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ウクライナの部品がないとロケットも作れない…「宇宙大国ロシア」はプーチンの幻想である

プレジデントオンライン / 2022年3月22日 13時15分

2022年3月11日、ロシアのプーチン大統領は、ロシアのモスクワでベラルーシのルカシェンコ大統領と会談した。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■欧州のロケット打ち上げを次々に妨害

ウクライナ侵攻で経済制裁が強化される中、ロシアが宇宙での対抗姿勢を打ち出している。ロシアのロケットで打ち上げる予定だった欧州の衛星を事実上拒否したり、ロシアも含めて15カ国が参加する国際宇宙ステーション(ISS)での任務放棄やISS落下をほのめかしたり。着々と技術を蓄積する中国や、米スペースXなどの宇宙ベンチャーの躍進に、かつての宇宙先進国・ロシアは、焦りと怒りを募らせているように見える。

宇宙をめぐるロシアの恫喝が止まらない。

英国の衛星通信企業「ワンウェブ」の小型衛星36基が、3月5日にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からロシアのロケットで打ち上げられる予定だったが、ロシアは英企業に難題をふっかけて事実上拒否。英企業は打ち上げ予定を取り消した。

ワンウェブには、日本のソフトバンクも出資しており、ロケットの機体には日本など出資国の国旗が描かれていた。ロシアの作業員がそれを白いカバーで覆い隠すという、あからさまな嫌がらせもした。

フランス領ギアナにある欧州の宇宙基地では、今春、欧州がロシアのロケットで測位衛星を打ち上げる予定だった。しかし、ロシアが作業者や技術者を一斉に引き上げたため、衛星の打ち上げは不透明な状態になった。

■「ISSが地球に落下しかねない」と警告

宇宙飛行士が滞在するISSについても、ロシア国営宇宙開発企業「ロスコスモス」のロゴジン社長は「われわれとの協力を閉ざすなら、(ISSが)軌道を外れ地球に落下する事態を誰が救うのか」「地上か海に落下しかねない」などと繰り返しツイッターに投稿した。ロシアの飛行士がISSに滞在中であるにもかかわらずだ。ロシア製エンジンを使っている米企業の大型ロケットについても、納入停止をちらつかせた。

ロシアのこうした言動は外部からはなんとも不可解に見える。1957年に世界で初めて衛星「スプートニク1号」を打ち上げ、61年にガガーリン少佐が世界初の有人宇宙飛行に成功したロシアにとって、ロケットやISSなどの宇宙技術は、稼ぎのタネだ。

ロシアのロケットは長年の改良を重ねたこともあり性能は安定しているが、最先端の機能がなく「枯れた技術」と評される。ミサイルを転用したロケットも使っていた。このため価格が安く、日本の大学、ベンチャー企業など、海外勢もロシアのロケットを利用してきた。昨年の前澤友作さんのように、ロシアに大金を払って宇宙飛行やISS滞在をする人もいる。

だが、理不尽な恫喝を重ねることで、ロシアの宇宙技術の利用はリスクが大きいと世界に知らせてしまった。今後、お客は減るだろう。まさに自爆。ウクライナ侵攻をめぐって、プーチン大統領が何を考えているか分からないとさかんに指摘されているが、宇宙をめぐっても同じ状況になっている。

■中国と米国に抜かれたロシアの行き詰まり

恫喝が奏功するには、「ロシアなしに世界の宇宙開発は成り立たない」という圧倒的な影響力をロシアが持っていることが必要だ。しかし、今はそうなっていない。

中国が膨大な国家予算を投じて着々と宇宙開発の力を蓄え、米スペースXなどの宇宙ベンチャーが次々と登場し、活躍する。

現場の調整は大変だろうが、ロシア以外のロケットに切り替える選択肢がある。ISSでの任務をロシアが放棄するなら、他国の技術を使うことも可能だ。米企業が購入してきたロシア製エンジンも、開発中の米国製のものに置き換える計画が進んでいる。

つまり「ロシアがいなくなると、宇宙開発が止まってしまう」ような状況ではない。かつてロシアは米国と宇宙覇権を争ったが、今は中国と米国が争う。ロシアの存在感は薄くなっている。

宇宙開発の力を示す指標のひとつに年間のロケット打ち上げ回数がある。2021年の1位は中国、2位は米国、3位はロシアとなっている。だが、中国、米国ともに、ロシアの倍以上を打ち上げている。3位のロシアとの差は大きい。

■イーロン・マスク氏の活躍も苦々しい

打ち上げた衛星の利用でも、米国の民間企業が活躍する。スペースXは、多数の小型通信衛星を使ったインターネット接続サービス「スターリンク」事業を進めている。

ロシアの侵攻でネット接続が遮断されたウクライナの副大統領が、スペースXのイーロン・マスク氏にツイッターで助けを求めると、マスク氏はすぐにネット回線を使えるようにし、スターリンク用の通信機器もウクライナへ送った。専門家から「通信時に位置を割り出され、攻撃目標にされる恐れがある」と指摘されると、マスク氏も利用時の注意を呼びかけた。ロシアは一連の動きを苦々しく思っていることだろう。

