「愛子さまと同時期に成人」オランダの王位継承者・アマリア王女が自伝につづった"複雑な心境"
プレジデントオンライン / 2022年3月19日 8時15分
■日本と対照的な「王室と国民との距離」
王族といえども「一人の人間」――。
オランダ国王の長女、アマリア王女の伝記『Amalia』(アマリア)を読むと、こんな考えが根底にあるのが分かる。同書は、昨年12月に日本の愛子さまとほぼ時を同じくして成人年齢(18歳)に達したアマリア王女の、これまでの歩みや人となりを国民に紹介する目的で出版されたもので、18歳のプリンセスの複雑な心境や心のよりどころが記されている。
注目したいのは、この書籍が王族へのインタビューで書かれている点だ。オランダでは、王室と国民との距離は、日本では考えられないほどに近い。
オランダ王室はベアトリクス前女王の時代から日本の皇室とも大変親しい。しかし、国民との距離を考える時、そのあり方は対照的でもある。
■18歳の自伝出版はオランダ王室の伝統
「私が何を成し遂げたというの? アパルトヘイトを撤廃したネルソン・マンデラ氏でもないのに。なぜ今、本を出すの?」――。アマリア王女は、18歳の誕生日を目前に本を出版することについて、はじめは困惑していたという。
同書の企画は、政府情報局(RVD)によるもの。作家でコメディアンのクラウディア・デブライさんが執筆を依頼された。同書の冒頭でデブライさんは、アマリア王女を次のように諭したとつづっている。
「将来、私たちはあなたと大いに関わりを持つことになるでしょう。だから、私たちオランダ人は、その前にあなたのことを知っておきたいんです」
現在のウィレム=アレキサンダー国王も、その前のベアトリクス女王も、それぞれ18歳の時に本を出版してきた。国民に次世代の若い君主の素顔を紹介するのは、オランダ王室の伝統となりつつある。
オランダでは1983年に完全な長子相続が導入され、以来、男女に関係なく長子が王位を継承している。それまでの王位継承権は原則的に男性に与えられるもので、男子がいない場合のみ女子が王位を引き継ぐことになっていた。たまたま君主に息子がおらず、ウィルヘルミナ、ユリアナ、ベアトリクスと、3代にわたって女王が続いたため、オランダは以前から「女王陛下の国」のイメージが強い。
3人姉妹の長女であるアマリア王女は昨年12月7日、成人年齢に達したことで、王位継承者としてオランダ国務院のメンバーとなった。
■王族がパン食い競争も
オランダ王室にとって、オープンであることは何よりも大切。特に1980年から2013年まで王位にあったベアトリクス前女王の時代にこの傾向が強まった。
毎年4月30日の「女王の日」(現在は4月27日の「国王の日」)に王族が国内の都市を訪問し、国民と交流するという伝統が始まったのもベアトリクス時代から。王族を迎える街では、市民がパフォーマンスをしたり、王族メンバーに直接花束やプレゼントを手渡したり、一緒に写真を撮ったりする。王族がパン食い競争に参加することもある。
この日はオランダ王室の色であるオレンジ色の服を着た人々で、街はオレンジ一色に染まる。スーパーマーケットでは王族の写真がプリントされた商品が売られ、パン屋に並ぶケーキもオレンジ色に。新国王が誕生した2013年4月30日は特に盛大で、店頭で販売されるトイレットペーパーや街の噴水の水もオレンジに染まった。
毎年、この日は市役所の許可なく商売することが認められており、全国の路上や公園は、フリーマーケットでにぎわう。自由で、商売上手で、オレンジ色の、オランダらしさにあふれた光景が見られる1日なのだ。
■王妃インタビューの視聴率は51%
ベアトリクス時代の伝統を受け継ぎ、ウィレム=アレキサンダー国王も開かれた王室を目指している。
中でも注目されたのは2021年5月、マキシマ王妃50歳の誕生日を記念して、テレビで放送された1時間におよぶ特別インタビューだ。視聴率はなんと51%。国民の関心の高さを示すものだった。
