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「業績は断トツの大赤字」それでも格安航空会社ピーチが超強気の路線拡大を続けているワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月3日 12時15分

成田空港で出発準備中のピーチ機 - 筆者撮影

乗客が激減しても強気の路線拡大を続ける航空会社がある。日本で初めてLCC(格安航空会社)として就航したピーチだ。2020年度の旅客数は前年比71%減ったが、同年から14の国内路線を開設した。その狙いはどこにあるのか。航空ジャーナリストの北島幸司さんが取材した――。

■2020年1月以降で14路線を新規開設

ANAホールディングス(ANAHD)傘下のピーチアビエーション(以下ピーチ)は、LCCとして10年前に就航を開始したエアラインだ。コロナ禍で乗客が激減する中、航空会社はこぞって大赤字を出し、同社も例外ではなかった。

しかし、ピーチだけはこの逆風の中でも強気だ。2012年から2019年末までの8年間、22路線を開設した。新型コロナの感染が広がった2020年からも路線拡大を続け、新たに14の路線を開いた(図表1)。

路線別輸送実績
ピーチの2020年度安全報告書を基に筆者作成

この間、路線開設を行ったのは日系エアラインの中では同社だけだ。例えば、JAL系のLCCであるジェットスタージャパンはコロナ禍以降に新規路線の開設はなかった。それどころか2020年の10月末のスケジュールから6路線の運休で絞り込みを行っている。

航空会社にとって路線はまさに「資産」だ。収益を生み出す金の卵と言っていい。一方で、それに応じて航空機を保有し人材を確保することになり、コロナ禍のようなイベントリスクが発生した時は重たい負債に転じる恐れがある。

実際に、航空会社の規模を示す輸送力を見てみると、2020年の有償旅客キロベースでピーチの24億RPKは2019年比最大下落率-74%を記録した。同規模のエアラインであるジェットスタージャパンの20億RPKで-52%、スカイマークの31億RPKで-61%の数字と比較して3社の中で最大の落ち込みを記録した。

業績では、2021年3月期決算での最終赤字は295億円になり、ジェットスタージャパン206億円(2021年6月決算)、スカイマーク163億円と比べ3社の中で一番赤字額が大きい。

この点からも、路線拡大は航空会社にとって「諸刃の剣」だということが分かる。

だが、それでもピーチはなぜ、コロナ禍でも強気の路線拡大を続けているのか――。本稿ではピーチの担当者へのインタビューを通じて、その謎を紐解いていきたい。

■本当に「強気」なのか

ピーチは2019年、ANA傘下のバニラエアと統合した。2020年には独立系として再就航したエアアジアジャパンが事業停止になった。バニラエアは成田空港、エアアジアは中部国際空港を拠点とする航空会社で、ピーチは継続利用の顧客を囲い込むためにも同社の路線も組み込むことになった。

「なんだ、統合や事業停止で路線数が増えただけではないか」という読者の声が聞こえてきそうだが、実際はそう単純なものではない。

これらの理由があったとしても、先の見えないコロナ禍で拡大基調を続けていくには大胆な経営判断があったと思える。筆者はピーチの経営企画部部長、福島志幸氏に「なぜピーチは強気なのか?」と尋ねてみた。

「大きくは2つの理由があります。1つ目はコロナ禍において国際線の運航ができずインバウンド需要がなくなり、この資源を国内線に振り向けました。2つ目は、地方創生です。コロナ禍において働き方が変わり、地方の役割は今まで以上に重要になっています。日本全国、津々浦々の隠れた魅力を引き出して大都市と結びつけることは、将来にわたっての弊社の大命題でもあると思っています」とのことだ。

コロナ禍明けの事業再拡大においてインバウンドが回復した時に搭乗客を日本国内へくまなく送客するのに国内線を拡充することが大事だという読みになったと言える。

那覇空港で出発準備中のピーチ機
筆者撮影
那覇空港で出発準備中のピーチ機 - 筆者撮影

対外的な理由の他に社内の事情によるところがないのか聞いてみた。

「バニラエアと統合したタイミングがまさにコロナ禍始まる直前の2019年11月でした。成田空港を拠点としていた会社ですので、統合後に新規路線を整理するにあたってピーチが拠点とする関西空港で既に就航している目的地とつなぐことを優先してきました。これにより、全くの新規で就航する時に比べて拠点開設のコストを抑えることができます。また、社員の雇用を守ることからも新規開拓の必要性があると思いました」

統合で一気に事業拡大を想定したが、コロナ禍で方向転換を行った結果なのだ。

■「LCCの常識外れ」新千歳―那覇の新規就航

筆者が、ピーチが強気であると断言するのは路線そのものにも表れている。「LCCの常識外れ」と言える、新千歳―那覇路線の新規開設が象徴的だ。

ピーチ広報室課長代理の長谷川遥氏にこの路線の開設理由を聞くと、「2つの異なる風土や文化の違いを結ぼうと考えました。両地区の避暑や避寒で、年間を通しての利用が望めることも大きいです。この路線はANAも飛んでいますが、同社から移管された路線ではなく、当社が独自に開設したものです」と聞かせてくれた。

新たな需要を開拓する実験的路線と言ってもいい。試しに飛んでみたら、案外利用客がいたという結果が導き出されたと想定される。それが証拠にコロナ禍でも運休せずに毎日1往復が継続して飛んでいる。

LCCとは本来、需要の見込める都市間の高頻度輸送で成り立つビジネスモデルだ。そして、格安運賃を提供するために複数空港のある大都市では一般的に不便と言われる中心部から距離のある第2空港を使う。また、大量一括輸送ではなく、比較的小型の航空機で頻度が高く、利便性を上げて利用者を誘引するのがセオリーとなる。

