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「中国は民主国家ではない」は本当か…日本人が知らない「儒教と民主主義」の密接な関係

プレジデントオンライン / 2022年4月1日 17時15分

春秋時代の思想家・孟子(前370~前289頃)。「性善説」をとなえ、後世の儒教解釈にも多大な影響をあたえた。

中国の習近平政権が提唱する「中国的民主」とは何なのか。古代から近現代までの中国哲学の歴史を紐解いた『中国哲学史』(中公新書)を刊行した東京大学の中島隆博教授は「中国でイメージされる『民主』は日本人がイメージする民主主義とは異なる。その意味は孟子の思想にまでさかのぼるのでは」という。中国ルポライターの安田峰俊さんが聞いた――。

■中国共産党と「新儒家」

——中島先生の新著『中国哲学史』は、近世以降の中国哲学とキリスト教や西洋哲学との接触・融合や、さらに1949年の中華人民共和国成立後の儒家たちについても、多くの紙幅が割かれている点が特徴です。たとえば、1949年の中華人民共和国の建国後、海外に逃れた儒者とその弟子たちが「新儒家」になりました。

【中島】新儒家は「内聖外王」というスローガンで知られています。この「内聖」とは、自分の内面をととのえて聖人になろうとすること。いっぽう「外王」は、政治的な統治のことです。いわゆる経世済民ですね。

過去の王朝時代であれば、「内聖」と「外王」はどちらも中国的な価値観のなかにあり結びついていたのですが、20世紀になると、そうではなくなります。新儒家たちは儒教的な人間性を高めて「内聖」を追求するいっぽう、新たな「外王」である欧米的な議会制民主主義と科学を、儒教とどう結びつけるかについて模索しました。

——新儒家は各自のアプローチこそ違えど、欧米式の民主主義に親和的で中国共産党体制から距離を置く人がすくなくない印象です。たとえば、昨年8月に逝去した新儒家の歴史家・余英時(よえいじ)(1930〜2021)にしても、天安門事件に抗議し、台湾のヒマワリ学運や香港のデモ活動に理解を示し……と、政治的にはかなり尖った人でした。

【中島】彼らには中国の社会主義化を嫌って拠点を香港・台湾に移した人も多かったですし、また20世紀末になると、冷戦の終結にともなって議会制民主主義が世界的に説得力を持ちました。新儒家たちの思想はこうした時代背景の影響も受けていたことでしょう。

■「共産党の儒教化」を目指す中国人たち

——いっぽう、近年の中国は、西側の社会体制を否定して中国の体制の優位性を強調しています。中国人自身も、すくなくとも中国大陸の住民はその考えを支持する人が多い。つまり、以前とは違い中国的な「外王」が肯定される世の中になってきたのですが、現代の儒家はどういった動きを見せているのでしょうか。

【中島】近年の中国国内では、近代的な新儒家の系譜に属さない、ポスト近代とも言うべきより新しいタイプの儒家が登場しています。2008年に干春松(かんしゅんしょう)(北京大学哲学部教授)が同時代の儒家の分類をおこなったのですが、そのなかではある種の「儒教原理主義」に近いような思想の存在が言及されています。

すなわち、近代的な民主制度は不十分なものであるとして、儒教に基づいた中国独自の政治体制の確立を求めたり、中国共産党を儒教化して儒教を国教化することを求めたりするような考えですね。これらは現在から15年近く前の思想傾向で、今ではやや勢いを失っていますが。

——毛沢東時代までは儒教へのアンチテーゼを主張してきた中国共産党が「儒教化」されるのは皮肉な気もします。ただ、中国共産党は近年、確かに不思議なほど儒教を大事にしているようです。

【中島】欧米の民主主義と科学という近代の「外王」への信頼が揺らぎ、中国は新しい「外王」を自分たちの力で実現できるという考えが強まっている気がします。中国的なデモクラシーと、科学技術や科学思想を備えた、さらに新しい「外王」をつくる。そして、こうした外王にふさわしい「内聖」もつくれるんじゃないかと。