インタビューでは、アルゼンチン出身の王妃がスペインで現国王(当時は王子)に初めて出会った日についても振り返った。「私がパーティーの写真を撮っていたので、ウィレム=アレキサンダーは私のことをパパラッチだと思っていたようです。(2人の関係は)あんまりいいスタートではなかったですね」
交際が始まってからは、黒髪のかつらをかぶって変装し、オランダ各地のカフェを巡って「ビッターボールン(小さなコロッケのようなオランダのスナック)」を食べながら市井の人たちと会話してオランダ語を練習。オランダを知ろうと努力したという。
パーソナルな質問も投げかけられたが、国王や3人の娘との関係、2018年に自死した妹への思いなど、彼女は誠実に、時には涙をそっとぬぐいながら答えていた。
■コロナ禍のバカンスもテレビで反省の意
インタビューは、コロナ禍のギリシャ旅行にも及んだ。2020年秋、国王一家はバカンスを過ごそうとギリシャの別荘に飛び立ったが、国民の反感を買って急遽引き返し、国王夫妻が国民に謝罪したという経緯がある。
マキシマ王妃は改めて、「判断を誤りました。旅行は許されていたけれど、(国民と)連帯する行動ではありませんでした」と、反省の意を表した。
番組放送後の国民の反応は上々。王妃に親しみを感じたという人が多く、ソーシャルメディアなどでは賞賛の声が相次いだ。
■低迷する王室への信頼
大手調査会社「Ipsos」によると、コロナ禍が始まったばかりの2020年4月の調査では、国王を「信頼している」と答えた国民は76%にも上っていた。しかし、同年秋のコロナ禍のバカンスなどが影響し、12月には47%に低下。2021年9月時点でも40%台と低迷が続いている。
王室ジャーナリストのジョセフィーヌ・トレアイさんは、こうした調査結果について「信頼の回復には時間がかかる。また、コロナ禍による活動自粛のため、以前に比べて国王夫妻の姿を見る機会が大幅に減ったことも影響したのではないか」とコメントしている。
王族が国民と触れ合う機会となっていた「国王の日」は、2020年はコロナ禍のためハウステンボス宮殿からオンラインとテレビで中継。また2021年は、国王一家がオランダ南部のアイントホーフェン市を訪問したが、こちらも例年のような一般市民との交流はなく、オンラインとテレビでの中継となった。
Ipsosの調査でも「コロナ禍で国王の姿を見る機会が減った」と感じている人が、2020年4月の20%から2021年4月には36%と、16ポイントも上昇。さらに「コロナ禍で国王に支えられていると感じた」人も40%から23%に減少した。
オランダでコロナ規制の大部分が解除されたのは今年2月下旬のこと。国民の信頼回復に向けた模索は続く。
■悩める18歳、王女がついた小さなため息
こうした状況の中、アマリア王女の自伝出版は、国民に直接生き生きとした王族の姿を伝える、貴重な機会となった。
本の中で彼女は、不安や葛藤も明らかにしている。
将来の女王の地位について、自分の中で折り合いをつけたのは14歳のときだったという。王女はデブライさんに「王室は政治、宗教、出身などに関わらず、すべてのオランダ人を代表する」という考えを「美しい」と感じていると語り、「私は喜んでそれを引き受けます」と述べている。
しかし、デブライさんは彼女の葛藤を見逃さない。王女は、「そうでなくてはならない」と言って、小さくため息をついたという。
そして、もし今、国王の身に万が一のことが起こったらという質問にはこう答えている。「最初の数年間は、母に代わりを頼むでしょう。でも、父には言いました。『健康的に食べて、たくさん運動して』(長生きして)って」
王女は、心理セラピストのカウンセリングも受けているという。これは友達のように慕っていた叔母(マキシマ王妃の妹)が自死したことも影響しており、専門家に相談することは大切だと明言している。「タブーにする必要はありません。心の問題について公に話すのは、問題ではないと思います」
■高校へは妹と自転車通学
