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「私たちはかわいそうな外国人ではない」母国に帰れないベトナム人アーティストが訴えること

プレジデントオンライン / 2022年3月19日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

日本で暮らすベトナム人が増加している。コロナ禍で大阪滞在を余儀なくされているアーティストは「日本にいるベトナム人は『かわいそうな人たち』という先入観を持たれているが、決してそうではない」という。ライターのスズキナオさんが取材した――。(第1回/全2回)

※本稿は、スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■コロナウイルスの影響で大阪に取り残されたドゥックさん

ベトナム出身のアーティストであるトラン・ミン・ドゥックさんは1982年生まれ。個人と社会、異なる国と国など、さまざまなスケールにおいての関係性をテーマに、自由自在に表現スタイルを変えながら作品を作り続けている。

これまでニューヨークやパリをはじめ世界各国の都市で制作・展示を行ってきており、過去にも2度来日し、東京や長崎で開催されたアートイベントに参加している。2011年10月に東京で開催されたイベントでは、巨大なピンク色の布を引きずりながら渋谷や新宿の町の中を歩くというパフォーマンスを行い、東日本大震災後の人の営みと、その日本にいる外国人としての自分を表現したという。

国際的に活躍するアーティストであるドゥックさんだが、2020年に大阪での展示を終え、ベトナムに戻ろうと思っていた矢先、新型コロナウイルスの感染状況が深刻になった。ベトナムへの空路もストップし、まったく先の見えない中でそれから1年以上を過ごしてきた。これまで世界のあちこちに1カ月、2カ月と滞在しながら制作を行うことはあったが、ベトナム以外の国にこんなに長期にわたって滞在するのは初めてのことだという。なんのめぐり合わせか、その地がたまたま大阪だったというわけだ。

日本とベトナムを行き来する飛行機は大幅に数を減らしつつも運航されていたのだが、ベトナム国籍を持つ人がベトナムへ帰国することが困難な状況が長く続いているという(ビジネスに従事する日本人がベトナムに渡る方がまだ簡単だそうだ)。

ドゥックさんは積極的に情報を収集して帰国できるチャンスを求めているが、ベトナム政府が用意する限られたフライト数に対して帰国希望者の数が多く、妊婦や高齢者、持病のある人などが優先されるため、自分が戻れるときがいつ来るのかはまったくわからぬままだとのこと。新型コロナウイルス感染症はベトナム国内でも猛威をふるっており、それによって帰国はますます困難になっているそうだ。

■劣悪な環境、報酬で働かされている外国人もいる

出入国在留管理庁が調査した2020年の「在留外国人統計」によれば、日本に在留する外国人のうちベトナム人は約45万人で、中国に次いで第2位となっている(そのうち、大阪府内には約3万9000人が在留している)。また、厚生労働省が2020年に調査した「外国人雇用状況」によると、日本国内で働く外国人労働者を国別に見た結果、3位のフィリピン、2位の中国を抑えて最も多いのがベトナムで、前年からの増加率でも1位となっている。

2017年に「外国人技能実習制度」が改正されたことに伴い、日本国内の企業で報酬を得て働きつつさまざまな職業についての技能を学ぶ、「技能実習生」として日本にやってくる人々が急増した。ベトナムからも多くの技能実習生が日本にやってきているが、中には劣悪な条件、環境のもとでハードワークに従事させられる人々も多く、社会問題になっている。

技能実習生の契約期間は基本的に3年、特定の条件を満たして延長すれば5年と定められているが、現在の日本国内には技能実習の契約期間は終了したもののベトナムに帰国することはできないというような、宙ぶらりん状態に置かれている人もいるという。

■コロナ禍でたまの遊びもできなくなった

取材日は運良く梅雨の晴れ間だったが、数日にわたって雨が続いていた。「日本の梅雨は嫌じゃない?」とドゥックさんにたずねると、「ベトナムには雨季があるから雨は慣れているけど、何日か前、地元を思い出して久々に家族に電話してしまいました」と照れたように笑っていた。

ドゥックさんと訪れたのは活気あるアーケード街の端にオープンしたばかりのベトナム食材店「VIET QUAN 98」。店の奥のテーブルでは若いベトナム人の男女が雑談をしたり食事をしたり、思い思いに過ごしている様子だった。

聞くところによるとその多くは留学生だという。大阪市此花区にはベトナム人向けの日本語学校があり、学生も多いそうだ。彼らがたまに遊びに行くのは難波がメインで、ボウリングやビリヤードをして遊ぶことが多いと教えてくれた。ただ、コロナ禍でそういったこともなかなかできなくなってしまったそうだ。

■日本で頼れる人のないベトナム人もいる

あちこちで買い集めたベトナム食材がパンパンに入ったビニール袋を抱え、近所に住む私の知人の部屋で一休みしながら、改めてドゥックさんに話を聞くことにした。

——ベトナムに戻れないことをドゥックさんのご家族は心配してないですか?

去年までは心配していたけど、今はここでしっかり生活できているとわかって安心しています。それにベトナムもコロナの感染者が増えて大変だから、むしろ状況が落ち着くのをゆっくり待ってから帰ってきた方がいいと思っているみたいです。

——ベトナム国内でもワクチン接種は始まっているんですか?

