感情に流される人ほどミスをする…一流アスリートが「鉄のメンタル」を作るためにやっている"シンプル習慣"
プレジデントオンライン / 2022年4月2日 12時15分
2020東京パラリンピック車いすバスケ男子準々決勝で、強豪オーストラリアを破った直後の鳥海連志選手(中央)と、チームメイトの古澤拓也(左)、豊島英(右)の各選手(2021年9月1日) - 写真=長田洋平/アフロスポーツ
※本稿は、鳥海連志『異なれ 東京パラリンピック車いすバスケ銀メダリストの限界を超える思考』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■日本代表のディフェンス力を支えた鳥海選手の「平常心」
長年積んできたメンタルトレーニングによって、僕ら日本代表メンバーは、外的なストレスに振り回されず、常にいつも通りでいられる“しなやかなメンタル”を身につけるように取り組んできた。
日本代表の最大の強みは、相手のやりたいことを5人全員の連携で守るシステマティックなディフェンスだ。常にルールに従って動くことが求められるこのディフェンスでは、テンションやパッション、そして何より冷静さが求められる。
僕らはメンタルトレーニングを通して、ディフェンスに欠かせない「平常心」を身につけたことで、銀メダルという成績を挙げることができたと思っている。
■「いつも通りのテンション」がいい結果を生みだす
僕は“強メンタル”揃いの代表メンバーの中でも、とりわけメンタルが強い選手だと自負している。
緊張しない。
ネガティブにならない。
自己肯定感が高く、何でもできると思っている。
元々の性格を土台に、トレーニングによって上積みされた僕の強みは、東京パラでもしっかり生かされたと振り返っている。
カナダ戦ではコントロール不能な精神状態になってしまったものの、それ以外の試合はいつも通りのメンタルで試合を戦った。予選ラウンドのキーとなった韓国戦も、歴史的快挙と報道されたイギリス戦も、決勝のアメリカ戦も、「やってやるぞ」というような意気込みや、特別な高揚感などは持っていなかった。
「今までやってきたことしかやれない」というマインドで、いつも通り寝て起きて、いつも通りふざけながらウォーミングアップをして、いつも通りのテンションで戦ったのだ。
■平常心を身につければ、焦りも動揺もしなくなる
劣勢になったときやミスがつづいたときも、あせったり動揺したりはしなかった。
初戦のコロンビア戦でトリプルダブル(得点、アシスト、リバウンドの3部門で2ケタ以上の数字を挙げること)を達成したこともあってか、対戦相手は僕の特徴をしっかりスカウティングし、それを踏まえて僕のプレーを抑えにきた。
![湖](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/d/670/img_4db0e8a2c2553e6a887c211ebc84d573480467.jpg)
でも、そういった対策を苦しいとは感じなかった。「僕が目立てば目立つほど、他のメンバーのマークが甘くなって点をとりやすくなる。どんどん僕に注目してくれ」と考え、コートにいる5人全員でゲームを作り上げた。
大会期間中はインスタグラムへの反応が急激に増え、コロンビア戦の後には一気に2000人以上の人がフォローしてくれた。とても驚いたが、それをプレッシャーに感じたり、「もっと活躍してやろう」と思ったりすることはなかった。
また、インスタグラムのメンションや多種メディアでの取り扱いを見てみると、僕がコロンビア戦でやった「バウンドストップ」(ボールを大きくバウンドさせてから車いすを急ブレーキで止める)で相手マークを外し、シュートを決めたプレーがバズっていたようだが、これに関しても自分の中で「やってやったぜ」という感覚はなく、「このプレーで盛り上がってくれたんだ!」と思っただけだった。
■「自分自身のことをよく知ること」が大切
日本代表でメンタルトレーニングを担当する田中ウルヴェ京さんは、「メンタルトレーニングにおいて大切なのは、自分自身のことをよく知ること」と話していた。
