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サウナがあるのに水風呂がない…日本唯一の「トヨタグループのホテル」がお客の要望より大切にすること

プレジデントオンライン / 2022年3月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/catalinsoto

トヨタグループの運営するホテルが長野県茅野市にある。トヨタグループの会員制保養所として始まった「テラス蓼科リゾート&スパ」は、現在では一般客の宿泊も受け付けている。いわば「日本唯一のトヨタグループのホテル」だが、そこには普通のホテルとは違うさまざまな特徴がある。元支配人の馬渕博臣氏が解説する――。

※本稿は、馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■車を作っているはずのトヨタがホテル運営

「トヨタ」と聞いて、最初に思い浮かぶものは何だろうか。おそらくほとんどの人が、「クルマ」と答えるのではないか。

2021年、トヨタグループ全体の世界販売台数は約1050万台を記録し、ドイツのフォルクスワーゲングループを抑えて2年連続で首位となった。トヨタは名実ともに世界的な自動車メーカーであり、今やそのイメージは世界のどこに行っても揺るがない。

そのトヨタが、トヨタグループの会員制保養所(以下、「トヨタのホテル」)を経営しており、一般のゲストにも開放している――。こう話すと、かなり高い確率で「知らなかった」「初耳だ」という反応が返ってくる。確かにそうだろう。自動車メーカーとしてのイメージがあまりにも大きいため、トヨタの知られざる一面は、どうしても意外性をもって受け取られてしまうのだ。

「トヨタの車」と「トヨタのホテル」。

製造業とサービス業である両者は、一見しただけでは対極に位置しているように映る。ところが両者は、見えない部分で脈々と通じ合うものを共有している。いったいそれは何なのか……。

順を追って見ていこう。

■共通するのは「顧客へのおもてなしの心」

トヨタ車が世界を席巻している主な理由に、「性能がいい」「信頼性が高い」「快適性が高い」「燃費がいい」などがよく挙げられる。これらの理由を見てわかるのは、徹底した顧客目線であるということだ。作り手は車に乗る人の立場を最優先に考え、その視点をどこまでも追い求めていく。

この姿勢の根底にあるものは、「顧客へのおもてなしの心」と言っていいだろう。だからこそトヨタ車は、文化や宗教、国籍、人種といった壁を乗り越えて、世界中の人々に愛されているのだ。

まったく同じことが「トヨタのホテル」にも当てはまる。ここでは、ゲストの方たちが最良の時間を過ごせるよう、すべてのスタッフが徹底した顧客目線を貫き、「おもてなしの心」を惜しみなく注いでいる。ホテル業でありながら、そこには自動車メーカーで培われたトヨタイズムが発揮されているのだ。

もう答えはわかっていただけたと思う。「トヨタの車」と「トヨタのホテル」の両者が共有しているものとは「顧客へのおもてなしの心」なのだ。

■「自動車メーカーの考えが合うのか」半信半疑だったが…

本書『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』は、トヨタグループが長野県蓼科(たてしな)に作ったホテルを舞台として「顧客へのおもてなしの心」に焦点を当てて書かれたものだ。スーパーバイザーとして私がこのホテルに関わるようになったのは、ホテル開業の2005年のことだった。このとき私は31歳になったばかりであり、世間的に見れば社会人としてまだ未熟さの残る若者にすぎなかった。

そんな私が、スーパーバイザーとして「トヨタのホテル」で仕事をするようになったのは、地元名古屋で中学2年生のころから接客業に携わってきたという経歴が大きく影響している。14歳のころから、実家からほど近いところにあったビジネスホテル内のレストランを皮切りに、串揚げ専門店、寿司店、ホテルなどで働く中で、接客の経験を積み重ねていた。

トヨタグループの保養所として誕生したテラス蓼科には、トヨタイズムが随所に組み込まれている。

サービス業であるホテルの運営に、はたして自動車メーカーの考え方がフィットするのだろうか……。正直なところ、最初のうちは半信半疑の部分もあった。ところが、実際に取り入れてみると、予想に反してうまくいくケースが多く、私は何度も驚かされた。それらのいくつかを掘り下げて紹介していこうと思う。

■「デザインよりも機能性重視」はホテルでも同じ

トヨタ自動車には、「創意工夫提案制度」というものがある。これは、職場のカイゼンを促すアイデアを提案すると、1件につき500円の報奨金を受け取れるというものだ。実は、テラス蓼科もこの制度を取り入れている。この制度のいいところは、アルバイトでも正社員でも報奨の対象者になれるところだ。提案が優れていると判断され、特別報奨金として1万円が支給されたケースもあった。

