ウクライナ侵攻はむしろ前例になった…「中国は2027年までに台湾へ侵攻する」と私が確信する理由
プレジデントオンライン / 2022年3月15日 11時15分
2021年12月15日、ロシア・モスクワで行われたロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのテレビ会議での中国の習近平国家主席(KREMLIN PRESS OFFICE/配布資料) - 写真=AA/時事通信フォト
■習近平は「ロシアによるクリミア併合を研究せよ」と指令
「ウクライナ侵攻での戦況、そして国際社会からの経済制裁は、ロシアのプーチン大統領にとっては予想を超えるものだったと思います。それらを見て、台湾統一を目指す中国も現実を受け止めたと思うんですよね」
こう語るのは、元自衛隊統合幕僚長の河野克俊である。
中国は、ウクライナ侵攻でのロシア軍の問題点、ロシアへの経済制裁、そして軍事介入しようとしないアメリカの動きなどを相当研究していると筆者も見る。
中国によるロシアの戦術研究はクリミア併合までさかのぼる。中国の習近平指導部は2016年春、複数の政府系シンクタンクなどに対して「ロシアによるクリミア併合を研究せよ」という内部指令を出した。
2016年春といえば、台湾総統選挙で蔡英文が勝利し、1期目の施政を本格化させた頃である。ここでもロシアをヒントに台湾を手に入れようとする野望が垣間見える。
■ロシアが大勝利したクリミア併合とは様変わり
ロシアがウクライナ南部クリミア半島の併合に動いたのは2014年2月。このときロシアは、ウクライナで起きた政変を機に、情報戦やサイバー攻撃を駆使してクリミアの親ロシア派住民を煽り、混乱に乗じて一気に併合している。
アメリカやEUは、遅ればせながらロシアに対し経済制裁を科したが、「個人や団体への査証制限や資産凍結」「主要銀行との取引停止」といった制裁は、ロシアにとって痛くも痒くもない制裁だったろう。
習近平はクリミア併合という成功例を見て、「中国が台湾を獲った際に受ける経済制裁もこの程度なら、十分乗り切れる」と、力による台湾統一に光明を見いだした気持ちになったに相違ない。
ただ、今回はかなり状況が異なる。台湾を統一するにはウクライナ侵攻の失敗例から学ぶ必要があるのだ。
■原発攻撃や民間人の犠牲は当然批判を浴びる
ロシア軍の失敗から容易に学べるのは以下の点だ。ウクライナ侵攻を台湾侵攻に置き換えればこうなる。
① 原発や核施設に攻撃を加えると国際社会からの反発が強い
台湾は「脱原発」へと舵を切り始めているが、6基の原発が稼働している。施設が位置する台湾北部や南部から上陸を試みる場合、施設に損傷を与えない工夫が必要。
② 住宅街を空爆し、その映像が拡散されてしまうと批判を招く
台北、新北、桃園など人口が集中する首都圏や台中、高雄などの都市部攻略の際は誤爆しないこと。同時にSNSの規制も必要。
③ 民間人の避難路を早期に確保しないと国際社会から叩かれる
台湾統一をいくら「ロシアが他国のウクライナに侵攻したのとは訳が違う。台湾は国内問題だ」と言い張っても、民間人に犠牲が出ると批判は高まる。民間人の避難路「人道回廊」の早期設置と徹底は不可欠。
④ 自国の兵士に犠牲者が多いと厭戦気分が高まる
戦闘状態に入れば、台湾側も「中国軍○千人が死傷」とプロパガンダの情報を流す。そうなると国内で厭戦気分が拡がる。台湾メディアを規制し、同時に中国軍の犠牲者を少なくする戦法が不可欠。
■事前の情報戦も戦地のリアルには敵わない
ウクライナ侵攻でロシア軍が失敗した部分を見れば、中国が台湾を攻略する際、何に気をつけなければならないかが見えてくる。
それを逆手に取れば、台湾当局、そして台湾を支援する日本やアメリカも対策を講じやすくなる。さらに細かいところまで見てみよう。
⑤ 事前の情報戦に重点を置きすぎた
ロシアは、クリミア併合に踏み切る際、「クリミアの土地は歴史的にロシアの一部」「クリミアの住民はロシアへの帰属を求めている」といった情報を発信し、「クリミアの住民がネオナチ政権によって窮地に立たされている」という先入観を、さまざまなメディアを駆使して国民に刷り込んでいった。
