「ダサければダサいほどいい」大阪・道頓堀の立体看板の7割をつくる専門業者のホンネ
プレジデントオンライン / 2022年3月23日 10時15分
※本稿は、スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■「グリコ」「かに道楽」が目を引く大阪・道頓堀
大阪に観光に来たとしたら、多くの人がミナミの道頓堀を歩くだろう。「かに道楽」の本店があって、グリコ看板が見えるフォトスポットも近く、くいだおれ人形があって、両側にたこ焼き屋が並び、コロナ禍以前は真っ直ぐに歩くのが困難なほど賑わっていた通りだ。
私自身はそれほど頻繁に歩くわけではないが、たまに通りかかると、外部から見た大阪のイメージが結晶となって具現化されたかのような雰囲気に圧倒される。
道頓堀を歩いていれば必ず目に入ってくるのが“立体看板”だ。かに料理の有名チェーン「かに道楽」の本店に取り付けられた動く巨大看板は道頓堀のシンボルのようになっているし、それ以外にも両側から通りに覆いかぶさるように派手な看板がいくつも突き出している。
■道頓堀の立体看板の7割は「ポップ工芸」
道頓堀らしい景観を生み出すのに大きな役割を果たしていると思われるこれら立体看板の多くを手掛けているのが、大阪府八尾市に工場を構える「ポップ工芸」だ。
ポップ工芸は1986年創業の看板制作会社で、大阪だけでなく日本全国、そして海外向けにも立体看板を作っている。道頓堀を代表する立体看板である「金龍ラーメン」の龍のオブジェも、そのポップ工芸が制作したものだ。
聞くところによると、道頓堀に存在する立体看板の7割ほどはポップ工芸が作ったものなのだという。つまり、いかにも道頓堀らしいと感じる風景のうち、ある程度の部分はこの一つの企業の手によって生み出されているというわけだ。
道頓堀から観光客の姿が消え、以前の様子が信じられないほどになったコロナ禍のなか、ポップ工芸という企業がどんな取り組みをし、どんな展望を持っているのかを伺いたく、取材を申し込むことにした。
■「毎朝決まった時間に起きるのが嫌」で看板の道に
近鉄大阪線の高安駅から10分ほど歩き、静かな住宅街を抜けた先の大阪外環状線の通りに面してポップ工芸の社屋は建っていた。
入口の前にはポップ工芸が手掛けた立体看板が制作物のサンプルがわりに置かれており、「なんだか面白そうな会社だ」と思わせる雰囲気が漂っている。
お忙しい中、ポップ工芸の代表取締役・中村雅英さんが取材に応じてくださった。
最初に会社の沿革について伺ったところによると、20代のはじめから15年近く製薬会社でサラリーマンをしていた中村雅英さんは、毎朝決まった時間に起きなくてはならない生活が嫌で仕方なくなり、あるとき、会社をやめることを決意。たまたま手に取った新聞の紙面に看板制作会社の求人広告を見つけ、「ここに入れば後で独立して自分のペースで仕事ができるようになる」と考えたという。
飲食店の開業に必要な調理器具や什器などを扱う店が多く集まる「千日前道具屋筋商店街」の看板制作会社に入り、1年間で看板制作に必要な大まかな技術を学んだ。住まいから近かった大阪府枚方市に10坪ほどの事務所を構え、晴れて独立したのが、雅英さんが35歳のとき、1986年のことだった。
![出所=『「それから」の大阪』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/c/670/img_9c195990d944946ad17f1681b03aa7cc401846.jpg)
■立体看板制作のきっかけになったラーメン店からの依頼
それから10年ほどは、大手の看板制作会社の下請けという形でオーソドックスな平面の看板を手掛けていたが、1997年に突然、立体看板の制作依頼を受けた。発注元は道頓堀にある「金龍ラーメン道頓堀店」で、龍をかたどったインパクトのある看板を作って欲しいという依頼だった。
しかし、それまで平面看板しか作ってこなかった雅英さんには、立体物を作る上でのノウハウが一切なかった。当時、「かに道楽」の巨大看板はすでに存在していたそうだが、あれがどうやって作られたものなのか、情報もまったくない。そこからはまさに試行錯誤の連続だったという。
——どういう材料で作ればいいかもわからない状態でスタートしたわけですね。
大きい龍ですから、発泡スチロールで形を作ろうということでやったんですけども、FRP(繊維強化プラスチック)ゆう合成樹脂を塗ったら発泡スチロールが溶けてしまったんです。それで、なんか考えなあかんゆうことで、金網で形を作ってその上に樹脂(FRP)を塗って、そして彩色していくことにしました。最初は何もわからんから大変でしたね。
2カ月ほどの期間をかけ、なんとか無事に看板を制作することができた。その後も平面看板をメインに制作していたが、徐々に立体看板の制作依頼が増えていったという。「このままではどっちつかずになる」と考えた雅英さんは、2002年ごろ、ポップ工芸を立体看板専門の会社へとシフトすることを決めた。サイズの大きなオブジェを制作する機会も増え、2007年には工場を八尾市に移転し、広い敷地で作業ができるようになった。
■「とにかく他より目立て」で看板が飛び出てくる
——中村さんの制作物が評判になって、立体看板の注文が増えてきたのでしょうか。
評判になったんかは知らんけど、まあ結局、大阪の道頓堀のお店ゆうたらね、目立たしたいゆうんか、「カニもある、龍もある、じゃあうちも」ゆう感じで、うちも作りたいなっちゅう感じになったんちゃいますか。「あそこより目立つやつ作ったろ」ゆう感じでね。
——大阪以外に向けても制作をされているということでしたが、やはり、数としては大阪が多いですか?