ロシアが欧州の衛星を打ち上げ拒否したことも、スペースXのロケットを目立たせることになった。ロシアのロケットの代わりに使用が検討されているからだ。ロシアが邪魔をすればするほど、米国の企業の価値が高まる、という皮肉な結果を生んでいる。

実はロシアも自分たちの遅れを認識している。2019年にプーチン大統領は演説で、ロシアの宇宙開発について「衛星通信システムなどは、品質、信頼性などで競合相手より劣る」「機器や電子部品の大部分をグレードアップする必要がある」などと指摘した。

そうしたことから今回のロシアの恫喝の意図が透けて見えてくる。

技術力でも、資金力でも、もはや欧米や中国にかなわない。存在感はどんどん薄くなる。ならば恫喝で世界を攪乱(かくらん)し、自らの存在感をアピールし、重要な国だと思わせよう——。これまでもロシアは宇宙の国際交渉で、事あるごとにこういう「正攻法」ではないやり方をしてきた。

■ロケットがないアメリカにやりたい放題だったが…

ロシアの宇宙開発の力が落ちたのは、1991年のソ連崩壊後だ。予算が激減し、新たな技術開発ができず、技術者や技術が海外へ流出した。

米国は安全保障上の懸念から、米欧日などの西側諸国で進めていた宇宙ステーションに、ロシアを参加させ流出を抑えようとした。ロシアもそれを受け入れた。

だが、ロシア国内に残った技術者の士気は薄れ、質も劣化していく。2000年代のロシアで、ロケットや衛星の単純なミスや技術不備による失敗が続いたのも、そうしたことが影響したと見られている。

そんな中、思わぬ「敵失」がロシアの窮地を救う。2003年に米スペースシャトルの空中分解事故が起き、乗っていた宇宙飛行士全員が亡くなった。米国は11年にシャトルを退役させることになる。

シャトルがなくなると、ISSへ人を運ぶ手段はロシアのロケットと宇宙船だけだ。ロシアの影響力は俄然大きくなる。米国の足元を見透かして、飛行士をISSまで運ぶ「座席料金」を引き上げるなど、やりたい放題だった。

だが、2020年に再び状況が変わる。米スペースX社が宇宙船で人を宇宙へ運ぶことに成功し、米国は独自の輸送手段を獲得した。ロシアのロケットと宇宙船も引き続き使われてはいるが、以後、宇宙でのロシアの力は再び弱まっていく。

雲より高度にいるソユーズロケットのイメージ
写真=iStock.com/3DSculptor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3DSculptor

■「純国産ロケットと自前の宇宙基地」という幻想

プーチン大統領は、ロシアの宇宙開発がここまで弱体化したのは、国が崩壊しばらばらになったためだと考えるだろう。

現在のロシアの宇宙施設やロケットは、旧ソ連圏の国々や欧州などとの微妙な力関係の上に成り立っている。バイコヌール宇宙基地は、カザフスタンにあり、ロシアはカザフスタンに借料を払わねばならない。

ロシアのロケットは、ウクライナ製の部品やシステムなどの外国技術に依存したり、他国との合弁事業だったりするなど、ロシアだけでは自由にできない状況が長く続いてきた。

ロシア製部品への切り替えなどの対策を講じてきたが、旧ソ連圏をロシア中心でまとめ直そうとしているプーチン大統領にとって、ロシアの技術だけの純国産ロケットを作り、ロシアが自由に使える宇宙基地から打ち上げることが悲願になっている。

このため、新ロケット「アンガラ」の開発や、新たな宇宙基地の建設を進めたが、どちらもまだ本格的な活用までは至っていない。新基地建設をめぐっては大規模汚職が問題になるなど、負の側面も目立った。

■宇宙でも「欧米vs中ロ」という分断が起きる

このままいけば、ロシアの宇宙開発は国際社会から締め出される可能性がある。17日に欧州宇宙機関(ESA)が、ロシアと共同で今年打ち上げる予定だった火星探査機の計画を中断すると発表したように、すでにその兆しが見えている。

ISSに滞在する米国の飛行士が、今月末にロシアの宇宙船で地球に帰還する予定になっており、その動向が注目されていたが、NASAは14日、予定通りに進める、と発表。とりあえず最悪の事態は免れた。

国際社会から締め出さされた時、ロシアは中国との連携を深めるだろう。

中国の王毅外相は7日、「中国は停戦に向けた仲介で協力できる」と表明し、ロシアと中国の友情は堅固であるとも強調した。

今、米国が主導して国際協力で月面に有人基地を造る「アルテミス」計画が進められている。だが、ロシアはこれに参加せず、中国と月面基地の建設で協力する政府間合意を1年前に交わし、計画を進めている。一方、中国は独自の宇宙ステーションを建設中で、今年完成する予定だ。ここにロシアが加わることも考えられる。

世界の宇宙開発は二極に分断される恐れがある。双方が目指す月までは、広い宇宙空間が広がる。国際ルールや規範を顧みない中国とロシアがこの広大な宇宙空間でどのようにふるまうか、リスクが高まっている。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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