今回も、プーチンは論文で「ロシアとウクライナは一つの民族」と強調し、ウクライナのゼレンスキー政権とナチズムを結びつけ、ウクライナ東部でロシアに編入の意思を持つ人々への集団虐殺(ジェノサイド)が行われていると強調してロシア軍の軍事介入を正当化した。
こうした情報戦は、事前には効果的だが、実際にロシアの侵攻が始まると、東部の都市ハリコフや南部の都市ヘルソンなどで、空爆に怯え、地下壕にこもり、焦土と化した住宅街で泣き叫ぶウクライナの人々のリアルな姿がテレビに映し出され、SNSで拡散された。それがウクライナ人を奮い立たせ、ロシア国内でも反戦や停戦の機運が高めるきっかけになった。
■2人の大統領は「闘うヒーロー」と「極悪人」に
⑥ リーダーを甘く見すぎた
ウクライナ大統領、ゼレンスキーを甘く見たこと。筆者の電話取材に応じたモスクワ在住のロシア人は語る。
「ゼレンスキーはコメディアン出身で41歳と若い。プーチンは、大富豪で閣僚経験もあった前任のポロシェンコとは違い、彼なら、少し攻撃すればNATOへの加盟を断念し国外に逃亡するだろうと甘く見ていたのではないか」
ところが、ゼレンスキーはロシア軍が迫る首都キエフにとどまり、連日、SNSで動画とともにメッセージを発信し、3月8日には英国議会にまでオンライン形式で登場し、「われわれは断固戦う」と国民を鼓舞する言葉を発し続けた。今や戦うヒーローだ。
一方、プーチンは、国際社会からは極悪人扱いされ、国内では「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥から「停戦」を求められ、国民からの批判にもさらされている。
⑦ 部隊の展開が早すぎた
ウクライナ国境や同盟国のベラルーシに派遣された兵士たちは、1年で最も寒い季節を、クリスマスや新年を祝うこともなく、早い時期からスタンバイ状態に置かれてきた。これでは士気が低下してしまう。
加えて、最前線での食料と燃料不足。侵攻当時の「速戦即決」作戦が頓挫したのは、ウクライナ側の想像を超える抵抗もあるが、兵站面での計画に問題があったと言わざるを得ない。ウクライナ各地でロシア軍の兵士が民家から食料などを強奪している事実がそれを浮き彫りにしている。
■「中国の夢」実現には大きなハードルがある
ロシアの兵員は90万人、戦闘機などの航空機は1170機、地対空ミサイル設備は1520カ所。対してウクライナは兵員20万人。航空機120機、地対空ミサイル設備は80カ所。その差は歴然だ。
中国と台湾の軍事力もおおむね10倍の差があるが、それだけでは勝てないことは、ロシア軍のウクライナにおける戦況が雄弁に物語っている。
こうして考えれば、「台湾侵攻にはまだまだ越えなければならない大きなハードルがある」と考えるのが普通だ。
しかし、台湾統一を「核心的利益」と位置づけ、「中国の夢」とも語ってきた習近平である。1840年のアヘン戦争以降、およそ1世紀にわたって列強に領土を奪われてきた過去を、香港や台湾を併合することによって自分の代で清算しようという野望が透けて見える。
![紫禁城を行進する中国兵(北京)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/670/img_cbfa7abd450ab09b26404b5722dfddd5347665.jpg)
■ロシアの失敗と成功から策を練っている
ニクソン政権で国務長官などを務めたヘンリー・A・キッシンジャーは、著書の中でこう述べている。
3月10日、アメリカの中央情報局(CIA)長官、ウィリアム・バーンズは、議会上院の公聴会で、「中国の習近平国家主席は動揺している」と指摘した。激しい攻撃と長期化、各国からの制裁は、習近平の想像を超えるものだったのだろう。
しかし、習近平は、あくなき執念を維持したまま、ロシアがクリミア併合で見せた成功とウクライナ侵攻でさらけ出した失敗から学び、じっくりと策を練っている段階……筆者にはそう思えてならない。