始まっているけどペースはすごくゆっくりです。それを待つよりも、日本では在留外国人にもワクチンを打つ予定だということをニュースで読んだので、日本で接種する方がいいかもしれないですね。ワクチンを打てば、ベトナムに帰りやすくなるかもしれないです。

ベトナム航空のボーイング787-10
写真=iStock.com/Thanh Ho
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thanh Ho

——日本で過ごしていて、コロナにかかってしまうのではないかという不安は感じますか?

それは毎日考えていることです。もしそうなったら、支援団体の窓口に相談します。前に風邪をひいたときにそのセンターに電話したら、すごく親切に対応してくれました。でもそのときは結局、龍角散ののど飴をなめて、できるだけ野菜を食べるようにして治しました。

——健康状態が深刻になったときに、スムーズに病院を受診できるか心配です。

私は英語や日本語も話せるし、オンラインで情報を収集できるから条件はいいのです。ベトナム人の労働者は仕事が大変で、体をケアする暇もないからもっと大変です。彼らの中にはオフィシャルな問い合わせ先を知らず、Facebookで頼れる人を探すしかない人もいるようです。

——大阪で過ごすことになった1年間を、ドゥックさんはどう感じていますか?

私はアーティストです。この状況をアドバンテージにしたい。この状況を制作に活かしていきたい。それはコロナに限らず、どんなシチュエーションに対しても思うことです。ポジティブな気持ちを持っていないと前に進むことはできません。大阪の人々はすごく親切に、ユーモアのセンスを持って私を受け入れてくれました。

前に日本に来たときは東京の青山と長崎の佐世保に滞在しましたが、大阪、東京、長崎、どこも印象が違います。大阪は私の故郷のホーチミン市のように、海に近いフレンドリーな大都市だという印象です。同時に、私の母の故郷であるハイフォンという港湾都市を思い起こさせます。

——大阪で生活していく中で困ったことはありましたか?

去年の9月にパスポートの期限が切れて、クレジットカードも使えなくなったことがあって大変でした。そのときは大阪のベトナム総領事館に電話したけど、ベトナム人にとってはわかりにくかったです。ベトナムの政府の窓口なのにアナウンスが日本語の「お待ちください」だったりして(笑)。それと、予約していたベトナムへのフライトがキャンセルになって、ベトナムと国際電話でやり取りしたのですが、その通話料が100ドルもかかったのはショックでした。

■「妊娠すると強制送還される」

——大阪で暮らすベトナムの人たちについて、思うことはありますか?

スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)
スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)

ベトナム人が日本で働く方法がもっと簡単になって欲しいと思います。移民の人たちが仕事をするのにいろいろと許可が必要なケースが多くて、でもこれはベトナムだけでなく、他の国から来た人にとってもそうだと思います。技能実習生はたくさんの契約で縛られています。「あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない」というルールを、政府ではなく、彼らを派遣するベトナムの企業と受け入れる日本の企業だけで決めてしまいます。「仕事をしている間、絶対に妊娠してはいけない」とか。妊娠してしまうと強制送還されるんです。

——普通に働きたいだけなのに過酷な状況に置かれてしまうというのはおかしいですよね。

そう思います。アメリカに滞在した経験と比べると、日本はどんなことをする上でも、たとえば携帯電話の電話番号を持ったり、WiFiルーターを借りるだけでも在留カードが必要となり、ハードルがすごく高いのです。ただ、私はアーティストなので、労働者の置かれている環境とは違います。ハードワークをする必要もありませんからね。外国人に対するステレオタイプな見方もなくなって欲しいですし、同時に、私に対して「ベトナムに帰れないかわいそうなアーティスト」という視線が向けられるのも望んでいません。

——本当にそうですね。ステレオタイプな考えは差別を生み出す要因にもなりますね。

世界が一つの国家であったらと夢想したりすることもあります。状況に対する不平不満や比較ではなく、大阪の人々や、大阪に住む若いベトナム人たちと考えや問いかけを共有したいと思っています。旅行者のように短期間ではなく、大阪に1年以上という長い期間滞在することになって、国境や国籍といったものがなんであるかということを、私は自分自身に問いかけています。

■ベトナム人は「過酷な環境の人たち」というステレオタイプ

インタビューを終えて数日の間、ドゥックさんが言った「ステレオタイプな見方がなくなって欲しい」という言葉が私の頭を何度もよぎった。まさに私はドゥックさんを「かわいそうなアーティスト」という偏見で見ようとしていたのではないか。そして、日本にいるベトナムの方々を「過酷な環境に置かれた人々」としてばかり見ようとしていた気がする。

ベトナム食材店を1軒ずつめぐり、お店の方やドゥックさんと対話して感じたことは、一人ひとりが違う人間で、違う表情と違う声で語っているという、ただただ当たり前のことであった。のんびりと店番をしている様子が楽しげに見える瞬間もあったし、そしてまた、少し体調をくずしただけで不安にさらされる状況と隣り合わせでもあるのだろうと思えた。海外からやってきて大阪で暮らす人々を少しでも身近に感じられるよう、自分の理解の解像度をもっともっとあげていかなくてはと思った。

ドゥックさんはまた新しい展覧会を開くべく準備を進めていた。それまでに一緒にお酒を飲みながら食事でもしようと約束したので、まずはその日を楽しみにしたいと思う。

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スズキ ナオ フリーライター
1979年、東京生まれ。大阪在住。ウェブサイト「デイリーポータルZ」などを中心に散歩コラムを執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『関西酒場のろのろ日記』(ele-king books)などがある。

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(フリーライター スズキ ナオ)

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