ホテルの環境をカイゼンするための提案は、テラス蓼科を訪れるトヨタマンの方たちからも常に寄せられた。これらの提案をホテル運営に取り入れるという作業は、まさにトヨタイズムとホテル業の融合と言ってよかった。

私が面白いと思ったのは、多くのトヨタマンがデザインや見てくれよりも機能性を重視していたことだ。

ホテルマンとしては、コーヒーカップ1つを例に取っても、デザイン性を重視する傾向がある。ところがトヨタマンたちの視点は違っていた。彼らはデザイン性よりも、使いやすさや安全性を考えて選ぼうとする。

「このコーヒーカップはつかみにくいから、コーヒーをこぼしてしまうリスクが高い」

こんなコメントを寄せてくれるのだ。

■目立つ注意書き、お湯のない給水機…ホテルらしくない

館内に表示する注意書きなどについても、考えの違いが浮き彫りになった。ホテル的な感覚では、注意書きはあまり目立たせたくないので、目立つ書体で書くのを控えたい気持ちになる。ところが、トヨタマンは「せっかく注意を促しているのに、これじゃ全然わからないよ」と言うのだ。彼らの話を聞いていると、いかに安全安心を大切にしているのかがよくわかった。

温泉・スパについてのアドバイスもあった。脱衣場には冷たい水とお湯が出てくる給水機を設置していた。ところが、水を飲もうとして誤ってお湯のレバーを押してしまい、やけどをするリスクがあると指摘を受けた。そこで、問題の真因を取り除く視点から、お湯が出る機能そのものをなくしてしまった。

温泉
写真=iStock.com/Gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gyro

トヨタマンたちは、何を見るにしても安全安心を第一としている。一方、私たちは心地よさや便利さをどこまでも追い求めて物事を見る傾向がある。これら2つの視点はときに相反するのだが、テラス蓼科では両方のいいところを見極めて、よりよい方法を選ぶようにしていた。

■「そこまでしなくても…」と思うところまで配慮

テラス蓼科のレストランにも、やはり安全安心のエッセンスが埋め込まれている。

当初、このレストランの一番の売りは、大きな窓から八ヶ岳が一望できるというものだった。その効果を高めるために、ラウンジスペースとレストランフロアの間に段差をつけて、外の景色を見やすくしていたのだ。

ところが、景色に見とれて段差に気が付かず、転倒してしまう人がいるかもしれないというアドバイスが複数寄せられた。そこで、ここでも安全安心を重視して、思い切ってフロア全体をフラットにした。

改装工事をすると決まったとき、正直なところ、「そこまでしなくてもいいのではないか」と感じる部分もあった。しかし、あとになって、フロアをフラットにしたのは正解だったと思うようになる。

テラス蓼科には、実に幅広い年代層のゲストがやって来る。80代の方もいれば、歩き始めたばかりの幼児もいる。さらに乳児を抱きかかえた若い親世代もやって来るのだ。そうなると、いくら景色がいいからと言って、レストラン内にケガの原因となり得る死角を残しておくのは顧客ファーストではない。

デザインや見栄えばかりに神経を配り続けていたら、「段差は危ない」という見方はなかなかできなかっただろう。

改装工事に関する決裁も運営会社からすぐに下りた。こうした決断に対しては、驚くほどのスピード感を発揮するのもトヨタらしかった。

■サウナには欠かせない「水風呂」もない

改装工事をする際には、宿泊棟への扉も思い切って変えている。通常、どの高級ホテルも、客室やレストラン、バーなどの扉を重くしようと考える。そうしたほうが重厚に見えて、リッチ感を演出できるからだ。

ゲストはその重い扉を押し開けて、宿泊棟に入っていく。だが、はたして、それはゲストにとって便利なのだろうか。トヨタイズムというフィルターを通して物事を見ていくと、こうした疑問が次々と湧いてくる。

結局、扉に関しても重厚なものより自動ドアにしたほうが確実に利便性が高まるという結論に達し、フロアを改装するのと同時に自動ドアに変えてしまった。このときも私は「なるほど」と目から鱗(うろこ)が落ちるような思いになった。それまでは、デザイン性の高い空間を用意してゲストにくつろいでもらおうと考えていた。だが、そうではなく、機能性と利便性によってくつろぎを感じてもらうことも可能なのだ。

安全安心という理由から、テラス蓼科のサウナには水風呂が併設されていない。その代わりに、ぬるま湯の風呂を用意している。

これは、水風呂に入って倒れてしまう人がいたら危ないという考えから生じた措置だ。サウナ好きからすると、少々物足りないと思うかもしれない。実際のところ、これについてはゲストからの苦情もある。しかし、安全安心を第一とし、水風呂なしというスタイルは変えていない。