ウクライナ侵攻に関しては、プーチンが成功した部分もある。それは、アメリカやEU諸国をウクライナから遠ざけることができている点だ。
プーチンは、EU諸国の首脳との会談で「核」をちらつかせた。これにより、第3次世界大戦や核戦争を避けたいアメリカやNATO加盟国が軍事介入できなくなったばかりか、戦闘機などのウクライナへの武器供与すら迅速にできなくなった。
このことは、台湾周辺の海域にアメリカ軍に出てきてほしくない中国にとっては大いに参考になったはずだ。中国自身が「核」でけん制しなくても、北朝鮮に命じてちらつかせれば、自衛隊とアメリカ軍の艦船の少なくとも一部は日本海に釘づけにできるだろう。
■中国軍創建100年の「2027年」がもっとも危ない
では、ウクライナ侵攻の次に世界が驚愕することになる中国による台湾統一の動きはいつ起きるのだろうか。
「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」
これは、2021年3月、アメリカのインド太平洋軍司令官(当時)を務めていたフィリップ・デービッドソンが、アメリカ議会上院で語った言葉である。彼はそれ以降も、筆者ら日本のメディアに対し、「今もその懸念は持っている」と語っている。
前述した元陸上自衛隊統合幕僚長の河野克俊も見方はほぼ同じだ。
「東シナ海や南シナ海における軍事バランスで中国軍がアメリカ軍を上回れば危険性が高まります。中国は台湾を『台湾省』と考え、尖閣諸島もその一部と思っていますから、台湾と尖閣への同時侵攻もあると思います」
河野は、ウクライナにおけるアメリカの関わり方が脆弱(ぜいじゃく)なままだと、台湾有事の可能性は一段と高まると指摘する。やはりその時期は「数年以内に」である。
筆者も2027年ごろがもっとも危ないと考えている。2027年は中国軍(人民解放軍)創建100年の節目にあたる。その頃までには、3隻目の空母が東シナ海や南シナ海に展開し、台湾上陸に不可欠な強襲揚陸艦の増強も進む。台湾海域に限れば、中国の軍事力がアメリカを上回ると想定されるからだ。
■ウクライナ侵攻は台湾侵攻に置き換えられる
安倍内閣で2度、防衛大臣を務めた小野寺五典衆議院議員は、筆者の取材に、デービッドソン前司令官を「情報収集力に長け、冷静に分析できる人」と評価したうえで、「私も同じ考えだ」と語っている。また、自衛隊出身で現在は自民党外交部会長を務める佐藤正久参議院議員も、「数年以内に台湾海峡の緊張は高まる」と危機感をのぞかせた。
では、予想される侵攻のシナリオを、ロシアのウクライナ侵攻の事例と照らし合わせながら示してみよう。
・中国による台湾侵攻のシナリオ
○ウクライナ侵攻と同様、基本は「速戦即決」。短期決戦を目指す。
○ロシアが、ドネツク、ルガンスク2州の独立を承認し拠点化したように、中国も金門島や馬祖諸島といった台湾の離島を奪い拠点化する。
○ロシアと同様、サイバー攻撃や電磁波攻撃を仕掛ける。
台湾軍の基地や軍用機、原発などを機能不全にする。携帯電話基地局を乗っ取り、GPSを操作し台湾軍や支援に来たアメリカ軍を違う標的に誘導する。偽のラジオ局を作りフェイクニュースを流す。
○ロシアが空港を攻撃し制空権を手に入れようとしたように、中国は台湾北部の樂山にあるレーダーを破壊する。
台湾軍とアメリカ軍の「目」を奪い、比較的平坦な台湾の東側から上陸作戦を実施する。
ロシアのウクライナ侵攻を、「気の毒」「早く終息してほしい」で終わらせることなく、また、戦況や停戦に向けた動きだけに注目するのではなく、以下の4つはしっかりチェックしておきたい。
(1)ロシア軍がウクライナ侵攻で示した能力
(2)アメリカはロシアやウクライナに対し何をしたか
(3)ウクライナ自身の防衛力
(4)ベラルーシなど隣国の動き
台湾有事や尖閣諸島有事に備えるなら、これら4つの要素をそれぞれ「中国軍の能力」「アメリカ軍の支援」「台湾および自衛隊の防衛力」「北朝鮮の動き」と置き換えることで、われわれが何を覚悟すればいいかがわかるはずだ。
