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開店8カ月で初の行列…元証券マンの「脱サラ焼きそば店」が人気店に一変した"あるきっかけ"

プレジデントオンライン / 2022年3月17日 11時15分

焼き麺スタンドの外観と「やきそば」の旗 - 写真提供=焼き麺スタンド

元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして下北沢で焼きそば店を始めた。店舗運営に苦戦するなか、開店8カ月でついに初めての行列ができた。そのきっかけは、あるテレビ番組での紹介だった。黒田さんの元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(第4回)

■「赤字続きの焼きそば店」脱サラ店長に訪れた転機

2019年になって、ぼくがはじめて黒田の経営する焼きそば店「焼き麺スタンド」に向かったのは1月後半のことだった。

朝から雨が降る日だった。天気予報では、雪になる可能性が高いという。閑散な雰囲気を想像していたが、店内はすでに3人の客がいる。テーブルに男性と女性が1人ずつ。カウンターに男性が1人。ぼくの後にもテーブルに男女のカップルが2組入って来るなど、意外にも店内は賑やかだった。

「新年早々、順調そうだね」
「グルーポンの効果ですよ。使用期限が今月末まででしょ? 実際には、そこまで売り上げへの効果は大きくないです」

ぼくもグルーポンのチケットが二枚残っていた。一食500円で提供するチケットで、販売時に売り上げが立つので新たな収益貢献はないが、活気のある雰囲気に明るい気分になっているのが黒田の表情からよくわかった。

振り返れば、2018年はひどい1年だった。7月の開店後、順調だったのは2日間のみだ。1日20~30食程度の売り上げはどうにか40食に届くようになったが、人件費と諸経費が高いため利益はほとんど出ない。

定休日を返上し、フードトラックを導入するなどの対策を打ってきたが、これと言った成果に結びつくことはなかった。

だが、1月になって成績は上向いた。週末は70食を超える日があり、問題の平日も、前日は56食に達した。引き続き変動は激しいが、40~50食は出るようになっている。

「何か手を打ってるの?」

ぼくが訊くと、黒田はもったいぶったように旗の存在を認めた。

「あれですよ」

黒田が指した方向を見てみると、窓際に赤い旗が立てかけてある。「やきそば」と書かれたのぼりのような旗で、二階で振り回しているという。

■店を活気づけた“赤い旗”

通行人の注目を集めようとはじめたパフォーマンスだったが、これが下北沢では効果があった。二階の高いところから振る姿にインパクトがあるようだ。動画をとる通行人もおり、インスタで見たという声も聞かれる。

店の近くに踏切があり、踏切で立ち止まる人が多いという事情がある。また店の前を走る通りの地形にも秘密があった。ちょうど店の位置を境にカーブになっており、遠くから目に入りやすい。まさかこんなアナログなやり方にヒントがあるとは思わなかった。

販売体制のテコ入れも、継続して進めている。キャンペーンの実施のほか、デリバリーの対象地域を拡大している。まずは半径200メートル圏内だ。下北沢駅北口だと一番街あたりの美容室や古着屋がターゲットで、このような得意先を増やすのが狙いだ。

テイクアウト用のソース焼きそば
写真提供=焼き麺スタンド
テイクアウト用のソース焼きそば - 写真提供=焼き麺スタンド

また営業時間にも改善の余地がある。思い切って通し営業が必要かもしれない。3時半から4時半にかけての客が意外と多く、麺が売り切れ次第閉店というのも宣伝効果がある。人件費の抑制にもなる。

ウェブメディアを使った店の宣伝は、ほとんど解約してしまった。グルメサイトだけは契約期間があるので払い続けているが、効果はよくわからない。それに比べれば旗は振るだけで目立つ。立地の良さを利用するというのが、この店にとって一番の販促だった。

