見放題・聴き放題なのに、すぐ飽きてしまう…サブスクの「おすすめ」に魅力を感じづらい本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年3月20日 15時15分
■おすすめの「パトロール」だけで終わってしまう
“見放題”、“聴き放題”という言葉にひかれて入会してみたものの、サービスを利用したのは初めの数日だけ、そんな経験はないだろうか。
時々アプリは立ち上げてみるのだが、メニューをスクロールするだけで結局、何も観ずに終わってしまう。そのうち、こうしたパトロールのために料金を払っている気すらしてくる。
パトロールから抜け出せないのは、あなたの責任ではない。これらは人間が生来備えている認知的な特質のなせるものであり、誰もがみな経験することである。さらにはサービスを提供するサービサー側も、このことを認識している。そして、あなたが業を煮やして解約してしまう前になんとか利用してもらおうと手を尽くしている。
今回は、このように私たちがその期待とは裏腹に結局コンテンツを楽しめないままに至る理由と、サービサーによる献身的な取り組みについて、そして結局はこうした問題を解決できない根本的な構造的問題の存在について取り上げたい。
■各社の「囲い込み戦略」は限界を迎えている
娯楽コンテンツは今や、音楽や映画といった分類の枠を超えて、消費者の視聴時間(スクリーンタイム)を奪い合う形で互いに競合している。そこで注目されてきたのが、自社ユーザーが他社サービスを利用する機会を最小化しようとする「囲い込み」戦略だった。
利用時間や回数にかかわらず料金を一定に留めるサブスクリプションも、会員制サービスやアプリ形式で提供されるサービスも、囲い込み戦略の一環と説明されることが多い。
囲い込みを狙う配信事業者は、自社のサービスをデファクト・スタンダード(事実上の標準)として訴求し、コンテンツ利用のプラットフォームとなることを目指す。その手段は当初、音楽なら音楽、映画なら映画という枠組みの中で他社を圧倒するコンテンツを揃(そろ)え、ユーザーにとって不可欠な陳列棚(コンテンツ・アーカイブ)となることだった。
その一方で、この連載でも見てきたように、近年の消費者がコンテンツの選択について意欲を低下させたり、自分の好みやコンテンツ内容の理解ができていなかったりといった問題で、コンテンツを充実させオンデマンドを売り物にするという従来型のマーケティングは期待通りに機能しなくなっている。
スティーブ・ジョブズのセーターで有名になった話だが、私たちは何かしら意思決定するたびに、その都度、意欲・意志力を消費する。そしてこれらは限りある資源である。消費者がサービスを利用するたびにUIがこれを求め続けては、意欲はやがて枯渇し、サービスの利用を続けることは不可能となる。
■「何を観るか、いつ観るか、それを買うか」を考えたくない
市場における消費者の意欲の消費は以下の3つの局面で顕著に見られる。
①利用するコンテンツの選択
②コンテンツの利用タイミングの決定
③購入の判断
こうした状況下で事業者は、消費者に面倒と感じる負担を回避させる「負担免除」戦略を志向してきた。オンデマンド映画・ネットコミック・音楽配信等におけるここ数年の新しいマーケティングモデルは、この3項目のいずれかにおける消費者の負担免除を実現している点で共通している。すなわち、
①利用するコンテンツの選択に要する、“「価値判断」の免除”
②コンテンツの利用タイミングの決定に要する、“「開始」の免除”
③購入の判断を要する、“「都度支払い」の免除”
がそれである。
いったいどういうことなのか。まずは一例として映像配信におけるサブスクリプションモデルを考えてみよう。
■ネトフリ、Huluなどがレコメンド機能に注力するワケ
サブスクリプションというサービス自体が、②開始の免除と、③都度支払いの免除を実現する仕組みといえる。
ただしサブスクリプションでは、①価値判断の免除は実現しない。ユーザーが見たいコンテンツを見るためには、「自分が今見たい映画は何なのか」を、頭を働かせて考えなくてはいけない。
このためサービサーは、選択意欲の低いユーザーのコンテンツ選択の負担が軽くなるよう、何らかの方策を講じる必要に迫られることになる。
現状ではサービサー側が「いま見るべき作品」をレコメンドすることでニーズに対応しており、それがオリジナル作品の制作・提供の動機となっている。