自分がどういう人間で、どんなときにイライラしたり落ち込んだりするのかを知っておけば、同じ状況に陥ったときに、「あ、今、イライラしてるな」と冷静に事実を受け止めることができるようになる。
そしてその受け止めが感情に任せた行動を抑止し、いいパフォーマンスを発揮することにつながるのだそうだ。
僕らは「セルフ・トーク」という手法でこれを身につけた。自分や他の選手のイライラした感情に気づいたとき、以下のようなことを自分自身と対話するのだ。
・なぜイライラしているのか
・誰に対してイライラしているのか
・イライラの感情はどうやったらプラスに変わるのか
感情に任せたプレーをしてしまうと、冷静な判断ではないためミスにつながりやすかったり、審判にイライラすることになる。実生活なら、人に傲慢な態度をとる、暴言を吐く、物にあたるといったことになるだろうか。
感情に任せて突っ走っても、いい結果は生まれない。これは、世の中のありとあらゆることに言えることだろう。
■「自己分析」を日常的に行っていた日本代表
メンタルトレーニングの一環で、僕らはひんぱんに自己分析を行っている。
「鳥海連志とは、一体どんな人間か?」
この問いに対して、僕はいくつかの答えを持っている。
・俯瞰した視点を持つようにしている
・二面性がある
・マイペース
・気分屋
・冷めている
ここでは最初の「俯瞰する目」について話したいと思う。
「俯瞰する目」を言い換えると「客観的な視点」。自分のことを客観的に見つめることで、どんな振る舞いをしているか、周囲からどう見られているかを把握することができる。いうなれば、自己分析も自分を俯瞰することのひとつの手法だ。
俯瞰を言語化するとき、「もうひとりの自分がいる」イメージになる。プレイ中は斜め上(ちょうど観客席から見下ろしているような感じ)、プレイを離れたときは真後ろに「もうひとりの僕」がいて、僕を冷静に観察している。
僕がこの視点を持つようになったのは、メンタルトレーニングに取り組み始めた2017年の初め頃から。自分のことを知り、置かれている状況に目を配れるようになったのは僕にとって非常に大きな収穫で、いっそう緻密な戦略や見通しを持ってプレーすることができるようになった。
■斜め上にいる「もうひとりの僕」の効果
東京パラのスタメン入りを目指し、「代表メンバーに自分のことを認めてもらうためにはどうしたらいいか?」というテーマを追求したときにも、とても役立った。
自分とそれぞれの選手とのやり取りを俯瞰する視点から見ることで、相手が求めているものや自分の見られ方、そして自分に足りないものを把握することができ、改善できたからだ。
オールラウンダーとしてプレーする僕は、試合の流れや時間、点数、出場している選手に応じて役割がめまぐるしく変わる。
「このメンバーで出ているときはオフェンスをコントロールしよう」「この選手が入ったら自分で積極的に攻めよう」というように、自分がすべきことが瞬時に判断できるようになったのは、斜め上にいる「もうひとりの僕」の視点を持てるようになった影響が大きいだろう。
僕はあまり自分のパフォーマンスを振り返らないタイプで、試合映像なども基本的に見返さない。これは、俯瞰する目で試合中から自分を客観的に捉え、試合の中である程度自己評価を整理するようにしているからなのかもしれない。
■「勝ちたい」という気持ちは同じでも…
もうひとつ大きな変化だと感じたのは、全体的な視点で状況を考えられるようになり、目の前の試合に必要以上に力が入らなくなったことだ。
![鳥海連志『異なれ 東京パラリンピック車いすバスケ銀メダリストの限界を超える思考』(ワニブックス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/2/200/img_623af7b991bc59db9ba1e3461974ed4b361791.jpg)
今回の東京パラのイギリス戦は、メダルがかかった「ファイナル4で1勝する」という目標を掲げた僕らにとって最も大事な試合だった。直接聞いたわけではないので確かではないが、おそらく大半の選手が「絶対勝つぞ」とか「やってやるぞ!」と意気込んでいただろう。
その中で僕は意気込んではいなかった。「準決勝に残ったアメリカ、イギリス、スペインだと、日本代表の戦略的にイギリスとの相性が一番よさそうだ」と考えていた。