■『dancyu』編集長、来店…突然決まったテレビ出演

2月半ばのことだった。娘の保育園の卒園式に出席するため、ぼくは朝から有休をとっていた。昼過ぎに行事がすべて終わると、3時頃焼き麺スタンドに顔を出した。

ランチタイムには遅かったからか、カウンターに女性が1人座っているだけだった。アルバイトの学生が、ちょうど帰るところだった。タイミングが悪かったはずだが、黒田の表情は明るい。テイクアウトでナポリタン大盛りを作り終えると、もったいぶったように先日の出来事を話しはじめた。

『dancyu』(プレジデント社)の植野広生編集長が来店したという。一気に冷え込み、客足が遠のいた時期だった。早く店を閉めてしまいたかったが、だらだらと客が来て、なかなか決断できずにいた。

木曜日の夜9時ごろだ。1人で店に入ってきたのが、テレビでよく見る植野だった。焼きそばとナポリタンを注文すると、黒田が作る姿をじっと眺めていた。『dancyu』は昔から黒田が何度も読み返した雑誌だ。手が震えて仕方なかった。

できあがった焼きそばを食べると、植野はひとこと「美味しい」と言ってくれたという。それが黒田には心底うれしかった。

黒田の焼きそばは、植野が出演していたテレビで紹介されることになった。収録までの2週間、あっと言う間に時間が過ぎていった。番組は、日本テレビ系列の「メレンゲの気持ち」だ。土曜日の昼12時からの放送で、毎回違うゲストが登場する。黒田の焼きそばは、和田アキ子に食べてもらう一品に選ばれたのだ。

下北沢の近くに住んでいるのかもしれないし、1日5食を食べるほどの「食いしん坊」のことだ。仲間から噂を聞いたのかもしれない。焼き麺スタンドは、以前から気になっていたという。  

「昨日が撮影だったんです。日本テレビの番町まで出張して、12食分作ってきました」
「番組で何か話したの?」
「その予定もあったんですけど、トークがかなり盛り上がったんで、出番は削られちゃいました。でもうちの店しか取り上げられなかったのは、運が良かったですよ」

『dancyu』植野編集長が日本でベスト5に入ると絶賛したナポリタン
写真提供=焼き麺スタンド
『dancyu』植野編集長が日本でベスト5に入ると絶賛したナポリタン - 写真提供=焼き麺スタンド

■2つだけのコンロを倍に

出演者はほとんど食べなかったが、スタッフの評判が高かったという。また別の番組で使ってもらえるかもしれないし、何よりも植野の紹介というのがうれしい。

ポテトサラダとナポリタンは誰よりも詳しいと豪語する植野は、焼き麺スタンドのナポリタンは日本でベスト5に入ると評価していた。

『dancyu』編集長の植野広生氏と写真に映る黒田さん
写真提供=焼き麺スタンド
『dancyu』編集長の植野広生氏と写真に映る黒田さん - 写真提供=焼き麺スタンド

「さすがにテレビの効果は大きいんじゃない?」
「ほかの店の主人に訊くと、3カ月くらいは効果が続くっていいますね」

ぼくの問いに満面の笑みで答えると、黒田は当面1日100食をこなせるように、コンロを2つ増やしたといった。

「これがあれば、麺に火を通しておいて、最後は仕上げるだけにしておけます。準備が良すぎるって笑われちゃうかもしれませんけど、行列になったときにも対応できるように手を打っておきたかったんです」

急に行列ができると、材料を準備していないのが一番つらいという。オーダーをこなしながら、新たにキャベツを切っていると、客を待たせることになってしまう。オペレーション面で体制ができていないことは、今まで何度も聞かされていた。

あとはスタッフの対応だ。週末は60~70食出るようになっているが、これが100食を超えても問題なく回るのだろうか。今までのベストは1日78食だ。放送までに、万全の体制を整える必要があった。