那覇空港で見送りを受けて出発へ
筆者撮影
那覇空港で見送りを受けて出発へ - 筆者撮影

■新規路線を作る余裕はないはずだが…

コロナ禍で軒並み乗客が減少し、特に2020年度の決算は航空会社にとって目を覆いたくなるような大赤字が並んだ。ピーチは2020年度の旅客数は208万人にまで落ち込んでいる。2019年度の728万人に比べて実にマイナス71%になる。ピーチには常識外れのような新規路線を飛ばしている余裕はないはずだ。

確かに、緊急事態宣言の発出や感染者数が急増する状況下では乗客数は激減した。だが、2021年秋のように感染状況が落ち着けば乗客はすぐに戻ってきた。2021年度の第3四半期で292万人の数字は2020年度同期の158万人に比べて85%旅客数は増えている。

経営企画部部長の福島志幸氏は、こう答えてくれた。

「当初はコロナ禍の収束を予測してインバウンド用に新規就航を決めましたが、このように長期になるのは予想外でした。余裕はないけれど、路線縮小を判断するのは経営上も否定的です。なぜなら需要は必ず戻る。路線を供給すれば需要が生まれる。われわれは低運賃だから乗ってくれる需要層をつかんでいます。もともと乗り継ぎで利用されていた層が一定数おり、低運賃の直行便を用意したことでの流入を想定していました」

実際、3月中旬に新千歳空港の那覇行きの搭乗待合室で12組の乗客から話を聞くと、福島氏の見解が決して的外れではないことが分かる。

特徴的な利用者をご紹介したい。沖縄在住15年になる60歳代男性は、北海道の実家で入退院を繰り返す父の面倒を見に年に3回は利用する。容体の急変による急な手配が多く、直前ではANAの運賃に比べて数分の1となるピーチ利用は必須だと言う。

北海道在住の30歳代女性は、沖縄にいる交際相手に会いに行くと言う。毎月交代で行き来しており、「国内最大の遠距離恋愛を実践しています」と笑顔で話をしてくれた。

70歳代のご夫婦は札幌市に在住し、那覇との2拠点生活を実践する。1カ月に1回ペースで那覇に行き、賃貸マンションに滞在する。冬場の12月~2月は長期で那覇に住む生活を6年続けているという。ピーチを使えば札幌市内から根室に向かうより沖縄へ行く方が安く、知っている人は実践していると言う。

新千歳—那覇線の機内。乗車率は88%に達し、客室乗務員はあわただしい
筆者撮影
新千歳—那覇線の機内。乗車率は88%に達し、客室乗務員はあわただしい - 筆者撮影

■ビジネス客は極少、それでも搭乗率は88%の異様

筆者は3月中旬、新千歳から那覇行きの便に搭乗してみた。この便は180人乗りの機内に158人の乗客がいた。搭乗率は88%に達する。

Wi-Fiは未装備だが機内デジタルサービスでドラマやアニメなどの動画を見ることができるし、フライトマップで現在位置がわかる。海上が多い機窓だが、中国地方と九州ではマップと照らし合わせて地上を眺めることができる。本州を縦断し一気に南下する飛行ルートが新鮮で飛行時間は早く過ぎた。

同路線の客室乗務員にも話を聞いた。この路線は、沖縄を拠点とする客室乗務員が担当するとのことで、週1回は同じ路線を乗務する。飛行時間が長いことから乗客とコミュニケーションをとることができる。北海道での沖縄物産店の展開を目指すビジネスマンや、沖縄で個展を開く北海道の画家など機内で会う固定客もいるという。

新千歳ー那覇線を担当する客室乗務員
筆者撮影
新千歳ー那覇線を担当する客室乗務員 - 筆者撮影

これら搭乗者のインタビューからは、インバウンドを迎える前から日本人の移動に使われているということがわかる。手の届く運賃であれば、利用者は必ず存在するという見本のような路線だった。遠くて普段会いづらい人たちを結びつける役目も果たしていた。

■低運賃だからこそ、需要を取り込めるという自信

ピーチが路線拡大という強気の戦略を採るのは、コロナ禍は必ず収まるという希望的な観測が前提にあるように感じる。ただ、コロナ禍であっても格安であるがゆえに移動需要の取り込みや掘り起こしを実現させるという自信がピーチにはある。

確かに感染爆発で一時的に乗客は激減し、ピーチは苦境に立たされた。だが、感染状況が一段落すれば需要の回復も早い。格安だからこそ、その変動もまた大きいのだ。コロナ禍が過ぎ去るのをじっと待つだけでなく、こうした需要を取りこぼさないこともピーチが積極姿勢でいる理由になっていると感じる。

ピーチは今年3月、就航開始から10年を迎えた。すなわち日本のLCCの歴史は10年にすぎない。世界で歴史あるLCCは創業から50年を超えたが、日本はまだ市場に受け入れられたばかりだ。有償旅客キロでの日本のLCC3社(ピーチ、ジェットスター、スプリング)のシェアは13%。各国平均の30~50%までにはまだまだ遠い。逆に言えば、伸びしろがあるということだ。

中・長距離LCCではJAL系ZIP Airに加え2023年下期にはANA系の第3ブランドAir Japanが就航し、国際線で新たな競争が始まる。20周年に向けて近距離から長距離まで全ての路線をカバーする和製LCCの役者が出そろった。LCCがコロナ後の航空需要を牽引することになる。

ピーチが進めた路線拡充という種は、コロナ禍で小さな芽を出している。コロナ後に一気に花を咲かせ、実を結ぶことになるだろう。

気兼ねなく飛行機に乗って旅行できる日が待ち遠しい。

ピーチ機から眺める那覇市内
筆者撮影
ピーチ機から眺める那覇市内 - 筆者撮影

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北島 幸司(きたじま・こうじ)
航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。

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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)

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