![地図上の中国、台湾の接写](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/670/img_17f22f9af4508904ce38de67d0921af6420986.jpg)
■老獪な外交戦術を繰り出す習近平の狙い
ロシアをめぐって中国は、国連総会での制裁決議で棄権に回った。また、習近平は、3月8日、フランス・マクロン大統領、ドイツ・ショルツ首相とオンライン形式で会談し、ウクライナ問題の解決に積極的な姿勢をアピールしてみせた。実に老獪な外交戦術だ。
中国の根底には、「台湾は自国の領土。あくまで内政問題」という強い認識がある。侵略が明らかなロシアに肩入れしたとなると、自分たちの「台湾を開放する」という正当性に疑問符が付く。
また、中国からすれば、ウクライナ侵攻自体は、アメリカの目をロシアに向けさせることになるため「是」とするが、長引くのは困るという事情もある。
■侵攻の長期化は経済的にも軍事的にも「痛い」
中国商務部のデータによれば、2021年の両国の貿易高は約1469億ドルで、前年同期比で35.9%増となっている。
輸出では、中国車やスマホ、建設機械が伸び、輸入ではロシア産の食品が中国の食卓を飾る関係だ。今後も、5G、バイオ医薬品、グリーン低炭素、スマートシティ、エネルギーなどの分野で協力関係が進むことが期待されている。
ロシアが大きく傷ついてしまうことは、経済的にも軍事的にも中国には「痛い」のだ。
その中国は2011年にウクライナと戦略的パートナーシップを締結している。中国とウクライナの貿易額は2021年、輸出入とも前年比20%超の伸びを示して過去最高を記録した。加えて、ウクライナは中国が提唱する広域経済圏構想「一帯一路」の要衝でもある。
習近平としては、中国がロシアに寄りすぎているとの批判をかわしながら、つながりが深い両国の間の問題を収拾させたいのだ。
■「一筋縄ではいかない国」に周辺国は対抗できるか
国際社会で毛嫌いされないよう上手に立ち回りながら、習近平は、全国人民代表大会(全人代)で、軍と武装警察の分科会に出席し、「海外関連の軍事活動に関する法案」という、とんでもない法案策定を指示した。
これは、中国軍を海外に派遣して活動させる根拠となる法律の整備に動き出したことを意味する。「海外派兵法」のような法律ができてしまうと、台湾や尖閣諸島を考えるとき、すでに施行されている改正武警法や海警法と同様に厄介なものになる。
このように国内外で着々と態勢固めをしつつ、軍事的には、強襲揚陸艦の配備増強、音速の5倍以上で飛行する極超音速ミサイルの開発も進めているのが中国だ。日本もアメリカも、中国はロシア以上に「ひと筋縄ではいかない国」と再認識すべきだ。
これに対抗する枠組みとしては、アメリカ、日本、豪州、インドの4カ国から成る「QUAD」という安全保障体制があるが、チームを率いるバイデンは78歳と高齢。日本には有事が起きる前に自衛隊をスタンバイさせられる「領域警備法」のような法律がない。豪州は潜水艦購入問題を契機にフランスと仲が悪い。インドは国連総会のロシア制裁決議を棄権している。
「一枚岩」「十分に強力」とお世辞にも言い切れないところが何とも心もとない。
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政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、『すごい!家計の自衛策』(小学館)ほか多数。ウェブマガジンも好評。
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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)
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