「勝ちたい」という気持ちは同じでも、現実的な将来を見通した捉え方だと自分では思っている。
俯瞰の能力はスポーツに限らず、皆さんの生活の中でも広く役立つものだと思う。僕は、一日の思考の流れや、自分がこだわる物事をノートに書き出すことで徐々にこれを身につけていった。もしよかったら試してほしい。
■「もうひとりの自分がいる」という感覚を持つ
俯瞰のイメージと関連するところがあるのかもしれないが、自己分析の結果の中に「二面性がある」というものもあった。二面性というと少しネガティブな印象があるかもしれないので、「ふたりの自分がいる」と言い換えることにしよう。
車いすバスケに出会って以来、僕は自分の中に両極端な自分が同居しているように感じることがよくある。
あるときは、自分に全然期待していない自分と、自信満々で調子に乗っている自分。
あるときは、空気を読む自分と、あえてそれを壊そうとする自分。
またあるときは、人のために尽くそうとする自分と、自己中心的な自分。
3つ目の「ふたり」を感じたのは、東京パラに向かうにあたって最大の壁となった出来事の最中だった。
前にも少し触れたように、僕は時間を守ることが大の苦手だ。小さい頃からとにかくマイペースで、学生時代は毎朝母に急かされ怒られていても、しょっちゅう遅刻を繰り返していた。
日本代表の活動においてもそれは改善せず、東京パラに向かう合宿中、とうとう仲間たちも我慢できないレベルにまで達してしまった。
いろんな人に迷惑をかけ、不信感を与えてしまったことを大いに反省した僕は、プレー以外でのチームへの貢献度を高めるよう行動した。プレーでもこれまで以上の熱量で取り組み、失った信頼を取り戻すよう心がけた。
■「ブラック鳥海」への声かけで、心のバランスを保つ
練習前後の準備をしながら、自分のことをよく思っていない人もいる中で共同生活を送り、さらにはコミュニケーションをとってプレーする――。いくらメンタルの強さを自覚する僕でも、さすがにこたえる日々を支えてくれたのが、もうひとりの僕だった。
ある日、彼は僕にこう言った。
「このチームはバスケをやるために集まってる集団なんだから、バスケで結果を出せればいいんじゃないの? 誰よりも練習して、誰よりもうまくなって、誰もが納得するくらい圧倒的な存在感を出せよ」
気心の知れた仲間にグチをこぼして、相手がそのグチに対して自分以上に怒ってくれたりすると、逆に毒気が抜かれたような気持ちになることがある。このとき僕は、それをセルフでやっていた。
言うなれば「ブラック鳥海」が心の奥底にくすぶっていた毒を吐き出してくれたことで、僕は前向きな気持ちで行動できるようになったのだ。
「大好きなバスケットをやって、東京パラで戦いたい。そのためには、みんなの信頼を取り戻せるように、しんどくても頑張るしかない」と、明確な意志を強く持ち直すことができた。
相反するふたりを状況に応じて使い分け、自分の機嫌をとる。
「ふたりの自分」は、たぶん僕にとって心のバランスを保つための都合のいい分身なのだろう。でも、僕はそれでいいと思う。
他人が常に、自分の望むタイミングで望む言葉をくれるとは限らない。だったら自分で自分を肯定し、大切にして、精神衛生を保ったほうが絶対にいい。
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1999年生まれ、長崎県出身。パラ神奈川スポーツクラブ在籍。車いすバスケットボール男子日本代表。ポジションはポイントガード。生まれつき両手足に障がいがあり、脛(けい)骨が欠損していた両下肢を3歳の時に切断。2011年に佐世保WBCで車いすバスケットボールを始めると、すぐに九州地方で頭角を現す。17歳でパラリンピック2016年リオ大会に出場。2021年東京大会では、大会MVPに選出される大活躍で、チームを大会史上初の銀メダルに導いた。
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(鳥海 連志)
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