行列を想定して追加購入したコンロ
写真提供=焼き麺スタンド
行列を想定して追加購入したコンロ - 写真提供=焼き麺スタンド

■初めてできた行列

人間ドック休暇を取得した日の午後、ぼくは埼玉県での取材を終えると、8時ごろ店に向かった。テレビで取りあげられて10日間。店の変化を見極められるようになってから、黒田の話が聞きたかった。

東京焼き麺スタンドが、テレビで取り上げられるのははじめてのことだった。ガラス越しに店内を見る限り、雰囲気は以前と変わらない様子だ。

店に入ると、ちょうど男性客が1人帰るところだった。カウンターに女性が2人と、テーブルに女性が1人いる。ぼくの後でも女性が1人、テイクアウトで2人分をオーダーしていった。

変化を感じたのは、電話だった。ウェブ化が進んでも、電話で店の混み具合を確認する傾向に変化はないのだろうか。8人で予約したいという電話があり、黒田が予約できない旨を説明していた。

3月9日(土)の放送当日は、午後から客が殺到した。ランチで68食、一日を通して120食を売り切ったという。翌日も勢いは続き、ランチで89食、1日で120食を完売した時点で店を閉めた。

「はじめて行列ができたって聞いたときは、厨房にいてそれどころじゃなかったですね。次から次へと注文が入ってくるので、対応するだけで頭が回らないんです」
「じゃあ、行列は見られなかったんだ?」
「後でアルバイトの学生から、階段に客が並んで、一階の店の前まで続いたと聞きました。一階の店はランチ営業をしていないので、迷惑をかけることはなかったんですけど、ちょっとドキッとしましたね」

次の日からは、階段の並び方にも注意する必要があった。ほかのテナントからクレームになりかねないからだ。

■開店以来の目標に到達したが…

2日後は平日ということもあり、若干ペースが落ちて80台後半だった。水曜日、木曜日、金曜日と80台が続き、週末にはふたたびランチで70食、1日で110食に達した。

行列になると並ばずに帰ってしまう客がいるので、もう少し来店客は多かった可能性がある。しかし翌週になって80食まで落ちているところからすると、平日のキャパシティはこの程度なのかもしれない。

来店数と並んで反応が大きかったのが、グルメサイトのアクセス数だ。普段は100件程度しかないが、放送当日は2万件までアクセス数が上昇した。星の数が3.5を超えたのは大きい。開店以来の目標に到達した瞬間だった。

顧客の特徴で目につくのは、高齢者層が増えたことだ。テレビを見ている中心が、こういった層だからだろうか。焼きそばを食べ慣れた世代という背景もあるかもしれない。女性客も増えた。

多くの客をさばけるように、コンロを増やしたのは正解だった。客が来店してから焼きそばを作っていたのでは回らない。並んでいる客にオーダーを聞き、店に入ると同時に商品を出すには事前の準備が必要になる。下焼きをなるべく多くしておくことが重要だ。

スタッフは3人で回したが、慣れてくると2人でできなくもないという。これだけ忙しいと、スタッフがどんどん成長していくのがわかるので楽しい。

欲をいえば、平日の食数をもう少し伸ばしたい。コンスタントに70食を越えるようになっているが、できればランチで70食ほど終わらせてしまい、5時には麺が売り切れて閉店するのが理想だ。まだそこまではいかない。

思えば、黒田が意識する老舗やきそば店「みかさ」(東京・神保町)は、より高い次元で客数をさばいている。1日150食限定で、夕方に店を閉めるのは相当効率の良い運営だ。売り上げが上がってきて、はじめて老舗のすごさがわかったともいえる。(続く)

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町田 哲也(まちだ・てつや)
作家
1973年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手証券会社に勤務する傍ら、小説を執筆する。著書に、天才投資家と金融犯罪捜査官との攻防を描いた『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)、ノンバンクを舞台に左遷されたキャリアウーマンと本気になれない契約社員の友情を描いた『三週間の休暇』(きんざい)などがある。

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(作家 町田 哲也)

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