なぜ効果の微妙な「まん防」がダラダラと続いたのか…日本の政策決定に共通する2つの大問題
プレジデントオンライン / 2022年3月23日 18時15分
■まん防は「効果が強力」な政策らしいが…
先日、日本政府は、年始から多くの都道府県で行われてきたまん延防止等重点措置(以下、「まん防」)の解除を決定しました。
このまん防ですが、期待した効果を上げていたのでしょうか。この記事を読まれている読者の中にも、同じような疑問をもたれた方がいらっしゃるかもしれません。例えば、分科会資料(※1)を読むと、「まん延防止等重点措置」は「効果が強力だが社会経済への負荷が大きい」政策として書かれており、効果が強力な政策という位置づけであることが伺えます。しかし、少なくともこの分科会資料の中に、それを裏付けるものは示されていないように見えます。
このことは、まん防などの感染症対策に限った話ではありません。政府は日々さまざまな政策を実施していますが、それらはどれぐらい効果的なのでしょうか。例えば、私たちは納税者として税金を支払いますが、その税金はきちんと効果的な使われ方をしているのでしょうか。この話は、民主主義の話とも密接に関連していると思います。
(※1)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin/bunkakai/dai14/gijisidai.pdf
■日常生活に影響を受けた国民の知る権利
日本は代議制民主主義ですので、税金の使い道は政治家や官僚に任せておけばいい、というご意見があると思います。他方で、やはり自分たちが支払う税金ですので、その使い方は気になります。もちろん税金の話だけに限りません。まん防のように日常生活に影響を及ぼすような政策があったとき、その効果がどれぐらいなのかについて知るぐらいの権利はあると思います。
しかし、通常、政策のことをニュースで聞くことはあっても、その政策の効果がどれぐらいだったのかについては、根拠があやしい試算・概算の類を除き、私たちが知ることはほとんどありません。
このように、「ある政策にはどれぐらいの効果があるか」ということを調べる作業は、よく「政策評価」と呼ばれます。よくニュースで「この政策には○兆円の効果が見込める」といった数字を見かけることがありますが、そういった実施前に出される試算や、あるいは実施後に計算される概算値のことではなく、さまざまなデータを使って、きちんと政策の効果の大きさを計測することを指します。
■「風が吹けば桶屋がもうかる」は因果とは言い難い
例えば、まん防によって感染者数が○%減った、などといったときに、この「○%」の数字を埋める作業のことなどを指します。政策評価をすることで、コストとベネフィットを比べることができるようになり、将来的になるべく費用対効果が大きい政策を選べる可能性が出てきます。例えば、感染症数を減らす政策でも、大きな効果があるものから、ほとんど効果がないものまであります。また、同じぐらい効果的な政策でも、コストが低いものから高いものまで様々です。
![黒板に溺れる下向きのグラフ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/7/670/img_c7fcac2ea51654f868dfb67c6e5777d6962395.jpg)
効果の大きさを計算する方法は様々だと思いますが、経済学の分野でよく使われるのは、因果推論の手法です。読者の中には、「因果と相関は違う」という話をどこかで聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
例えば、「風が吹けば桶屋がもうかる」は、それ自体は風の量と桶屋の収入の「相関」を示すものですが、だからといって、それらの間に必ずしも「因果」的な関係があるとは言えないと思います。昔、学生だったころに、ハレー彗星が地球に近づくとゲーム理論が流行る、という冗談を聞いたことがありますが、ハレー彗星の接近とゲーム理論の流行に因果的な関係がある、と聞いて、真に受ける方はあまりいらっしゃらないかと思います。
■政策の効果を正しく把握する重要な試み
因果推論の枠組みで効果の大きさを測る、という取り組みは、こういう怪しい関係をなるべく排除し、因果的な効果のみを取り出して、その大きさをきちんと測るということを目指しています(この文章における「効果」とは、この意味で使っています)。
これは、政策にほとんど効果がなかったのに効果が大きかったとしてしまう、あるいは、逆に、効果が大きかったのにほとんど効果がなかったとしてしまうリスクをなるべく減らす作業でもあります。「感染者数が○%減った」と言ったときに、「○%」の部分が、ゼロに近いのか、あるいはもっと大きな数字なのか、きちんと計算しないと、きちんと政策の評価ができません。