■職位が上がっていくほど紳士的な人が多い

トヨタは人事異動が多いことで知られている。次々と変わる部署の中で人心掌握を行いながら実績を残していった人のみが、将来的に重要な役職に抜擢(ばってき)されていく。たまたまどこかの部署で好成績を挙げても、次の部署でうまくいかないと昇進していくのは難しいのだ。

苦労を重ねてきた経験がそうさせているのか、役員以上のポジションに就いている方たちはどなたも実に紳士的だ。職位が上に上がっていくほど、人格も優れている印象がある。

テラス蓼科には、業界内で有名な技術者や経営者の方々がやって来る。皆さん少しも偉ぶるところがないので、スタッフの多くはそうとは気付かずに通常どおりに応対してしまうことがよくある。どの役員もホテルのスタッフに対していつも丁寧な態度で接し、親しくなるまでは相手の名前をしっかりと「さん付け」で呼ぶ。

もちろん、無茶な注文をつける人も皆無だ。それだけでなく、こちらが誠意をもって接客をすると、「ありがとね」「仕事は大変だと思うけど、頑張ってね」と、心の込もった言葉を掛けてくれるのだ。その心遣いに、私たちスタッフはいつも癒されてきた。

■ホテル側もゲストもお互いにフラットでいられる

さすがに何年も勤めているうちに、私は多くの役員の方たちと知己を得るようになった。しかし若いスタッフたちは、相手が誰なのかわからずに接客をしている。あとになって、「あのお客様は、○○の社長だよ」と伝えると、「本当ですか? 全然気が付きませんでした。早くそれを教えてくださいよ」と言われるくらい、横柄な態度をとる人はいない。

もちろん、ホテル側でもゲストに対して公平な接客をするので、相手が社長だからといって特別扱いをするわけではない。こうしたフラットな状態を保てるのも、トヨタの特徴だと思う。

トヨタマンたちは、身内に対してだけでなく、外に向けても謙虚な姿勢を崩さない。そう感じさせる出来事を私は何度か経験したことがある。

トヨタ自動車には1964年入社組で設立された通称「ムシの会」というOB会がある。ありがたいことに、元トヨタ自動車理事の竹馬(ちくま)理一郎(りいちろう)さんをはじめ、こちらの会のメンバーの方たちと私は懇意にさせてもらっている。64年入社組の方々は、まさにトヨタを世界の自動車メーカーとして飛躍させた立役者のような存在と言っていい。

■「トヨタは欧州車には一生勝てない」

あるとき私は、「ムシの会」の技術者に「トヨタの自動車は世界一ですね」とお話をしたことがある。ご機嫌取りをするつもりではなく、実際にそう思っているから出てきた言葉だった。ところが、彼らは私の意見をすぐに一蹴したのだ。

馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)
馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)

「馬渕くん、残念ながらそうとは言えないよ。品質、性能、伝統を含めて、トヨタは欧州車には一生勝てないんじゃないかな」
「うちらはとにかく後進だから、相手に追いつくためにはどうしたらいいのか? そればかり考えて、絶え間ない努力とカイゼンの繰り返しだった」

世界には「トヨタ車は欧州車を越えた」と思っている人がたくさんいるはずだ。しかし、実際にそのトヨタ車を作ってきた張本人たちは、いまだに謙虚な気持ちを持ち続け、自分たちが作ってきた自動車が世界一になったとは微塵(みじん)も思っていない。

ドイツのフォルクスワーゲンを抜き、トヨタは今、世界一の販売台数を誇る自動車メーカーだ。そうであっても、決して天狗(てんぐ)にはならないのだ。あのときほど、トヨタマンたちの謙虚さをひしひしと感じたことはなかった。

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馬渕 博臣(まぶち・ひろおみ)
元株式会社トヨタエンタプライズ・テラス蓼科リゾート&スパ支配人(マーケティング戦略担当)
1973年愛知県名古屋市生まれ。14歳にして地元ホテルで“日本最年少ホテルマン”デビュー。2005年のテラス蓼科開業当初よりスーパーバイザーとしてスタッフ教育などを主に担当。2021年2月、株式会社トヨタエンタプライズ退社。現在、ホスピタリティソリューションカンパニー、株式会社Minaera代表取締役。トヨタウェイKAIZEN視点でおもてなしを分析するユーチューブ「OH‼︎motenashi チャンネル」主宰。

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(元株式会社トヨタエンタプライズ・テラス蓼科リゾート&スパ支配人(マーケティング戦略担当) 馬渕 博臣)

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