ウクライナ国民の決死の抵抗が効いている…ロシアが「3月中の停戦」を受け入れるために必要なこと
プレジデントオンライン / 2022年3月16日 17時15分
2022年3月10日、クリミア・シンフェロポリの路上で、ロシアのプーチン大統領の写真と「ロシアは戦争を起こさない、終わらせる」というスローガンが書かれたポスターの前を歩く市民。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■予想以上に強力な抵抗を続けるウクライナ軍
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、約3週間が経過した。当初は、ウクライナ侵攻後、1週間もたたないうちにロシアが勝利すると予想されていた。しかし約3週間が経った今でも激戦が続き、キエフは陥落していない。
ウクライナ軍は予想されていた以上に強力な抵抗を続け、西側諸国も武器供与を続けている。ロシア軍も戦術的なミスや、兵站の不足、ウクライナ軍の能力を過小評価するという情報戦の失態などに見舞われている。
無論、この紛争がどのような終結を迎えるのかは誰にも分からない。ベラルーシにて、双方の政治アドバイザーを巻き込んだ停戦交渉が3回、3月10日にはトルコで侵攻開始後最もハイレベルな協議となる外相会談が開かれた。しかしオンラインで開かれた4回目を含め、これら交渉ではほとんど進捗がみられず、戦争の長期化も視野に入り、地政学的リスクは確実に高まりつつある。
■ロシアとウクライナの信頼感はゼロに等しい
特に停戦条件を巡る両者の主張は大きく隔たり、長期的な解決策は見えてこない。3月10日以前の停戦交渉は、ロシア軍の制圧下にある都市からのウクライナ市民避難の人道回廊や、短期的な停戦といった特定の人道面の問題に焦点が当てられていた。
しかし、これら交渉で合意された短期的な停戦実施が守られていないことや、ロシアが人道回廊に指定された道路を砲撃したり、地雷を埋めたりしているとの報道もあり、交渉の進捗に不可欠な双方への信頼感はゼロに等しい。
外相会談に先立ち、ゼレンスキー大統領の首席補佐官は、隣接諸国から安全保障に関する確約と引き換えに、(ロシアが要求してきた)ウクライナの中立性、すなわちNATO非加盟について議論する用意があると述べた。しかし、ウクライナ領土の一部にロシアが主権を主張している点などについては、双方の意見が真っ向から対立しているため、合意形成が難しいという現実がある。
■ロシア外相の根拠なき主張で深まる亀裂
なお、ロシアはウクライナが要求に応じれば即時停戦すると主張している。ロシアの要求には、クリミア半島をロシア領土として認めること、またドンバス地方を独立国家として承認することなどが含まれる。ウクライナは安全保障に関する確約が(特にロシアから)あれば中立性を受け入れ、NATO加盟を断念する可能性を示唆している。また、ロシアが支配するクリミアやドンバス地方の将来的な地位について譲歩の余地があるとも示している。
ただし、3月10日の外相会談では、ロシアのラブロフ外相がロシアのウクライナ攻撃を否定し、米国がウクライナでの生物兵器研究の資金援助をしていると根拠を示さずに主張した。ウクライナのクレバ外相は、ラブロフ外相にはあたかも決定権がないようであり、停戦交渉をするのは不可能と発言するなど、議論がまずかみ合っていない。
このような中、現時点で考えられる今後のシナリオとして以下の5つが想定される。
②ウクライナの全面占領
③ウクライナの部分占領・ロシア軍駐留
④ウクライナ東部の独立承認・ロシア軍の段階的撤退
⑤第3次世界大戦の勃発
■長期紛争か従属国家化か、それとも分断か
停戦交渉の行方が見通せない状況が続くのであれば「①紛争の泥沼化」の可能性が高まる。ウクライナ軍の徹底抗戦によって、キエフだけでなく他の大都市制圧に相当の時間がかかり、長期間にわたる包囲戦となる。1990年代に長く続いたチェチェン紛争での、グロズヌイの戦いを彷彿とさせるような事態となる。
