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大浴場にはあえてタオルを置かない…日本唯一の「トヨタグループのホテル」が業界の常識を疑った理由

プレジデントオンライン / 2022年4月4日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Snowdrop

トヨタグループの運営するホテル「テラス蓼科リゾート&スパ」(長野県茅野市)は、日本唯一の「トヨタグループのホテル」だ。そこではホテル業界の常識を打ち破るユニークなスタイルが貫かれている。なぜそうしたスタイルに至ったのか。元支配人の馬渕博臣氏が解説する――。(第2回)

※本稿は、馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■定着しているサービスをなくすのは、勇気がいる行為

ホテル業のようなサービス業には、これまでずっと根付いてきた“常識”のようなものが多くあり、そこから逸脱するような決断を下すのは難しい。

例えば、テラス蓼科の常識に、温泉・スパ棟でのタオル常備というものがあった。ゲストはわざわざタオルを部屋から持参しなくても温泉を楽しめるというスタイルだった。

だが、裏側の事情を明かすと、このスタイルを維持するためのコストも大きく、ついついタオルを持ち帰ってしまうゲストもいるため、回収にもかなりの手間がかかっていたのだ。

とはいえ、ゲストの利便性を考えてなかなかやり方を変えることができなかった。すでに定着しているサービスをなくすのは、ホテルとしては勇気がいる行為なのだ。

どうするべきか迷っているときにアドバイスをしてくれたのは、上司の細江さんだった。ちなみに細江さんは、トヨタウェイの体現者としてグループ内でよく知られている。

■「一度やってみて、ダメならまたすぐに戻せばいい」

その細江さんは次のように提案してくれた。

「トヨタの考え方はね、一度やってみて、ダメならまたすぐに戻せばいいというものだよ。まずはやってみたらいい」

この話を聞いて、私たちは一度、温泉・スパ棟にタオルを常備するのをやめてみた。実際にやってみると、当初予想したような苦情はほとんど出てこなかった。むしろ、タオルの使用を減らすことで環境にも配慮できるので、いいことづくめだった。

朝食券を廃止したのも、同じ考えから出た発想だった。一度やめてみて、問題があれば再開すればいいのだ。

トヨタグループOB・OGの宿泊ゲスト向けに無料の日帰り観光を始めたのも、「とにかくやってみよう」という考え方が後押ししてくれたからだった。2泊3日の予定で来てくれたゲストを飽きさせないために、希望者を募り、マイクロバスで上高地や黒部ダム、桜が有名な高遠(たかとお)などにお連れするというプランを立てたのだ。

■デメリット以上のメリットが得られることもある

これをいざ始める際には、実は反対意見も多かった。日帰り観光をするとなれば、スタッフの誰かが運転手や案内役を務めなくてはならない。そうなると、ホテルの人員が手薄になってしまう恐れがある。しかも、一度始めてすぐに「やっぱりやめました」という結果になれば、ホテルとしても体裁が悪い。どれも理にかなった意見だったが、私たちは思い切って日帰り観光を導入する決断をした。

「まずはやってみて、無理ならやめればいいだけだから」

最後は、この考え方が優ったのだ。今になって振り返ると、日帰り観光を始めたのは正解だった。2泊以上の利用者を増やすことができ、売り上げアップにつながっていったのだ。

「一度やってみて、ダメならまたすぐに戻す」という試みは、間違いなくチャレンジ精神を要する。しかし、ホテルのサービスを向上させるためには実に有益なスピリットなのだ。

言い方は悪いが、私は日本のサービス業従事者にはプロフェッショナルが少ないと感じている。そのせいで、私たちのようなサービス業で働く人の地位はいつまで経っても高くなっていかない。

プロが少ない理由は、私たちサービス業従事者自身にあると思う。地位を上げていくために、十分な努力を傾けていないのだ。こうした現状を打開するために、私は常に努力を怠らないようにしている。

■「どのお茶がおいしいですか?」にも即答する

例えば、テラス蓼科で提供している飲食物に関しては、好き嫌いに関係なく、どんなものでも試食と試飲を行って、それぞれの風味や特徴をしっかりと把握するようにしていた。

飲み物について言うと、私はかなりのこだわりを持っていて、自らの味覚を常に鍛えるようにしている。様々な飲料に精通しておきたいので、コンビニで飲み物を買うときでも、好きか嫌いかを基準にしては選ばない。新しい製品が発売されれば、私はそれを仕事だと思い、必ず購入して飲むようにしている。

ペットボトルの新しいお茶が出れば、全部買って飲んでみる。お茶だけでなく、ジュースでもコーヒーでもすべての種類を最低でも一度は飲んでみる。

ホテルと飲食は切っても切れない関係にある。したがって、飲食についてはプロとして確かな知識を持っておかなければならない。

ゲストに誘われ、ゴルフコンペに参加するときがある。その際、休憩中にお茶を飲むことになったとき、ゲストの方から「どのお茶がおいしいですか?」と聞かれることがよくある。そのときに、飲食のプロとしては何の迷いもなく「運動中の休憩の際には、このお茶がおすすめですよ」とさらりと答えられないといけないのだ。

