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「コロナも重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロ」習近平が勲章を授与したという中国伝統医学の中身

プレジデントオンライン / 2022年3月23日 11時15分

習近平国家主席はコロナ対策功労者4人に国家勲章と「人民英雄」の栄誉称号を授与。新型コロナウイルスワクチンの開発チームを率いた中国軍事科学院の陳薇氏(左)の隣にいるのは72歳の伝統医学「中医」の専門家・張伯礼院士(=2020年9月8日、北京・人民大会堂) - 写真=AFP/時事通信フォト

中国では漢方薬や鍼灸などの伝統医学「中医」の地位が高い。習近平国家主席はコロナ対策に効果があったとして、中医の権威に勲章を授与した。メディアでは「中医によってコロナの重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロが達成された」と報じられたこともある。なぜここまで影響力があるのか。『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)を書いた高口康太さんに聞いた――。(後編/全2回)

■街中のいたるところに監視カメラが設置されている

(前編から続く)

——近年、中国のデジタル技術を用いた言論統制や、人民を監視するシステムが国際的な注目を集めていますが、一般の人たちはどう感じているのでしょう。

中国では街中のいたるところに監視カメラが設置され、先進国では人権侵害の懸念から利用が制限されているAIによる顔認証機能もごく当然のように使用されています。なかには勘弁してほしいと思っている人はいるはずですが、それは少数派だと思われます。大多数は気にしていません。実際に監視カメラについて話を聞くと「言われてみれば、カメラあるね」というような反応がほとんどです。

私自身もそうなのですが、久しぶりに中国に行くと町中に設置された監視カメラの数にドキッとするんですよ。でも、2、3日すると風景のなかに溶け込んで気にならなくなる。

中国の現状は、哲学者のジェレミ・ベンサムが考案した監獄の監視モデルである「パノプティコン」に近いのかもしれません。刑務所の中央に監視塔を設置するだけで囚人たちが行動を制限するようになるというでしょう。あれと、同じような状況になっていると言えるかもしれません。

——新型コロナの感染拡大でロックダウンした町で、ドローンを使って外出した人を監視していたというニュースには驚きました。

拡声器付きのドローンを巡回させて外出した人に警告を発した以外にも、農業用ドローンを活用して、感染者が出たエリアを消毒したりしたそうですよ。

またデジタル技術を駆使して、感染者の発見や陽性者の隔離も合理的、効率的に行った。コロナ禍でのデジタル利用に関しては、日本も参考にしたほうがいいのではないかと感じる点も多々あります。

■「合理主義」のいっぽうで、社会に根深く浸透している伝統医学

デジタル監視社会の実態を知り、合理主義国家、科学国家と感じる人は多い。駐在歴が長い日本人ビジネスマンも中国について一様に「合理主義」と評します。

ただ、伝統や慣習を切り捨て、効率的にデジタルテクノロジーを社会に導入する一方で、合理主義を貫く近代国家とはとても思えない側面もある。コロナ治療に太極拳や、気功が広く活用されたなんて報道を見ると、私たちは不思議に感じるわけですよ。太極拳や気功がコロナにどんな効果があるのか、と。

——疑問ですね。

科学と気功を一緒くたにするところが中国の面白さでもあるのですが……。そうした中国のありようを象徴するのが2020年8月に習近平が発表した、コロナ対策で功績を挙げた医療関係者4人への勲章授与です。対策の最前線に立った感染症の専門家、ロックダウンされた武漢市で治療にあたった病院の医院長、ワクチン開発のスペシャリストのほか“中医”の権威も表彰された。中医とは、伝統薬や鍼灸、温浴療法、薬膳、カッピング、気功など中国伝統の治療法です。

いまも中国の医療は、大きく“西式”と呼ばれる西洋医学と、中医の2つに分けられます。なかには西式と中医を併用する病院も少なくない。

いまも、慢性疾患には西式よりも中医のほうが、効果がある信じる人も多いですし、西式よりも治療費が安くすむ中医の治療を受けざるをえない貧しい人もいる。

ただ、中医と言っても無数の治療法、伝統薬があります。伝統薬や治療法のどれにどんな病気に効果があるのか。まったく検証されずに用いられ続ける薬や、治療も少なくありません。

