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環境省は2021年に観測を終了…国内で唯一の「花粉の自動計測」を続ける民間企業の意地

プレジデントオンライン / 2022年4月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kororokerokero

環境省が花粉の観測を終了したことにより、全国で大々的に観測を続けるのはウェザーニューズだけになった。この時期多くの日本人を悩ます「花粉症」の花粉量や飛散時期はどのように予報されているのか。ライターの村上敬さんが取材した――。

■3月ごろから多くの日本人を悩ます花粉の飛散

3月はまさに花粉シーズン。症状の出方や程度は人それぞれだが、早く春が終わってほしいと願っている人は多いだろう。民間気象会社の株式会社ウェザーニューズの最新予報(2月27日)によると、関東では3月下旬にかけてスギ花粉の飛散ピークになるという。

スギ花粉がピークを越えても苦難は続く。入れ替われるようにヒノキ花粉の飛散が増えて、3月下旬から4月下旬にかけて西日本や東日本を中心にヒノキ花粉の飛散ピークを迎える。

今年の花粉の飛散量はどうか。予報(2月21日)によると、前年と比べて北日本、東日本はやや多めで、西日本は少なめ。だが、平年比(過去10年)では、西日本も例年並みとのことだ。今年もしっかりとした対策が必要だ。

■花粉量や時期に影響するのは気温や風

「実は毎年の飛散量については、前年の夏の段階である程度わかってます」

ウェザーニューズ予報センターの森田清輝氏はこう解説する。

「スギの雄花は夏に形成されます。晴れて暑い日が多くなるほど形成されやすく、翌春の花粉の量が増えます。また、コメの豊作凶作のようにスギにも当たり年と外れ年があり、花粉の量が多かった年の翌年は逆に少なくなる。それらのデータから、だいたいの飛散量がわかります」

発生源での花粉量がわかっても、花粉の飛散開始時期や拡散エリアまではわからない。詳細な予報には気象データとシミュレーション技術が必要だが、ここはウェザーニューズの得意分野だ。スギは冬の間、休眠する。目覚めた後に暖かい日が多くなると飛散開始が早まる。その後のシミュレーションに影響するのは風だ。

「火山が噴火すると、火山灰に含まれるガラスが飛行機のエンジンに付着して事故を引き起こすおそれがあります。私たちは細かい粒が風に乗ってどこまで拡散するのかというシミュレーションを長年研究してきました。その技術を花粉に応用しています」

■スギとヒノキの花粉は見分けがつきにくい

実際の花粉量も観測している。同社は、自社開発した球状の「ポールンロボ」をサポーターの家屋など日本全国約1000カ所に設置している。ロボはファンで空気を吸い込み、吸引した空気にレーザーを照射。その反射から粒の大きさや凹凸度を観測する。砂やホコリと花粉は大きさや凹凸度が異なるため、実際に飛んでいるおおよその花粉量を計測できる。

「現在、ポールンロボはスギとヒノキ、北海道でシラカバをターゲットに観測しています。実はスギとヒノキは大きさや凹凸度が似ていて、ロボでは見分けがつきません。ただ、飛散時期が異なるので、それで区別しています」

ウェザーニューズが全国に設置しているポールンロボ
写真提供=ウェザーニューズ
ウェザーニューズが全国に設置しているポールンロボ - 写真提供=ウェザーニューズ

ウェザーニューズの予報がユニークなのは、気象データだけでなく、サポーターと呼ばれる、自分がいる場所の天候を共有する会員から症状の情報も加味している点だろう。

「同じエリアでも、風向きや気温などの気象条件によって花粉の感じ方が異なります。それを考慮することで、時間単位などのより詳細な花粉予報が可能になります」

冒頭に紹介した今年の花粉予報も、こうしたさまざまなデータとシミュレーション技術によって導かれているわけだ。

■毎年のように花粉が増え続けている理由

今年も花粉は例年並みに多いが、長期ではどうなのか。東京都花粉症対策検討委員会のデータによると、東京都の花粉量は年によってバラツキがあるものの、過去10年平均で見ると緩やかに上昇を続けている。2019年時点の過去10年平均は、1994年時点と比べて2倍以上だ。毎年のように、「今年は花粉がひどい」「いままで平気だったのに急に花粉症になった」という会話が飛び交っているのも納得だ。

花粉が増えている原因の一つは、植林だ。1950年代、戦後の混乱から脱しつつあった日本では、住宅建築用材として木材の需要が増大した。伐採された跡地には、早期に森林を回復する観点から成長が早いスギやヒノキなどの針葉樹が植えられた。ピークは1950年代後半から1970年で、毎年35万~40万ヘクタールの植林が実施され、いまでは日本の森林のうち人工林の41%、そのうちスギが44%、ヒノキが25%を占めるまでになった(林野庁「森林資源の現況」平成29年3月31日現在)。