王女はデン・ハーグにあるエリート中高校(ギムナジウム)に妹2人とともに自転車通学し、2021年5月の卒業試験では、大変なプレッシャーの中で「クムラウデ」という最高レベルの成績を収めた。歴代の王室メンバーで、ギムナジウムのクムラウデを獲得したのは、彼女が初めてだという。
この後は大学に進学する予定だが、王女は現在、1年間の「ギャップイヤー」を過ごしている。ギャップイヤーとは、高校卒業後、次の進路を決める前の準備期間だ。オランダではこれを取る若者が増えており、インターンをしたり、放浪の旅に出かけたりして、人生経験を積む人が多い。彼女は歴史、経済、法律に特に興味を持っているようだが、どの大学で何を学ぶかはまだ明らかにしていない。
本格的な公務は、大学卒業後に始まる。このため、彼女は18歳の誕生日を前にマルク・ルッテ首相に手紙を書き、成人王族が受ける年間2億円相当の手当てを辞退した。理由は「大した公務をしていない中、また多くの学生がコロナ禍でつらい思いをしている中、心苦しい」というもの。この決断には「全国学生自治会」をはじめ、多くの国民から賞賛の声が上がった。
ただ、2021年12月の誕生日には、宮殿近くの公園で20人以上を招いて誕生会を開催したことが問題になった。国王はルッテ首相を通じて、屋外での開催であり、必要な感染対策も行ったと弁明した上で、「(パーティーは)正しい判断ではなかった」と反省の意を表明。しかし、アマリア王女本人への批判の声は、国民からはあまり上がらなかった。
■自伝はベストセラーに
2021年4月に公表されたIpsosの調査では、王女の印象について「自発的で素敵な女の子」「将来いい女王になりそう」といったポジティブな回答が目立った一方、「まだ“青い”」「まだぎこちない」と、若さと経験の浅さを指摘するものもあった。「アマリア王女は(成人となった)18歳からは、もっと公の場に出るべき」と考える人は52%に上っている。
昨年のクリスマス、オランダでは著書『Amalia』(アマリア)をプレゼントとして贈る人が多かった。そして、出版から3カ月経った今も、同書は書店でベストセラーのランキング上位に入っている。
アマリア王女が成人した日、各種メディアが特集を組み、国民がメッセージを寄せた。中でも印象的だったのは、彼女と同年代の学生たちが寄せたコメントだった。
「自分自身を見失わないで」「自由な人生を謳歌して」という、王女個人の幸せを願う声や、「普通でいて」「オープンでいて」という声もあった。
■国民の共感を集める王室
悩みも葛藤もオープンにするからこそ、オランダ王室は国民の共感を集める。その等身大の姿は、国民が自分たちを投影する象徴そのものである。
翻って、日本の皇族はいまだにベールに包まれた雲の上の人々。天皇ご一家の姿は神格化され、短い記者会見や公式文書の中でその心中が語られることもほとんどない。美智子さま、雅子さま、眞子さま(現・小室眞子さん)と、3世代の女性皇族が相次いで精神的に追い込まれたことは、こうした国民との距離と無縁ではないだろう。
演出される“聖家族”の映像や週刊誌のゴシップ記事ではなく、皇族の方々の人間性に直接触れられるような機会が、日本人にも必要ではないだろうか? それは、日本人が国民の象徴を正しく知る機会を与えるほか、皇室の方々の生きやすさにもつながるように思われる。
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オランダ在住フリーランスライター
オランダ在住17年のフリーランスライター。オランダのライフスタイルやイノベーション、教育などについて、オンラインメディアや雑誌、ラジオ、ポッドキャストで発信する。著書『週末は、Niksen。』(大和出版)では、オランダ発のリラックス法を紹介。
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(オランダ在住フリーランスライター 山本 直子)
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