また「②ウクライナの全面占領」は、ロシア軍がより統制のとれた部隊を多く投入し、現在よりもウクライナ軍を圧倒し、(ウクライナ軍の)戦闘意欲が薄れるといった流れである。政府は親ロシア派政権にとってかわられ、ゼレンスキー大統領はEU加盟国または英国に避難し、そこで亡命政府を設立する。プーチン大統領は、ある程度の支配を維持するに足るだけの軍をウクライナに残し、あとは撤退させる。
これは、ウクライナがベラルーシ同様にロシアの従属国家となり、大量の難民が西側にわたり続けるなど悲惨なシナリオとなる。しかし、親ロシア派政権は当然ながら正当性を持たず、反体制勢力の抵抗に晒され続ける可能性が高い。
また「③ウクライナの部分占領・ロシア軍駐留」では、西部および中部の自由なウクライナと、ロシア勢力圏にあるソ連スタイルのウクライナへの分断が考えられる。ロシア語を話す市民の多い東部と、親欧派の西部および中部で分断され、西部のリヴィウを新たな首都としてゼレンスキー政権が亡命政府を樹立。東部奪還を目指し、親ロシア派政権が支配する東部での果てしない反政府運動を指導していくというシナリオである。
■停戦で訪れる「平穏」は一瞬かもしれない
ベラルーシからクリミア半島を縦断するランドブリッジをかけ、その東部と西部とでウクライナを分割し、東部をロシアに併合するという可能性も指摘されている。仮にそうなれば、これら二つの国で実物資産はもとより、外貨準備や国債などの国際金融資産・負債の分け合いが必要になり、それにはIMFが関与する可能性が高い。
②あるいは③のシナリオが現実となれば、プーチン大統領が望んでいたウクライナの西側傾斜の終焉(しゅうえん)を実現することになるかもしれない。それでも、ロシアが最終的に狙っているとされる親ロシア派政権の樹立は、現ウクライナ政権はもとより、市民の反対も強いことから、不安定な政権となる。紛争再発の可能性も高くなり、停戦は実現出来たとしても継続は難しいとみられている。
いずれにせよ、②あるいは③のシナリオが実現するかは、双方が停戦合意までにどれだけ戦果を挙げられるかに大きく依存する。
■クリミアと東部は諦めて国土を守る選択肢も
ロシアはウクライナのNATO加盟や、ウクライナ国内へのNATO軍事インフラの配備は、ロシアの国家安全保障におけるレッドラインと表現してきた。一方のウクライナは、当初はNATOのみならずEUへの即時加盟を求めるなど、ロシアの支配に対し徹底抗戦の構えだったが、侵攻により市民に多大な犠牲が発生している今では、中立化に前向きな姿勢を見せるなど、主張にも変化が見えつつある。
また3月13日には、ロシア・ウクライナの双方のメディアから、水面下での停戦交渉に一定の進捗がみられたとの発表があった。ここで落としどころと予想される新たなシナリオは「④ウクライナ東部の独立承認・ロシア軍の段階的撤退」だ。
ウクライナが中立化およびクリミア併合承認・東部ドンバス地域の独立承認で譲歩する代わりに、現ゼレンスキー政権の維持、ロシア軍の段階的撤退、ロシアによる破壊されたインフラ復興支援などが条件となる。ロシアが西側の経済制裁の影響に屈するには数カ月から年単位の時間が必要となるため、ウクライナが戦争長期化で、国土を全て焦土に変えるよりはと、停戦を優先させるとの見方である。
特に西側の武器供与が継続し戦争が長期化していけば、ロシア軍の損失も大きくなるが、ウクライナの重要インフラは徹底的に破壊され、国家再建に非常な困難をもたらすうえ、人材の国外流出も続く。既にロシアの侵攻により、ウクライナの国土は破壊され、多くの国民が家を追われ、生活を破綻させられ、難民は300万人に達しつつある。
■ロシアも経済制裁の悪循環に苦しめられている
また戦争が長期化し、ロシア国内での人心掌握が難しくなったプーチン大統領が停戦を申し出て、最終的に中立化のみを条件として、ウクライナからのロシア軍完全撤退を余儀なくされる可能性もある。
特にロシアは、クリミア併合時に莫大(ばくだい)な財政負担に苦しんだ経験があり、さらに広大なウクライナ全土を占領併合・復興するメリットはほぼゼロとみられている。ドンバス地方のみを併合した場合でも、ロシア政府の追加の想定予算は約200億ドルとされるため、中立化の国際条約さえ取れればウクライナへの経済的関与を極力減らしたい思惑もある。
