1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

だから日本人の給与は上がらない…社員を会社に押し込める「定年制」はいますぐ廃止すべきだ

プレジデントオンライン / 2022年3月17日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GlobalStock

なぜ日本人の賃金は上がらないのか。作家の橘玲さんは「日本には厳しい解雇規制がある。このため企業は『雇用の安定』を名目に労働者に低賃金を受け入れさせ、正社員を会社というタコツボに押し込めている。労働市場の流動性を高めなければ、日本人の賃金は上がらない」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

■同一労働同一賃金を担保できない「定年後再雇用」

60歳から65歳に年金支給開始年齢が引き上げられたことで、60歳定年では仕事を失ったまま年金を受け取れない期間が生じることになりました。これに対処するために政府は①定年廃止、②定年延長、③継続雇用の選択肢を用意していますが、定年廃止や定年延長は年功序列の人事制度を根本的に改めなくてはならないためハードルが高く、ほとんどの会社が継続雇用を採用し、再雇用時に大幅に給与を引き下げています。

国家公務員の場合は定年を65歳に延長することになりましたが、民間企業の給与水準に合わせて、60歳以降の賃金をそれまでの7割に抑えることになりそうです。2021年に改正された高年齢者雇用安定法によって、さらに70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務になりました。

しかしこの方針には、大きな問題があります。定年前と同じ仕事をしながら基本給を大幅に引き下げると、「同一労働同一賃金」の原則に反してしまうのです。

■定年後の報酬減を認めた最高裁の理屈は不合理

定年退職後に有期雇用で再雇用された運輸会社の運転手が、定年前とまったく同じ業務にもかかわらず賃金が2割強減額されたとして、「同一労働同一賃金」を求める訴訟を起こしました。

この裁判で最高裁は、「定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている」として、2割程度の減給は一般社会で許容される範囲内だと認定しました。

これを言い換えれば、年功序列の人事制度の下では、定年直前の社員は仕事の生産性から計算される適正な給与を上回る「超過報酬」を受け取っており、その「特権」は定年で期限が切れるのだから、再雇用で同じ水準の給与を要求することはできない、ということでしょう。最高裁はこれを「一般社会で許容されている」としたわけですが、「だったら3割の減給ではどうなのか?」という問題が起きるのは目に見えており、いかにも苦しい理屈であることは否めません。

そのため大企業の多くは、再雇用の待遇について従業員から訴訟を起こされるリスクを避けるために、定年前の仕事とはまったく異なる「時給の安い」仕事をさせています。しかしそうなると、これまでとまったくちがうやりがいのない業務をあてがわれることになり、モチベーションが大きく下がってしまいます。

ある大手出版社では、定年後再雇用でそれまでの高給を5割程度も引き下げたうえで、編集者に単純事務の仕事をさせており、あまりにつまらないのでたいてい1~2年で辞めてしまうといいます。これでは一種の「追い出し部屋」で、これまで培ってきた能力や経験をムダにするのは会社にとっても本人にとっても大きな損失でしょう。

なぜこんな不合理なことになるかというと、定年という「超長期雇用の強制解雇」を前提とする日本的雇用そのものが不合理だからです。この矛盾をただし、会社にも労働者にもともに利益のある働き方にするためには、定年制を廃止するとともに、金銭解雇を合法化しなくてはなりません。

段ボール箱を持ってオフィスを移動するうつむいたサラリーマン
写真=iStock.com/YinYang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YinYang

■主要各国では補償金を支払うことによる解雇が認められている

海外の労働制度に詳しい法学者(労働法)の大内伸哉さんと経済学者(労働経済学)の川口大司さんらがドイツ、スペイン、アメリカ、フランス、イタリア、イギリス、オランダ、ブラジル、中国、台湾を調べたところ(※)、ほとんどの国で解雇規制に金銭解決ルールが導入されており、なんのルールもない日本はきわめて特殊であることがわかりました。

そのなかでも興味深いのはスペインの解雇法制です。

高い失業率に悩むスペインでは、大胆な規制緩和によって企業に雇用を促そうとしています。その特徴は、①解雇実施前に支払う「事前型補償金」と、解雇訴訟により解雇が不当とされたあとに支払う「事後型補償金」が存在すること、②事後型補償金について、金銭解決を行なうか否かの決定権が原則として使用者にあること、③補償金の計算方法が明確に決定されていることです。

解雇に伴う事前型補償金は「勤続1年につき20日分の賃金相当額、最大で12カ月分の賃金相当額」で、労働者代表との協議を条件に、経営上の理由による集団的解雇(整理解雇)も認められています。

正当な理由なく解雇された場合の事後型補償金は「勤続1年につき33日分の賃金相当額」、能力不足や会社の経営難など正当な理由がある場合は「勤続1年につき20日分の賃金相当額」とされており、解雇によって労働者が被る不利益は定式化された金銭によって解消されます。