上向きの矢印と成長チャート
写真=iStock.com/alexsl
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alexsl

スギは、樹齢25~30年から花粉を本格的に飛散するようになる。1960年代に植えられたスギ版「団塊の世代」とでも呼ぶべき木々たちは、1980年代後半から1990年代に花粉を飛ばし始めた。団塊の世代は元気で、いまも旺盛に花粉を飛ばし続けている。大人になったスギが累積してきたことで、中長期的に花粉は増加トレンドにあるわけだ。

■花粉の少ない品種への植え替えが進むも…

行政も、この状況に無策だったわけではない。新たに植林するスギ苗木を花粉の少ない品種に切り替える支援策を進めている。ただ、2018年で花粉の少ない苗木のシェアは51.8%にすぎない。しかも、新世代のスギが大人になるのはずっと先の話。当面は、スギ花粉の飛散量が減少トレンドに入ることはないだろう。

さらに気になる要因がもう一つある。地球温暖化だ。前出のとおり、前年の夏の気温が高いほど雄花が形成されて花粉量が増える傾向にある。温暖化で猛暑が増えれば花粉が増えると考えるのが道理である。森田氏は、言葉を選びながらこう話してくれた。

「予測をしている立場として、温暖化が影響している現場感覚はあります。ただ、解析値と他のデータを突き合わせてみないと、正確な分析は難しい。いま花粉側の解析値を出し始めたところなので、これから明らかになるかもしれません」

■花粉が気になる人のコロナ禍の換気方法

中長期的に花粉は減ることは考えにくいが、希望の光もある。花粉予報技術の向上により、以前より花粉から身を守りやすくなっている。

ウェザーニューズは、より精緻な花粉観測・予測データを企業に販売している。企業はそれらを活用した花粉対策商品を展開している。たとえばパナソニックは、空気清浄機を花粉・PM2.5の飛散予測データと連携。室内に花粉が流入しやすい時間帯を予測して運転を開始する「AI先読み空気清浄」機能を開発した。

個人でも対策をしやすくなった。ウェザーニューズのスマホ向けアプリでは、時間ごとの花粉予報を無料で見ることができる。森田氏は語る。

「アプリで、1時間ごとのピンポイント花粉予報を提供しています。コロナ対策で室内の換気が求められていますが、1時間単位の予報を見れば、花粉の少ない時間帯を狙って換気をすることもできます」

■「スギやヒノキ以外の花粉も検出できるようにしたい」

花粉予報がビジネスとして成り立つかどうかは、非常に重要な論点だ。環境省は、2002年から花粉観測システム「はなこさん」を運用してきたが、2021年に観測を終了してしまった。その結果、現在、国内で花粉の自動計測を行うシステムは、ウェザーニューズ「ポールンロボ」だけになった。もし同社の花粉予報事業が立ち行かなくなれば、花粉の研究や花粉対策産業にとって大きな痛手になる。

現状ではビジネスとして成り立っているのか。森田氏は、「ようやくトントンのところまできた」と明かす。

「ポールンロボの初代機は2005年。当初は企画イベント用に開発して、事業化を狙ったものではありませんでした。花粉情報のニーズの高まりを感じて本腰を入れ始めたのは2007年の3代目から。3代目は発泡スチロール製で、静電気で花粉がくっついて大失敗でした(笑)。2009年の4代目からまともに観測ができるようになり、ビジネスとしても本格的に展開。採算が取れるようになったのは、本当にごく最近です」

環境省「はなこさん」撤退で企業からの引き合いは増えているというが、「追い風になったうれしさより、うちはもう撤退できないというプレッシャーのほうが大きい」と気を引き締める。もっとも、「今のところ花粉観測の事業から撤退する予定は全くありません」とのことだ。

春爛漫の季節、花の咲く木の下でくしゃみをする女性
写真=iStock.com/RealPeopleGroup
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RealPeopleGroup

「今後はスギやヒノキ、シラカバ以外の花粉を観測できるように開発を進めます。そうすれば、別の花粉アレルギーが主流の中国や韓国でも展開できるかもしれない。まだ私の願望の段階ですが、ビジネスとして軌道に乗せて、より多くの人のお役に立てるようにしたい」

スギの世代交代が本格的に進む数十年先まで、おそらくスギ花粉の抑制は望めない。となれば、人間側の守りを固めるしかない。いま育ちつつある花粉ビジネスの生態系をきちんと維持できるかどうか。そこに花粉症の未来がかかっているといって過言ではないだろう。

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。

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(ジャーナリスト 村上 敬)

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