オリジナル作品の制作は入会促進が目的と見られがちだが、実際にはオリジナル作品のアピールは入会後の会員にこそ強く視聴訴求されており、比重としては既存会員へのサービス向上が主と考えるべきだ。
NetflixもHuluもともにオリジナル作品の制作に注力する一方、それによるコスト増のために会費を値上げせざるを得ない状況に陥っており、度が過ぎれば自分で自分の首を締めかねない。
オリジナル作品制作はコスト負担が重く、安定供給が難しい。ユーザーが過度にオリジナル作品に期待する状況をつくってしまうと、期待と現実のギャップが囲い込み戦略を破綻させる要因になりかねない。
■映像配信サービスによる共生圏が生まれつつある
本連載の第4回<「日本の携帯大手と正反対」ネトフリが幽霊会員をわざわざ退会させてしまうワケ>で指摘したように、映像配信事業者の間では、こうした事態の協調的解決のために、囲い込みをあえて放棄し、競合他社との共生を図る道が模索されている。幽霊会員に離脱を促すNetflixの戦略は、その代表例である。
ユーザーがオリジナル作品を求めてサービス間を渡り歩くことを前提に、各社がユーザーの参入・離脱の自由度を高める、映像配信事業者同士の共生圏が生まれつつあり、われわれはこうした共生圏を「カスタマー・サーキット」と命名した。
カスタマー・サーキットの出現は、「見たいコンテンツがない」というユーザーの不満を、コンテンツではなくユーザー自身に起因する問題と捉え直した結果といえる。
事業者がこのカスタマー・サーキットに参入できるか否かは、一定量のオリジナル作品を提供できるかどうかにかかっている。これはハードルの高い参入障壁であり、その意味でこの共生圏は新興勢力に対しては排他的で、実質的に「既存大手事業者による共同囲い込み戦略」になっているともいえる。
![Apple TV](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/3/670/img_1305c5bbc9d4d49bddbcdaca593a3d8c402168.jpg)
■なぜネットコミックは「旧作なのに有料」なのか
第2の事例として、ネットコミックの新作無料モデルを「3つの負担免除」の視点から検討してみたい。
ネット上で連載されているコミックのうち、新たに公開された部分(新作)を無料とし、一定期間が過ぎたらそれを有料とするビジネスモデルである。
かつての購買モデルでは新作の視聴価格が高額で、旧作になるほど安くなる設定であったが、このモデルではそれが逆転している。
コミックの場合、それまでその作品をまったく読んでいない人間が、ストーリーの文脈を知らないまま無料の新作を見る動機は低い。したがってこのモデルは、公開当初に無料で作品を見ていたアーリーアダプターによる評価(クチコミ)を通じて、新規ユーザーを旧作、あるいは自社サービスに招き寄せる戦略である。
無料コンテンツの設定は、SNSでの拡散を指向して行われるのが定石である。SNSでの拡散により、そのコンテンツを選好したアーリーアダプターによる、類似した嗜好(しこう)を有する消費者への伝播(潜在顧客へのリーチ)が期待できる。
最初期から作品を見ているアーリーアダプターは常に無料で最新作を楽しみながら、後に続くファンに作品をSNSで「推す」ことで、マーケッターとしての役割を果たしている。
■歴の長いファンほど恩恵にあずかれる
このモデルをユーザーに対する選択負担の免除という視点から見ると、注目されるのは、アーリーアダプターにおける①価値判断の免除、②開始の免除と③都度支払いの免除の連動性である。
新作コンテンツを無料のうちに読もうとすれば、サービサーが指定するコンテンツを指定期間中に見なければならない。結果として新作無料モデルはアーリーアダプターに対して、①、②、③を同時に免除するビジネスモデルとなっている。
選択意欲の低い一般ユーザーは、コンテンツ内容の吟味選択と価値判断を、自分と似た嗜好を持つと思われるアーリーアダプターに委ねる形になる。したがって一般ユーザーも、①のコンテンツ選択については価値判断を免除されている。
②のコンテンツの利用タイミングについては、一般ユーザーの場合、その作品が世情もしくは仲間内で評判になっていることがあえて有料で視聴する動機を形成しており、やはり期間が限定され、選択を免除されていると考えられる。
購入判断については、アーリーアダプターは無料で視聴しているため免除されており、一般ユーザーは都度支払いを求められる。ここではユーザーの種別による二面性が存在する。
■生配信はネットマーケティングの非常識?