最近、私は、政策評価の1つとして、まん防が感染症拡大予防に与えた効果は如何ほどだったのかについて分析しました。使った手法は、因果推論でよく使われる、差分の差分法(あるいは差の差法とも)と呼ばれるもので、使ったデータは、都道府県別のデータでした。その結果を、なるべく一般の方にも理解して頂けるような書き方でまとめSNS上で発表したところ、少なからぬ反響がありました(「まん延防止等重点措置の政策評価レポート」)。
■21年春以降、明白な効果は確認されなかった
まん防は、2021年4月から2022年3月にかけて、何回かにわけて行われました。分析の結果わかったのは、初期時点においては一定の効果が見られたものの、その後は明白な効果を確認できなかった、というものです。
効果がなかった、とは言い切れませんが、少なくとも私が行った分析によると、効果は限定的だったのではないかという結論でした。また、効果が確認できた時期の大きさは、まん防により人口当たり重症者数が1~2割減った、というぐらいの大きさでした。
もちろん、これはあくまで1つの結果に過ぎず、今後全く別の結果が出てくる可能性も十分にあります。ですので、たった1つの結果だけに基づかないで頂きたいという思いです。
より重要なのは、このようにデータを使って政策評価をすることで、政策のコストの部分とベネフィットの部分を浮き彫りにできる、ということです。このような知見を積み上げていけば、将来的に、例えば、なるべく費用対効果が大きい政策を選ぶということも可能になってきます。
■経済学者が取り組んだ途上国の不登校の解決法
数年前に、アビジット・バナジー、エスター・デュフロ、マイケル・クレーマーという3名の経済学者がノーベル経済学賞を受賞しました。彼・彼女らの功績は、「世界の貧困を改善するための実験的アプローチに関する功績」です(※2)。この「実験的アプローチ」ですが、上で書いた、因果効果を取り出し、その大きさを測る、という話と関連しています。
例えば、途上国では、子どもの不登校が1つの社会問題です。どうすれば子どもを学校に通わせることができるか、という問題に対しても、様々なアプローチの仕方があり得ます。この3名と他の研究者たちは、これらの効果の大きさをきちんと測り、比較するための実験的な方法を、開発・発展させてきました。
さて、読者の皆さまは、この「どうすれば子どもを学校に通わせることができるか」という問題に対し、どのようなアプローチを提案されますでしょうか。
状況を知らないと提案するのは難しいというご意見はごもっともです。実は私たち研究者がやっているのもこれと同じで、状況をある程度理解し、アイデアを試し、それを検証し、状況をより良く理解する、ということを繰り返しています。最初から答えが与えられているわけではないので、試行錯誤の連続です。
(※2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E8%B3%9E
■政策評価と実験を重ねた結論は「虫下し薬」
図表1は、3名のうちの一人であるマイケル・クレーマー氏が同僚と書いた論文から抜粋したものです。この図には、子どもを1年間学校に行かせるためのコストが書かれています。
![Cost Per Extra Year of Education Induced](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/f/400/img_df32c328a7d9a1a40b2b0c9bddee9807178322.jpg)
例えば、「School Uniforms」という縦棒の高さを見ると、大体100米ドルぐらいです。これは、子どもたちに制服を配るという方法では、子どもを1年間学校に活かせるために大体100米ドルかかる、ということを意味しています。
この図によると、もっとも費用対効果が大きい(=最も安い方法で、子どもを1年間学校に行かせることができる)のは、「Worms」だということがわかります。これは、虫下し薬の配布のことです。例えば、ケニアでは、寄生虫による体調不良で子どもが学校を欠席することがあります。そこで、研究者らが学校で虫下し薬を配布したところ、子どもの健康状態が改善し、出席日数も増えました(※3)。
こういった費用対効果の関係はもちろん最初からわかっていたことではなく、政策評価や実験などで試行錯誤を重ねてきた結果、徐々にわかってきたことです。
(※3)Miguel, E. and Kremer, M. (2004), “Worms: Identifying Impacts on Education and Health in the Presence of Treatment Externalities,” Econometrica, 72 (1), pp. 59-121.
