83円を引き出し残高はゼロに…生活保護を2度断られた男は、そしてクリニックに火を放った
プレジデントオンライン / 2022年3月16日 17時15分
■申請を受理しないのは、れっきとした“違法行為”
貧困をテーマに執筆活動をしているからだろうか。最近、役所の窓口に訪れて生活困窮の相談をしてもどうにもならないまま追い返されてしまった、という人の受け皿として、なぜか作家である自分が機能しつつある。
私の本業は執筆活動なので彼ら彼女らの相談に乗っても私には1円も入ってこないどころか、相談者を適切な支援窓口に繋ぐために数日を費やすこともあり、その間はまったく仕事ができない(生活費を稼げない)ので、窓口の担当者の人には本当にちゃんとしてほしいと思ってすらいる。もちろん、しっかり職務を全うしてくれている職員の方もいるのは重々承知ではあるのだけれど。
以前、知人の親族にがんが見つかった。がんが進行していたため治療に集中せねばならず退職を余儀なくされたものの、高額の治療費が支払えず、さらに生活困窮に陥ったため、他に手段もなく、生活保護を申請するため福祉事務所の窓口を訪れた。事情を説明すると、担当者である職員は驚くべき言葉を発したという。
「治療費が払えないならその分、働けばいいんじゃないですか」
自分ががん患者であることも、働ける状態でないことも伝えたにもかかわらず、まったく取り合ってもらえないことに絶望した男性はその日、生活保護受給申請をさせてもらえないまま門前払いを食らってしまった。
ちなみに生活保護費は要件を満たさなければ受給できないが、申請自体は、誰でも行うことができる。相談者が申請を希望している場合、申請は必ず受理されるべきものであり、数時間の相談の末、窓口で申請もさせずに追い返すという対応はれっきとした“違法行為”である。
■窓口で傷つけられ、誰も信じられなくなる
しかしながら、生活保護の申請をめぐってはこうした行政側の「水際作戦」が横行しているのが現状で、数時間にわたって根掘り葉掘り答えたくないプライバシーについて聞かれ、結果「働けないのは甘えではないか」「まずは家族に頼るべき」など、ひどい言葉をかけられたり傷付けられたりした末に、非現実的な解決策を提示されて申請すらさせてもらえないケースが後を絶たないのだ。
幸いその男性は後日、親族や社会福祉士などがサポートしながら生活保護を申請、無事に受給が決まったものの、こうした支援を受けられずに役所から足が遠のいてしまう困窮者は非常に多い。
「役所の人もNPOの人も……誰を信じればいいのか」
このようにセーフティーネットの網目からこぼれ落ちた人たちのうち、私が窓口でのずさんな対応について非難したり貧困の仕組みについて書いた記事や本にたどり着き、さらに助けを求められる人はほんの一握りだろうと思う。
大抵の場合は深く傷つき、不信感を覚え「誰かに助けを求めようとすれば、今度は立ち直れないほど傷付けられるんじゃないか」といった不安に苦しんで、せっかく福祉につながりかけていた糸がプツリと切れてしまう。そうなれば最後、たとえ誰かに手を差し伸べられたとしても完全に心を閉ざしてしまい、社会から完全に孤立した状態のままどこにも寄る辺がなくなってゆく。
■「困っている割にはずいぶん小ぎれいな服を着てるんですね」
これまでに私が関わった生活困窮者のほとんどが、過去に役所の窓口以外にも、就労移行支援の場、精神科や心療内科、生活困窮者支援などを行うNPO団体など、本来もっとも「公的福祉につなげやすい場」であるはずの組織や機関において差別的な扱いを受けたり、からかわれたり否定されたりした経験を持っていた。
発達障害で就労移行支援を受けていた男性は、職員から「困っている割にはずいぶん小ぎれいな服を着てるんですね」といった侮辱を受け、二度とその場に行けなくなってしまったという。
精神疾患で入院していた過去がある女性は、就職するも再び症状が悪化してまともに働けなくなり、当時、睡眠導入剤を処方してもらうために通っていた心療内科で経緯を説明し、障害年金の申請をしたいと相談をしたところ、医師から大きなため息をつかれた。「あなたみたいな人、よくいるんだよね。眠れないくらいじゃ要件に該当しないの!」と嘲笑されたため、「過去に入院していた大学病院で診断を受けているが、それでも該当しないのか」と聞くと、今度は「それはうちでは診断してないから、その病院で聞いてください。以上!」と言われ、それ以上は一切取り合ってもらえなかった。