近年、中国共産党が儒家に熱いまなざしを送っているのも、新しい「内聖」をつくる期待ゆえではないでしょうか。2012年8月には「新二十四孝」という親孝行のススメが提唱され、翌年に成立した習近平政権もその学習を呼びかけています。もちろん、こうした風潮に対して批判的な立場もあるのですが、全体的には現在の中国の儒教には、こうした流れがあるとみていいと思います。

「民主はやはり国産のものがいい。なぜ中国式民主は中国の国情に合っているのか」と題された、中国各地の党支部などで使い回すためのパワーポイントのテンプレート表紙。中国のテンプレート配布サイト『辦図網』より
「民主はやはり国産のものがいい。なぜ中国式民主は中国の国情に合っているのか」と題された、中国各地の党支部などで使い回すためのパワーポイントのテンプレート表紙(中国のテンプレート配布サイト『辦図網』より)

■習近平政権の目指す「中国の夢」の元ネタ

——本書『中国哲学史』を通じて、習近平政権のスローガンである「中国夢(ヂョングォモン)」(チャイニーズ・ドリーム)と同じ名前を冠した論文が2006年に刊行されていたことをはじめて知りました。中国社会科学院哲学研究所研究員の趙汀陽(ちょうていよう)の論文「アメリカの夢、欧州の夢、中国の夢」です。

2015年1月24日、上海の大手ニュースメディア『澎湃』に登場した際の趙汀陽
2015年1月24日、上海の大手ニュースメディア『澎湃』に登場した際の趙汀陽(『澎湃』より)

【中島】はい。趙汀陽は前政権の胡錦濤時代に、若い世代に影響を与えたと言われ、胡錦濤政権への思想的影響力も強かった現代哲学者です。彼は日本の竹内好(よしみ)の議論も下敷きにして「方法としての中国」を提唱しました。つまり、中国に本質はない、いかなるイデオロギーにも拘泥せず、水のように柔軟な在り方をするものが中国だと説いたのです。

——2013年までの胡錦濤時代までの中国は思想統制がゆるく、知識人の間でリベラルな議論が好まれる風潮がありました。趙汀陽の主張も、いかにも当時らしい雰囲気を感じます……。しかし、現在の習近平政権の「中国夢」の元ネタが趙汀陽の著書というのは、かなりギャップが大きい気もします。

【中島】「中国夢」という言葉は趙汀陽以降にもしばしば用いられたもので、習近平政権がどれを参照しているかは議論が分かれるところです。趙汀陽の考えについて言うと、現在の習近平政権のような本質主義的な主張はほとんど見られず、逆に「中国の夢」は複雑な矛盾に満ちた夢だと言っています。そして「中国の夢」は、世界に開かれた普遍性を持てるようにしなくてはならないとまで述べています。

趙汀陽は最近では「天下主義」という主張で知られています。世界をとらえる単位として、欧米が発明した近代の国民国家よりも高次の「天下」という広い概念をあらためて想定して、中国がこの天下に普遍的に貢献できないかと考えているのです。

■自己批判性や普遍性が失われた「中国の夢」

——習近平政権では、「中国夢」のほかに「人類運命共同体」という概念も提唱されているので、やはり趙汀陽の主張は習近平政権にも影響を与えているのでしょう。ただ、近年のコロナ発生やウクライナ戦争に際して中国が見せているエゴイスティックな自国中心の姿勢と、趙汀陽が考えた普遍性を持つ天下主義はかなり違う感じがします。

【中島】似て非なるものですよね。趙汀陽の主張とは異なる定式化がなされたと思います。「中国夢」にしても、その夢を抱くはずの中華民族とはいったい誰なのかがよく分かりません。本来の趙汀陽の思想のなかにあった自己批判性や、普遍的に開かれた側面が、もうすこし強調されてほしいと感じます。