■費用対効果のある政策を実現するにはなにが必要か
これは1つの例ですが、日本でも同じようなことができないかと考えています。例えば、再就職率を高める、という1つの目的に対し、実際の政策を検証し、あるいは実験を行い、それらの効果の大きさを蓄積させていくような取り組みです。
そしてその取り組みは、なるべくオープンな形でできればなおいいと思います。私がレポートを一般の方にもわかるよう書いたのも、まん防といった自分たちの生活に直結する話が、自分たちの知らないところで決まっていくことに、多少なりとも違和感を持ったからでした。
しかし、このようなことを実現するためには、現状で少なくとも2つの制約があると考えています。
■行政データをもっと利用可能に
1つ目は、データです。政策をきちんと評価するためには、なるべく集計されていない細かなデータが必要です。私の書いたまん防レポートでは、短期間で書き上げる必要があったという理由もあり、都道府県別のデータを使いましたが、仮に保健所などが持っているより細かなデータを使うことができれば、より精緻な分析をすることができます。
私も色々とアプローチをしていますが、プライバシーなどの理由により、研究者がそのようなデータを利用するのはまだ難しい印象を受けます。さらに、データ専門官がいない場合は、データを準備してくださる行政の方の負担にもなりえます。デジタル化を進め、データ管理や提供の仕方を工夫する必要があると思います。
また、このような理想的なデータの話はまだしも、それぞれの行政機関が持っているデータを中央で一元管理し、公表できるものに関しては、誰でも簡単に手に入れられるようにしていってほしいと思います。日本版DATA.GOVなど、取り組みはすでに始まっています。ただ、その運用にはまだ改善点があることも指摘されています(※4)。新しく発足したデジタル庁の役割が期待されます(※5)。
(※4)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA25CF30V20C22A2000000/
(※5)「デジタル社会の実現に向けた重点計画」
■官庁や自治体ではデータ専門官の充実を
そして2つ目は、人材です。例えば、私自身も政策評価をするために雇われているわけではありません。自身の研究もあり、教育と大学業務など、他にやることがある中で政策評価を行うのは、あまり効率的とはいえません。
データ専門官を官庁や自治体などで雇用し、外には出せないデータも含め行政データを活用していく仕組みがもっと広まればいいと思います。一部の自治体では、すでにそのような動きも出てきています。その際、実験をもっと積極的に行える仕組みも出来たらいいと思います。虫下し薬の例もそうですが、これらは実際に行われた政策を事後的に評価するだけでなく、研究者らのアイデアを実験などで試すことで蓄積されてきました。行政と研究者のさらなる協力が期待されます。
![ビジネス情報やインフォ グラフィックのコンセプト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/670/img_8c627b6830dfedd0449932708279cfbb1146357.jpg)
近ごろ、「エビデンスに基づく政策立案(Evidence-based Policy Making, EBPM)」という言葉を聞くようになりました(※6)。英語の頭文字を取って、「イー・ビー・ピー・エム」と呼ばれたりもします。政策の中身を決める際に、エビデンスをなるべく重視しようという取り組みです。政策評価の過程で生み出されるエビデンスも、これに活用することができます。政策評価の取り組みが、さらに広まればいいと思います。
(※6)EBPMについては、拙論でも解説しています。
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大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任准教授
ストックホルム大学国際経済研究所、Ph.D.(経済学)。ロチェスター大学ワリス政治経済研究所、大阪大学大学院国際公共政策研究科を経て現職。専門は、政治経済学、経済発展論。
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(大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任准教授 北村 周平)
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