もぐさ棒や針、中国の漢方薬による代替治療
写真=iStock.com/marilyna
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marilyna

■「伝統医学で重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロを達成」と発表

中国の優れた伝統だから、と中医を内外に宣伝していこうとする政治的な意向も働いています。中国政府は、コロナ発生の初期段階で、コロナには伝統薬が、効果があったと発表しました。中国のメディア『新華報』は、武漢市の病院で治療を行って勲章を授与された天津中医大学の張伯礼学長の功績をこのようにたたえました。

〈中国医学の医薬品と按摩、鍼灸、太極拳、八段錦(気功の一種)を組み合わせることで“重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロ”を達成した〉

しかし残念ながら、シンガポールなどで行われた調査で、中国の伝統薬にコロナに対する効果は認められなかったという結果が出ました。2020年5月に行われた日中医療従事者が参加したオンライン交流会では、中医に対する考え方の違いがあらわになって面白かった。

新型コロナにどのような治療が有効なのか。日中の医療従事者が意見交換するなかで日本側が「どの伝統薬が治療に効果があったか」と質問したんです。すると中国側がそんな当たり前のことを聞くなんてと苦笑いしながら「症状に合わせていろんな薬を使います。中国ではそうするものなんです」と答えました。

確かに中国では、咳や発熱、倦怠感などの症状に合わせて伝統薬を使い分けます。症状に合わせて、と言えば聞こえはいいのですが、日本側が知りたがった統計的な結果や医学的な根拠は最後まで示されませんでした。

新疆ウイグル自治区のウルムチ市では、コロナ感染が広まった当初、予防として伝統薬を飲むように命じました。住民を集めて、謎の伝統薬をコップで一気飲みさせる動画が広まったのです。おそらくは地方政府と関係の深いメーカーが提供した伝統薬だと推測されます。

■いまだに根強い“オカルト需要”

——中国共産党というと一枚岩で上意下達が徹底した組織だと思われがちですが、点数を稼ぎたい地方政府の役人の独断で行われた政策もあるのでしょうね。

そう思います。癒着したメーカーが製造した謎の液体を飲ませたり、隔離病棟で太極拳を行わせたり……。コロナ対策ではデジタルを駆使した反面、理解しがたい怪しい対策もたくさんあったのです。

私もコロナに中医がどう貢献したか知りたくて資料を読みました。コロナ対策では太極拳や気功が活躍したとは書かれているのですが、具体的にどう活用され、どんな効果があったのか具体的に書いていない。〈宇宙の力を借りて〉というようなオカルトとしか思えないような記述の資料もありました。

高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)
高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)

コロナの治療にも利用された気功の一種である八段錦は、2003年に中国政府が「健身気功」に指定しました。いわば、政府公認の正しい気功なのですが、「健身気功」が登場するまでは「どんな病気も薬を使わずに治す」「未来を予言する」「地球の爆発を食い止める」などとうたう超常能力的なオカルト気功集団がいくつもありました。

80年代には日本も含めた世界的なカルトブームがありましたが、中国では形を変えつつオカルトの需要は続いています。

現在、漢民族の間でチベット仏教がブームです。輪廻転生を繰り返すチベット仏教の活仏を中国共産党が認定し、検索できるデータベースまで登場した。それは、ニセの活仏が出てきたからです。

■合理主義とオカルトが一体になった社会

——中国は、建前としては宗教組織の活動を禁止していますよね。その反動でオカルトに惹かれていくんでしょうか。

そうした側面はあるでしょうね。古くから中国には、合理性とは無縁に見える大衆の社会が広がっていました。中華人民共和国の建国から約70年が過ぎて、世界第2位の経済大国になり、14億の人民をデジタル監視で、合理的に統制しようとしている。

ただ、70年では変えられなかった深層がいまも確かに存在している。過剰なまでの合理主義と、オカルトや迷信が、渾然一体となった社会――それが、中国の真の姿なのかもしれません。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太 聞き手・構成=山川徹)

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