——個人的な意見ですが、現在の中国共産党は、対象を中国人に限定すれば、多数の人民を豊かでハッピーにしているのは事実であると思います。ただ問題は”中国人以外”の全人類にとっては、「カネになる」以外の魅力をなにも示せていないこと。中国に欠けているものは普遍性だと指摘した最初の着眼点はよかったのに、なぜ現在のようなことになったのか……。

【中島】これは日本でもあったことでしょう。往年、京都学派の哲学者だった三木清(1897〜1945)がおこなった東亜協同体の議論が、やがて大東亜共栄圏にのみ込まれてしまった例もあります。どの国でも起きることなのです。

■現在の「中国式デモクラシー」の原型は1000年前にさかのぼる

繆昌期(1562〜1626)の肖像画。無錫市の東林書院(https://wxdlsy.com)のホームページ記事より引用。東林書院は明末、政論の中心地だった。
繆昌期(1562〜1626)の肖像画。無錫市の東林書院のホームページ記事より引用。東林書院は明末、政論の中心地だった。

——『中国哲学史』のなかでもうひとつ面白かったのが、明代後期の陽明学右派の思想家・繆昌期(びゅうしょうき)が提唱していた「公論」の思想です。愚夫愚婦(ぐふぐふ)、つまり知識人ではない一般庶民もみんなモノを考えていて公論を持つとした指摘は、当時の中国では非常に革新的でした。ただ、繆昌期はこの公論を取りまとめて政治に反映させるのは、知識人(士大夫(したいふ))という限られた階層であるとも主張していたようです。

【中島】これは中国のデモクラシーを考えるうえでは示唆的な議論です。過去、日本の東洋史学者の内藤湖南(1866~1934)たちは、唐と宋で社会の仕組みがガラッと変わったとする「唐宋変革論」をとなえました。

「唐宋変革論」では、唐までの貴族制が宋以降は崩壊し、皇帝に権力と権威が集中するいっぽうで、ばらばらな個人が登場したとされます。国家と個人が直接結び合う、ある意味でデモクラティックな新しい社会が、中国では1000年前に出現していたわけです。繆昌期の議論は、そんな近世中国の社会において、どうやって民意を政治に反映させるかを説いたものです。

■西洋と中国での「デモクラシー」の違い

——王朝時代の中国は政治体制としては、官僚制に支えられた皇帝の専制体制ですが、いっぽう一般庶民も「公論」を持っていますから、為政者は世論を気にして政治をする。世論をとりまとめて、現実の政治に反映させるのは士大夫の役割である。……こうした繆昌期の世界観は、”士大夫”を”共産党員”に置き換えれば、そのまま現代の中華人民共和国の体制と同じではないでしょうか。

内藤湖南(1866〜1934)。鹿角市先人顕彰館にて安田撮影。
内藤湖南(1866〜1934)。鹿角市先人顕彰館にて安田撮影。

【中島】フランスの政治思想家のトクヴィル(1805~1859)に、当時の新興国であるアメリカを視察した『アメリカのデモクラシー』という著書があります。日本思想史の渡辺浩先生によると、このときトクヴィルは、当時の中国のような「専制的なデモクラシー」を想定し、アメリカが将来それに陥らないようにと考えていたというのですね。

実はデモクラシーと専制主義は相反するものではなく、結びつく形もあります。宋代以降の中国は社会はある意味デモクラティック(平等で民主的)な社会なのですが、西洋的なリベラルデモクラシーとは違うデモクラシーなのです。中国ではそうした「民主主義」が、革命を経た現代でも続いているという見方も可能なわけです。

——王朝時代、地方官僚の評価は具体的な業績よりも「名声」で決まっていましたし、これは現代中国でも通じる部分があると感じます。そういえば内藤湖南も中国が意外なほど「輿論」(世論)に左右される国だと書いていました。

