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クルマの中ならiPhoneより便利…カーナビの生みの親パイオニアの渾身作「画面なしナビ」の勝算

プレジデントオンライン / 2022年4月14日 17時15分

画面のないカーナビ「NP1」。バックミラーの脇にある筐体はドライブレコーダーのようだ。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ファンド傘下で経営再建中のパイオニアが、意欲的な新商品を出した。3月2日発売の「NP1」は、音声だけで操作できる新デバイスで、いわば“画面のないカーナビ”だ。さらにドライブレコーダーや車載Wi-Fiとしても機能するという。どれだけの商品力があるのか。ジャーナリストの安井孝之さんが取材した――。

■音声だけで目的地まで連れて行ってくれる

「NP1、東京ドーム付近のガソリンスタンドを探して!」

パイオニア本社がある東京・本駒込でNP1に語りかけた。2秒ほどするとNP1が答えてくれた。

「東京ドームから直線距離で近い順に3件あります。イチ、400mのところに昭和シェル、ニ、600mのところにエネオス、サン、800mのところに別のエネオス。何番に行きますか?」

「1番!」と答えると、「目的地まで約3キロ、所要時間は10分です。まず道路に出てください。そこから案内を開始します」と案内が始まった。

その後は「二つ目の信号を左です。左の車線に移ってください」と指示し、信号を一つ過ぎると「次の信号を左です」、信号が間近になると「この信号を左です。左車線を進んでください」と教えてくれる。音声だけで目的地まで連れて行ってくれるのだ。

道すがらコンビニでお茶が買いたいなら「NP1、駐車場付きのコンビニを探して!」と伝えると、NP1は「考え中」と少し考える。3秒ほどして「3件あります。イチ、100m先にファミリーマート、ニ、300m先にセブン‐イレブン、サン、500m先にファミリーマート。何番に行きますか?」と答えてくれた。これには驚いた。

■スマホで現在地を確認しなくても平気だった

まるで地図を見ながら行先を教えてくれる気の利いた同乗者のようだ。従来型のカーナビなら途中でクルマを止めて画面にタッチしてコンビニを探さなければならない。そんな面倒さはない。

画面を見て確認したい人のために自分のスマホをNP1と連携させれば、スマホの画面で現在地を確認できるが、ほとんど画面を見ることはなかった。

しかもNP1は縦横が約12cm、厚さ4cm足らずのコンパクトな筐体(きょうたい)。マイクとスピーカー、前後にカメラが付いている。フロントガラスの上部に後付けして使える手軽さだ。コンパクトな本体の中には従来のカーナビよりも高度なマイクロプロセッサーが組み込まれているという。

画面のないカーナビと呼ばれるパイオニアの「NP1」
写真提供=パイオニア
画面のないカーナビと呼ばれるパイオニアの「NP1」。 - 写真提供=パイオニア

■「カーナビ=画面」の常識を自ら破壊する

パイオニアが業界に先駆けカーナビを市販したのは1990年夏。それ以来、地図を映す画面はカーナビにはなくてはならないものだった。「交差点を左です」「直進です」「この先に踏切があります」などと音声で教えてはくれるものの、画面上に地図があることを前提にしていた。

「カーナビ=画面」。それがこの30年余に凝り固まった常識だった。その常識をパイオニア自身が壊そうとしているのだ。

NP1の「NP」は、Next Product、Next PlatformとNext Pioneerから取っている。次世代の商品であり、カーナビを支える次世代のプラットフォームを築き、その先には新生パイオニアの姿があるという思いを込めている。

1938年に創業したパイオニアは1960年代後半から70年代のオーディオ全盛期のころには山水電気(サンスイ、2014年破綻)、トリオ(現JVCケンウッド)と並ぶオーディオ御三家と呼ばれた。その後もレーザーディスクやプラズマテレビで気を吐いた時代もあったが、2010年以降は競争が激化した家庭用オーディオからカーエレクトロニクス事業へと重心を移していく。

だがカーエレクトロニクス事業もこの10年は国内需要が伸びず、業績は振るわなかった。2019年3月には香港のプライベートエクイティ(PE)ファンドの完全子会社となり、非上場会社として再建の道を歩み始めた。

■社員の多くは「パイオニア愛」を持っている

再建の陣頭指揮を任されたのが矢原史朗社長だ。大卒後、1986年に伊藤忠商事に入り、その後はGEや外資系PEファンドで投資先2社の社長を務めた後、産業ガス大手の日本エア・リキード社長となる。いわゆる「プロ経営者」として2020年1月、パイオニアの社長に転じた。

パイオニアの矢原社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
パイオニアの矢原史朗社長。2020年1月から同社を率いている。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

社長就任時に矢原氏が抱いていたパイオニアの印象は「世界初の技術がいろいろあるポジティブなエンジニア集団」というものだった。同時にパイオニアの欠点にも気がついた。

「新しいアイデアや技術はあるのにそれをビジネスとしてマネタイズするマネジメント力がない。いい意味で、いわば大学のサークルっぽい会社だな」

夢や潜在能力はあるのだが、それを実現する力を持っていなかったのだ。普通なら外から突然、新社長としてやってきた矢原社長を警戒し、様子見を決め込むことが多そうだが、パイオニアは少し違っていた。社員たちもマネタイズする力がないのを知っていたのかもしれない。「よく来てくれた、という感じだったんです」と矢原社長は振り返る。

社長に就任した2020年1月以降、会社再建に向けた中期経営計画づくりのために全部門から100人以上の中堅社員を集め、新生パイオニアは何を目指すべきかの議論を始めた。「パイオニア愛」を持っている社員が多いと感じていた矢原社長は彼らのやる気に期待をかけたのだ。

■画面の大きさやスペックを競ってもいずれ行き詰まる…

矢原社長の就任前からパイオニアには「今後はデータソリューションを伸ばす」という経営方針はあった。手本にしたのはアップルのビジネスモデルだった。

過当競争が激しいカーナビやカーオーディオなどのハードウエアばかりを売るのではなく、これまでに蓄積したデータを駆使してドライバー向けのサービスを提供し収益力を高めるという内容だった。だが具体策は示されていなかった。

矢原社長も「箱モノを売るビジネスを続けても成長は期待できない」と考えていた。毎年のようにカーナビをモデルチェンジして、画面の大きさやスペックを他社と競っても、いずれ行き詰まることは目に見ていた。

だからこそ、成長の軸は「サービス」にする必要があった。

社員たちとのブレーンストーミングでは「パイオニアの強みとは何か?」「世の中の変化は?」と根源的な問いかけをした。その中で早い段階で出てきたのが「パイオニアの強みは音、音声」という意見だった。

そもそも運転中に画像を見るのは危険だ⇒だから車内ではテレビではなくラジオをつけ、カーオーディオで音楽を聴くことが多い⇒クルマの中は「音が価値を生み出す空間ではないのか」⇒「音響メーカーのパイオニアの強みは音! 音にこだわろう」などとブレーンストーミングの議論は収斂(しゅうれん)していった。

パイオニアの矢原社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
インタビューに応じるパイオニアの矢原社長。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■運転中に画面操作はできない…音声に見いだした自社の強み

カーナビ、カーオーディオの世界はさまざまな機能が加わり、タッチパネルが多層化し、操作のために何度も画面を変えなくてはならなくなっている。

大画面で情報過多となり、46%が「カーナビ自体に苦手意識を感じる」と答え、65%が「カーナビの操作に一時停止する必要があり、億劫(おっくう)」と答えたという(パイオニアの独自市場調査)。

この30年余りの間に、いろんな機能のスペック競争が進み、画面での操作は複雑になった。運転中のドライバーは戸惑うばかりの状況なのだ。

一方で音声認識技術はアップルのSiriやアマゾンのAlexaなどが登場したように格段に進化した。

音声認識技術を使い、カーナビに指示し、カーナビは音声で答えるという仕組みも可能になった時代なのだ。

本来、運転中は画面を見てカーナビを操作できない。スマートフォンもご法度になる。車内という特殊な環境だからこそ音声を使った商品は新しい価値を生む。画面がなくてもいい、これまで車載ビジネスで培ってきた技術やノウハウを活かし、音声で勝負をすれば勝ち目はある――。

再建中のパイオニアが活路を見出した「音声」と「ナビ」は、社内の議論を経て「会話するドライビングパートナー」というNP1のコンセプトに行きついた。

■コンセプトは「会話するドライビングパートナー」

考えてみればラリーでドライバーの横に座るナビゲーターは、地図やペースノートをにらみながら道路の状況を観察し、ドライバーに言葉で指示する。必死に運転しているドライバーに地図を見せはしない。NP1のコンセプトはラリーのナビゲーターの姿に重なる。

ナビゲーターを優れたものにするにはクラウドに常時接続し、そこに蓄積されたさまざまな情報を検索しながらドライバーに指示する仕組みが必要だ。ドライバー向けのSiriやAlexaといったイメージだろうか。冒頭の試乗のように近くのコンビニやラーメン店、観光地も即座に調べてくれる。

またクルマの車内外の様子をカメラで撮影し、クラウドに上げれば、ドライブレコーダーとしても使える。そうしたさまざまな情報やサービスをモビリティ向けに音声で提供できれば、競争力のあるプラットフォームとなる。それはNP1に初めて採用された「Piomatix(パイオマティクス)」に結実していった。

専用アプリを使えば、車外の人に運転中の様子や現在地を共有できる
撮影=プレジデントオンライン編集部
専用アプリを使えば、車外の人に運転中の様子や現在地を共有できる。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■ハードウエア志向からの転換を促した外部人材

現場との議論に半年以上かけてつくり上げた中期経営計画が社員に向けて発表されたのは2020年10月。そのころにはクラウドに常時接続し、ドライブレコーダー機能を持ったNP1のコンセプトは出来上がっていた。それをサービス事業も含めてマネタイズすることが必要だった。

「会話するドライビングパートナー」という自分たちが創りたい夢をどのように実現するのか。矢原社長は「バックキャスティング」で、夢の実現を目指した。

CTOの岩田氏
CTOの岩田氏(写真提供=パイオニア)

自分たちが持つ経営資源を積みあげていく「フォアキャスティング」ではなく、夢を実現するには何が必要かを考え、外部も含めて必要な経営資源を集めて非連続に進化する手法である。ライドシェアサービスを始めたUberや民泊をネットで広げたAirbnbはバックキャスティングでサービスを生み出したといわれている。

矢原社長自身も外部人材だが、多くの人材を外部から採用した。2021年3月には旧ジャパンタクシーから岩田和宏氏をCTOと招いた。岩田氏はタクシー配車サービス「ジャパンタクシー」を立ち上げた人物。技術をサービスに落とし込む貴重な経験を持ち、ハードウエア志向が強いパイオニアにとって大きな戦力となった。

■「パイオニアの強さを捨てる必要はない」

岩田氏以外にもサービス事業の担当者やソフトウエア開発エンジニアらを積極的に採用した。岩田氏らサービス事業の立ち上げで実績のある外部人材が事業を進める様子を見て、「なるほどそうするのか」「やっぱり変わらなきゃ」とパイオニアの若手、中堅社員らが刺激を受け、チームに加わった。SaaS人材は350名規模の組織となっている。

外部からは必要な技術も導入した。世界有数の対話型の音声認識AI技術を持つ米国セレンス社の自然対話型音声認識エンジンを採用し、車内での円滑な会話を実現させるという。

矢原社長は外部だけに頼ったわけではない。パイオニアが持っている強みも生かした。パイオニアには振動が激しく高温になることもある車内できちんと動く機器をつくる技術がある。カーナビを30年以上もつくり続け、ルート検索の優れたAIや蓄積したデータも豊富にある。「パイオニアの強さを捨てる必要はない」と矢原社長は言い切る。

矢原社長は新しい価値づくりのために「モノ×コト」にこだわった。よく似た言葉として「モノからコトヘ」がある。モノを捨てコトヘ、サービスへと転換しようとする合言葉だが、矢原社長はそれとは一線を画した。

新しい人材や技術を積極的に採用するのは当然だが、パイオニアが持つモノづくりやカーナビの既存技術まで否定することはないからだ。NP1はモノ(ハード)とコト(サービス)の相乗効果を狙って誕生した商品というわけだ。

■「グーグルやアップルはまだ車載専用機をつくっていない」

NP1の希望価格は、通信費とサービス利用料を合わせて1年分のベーシックプランが6万5780円、3年分のバリュープランが9万3500円だ。矢原社長は「ハードを売って終わりではなく、サービス、アプリを売って収益を増やしていくビジネスモデル。ハードは極力安く抑えました」と明かす。