ロシアは、じわじわと効いてくる制裁を少しでも早く解除したい思惑もある。特に問題は、制裁を強化すればするほど、ロシアが戦争終結を焦り、一般市民を巻き込んだ無差別砲撃を強め、国際社会の批判を招き、さらなる制裁が発動されるという悪循環に陥っていることである。ただ西側諸国はロシア軍がウクライナから完全撤退するまでは制裁解除しない厳しいスタンスをとるとみられている。
■「第3次大戦勃発」という最悪のシナリオ
欧州で最悪のシナリオとして指摘されているのが、「⑤第3次世界大戦勃発」の可能性である。
特に西側諸国は継続して武器をウクライナに供与しているが、ウクライナのゼレンスキー大統領は、激化するロシア軍の攻撃を防ぐには不十分として、戦闘機の必要性を訴え、NATO諸国に援助を求めている。しかしロシアは、この要請に応え戦闘機を供与すれば、NATOがロシアとの直接的な紛争に踏み出したと解釈すると警告している。
ロシア国防相は、ウクライナの隣接諸国に対し、国内の空軍基地をウクライナ空軍に利用させることは、武力紛争への関与とみなすと発言し、第3次世界大戦も辞さないとした。
米国ではウクライナの軍事力強化のためにできる限りのことをすべきという、超党派の支持が集まっており、第2次大戦中に可決された連合国への軍事援助を行うための武器貸与法に似通った法制を検討する声もある。
■ロシアとの交戦を避けたい思惑が透けて見える
ウクライナ軍の戦闘機(ミグ29)はロシア製のため、ロシア製の戦闘機を保有するポーランドなどは、供与に前向きの姿勢を見せていた。ただ実際にポーランドの基地からウクライナに直接戦闘機を供与すれば、ロシアとの戦闘に巻き込まれる恐れがある。そこでポーランドは、ロシア製の戦闘機28機を、ドイツの米軍基地に輸送するという計画を発表した。米軍基地経由での戦闘機引き渡しを念頭に置いた発表である。
しかし米国は、米軍基地から飛び立った航空機がウクライナを巡りロシアと争っている空域に侵入するという懸念を招くとし、この提案を却下した。第3次世界大戦を回避するというのは名目で、実際には西側諸国がロシアとの交戦を避けたいという思惑が透けて見えてしまったとの批判も多い。ロシア側もこの報道の隙を突く形で、停戦合意のハードルを引上げている状況である。
3月11日にはプーチン大統領は、ウクライナとの協議で一定の前向きな動きがあったと述べたものの、即座にクレバ外相が否定するなど、ロシア側の方向性を読み取ることは難しい。経済制裁の影響で追い詰められたプーチン大統領が激高して、「⑤第3次世界大戦勃発」につながる極端な策を取る可能性を指摘する声も増えつつある。
■今月中の停戦を優先させる可能性が高い
一方で国連憲章を無視し、ウクライナへ全面侵攻をしたロシア側も国際世論の総バッシングを受け、長期戦を避けたい思惑も見え隠れしている。そのため「①紛争の泥沼化」や、停戦合意でウクライナ側だけが一方的に全面降伏する「②ウクライナの全面占領」の事態は避けられるとの見方も根強い。
どのシナリオが実現するかは、停戦交渉の回数やそれまでの戦況に左右される。ただ現時点では、これ以上の損失を避けたいロシア側と、国土を全て焦土に変えるよりは、と考えるウクライナ側とで、「③ウクライナの部分占領・ロシア軍駐留」や「④ウクライナ東部の独立承認・ロシア軍の段階的撤退」を視野に今月中の停戦を優先させるという可能性が高いといえる。
いずれにしろ、今回の紛争は東スラブ人同士の凄惨(せいさん)な闘いとしてウクライナ市民の記憶から永遠に消し去ることはできないであろう。
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大和総研ロンドンリサーチセンター長/シニアエコノミスト
1999年大和総研入社。年金運用コンサルティング部、企業財務戦略部、資本市場調査部(現金融調査部)を経て2013年からロンドンリサーチセンター長、20年からロンドン駐在シニアエコノミスト、21年から現職。研究・専門分野は欧州経済・金融市場、年金運用など。プロフィール詳細はこちら
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(大和総研ロンドンリサーチセンター長/シニアエコノミスト 菅野 泰夫)
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