これをわかりやすくいうと、会社は労働者の能力の欠如や能力の不適合など個人的な理由はもちろん、3四半期連続で業績が悪化しているというような経営上の事情でレイオフを行なうことも可能です。事前型補償金というのは、こうした解雇の通知とともに(事前に)支払うもので、最大で1年分の賃金相当額となります。

※大内伸哉・川口大司『解雇規制を問い直す』(有斐閣)

■スペインでは解雇に正当な理由はいらない

こうした解雇を不当として労働者が訴訟を起こす場合も当然あるでしょう。解雇が不当とされた場合、会社は判決から5日以内に、労働者を現職復帰させるか、不当解雇補償金を支払って労働契約を終了させるかを選択します。これが事後型補償金で、その額は原則として事前型の1.5倍とされています。

スペインの解雇法制の特徴は、差別などの無効事由に当たらないかぎり、会社は不当解雇補償金さえ支払えば、正当な理由がなくても(裁判で解雇が不当とされても)解雇できることです。

日本的な感覚では理不尽きわまりないと思うかもしれませんが、曖昧さが残るドイツなどの解雇法制より、金銭解雇のルールを法律で明確にしたスペイン型がEU諸国では主流になりつつあるといいます。なお、金銭解雇を法制化したことで、現在のスペインでは定年制は廃止されています。

■厳格な解雇規制は労働市場の流動性を下げ、格差も縮まらない

世界的に金銭解雇のルール化が主流になりつつあるのにはさまざまな理由がありますが、もっとも大きいのは(スペインのように)解雇規制の緩和で企業の雇用意欲を刺激し、失業率を低下させようとすることでしょう。

しかし経済学者のあいだでは、解雇規制緩和による雇用促進効果には異論もあります。企業は「雇用の安定」を名目に労働者に低賃金を受け入れさせることで解雇規制のコストを吸収できるからで、賃金が上がらず失業率が低い日本はその典型です。

しかしそれでも、厳格な解雇規制が採用・解雇をともに減らすことには経済学者のあいだでコンセンサスができています。日本の労働法制では社員を容易に解雇できない縛りがあるため労働市場の流動性が下がり、正社員は会社というタコツボに押し込められると同時に、非正規から正社員への道が閉ざされ「現代の身分制」が形成されました。

解雇規制が緩和されれば、生産性の低い正社員を一定の補償金を払って解雇し、空いたポストを、能力はあるがこれまでチャンスがなかった非正規に与えることも可能になるでしょう。解雇ルールの透明性が高まることによって正社員の固定費用が減少し、成長産業を中心に、不確実性がある状態でも正社員の新規ポストが拡大するかもしれません。このように考えれば、解雇の合法化は格差問題の解決につながります。

解雇規制を緩和して、生産性の低い産業から生産性の高い産業への労働移動を促進し、世界的にも低い日本の労働生産性を高める効果も期待されています。アメリカの州ごとに異なる解雇規制を用いた実証分析では、解雇規制がきびしくなると企業の参入・退出が抑制され、生産性の指標として用いられる全要素生産性(TFP)の伸びが抑制されるとの結果がでています。

■グローバル化する労働市場で定年制の維持には限界がある

とはいえ、労働者が生産性の高い業種に移動することが常に好ましいわけではありません。日本の場合、製造業の生産性は高くサービス業の生産性は低いのですが、効率化の進む製造業より介護などのサービス業への労働需要が大きく伸びています。

こうしたケースでは、生産性が高い業種(製造業)から低い業種(サービス業)への労働移動が起こり、かえって生産性を下げるかもしれませんが、これによって介護職の劣悪な待遇が改善され、「介護難民」がすこしでも減るのなら社会全体の効用は大きく上がるでしょう。解雇規制緩和の目的は労働生産性を高めることよりも、労働需要が減退している産業から増加している産業に労働移動を起こすことなのです。

労働市場がグローバル化するなかで、世界の主流(グローバルスタンダード)と異なる雇用制度を維持することは困難になってきています。

橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)
橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)

中国に進出した日本企業は、「中国経済の減速」を理由に大規模な整理解雇や工場の閉鎖を進めており、これに労働者が抗議することを「中国リスク」といっています。ところがいまでは、中国企業が日本企業を買収したり、日本国内で事業を行なうこともふつうになりました。こうした中国企業が日本で整理解雇を実施したときに、解雇権濫用法理で違法にすれば、日本企業が中国で行なっていることとの整合性が問われることになります。「国籍差別」の批判を免れようとすれば、世界標準の解雇法制を整備する以外にないのです。

現状では、会社も労働者も、明確なルールがないまま解雇をめぐる紛争に対処しなくてはなりません。それでも大企業の労働者(正社員)は組合に守られていますが、中小企業では実質的に「解雇自由」になっており、なんの補償もないまま職を失う者が多いことは広く知られています。

非正規はさらに劣悪で、一片の通知で雇い止めにされ寮からも追い出されてしまいます。そんな弱い立場の労働者にとっては、金銭解雇のルールが法律に明記されることは大きな利益になるでしょう。

----------

橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。

----------

(作家 橘 玲)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください