軍隊を食わせるだけで1日225万円…極めてコスパが悪い「城攻め」で豊臣秀吉が使った"意外すぎる戦略"
プレジデントオンライン / 2022年4月11日 9時15分
※本稿は、本郷和人『「合戦」の日本史 城攻め、奇襲、兵站、陣形のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■城攻めで重要なのが「兵站」の問題
城攻めの場合、強行に攻撃を仕掛けるか、あるいは城全体を包囲して補給路を断ち、干上がらせて、相手が音を上げるのを待つという戦法を取ります。とりわけ後者はいわゆる籠城戦となるわけですが、籠城する側もこれを攻めて包囲する側も、重要になるのが兵站の問題です。
守る側からすれば、城に立て籠るというのは、後詰めとして他から援軍が来るまで耐え忍ぶということが作戦のメインになります。ときには城から出て交戦したりしながら、相手の兵力を減らしつつ、防御施設としての城を巧みに利用しながら時間稼ぎをする。そうこうしているうちに、領内の別の城から味方の軍勢が加勢に来るとか、同盟関係にある別の国の領主が援軍を引き連れてやって来るとかして、敵を追い払う。基本的にはこのような流れになります。
攻める側からすれば、本書で繰り返し述べている通り、勝利の大原則とは「戦いは数である」ということです。いかに多くの兵を揃えて、城を攻めるかがポイントになります。城攻めの場合は、通常の平地で行われる合戦と違って、少なくとも3倍、できれば5倍の兵が必要としばしば言われるところです。
逆に言えば、籠城すれば、たとえ少数の軍勢でも大軍と戦うことができるということになります。
■兵站の問題をクリアした小田原城の工夫
ただ、籠城戦においては実は城内に立て籠って守る側にとっても、大軍を引き連れて城を囲み攻める側にとっても、食料や物資の補給というものが非常に大事になります。いわゆる兵站の問題です。
援軍が来るまでひたすら籠城しても結局、食料や水などが確保できなければ干上がってしまい、降伏せざるを得なくなります。他方、攻める側も連れてきた大軍を食わせなければなりません。籠城戦は得てして長期化しやすいので、やはりそのぶん、兵糧が必要になります。
ところが後北条氏の小田原城は、この兵站の問題をある工夫によってクリアすることができたのです。それは何かというと、普通、城下町というのはお城の外にできるものですが、小田原城の場合、町が丸ごと城の内側にあったのです。たとえ大軍に包囲され補給路を断たれたとしても、城内に町があり、田畑があるわけですから、再生産をすることが可能です。あとは城内の人間たちの士気さえ下がらなければ、味方の後詰めも当てにすることなく、持久戦を続けることができる。つまり非常に籠城に向いた城造りをしていたのです。城郭研究的には、後北条氏の小田原城のような城は「総構え」の城と呼ばれています。
■1万人の兵を1日食わせるだけで225万円もかかる
逆に小田原城を攻める側は、難なく籠城され持久戦に持ち込まれてしまえば、たとえ大軍で包囲してもびくともしないわけですから、非常に攻めるのが難しい。また、長期化すればするほど、逆に攻める側にも兵站の問題が出てきます。それだけの軍勢を食わせるために補給が必要になるわけです。
戦国時代、仮に1万人の軍隊を編成して合戦を行う場合、兵1人当たり「1日3合」の米を食べたとします。これが1万人となると、1日で3万合もの米が必要です。キロ数で換算してみると、1合は約150グラムですから単純に3万をかけると、1日に4500キロもの米を消費することになります。仮に現代の米価格を1キロあたり500円として計算するならば、総計225万円です。
1万人の兵を1日食わせるだけで225万円もかかってしまう。これが長期化する籠城戦の場合、仮に1カ月続いたとしましょう。30日分とすると、兵糧代として6750万円もかかってしまうのです。もちろん、合戦に必要なのは兵糧だけではありません。武器も必要ですし馬も必要です。さまざまな諸経費を考えれば、1万人の軍勢をひと月動かすだけで、現代の価格で1億円以上かかったと思われます。
「軍事は経済である」とも述べましたが、籠城戦が長引けば長引くほど、攻める側にとっても痛手なのです。
■上杉謙信も武田信玄も小田原城攻めに失敗している
このように持久戦・耐久戦に優れた小田原城を攻めるのは、相当な軍事費が必要になるということです。籠城戦になれば、城内で再生産できる小田原城は難攻不落な城になるわけです。
実際に、戦上手で知られた二大戦国武将、上杉謙信と武田信玄もこの小田原城攻めに挑みましたが、いずれも攻めあぐねて撤退しています。
上杉軍は10万、武田軍は3万の大軍を率いて小田原城を攻めました。しかし、守りの鉄壁な小田原城は、包囲して補給路を断ったくらいではびくともしません。逆に城を攻める側の補給が尽きて、退却を余儀なくされるのです。
また、上杉10万、武田3万の軍勢の内実をみるとその大半は農民兵です。彼らの本分は農業なわけですから、田植えや種まきの時期など農民の繁忙期には国元へ帰らなければならない。それをしないと、今度はその年の収穫が期待できなくなるため、兵站どころの問題ではなく、国全体が危ぶまれるわけです。ですから、長期間の城攻めはできないということで、包囲を解いて帰還せざるを得ないのです。
■秀吉は小田原城の目の前に「石垣山城」を築いた
そういう意味では、小田原城を攻めて、籠城戦の末、北条氏を降伏させた豊臣秀吉は、城攻めにおける兵站や補給の問題をよくよくわかっていたと言えるかもしれません。また、小田原城のような籠城戦においては鉄壁な城を攻める際にどこに隙があるのかということもよく見抜いていました。
先ほど「城内の人間たちの士気さえ下がらなければ、持久戦を続けることができる」と述べましたが、まさに秀吉はここを突きました。
秀吉は小田原城の目の前に「石垣山城」という石垣と天守閣のある立派な城を短期間で築きました。あらましができたところで周囲の木を一斉に切り倒し、小田原城内の櫓からよく見えるようにしたのです。
これを見た北条氏側の人間たちは皆一様に呆気に取られてしまった。なぜかというと、当時の関東には石垣を積んだ城や天守閣を持った城など存在しなかったのです。秀吉はここで築城技術の差をとことん見せつけました。
■「士気を下げる」心理作戦が功を奏した
そうなってくると、次第に小田原城内に不安が立ち込めてくるわけです。あんな最新鋭の技術を持った敵に本当に勝てるのだろうかと疑心暗鬼になる。その意味では幕末における黒船来航と同じです。世界にはこんな巨大な蒸気船を建造し、自由に操る国々があるのかと当時の人々は皆腰を抜かした。同じようなことを、このとき、北条氏側の人間たちも思ったことでしょう。このままじゃとても敵わない。開国ならぬ開城しなければ滅ぼされてしまう。このように、籠城する人間たちの士気を低下させるという心理作戦が功を奏し、結局、北条氏の降伏というかたちで、秀吉は小田原城を攻略したのではないかとも言えます。
豊臣政権の技術の粋を凝らした城を見せつけることで秀吉の威厳を示し、相手を圧倒する。これもある意味では城郭を使った統治であり、合戦の仕方と言えるかもしれません。
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東京大学史料編纂所教授
1960年、東京都生まれ。文学博士。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本史料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。
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(東京大学史料編纂所教授 本郷 和人)
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