【中島】それこそ繆昌期や、明末清初の思想家・黄宗羲あたりが、中国のそのような政治体制を言語化しています。実は中国は、ある意味ですごくデモクラシーの国なのですが、ただしその形が西洋と大きく違う。近年、中国政府が「中国的民主」という概念を主張する様子は、欧米圏からは冷ややかに見られがちですが、中国自身はこうした歴史を踏まえて主張しているつもりではないでしょうか。

■中国の「民主」は孟子の民本思想が由来

中島隆博『中国哲学史 諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中公新書)
中島隆博『中国哲学史 諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中公新書)

——中国にかかわっていると、横文字の言葉の意味と、中国語の意味のズレを感じます。たとえば「republic」と中国語の「共和」(gòng hé)、「democracy」と中国語の「民主」(mín zhǔ)は、肌感覚としてはかなり違うものを指していそうです。中国人自身は無自覚かもしれませんが、漢語の古典の意味に引きずられているのではないですか。

【中島】そうですね。たとえば「民主」には、孟子の「民本」の考えに引きずられている部分がありそうです。

——孟子の民本はどのような考えでしょうか。

【中島】まず、民本の思想は人民主権ではありません。主権は人民ではなく、それを代理する為政者にある。さきほどの繆昌期の考えとも同じ構造です。あれも孟子の民本からきた発想ですからね。

■中国の「デモクラシーから日本が学べること」

——主権は為政者にあるが、できるだけ民のことを考えてあげなさいというのが民本。まさに中国式の民主主義という感じがします。1989年の六四天安門事件のとき、学生たちが主張していた「民主」のイメージも、実はこれに近いものだったようです。当時の参加者から聞き取りをした印象です。

胡適
中国の伝統思想と西洋思想の橋渡しをおこなった胡適(1891~1962)

【中島】私は今回の『中国哲学史』のなかで、中華民国期の思想家である胡適(こてき)(1891~1962)に何度も言及しました。彼は全面的な西洋化を提唱し、デモクラシーについても徹底的に西洋化しなくてはならないと考えていました。つまり、孟子的な民本とは異なる、リベラルデモクラシーの可能性を徹底的に追求したのです。しかし、それは結局、中国では胡適が望むような仕方では実現しなかったのでしょう。

——もっとも、中国の問題点はもちろん、日本はどうなのかとも考えてしまいます。中国式民主主義は、政権や指導者の批判はNGですが、実は意外と世論が政治に反映される。特に近年の場合、町内会レベルまで張り巡らされた党組織とITを通じて、人民の生活上の問題については非常に細かな課題まで為政者に吸い上げられて、迅速に解決策が出てきています。

【中島】日本の場合、制度上は西洋式なのですが、民の声が政治に反映されている実感は非常に薄いでしょう。中国のほうがデモクラシーがある意味で機能していて、日本のデモクラシーが劣化している可能性すらあります。日本は実質的に人民主権が深められているわけではないし、しかも為政者が民の声を聞かないならば、これは孟子の民本ですらない。中国思想の世界から、日本の社会の課題も見えてくるように思います。

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中島 隆博(なかじま・たかひろ)
東京大学 東洋文化研究所 教授
1964年生まれ。東京大学法学部卒、東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻博士課程中途退学。中国哲学・世界哲学研究者。東京大学大学院総合文化研究科准教授、東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2014年より現職。著書に『ヒューマニティーズ 哲学』(岩波書店)、『共生のプラクシス 国家と宗教』(東京大学出版会)、『悪の哲学 中国哲学の想像力』(筑摩選書)、『思想としての言語』(岩波現代全書)、『中国哲学史 諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中公新書)などがある。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『八九六四 完全版』(角川新書)など。近著は2022年1月26日刊行の『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)。

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(東京大学 東洋文化研究所 教授 中島 隆博、ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)

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