プラットフォーム「Piomatix」を活用するNP1を皮切りに、これからさまざまな商品やサービスを提供していくという。そのNP事業の売り上げ目標として2025年に300億円、2030年には1000億円を掲げる。内訳はハードが500憶円、サービス分野が500憶円。このNP事業を契機に、パイオニアは業態転換を進める覚悟だという。

そのためにはドライバーが「あったらいいなあ」と思う新サービスの開発が不可欠だ。旅行会社、気象予測会社、駐車場、宿泊施設といったサービス提供会社やシリコンバレー、イスラエルなどのハイテク技術を持ったスタートアップ企業とも連携し、新たなドライブ体験を創るプラットフォーム「Piomatix」を充実させていく考えだ。

「NP1」の記者発表会で話す矢原社長。「プラットフォームを目指す」と野心的な目標を掲げた
写真提供=パイオニア
「NP1」の記者発表会で話す矢原社長。「プラットフォームを目指す」と野心的な目標を掲げた。 - 写真提供=パイオニア

ただ、「プラットフォームを目指す」とは言っても簡単なことではない。CASE(コネクティッド・自動運転・シェアリング・電動化)が進む自動車産業にはGAFAをはじめとして巨大サイバー企業が参入しようとしている。

パイオニアが目指すプラットフォームづくりのライバルはまさに巨大サイバー企業である。グーグルやアップルに本当に勝てるのだろうか。矢原社長に質問をぶつけてみた。

「両社とも車載専用機はまだつくっていません。なぜなら振動があり、室温も高くなる車内で使う車載機をつくるのはとても難しい。パイオニアには車載器をつくる長年のノウハウがあり、そこに集中してきました。手ごわいですが負けません」と矢原社長は強気である。

画面のないカーナビ「NP1」。ドラレコの機能もある
撮影=プレジデントオンライン編集部
画面のないカーナビ「NP1」。話しかけるとスムーズに答えてくれた。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

なるほど、正面から巨大IT企業と戦ってプラットフォームになるのは、いくら技術やノウハウ、蓄積したデータを持つ企業であっても極めて難しい。だが、車内という特殊な環境であればこそ、日本の一企業にも望みは残されているのかもしれない。

年々拡大してきたディスプレー、多機能のタッチパネルを無くし、音声という全く別次元の戦いをすれば、市場を広げることができ、GAFAにだって勝ち目もある――。画面のないカーナビと壮大な目標は、会社の生き残りをかけた決意表明と言える。

完成車メーカーが純正品として組み込んだカーナビとの競合もあるだろう。だが矢原社長は「完成車メーカーは今、電動化開発に注力しています。ドライバーへの新サービスの提供にはパイオニアのPiomatixを活用してほしい。そうすれば完成車メーカーは電動化開発に集中できます。協業関係を築きたい」と期待をかける。

■最近の日本企業にはあまりみられない野心的な戦略

「カーナビをiPhoneのようにする。車専用のiPhoneですね」

車の中なら決して画面は必要ないと気づいた矢原社長は、笑顔で語った。

経営再建から3年。2020年3月期、21年3月期と2期連続の黒字決算を何とか果たしたものの、新型コロナの感染拡大やロシアのウクライナ侵攻などで先行きは不透明となり、危機感は増している。

そんな状況下で誰もこぎ出してはいないブルーオーシャンに挑戦し、巨大なサイバー企業を敵に回してプラットフォームをつくろうというのは、最近の日本企業にはあまりみられない野心的な戦略だ。

NP1の発表以来、ユーザーや自動車業界からの手応えはあるという。新市場での緒戦はまずは順調に進んでいるのかもしれない。

NP1の発表以来、ユーザーや自動車業界からの手応えはあるという
撮影=プレジデントオンライン編集部
NP1の発表以来、ユーザーや自動車業界からの手応えはあるという。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

だがCASEの時代にクルマの中でのさまざまな情報サービス事業はGAFAなどのサイバー企業ばかりか、日米欧の大手自動車メーカーもクルマの魅力アップのために激しく開発競争を繰り広げ、合従連衡が進む分野だ。

その最たるものはソニーとホンダとの業務提携だろう。

いつ何時ブルーオーシャンはレッドオーシャンに転じるかもしれない。パイオニアが思い通りの果実を得るには厳しい難路を走り切らねばならない。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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