるの?」って言い返されて。確かに昔のファミスタみたいに野手全員がみんな同じ方向にボールを追いかけたりすることないよな、とか思ったり。

撮影=株式会社apricot.h、宇田川淳

【辻】昔のファミスタって(笑)。

【藤田】全員で動きを合わせることとかないんですよね。なんでやっているのかよく分からないまま、理由が後付けのような習慣ってありますよね。

【辻】ありますあります! たくさんあります!

【藤田】僕は辻さんの「グラウンドに挨拶はしない」という話が好きなんですよね(笑)。

【辻】だってね、なんでグラウンドにだけ挨拶をするんですか? それだったらベンチにも挨拶して、トイレにも挨拶して、グローブにも、ベースにも、バッティングマシンにも挨拶をして、もうありとあらゆるものに挨拶をしないとダメでしょ? だからやってないんです。

【藤田】面白いなぁ(笑)。でもこの話は示唆に富んでいますよね。野球界では当たり前に行われていることに対して「これってそもそも何のためにやるんですか?」「これって必要なことですか?」っていう問いかけですもんね。

【辻】うちはマシンだけでも13台ありますから、挨拶してまわるのも大変ですよ(笑)。

【藤田】根底にあるのは「グラウンドを子ども達がワクワクするディズニーランドのような場所にしたい」という思いなんですよね。

【辻】そうなんです。うちのグラウンドは滝の宮スポーツ公園にあるんですけど、「滝の宮ランド」って呼んでいますから(笑)。

【藤田】「グラウンドに挨拶はしない」という部分だけを聞くと拒絶反応を起こす野球関係者もいるかもしれないですけど、辻さんのお話を聞いていると納得できるんですよね。だってディズニーランドに行く時、入口で挨拶しないですもんね。

【辻】野球が好きで、野球をするのが楽しくて楽しくてたまらない。グラウンドを、そんな子達がワクワクするような場所にしたいんです。だからそこに礼儀とかマナーとか、そういうものを持ち込む必要はないんです。

【藤田】スペース・マウンテンに乗る時に「お願いします!」って挨拶しないですもんね(笑)。あと

「ばっちこーい!」っていう声出しとかね。あれも何なんですかね? ばっちこーい! って言っておきながらボールが飛んできたらエラーするってどういうことだよ(笑)。

【辻】(笑)。

■整理整頓も強制しない

【藤田】あと、バットやバッグをきれいに並べないといけないとか。そりゃ汚いよりはきれいな方がいいとは思いますけど、「野球をやる前にまずは整理整頓」って、順番が逆でしょ? と思うんですよね。

野球のロッカー
写真=iStock.com/Scukrov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Scukrov

【辻】うちは道具の並べ方とかめちゃくちゃ汚かったんです。あまりにも汚いのでちょっと改善しようと思って、でも「ちゃんと並べろ!」と強制はしたくなくて。そこで思いついたんですが、ブルーシートを細長く切って区切り線と背番号を書いたんです。そうしたらみんなそこからはみ出ないようにバッグを置くようになったんです(笑)。でもまぁその程度ですよね。必要以上にビシッと並べさせたりはしないですね。

【藤田】うわぁ、頭いいですね、そのやり方! 強制せずに自発的に動くように仕向ける。

【辻】チェンジになった時に自分のグローブがベンチのどこにあるか分からない子どももいるんですよ。「とりあえずこれで守れ!」と言ってその辺にあるグローブを渡したりとかしています(笑)。

【藤田】多賀の弱点、そこなんですね(笑)。

【辻】そうなんです。多賀に欠けているのはそこだと思うんです。保護者が全部片付けてくれたりしていますからね。それを自分のものだけでいいから自分で片付ける、自分で管理できるようになること。それを強制的にやらせるのではなくて、勝手にそうなってしまう流れというか仕組みを作ろうと今いろいろと考えています。

【藤田】「多賀に整理整頓だけは勝とうぜ!」って、近隣チームで整理整頓が上手になるチームが増えるかもしれないですね(笑)。

藤田憲右『多賀少年野球クラブに学びてぇ!』(インプレス)
藤田憲右『多賀少年野球クラブに学びてぇ!』(インプレス)

【辻】そうなったら、みんなで見学に行って、僕がオーバーに「うわぁ! すごいなこのチーム! めっちゃきれいに並んでるやーん!」って、それだけ言って帰ってきます。でも「やれ」とは絶対に言わない。そこで子ども達がどうするかですね。

【藤田】整理整頓をちゃんとさせているチームは嫌でしょうね。「あんな道具が散らかっているチームに負けた……」って(笑)。

【辻】(笑)。

【藤田】でも順番的には正しいですよね。野球で強くなって日本一になって、日本一のチームがこれじゃ恥ずかしいから整理整頓しようっていうね。地位が人を作るっていうやつですよね。

【辻】そうですね、本当にそんな感じですね。

【藤田】いいですね。野球が強くて礼儀正しくて、整理整頓も行き届いていて、っていう完全無欠のチームよりも「うちはこういうところが本当にダメで」っていう部分があるのが。日本一なのに親しみやすくて(笑)。

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藤田 憲右(ふじた・けんすけ)
お笑い芸人
1975年生まれ。静岡県御殿場市出身。吉本興業東京本社所属。97年に大村朋宏とお笑いコンビ「トータルテンボス」を結成。野球への愛情、知識は全国の野球ファンの間でも有名。著書に『ハンパねぇ!高校野球』(小学館よしもと新書)がある。

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(お笑い芸人 藤田 憲右)

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