![患者を診察する日本人男性医師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/f/670/img_3ff949b3dca8928240e11d79702d97ee395895.jpg)
他にも枚挙にいとまがないが、私の元に相談がきたとき、彼ら彼女らはかなり追い詰められている様子であり、「死ぬしかないのでしょうか」と口にする人も少なくなかった。限界に達して、やっとの思いで助けを求めた先でひどい目に遭わされたために「もう誰を信じればいいかわからない」と絶望する人々の様子を目の当たりにするたび、不適切な対応を行った専門家や支援機関への怒りを覚えずにいられない。
■土地と建物を所有していたが、現金収入はゼロだった
そうした対応が事件に発展するケースもある。2021年12月に大阪市北新地で26人が犠牲となる放火殺人事件を起こし、死亡した犯人の男性は、事件以前の2017年と2021年に生活保護を2度申請していたが、受給できず生活に困窮していた。
男性は2011年4月に長男の頭などを包丁で刺したとして殺人未遂罪などに問われ、同年12月に懲役4年の判決が確定、2015年まで服役していた。時事通信の記事によると、2015年1月時点で150万円あった預金残高は、昨年1月にはゼロになっていたという。
10年以上定職に就いた形跡がなく、土地と建物を所有して家賃収入を得ていたが、2020年9月に住人との賃貸契約が終了。北新地のビルに放火をした当時、男性の所持金はわずか1000円だった。
産経新聞の記事によると、2017年に申請した生活保護受給が認められなかった理由は「家賃収入」であったという。家賃収入が得られなくなったあと、昨年1月に預金から83円を引き出し、残高はゼロになった。電気やガスを止められ、再び生活保護を申請したが、またしても認められなかった。
■セーフティーネットの網目をすり抜けてしまう
クリニックの院長を含む26人が犠牲になった事件の犯人の窮状が報じられると、生活保護受給を認めなかった行政の対応への疑問の声が次々に上がった。土地と建物を所有していたとしても、現金収入がなく、預貯金がゼロであれば、例外的に生活保護受給が認められる場合がある。申請時のやりとりは不明のままだが、「不動産所持」が受給できない理由となった恐れがある。
福祉事務所の人員不足は深刻化しており、こうしてセーフティーネットの網目をすり抜けてしまう例は枚挙にいとまがない。私がこうして筆を執り続けるのは、生活保護申請や生活再建支援などにまつわる、行政側の不適切な対応が少しでも改善されるのを望んでいるからだ。
行政が水際作戦を行う背景には支出削減への焦りがある。そして、そのプレッシャーをかけているのは「生活保護はけしからん」という風潮である。生活保護制度を正常に機能させるには、生活困窮者への誤解を解きながら、行政の対応の問題を繰り返し指摘する必要があるだろう。
このやり方は地道なようで、意外と近道なのかもしれないと思いながら、目的のために日々試行錯誤を重ねている。
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ノンフィクション作家
1991年生まれ。作家、エッセイスト、コラムニストとして活動。貧困や機能不全家族などの社会問題を中心に取材・論考を執筆。文春オンライン、東洋経済オンライン、日刊SPA!他で連載中。著書に『年収100万円で生きる 格差都市・東京の肉声』(扶桑社新書)。
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(ノンフィクション作家 吉川 ばんび)
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