国内は北海道から九州までいろいろやってますね。海外やとドバイとか、シンガポールとか、タイ、中国とかね。自分とこで作った方が早いんちゃうかと思うけどね(笑)。でもまあ、大阪は多いですね。特に派手な看板は道頓堀に集中的にあるからね。道頓堀のお店から依頼が来ると、こっちもちょっと力が入るゆうんかね、普通の看板はだいたいみな仲介の業者さん任せで「はい、わかりました。そのとおり作ります」ゆうて依頼どおりに作るんですけど、道頓堀に関しては、一応こっちからちょっかい出してる(笑)。「そんなんより、もうちょっとこんなんやりましょうよ」みたいなのはあります。
■道頓堀の看板は「ダサいほどいい」
——ポップ工芸さん側から提案することもあるわけですね。
「せっかく道頓堀に看板つけるんやったら、ちょっとでも目立つようにしましょう」ゆうことでね。だから、元禄さん(「元禄寿司道頓堀店」)なんかも、もともとはお皿に2貫ずつ乗ったやつを6種類ぐらい並べるゆう感じで依頼がきたんですけど、「それやったら1個ボーンと大きいの作った方が迫力あるんと違いますか」ゆうことで作ったんですね。そして、それだけやったら面白くないからゆうて、手を後で付け加えたんです。
![出所=『「それから」の大阪』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/a/670/img_5aab306ad2a07ba779922105a090aceb409857.jpg)
——あの看板は本当にインパクトがありますね。ああいう面白いものがあるおかげで、「道頓堀といえば立体看板」というイメージができあがっているような気がします。
看板出す店の人らが「目立たんからもうちょっと前に出したい」ゆうてお互いだんだん前に出て行くんですわ(笑)。
——もうあれは観光資源だと思います。あれがあるから「道頓堀に来たぞ!」と感じるというか。道頓堀だからこそのものだと思います。
まあ、大阪の人は笑わせるとか喜ばせるのが好きなんやろうね。目立ちたがりやからね。普通の場所やったら、「なんや、あのダッサいの」とか言われるかもわからん。それがないからね、大阪の場合は。「ダサければダサいほどええ」みたいな(笑)。
■「半分休むかわりに残りは2倍働く」
——ちなみにここ最近に制作された道頓堀の看板はありますか?
射的の店やな。ビリケンさんとか龍とか、いろいろごちゃごちゃっとつけて欲しいゆう注文でね。
——2020年の新型コロナ以降、お仕事の現場には変化がありましたか?
去年(2020年)はガタッと減りましたよ。ただ、コロナの影響で仕事は減ったけど、そのころ、作り手がやめてもうて人がおらんかったから、ちょうどよかったと思う。そのころに入った新人さん3人に集中的に作業を教えることもできたしね。
——2021年になって仕事量は戻ってきましたか?
うん。増えてきてるかな。なんかしら忙しいですね。さっきもゆうたけど、僕はもっと楽したいんですよ(笑)。月の半分しか仕事しないけど、そのかわり月の半分、仕事してるときはみんなの倍はやってるゆうふうにしたいんです。ちょっとでも早くできるようにとか、いかに手を抜くかとか、そういうことばっかり考えてますよ(笑)。あいつは3日かかるけど、俺やったら1日でできるとか、いつもそう思ってますもん。
——人手が足りないときに依頼がたくさん来たら、一気にすごく大変になりそうですね。制作物の大きさもさまざまだと思うのですが、依頼内容に応じて制作期間もかなり違ってきますか?
だいたいこれぐらいやな、っていうのはすぐわかりますね。でもこういうのはキリがない。時間かければかけるほどええのできるし、せやけどうちらは看板屋やから、そこまで手をかける必要がない。「どうせ高いところにつけるんやから、わからんやろ」ぐらいの(笑)。だから僕がここに来てスタッフにいつも言うのは「手え抜けー! 手え抜けー!」って。よその社長は「ええの作れー! ええの作れー!」ゆうけど、僕は逆です(笑)。
■看板は建物と一体になってからが面白い
——こういった看板は、設置するのは別の業者さんが担当されるんですか?
![スズキナオ『「それから」の大阪』(集英社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/c/200/img_bc7d3ee72a7f60ece36c50df5114f94b274698.jpg)
うん。基本的にうちは作るだけで、だいたい大きな看板屋さんを通して依頼が来るから、取り付けるのはその看板屋さんの方やね。僕が一人でやってた時分は、設置までみんな請け負ってたけどね。大阪だけじゃなく地方からの依頼も多くなったからね。地方やったら地方の看板屋さんが取り付けはるゆうことやね。
——ポップ工芸さんはあくまで立体看板そのものを作るところまでで、依頼元の看板屋さんがここに引き取りに来て取り付けるわけですね。
そうです。ここで引き渡し。取りに来られない場合は運送屋さんに頼んでね。やから、それがどこにどんなふうに付いてるかは知らないんですよ(笑)。ここで作った単品の状態はもちろん見てるんやけど、単品だけじゃあんまり面白(おもしろ)ないよね。建物と一体になったときが面白いんやけどね。
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1979年、東京生まれ。大阪在住。ウェブサイト「デイリーポータルZ」などを中心に散歩コラムを執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『関西酒場のろのろ日記』(ele-king books)などがある。
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(フリーライター スズキ ナオ)
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