ちなみに、ユーチューバーやミュージシャンによる「生配信」も、このモデルの派生形態として捉えることができる。ここでは旧来のペイパービューではなく、生配信について取り上げる。
かつてネットコンテンツの価値は、好みのタイミングで好みの作品を選んで見られるオンデマンドにあると考えられていた。しかしオンデマンドではコンテンツ選択(①)、利用タイミング(②)、購入判断(③)という3つの選択すべてをユーザーに負担させることになる。
生配信は「放送」にあたり、決められたコンテンツを決められたタイミングで見なければならない、オンデマンドとは正反対のコンテンツ供給形態である。3つの負担免除の視点から見ると、コンテンツ選択の免除(①)は明確ではなく、利用タイミング(②)については一律なので免除があり、購入判断の免除(③)についてはやはり明確ではない。
こうした特性を持つ生配信が脚光を浴びたり、投げ銭などの新たな課金機構まで生み出したりしていることは、ネットマーケティングの常識を覆す事象として特筆に値する。
しかしながら、このように尖鋭化したコンテンツがコアなファン以外の新規のユーザーを獲得することはきわめて難しく、一般消費者を網羅する戦略とはいえないだろう。
■ユーザーの負担をほぼ取っ払えている音楽アプリ
第3の事例として、音楽配信のサブスクリプションモデルを取り上げる。
音楽配信は通常、好みの楽曲を1曲ごとに視聴する、オンデマンドサービスと捉えられている。しかし実際の利用にあたっては、プレイリストとシャッフル機能が重要な役割を担っている。
プレイリストはユーザーがその都度コンテンツを選ばなくとも、一つのテーマでくくられたコンテンツを連続的に自動再生する仕組みであり、シャッフル機能はそうしたプレイリストをランダムに選択・再生する仕組みである。
この2つの機能により、ユーザーはオンデマンド化した「放送」聴取ともいうべき、受動的な音楽体験が可能となる。その代表例が、音楽配信サービス最大手のSpotifyが実装する「Mix」と呼ばれる機能である。
この「Mix」は、ユーザーの視聴履歴をもとに選好を分析し、好みにかなうと考えられる楽曲をプレイリスト化・シャッフル化するもので、ユーザーのコンテンツ選択負担を免除する役割を担っている。結果として、現状の音楽配信のサブスクリプションモデルは、
コンテンツ選択(①)……一部を負担免除
利用タイミング(②)……ほぼ負担を免除
購入判断(③)……都度支払いの負担を完全に免除
という段階に達している。
![Spotifyのアイコンが映るiPhone](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/670/img_7acbef641edf23125280847edf55f8aa410749.jpg)
■好みの音楽をちまちまと選択しなければならない
しかし嗜好を把握する前提として、ユーザーのオンデマンドによる視聴履歴が必要になる。このため「Mix」機能を利用させるには、その前にユーザーに既存の音楽コンテンツやプレイリストを能動的に選択させる工夫が求められる。
Spotifyではさまざまな形態のプレイリストを用意してユーザーの誘導を図っているが、逆に多様なプレイリストの存在によって、ユーザーはどのプレイリストが自分の好みに合うのか、プレイリストをザッピングして確認する羽目になる。
このように「Mix」は、セカンドステップからは上手く機能するとしても、イニシャルステップにおける選択の負荷を免除することはできない。こうしてユーザーのコンテンツ選択の負担を免除する音楽配信事業者の戦略は、常に不完全に終わることになる。
履歴情報に基づくユーザーの選好の予測は、選択意欲を低下させたユーザーのニーズを充足させるための有力な手段であるが、ここ数年ですべてのユーザー情報は企業ではなくユーザーの財産と考えられるようになってきており、履歴情報の囲い込みもいつまで認められるか分からない情勢である。
仮にこうした問題を解決し、「Mix」機能を使うユーザーが多く現れたとしても、そのユーザーに完全な満足感を与えるのは困難である。
なぜなら人間には、自らの主体的な選択の働いていない対象には、満足を感じにくいという特性が存在するからである。
■「レコメンドされてもピンとこない」の正体
ユーザーは自らが選択したコンテンツに満足した時、コンテンツへの満足と同時に、自身の選択への満足も感じている。私たちは平生、これらが一体となっていることが常であるがゆえに、どちらかが欠ければ、満足できていないと考える。すなわち、魅力的なコンテンツを推されても、それが自分の選んだものでなければ、どこか十分ではない、満足が得られないコンテンツであると感じる、コンテンツの評価そのものを下げてしまうのだ。
これはコンテンツ選択の負荷をなくしゼロフリクションをめざすサービサーに対して、人間の持つ性質が突きつける、根本的矛盾といえるだろう。
このように、顧客を囲い込むことを志向するプラットフォームは、常に顧客を満足させることができずに破綻することとなる。しかしこのことには一つの盲点がある。それはこれまで見てきたモデルに共通する、ある1つの特徴、すなわち、プラットフォームの目的をコンテンツの享受として、顧客とサービサーの関係を定義していることである。
プラットフォームの目的がコンテンツの消費である限り、ユーザーは主体的に選ぶことを求められ、それゆえに満足しないという課題が生じている。これまでみてきたサービサーはあらゆる解決策を用いてユーザーの負担を免除しようとしているが、このアプローチが解決不可能であることはすでにみてきた通りだ。
それであるならば、目的そのものを変更する必要がある。現在、このために取り組まれているアプローチは、顧客の満足の源泉を、コンテンツ消費ではなく、サービスの利用そのもの、すなわちメディア体験としようというものだ。次回以降は、こうした取り組みについて取り上げる。
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(Screenless Media Lab.)
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