■ホテルの視察にネット予約を使わない理由

野球でもゴルフでも、プロともなれば、遠征中のホテルの部屋でスイングの練習をするのが当たり前だ。サービス業のプロも同じ。その地位を保ちたいのなら、日ごろからの自己研鑽(けんさん)は欠かせない。

サービス業従事者にとって幸いと言えるのは、自分を磨くための環境が身近に溢(あふ)れているという点だ。例として、電車に乗ってどこかへ出掛けるときのことを考えてみよう。切符を買う際に、券売機の使い勝手が悪いと思ったら、どうすればもっと使いやすくなるのかを自分なりに考えてみる。

さらに、駅員の態度や案内板の位置を顧客目線で観察しながら、改善点がないか自分なりに検討してみてもいいだろう。こうした一つひとつの行いがサービス業従事者としての仕事の質の向上につながっていく。

私は商売柄、よくホテルを利用する。ネットさえつながれば、予約はいつでもどこでも簡単にできる。だが、あえてネット予約を利用せず、毎回直接ホテルに電話を掛けて予約を取っている。

こんな手間をかけるのは、ホテルの予約担当者の応対から学び取れるものがあれば、ぜひ学びたいと思っているからだ。それだけでなく、できるだけ多くの現場体験をするために、お気に入りのホテルがあってもそこには泊まらず、別のホテルに泊まるようにしている。

ラウンジチェア
写真=iStock.com/Terraxplorer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Terraxplorer

■駐車場、フロント、照明…「おもてなし」はいたるところにある

これらを続けていると、実に様々な発見がある。駐車場の位置がわかりづらい、もしくはフロントの人の説明がわかりやすい、レストランの照明が凝っているなど、いろいろなことが見えてくるのだ。気が付いた点はメモに取るようにしている。あとでそれを見返して、どうしてそう感じたのかを割り出していくのだ。

出張中でも、プライベートの旅行中でも、アンテナを常に張り巡らせておけば、おもてなしの質を上げるためのヒントはいたるところで見つけられるだろう。

テラス蓼科では開業前に、あらゆる施設のベンチマークテストなどを行った。ホテルやレストランだけでなく、おもてなしに関する施設、例えば山梨県白州(はくしゅう)にあるサントリーのウィスキー工場では、施設を案内するスタッフの教育がよくなされているとの噂(うわさ)を聞き、そこに足を運んで接客の参考にした。

開業後も毎年冬の閑散期になると、予算を取って2泊から3泊のスケジュールで東京へ行き、話題のホテルや勉強になりそうなレストランを視察している。時間があれば、個人的なおもてなし視察も欠かさなかった。

■ホテルマンも勉強になる帝国ホテルのサービス

例えば、帝国ホテルのエントランスでのベルマンの一挙手一投足は実に参考になる。ホテルの顔とも言える玄関で、ゲストを最初に迎えてくれるベルマンのポケットには、必ず1万円を小銭にしたものが入っている。タクシーで来館した客の手元に小銭が不足していた場合のための準備であることは有名だが、それ以上にホテルマンの気遣いも素晴らしい。

私が玄関付近で立ち止まると、声を掛けるより先に「何かご用ですか?」という問い掛けの意図を帯びたアイコンタクトを送ってくる。無反応のまましばらくそこにいると、「大丈夫ですか? ご用はありませんか?」と再びアイコンタクトをしてくる。

馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)
馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)

そこに立ち止まっている限り、間隔を置いて何度もアイコンタクトを投げ掛けてくるのだ。エントランスを訪れる様々なゲストへの気遣いを見ているだけで、実に勉強になる。

大阪のリッツ・カールトンや東京青山のカシータも帝国ホテルと同様だ。オペレーション重視のおもてなしなら銀座のダズルへ行くといい。エンターテインメントなおもてなしを学びたいなら、新宿の四谷三丁目駅近くの焼肉「名門」がおすすめだ。

「名門」には多くの有名人が訪れる。店内にはとんねるずの石橋貴明さんやプロ野球選手のサインがずらりと並ぶ。店長の中村さんのパフォーマンスが面白く、それを求めてやって来るのだ。焼肉をただ焼くだけに終わらせない、客の懐にどんどん入ってくる接客スタイルは、お客様を感動させるとはこういうことかと勉強になった。彼の接客の方法は、テラス蓼科でも参考にした。

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馬渕 博臣(まぶち・ひろおみ)
元株式会社トヨタエンタプライズ・テラス蓼科リゾート&スパ支配人(マーケティング戦略担当)
1973年愛知県名古屋市生まれ。14歳にして地元ホテルで“日本最年少ホテルマン”デビュー。2005年のテラス蓼科開業当初よりスーパーバイザーとしてスタッフ教育などを主に担当。2021年2月、株式会社トヨタエンタプライズ退社。現在、ホスピタリティソリューションカンパニー、株式会社Minaera代表取締役。トヨタウェイKAIZEN視点でおもてなしを分析するユーチューブ「OH‼︎motenashi チャンネル」主宰。

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(元株式会社トヨタエンタプライズ・テラス蓼科リゾート&スパ支配人(マーケティング戦略担当) 馬渕 博臣)

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