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「日本のことは大好きだけれど…」親日の台湾人が福島県産農産物をいまだに敬遠するワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月1日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gentaro Tanaka

東日本大震災から11年経った2022年、台湾がようやく福島とその近郊で採れた農作物の輸入解禁を発表した。これに対して「日本好き」で知られる台湾人はどう感じているのか。ライターの神田桂一さんが台湾人の本音を取材した――。

■台湾が福島など5県の食品輸入を解禁

日本に対して好意的だと言われる台湾が、また日本にとって有り難いニュースを届けてくれた。

台湾当局(民進党)が2月21日、同日付で、福島県産など5県産の食品輸入の禁止措置を解除すると発表した。福島県以外は、茨城、栃木、群馬、千葉が、これに当たる。

日本の農林水産物・食品の輸出額はここ数年で飛躍的な成長を遂げており、2021年には初めて1兆円を突破した。2020年に策定された食料・農業・農村基本計画によると、政府は2025年までに食品の輸出額を2兆円、2030年には5兆円とする目標を掲げており、今回の禁輸解除が目標達成の大きな足掛かりになるのは間違いないだろう。

とはいえ、親日というだけで、全ての台湾の一般市民がこの禁輸解禁措置に手放しで喜んでいるとは思えない。

また、台湾では現政権を握る民進党と野党・国民党の二大政党がしのぎを削っている。

現地に暮らすさまざまなキャリアや政治信条を持つ台湾人の知人に話を聞いてみると、現在の台湾の置かれた立ち位置や、日本産の農産物への認識の違いなどが明らかになった。

■「国が好きなことと自分の健康とは別問題」

「うーん。私はたぶん、買いませんし、そこが産地の食材を出しているレストランでは食事しません。日本の文化や日本人は好きだけど、それと健康は別問題だと思います」

とあるアパレルメーカーに勤める30代の台湾人女性はこう口にした。

「国際基準の検査をクリアしていると言っても、やっぱりどこか理屈ではない不安は残ります。それが人間ってものですよね。残念ですが、私は今回の政府の方針には反対です」

彼女の口ぶりは終始日本食に対して消極的で、そこからは日本の行政への不信感が透けて見えた。

彼女は台湾在住ながらも、安倍政権時代の森友学園問題や公文書改竄などの諸問題は台湾にも届いており、日本の国家としての信頼は下がったという。いくら検査をしていて安全と言い募っても、その検査自体が信頼できないと言われれば、返す言葉はない。

福島県近郊の農作物の輸入解禁は、国際基準で安全範囲をクリアしたものについては、欧米などは早くから解禁に動いていたが、台湾を含む東アジアでは、根強く輸入禁止措置が取られており、今回の台湾の動きはその状況に風穴を開ける第一歩と言えるだろう。ただし、放射能の検査報告書や、産地証明書の添付、野生の動物やきのこなどは引き続き輸入を認めないなど、完全な撤廃ではないことには留意したい。

台湾と日本のパートナーシップ
写真=iStock.com/DorSteffen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DorSteffen

■輸入解禁の裏に潜む台湾のTPP加入の思惑

2011年の東京電力福島第一原発事故後から実施されていたこの措置が解除された裏には、21年9月に加盟申請した環太平洋パートナーシップ(TPP)協定加盟に弾みをつけたいという台湾側の思惑もあるようだ。

TPP加盟を巡って争っている中国は台湾のこの措置に、「中国は原発事故後から放射能に汚染された日本の食品の輸入規制を強化してきた。一方、民進党(民主進歩党)が行ったことは、台湾同胞の生命と健康に関わる問題で、多くの同胞たちの目はごまかすことはできないだろう」とただちに批判する声明を出した。

台湾内でも親中の野党・国民党の議員たちは、国民の健康や命を犠牲にするのかと批判の大合唱を始めており、政争の火種にしようと躍起だ。

では、台湾はなぜ中国がTPPの参加申請をした直後に、時同じくしてTPP参加申請をしたのか。これについては、まず、中国を牽制する意味合いがあり(中国の思い通りには動かないぞという意思表示)、また、経済的に、脱中国モデルの模索がある。

現在の台湾と中国の関係は冷え切っており、台湾は経済的に中国に依存しないでやっていくモデルを見つける必要性にかられている。TPPに参加することで、本格的に脱中国に舵を切るつもりなのだ。

TPPに参加するためには、食品の輸入規制は科学的な根拠が必要とされており、台湾はこれまでの「非科学的」な制限を撤廃し、TPP加入への意欲を見せている。

翻って、中国。TPPの参加国には、中国との関係が冷え切っている国も多い。にもかかわらず、中国が表明したのには、中国はTPP不参加のアメリカに対して、新しい軸を提示して牽制し、TPP参加国の動きを試す意図があるからだ。

■「福島の生産現場を知らない台湾人は不安だと思う」

20代の出版社に勤める女性は、冒頭の女性とは正反対の意見だった。

「私は大丈夫だと思っていますが、周りの友達はやはり食べたくないと言っています。ちなみに全員民進党支持者です。たぶん、その原因は作っているところを見たことがないから不安なんだと思います」

台湾では、蔡英文総統率いる与党民進党と、親中路線を掲げる野党国民党の二大政党で成り立っている。民進党を支持する人はリベラルな若者が中心で、国民党は保守的な高齢者や、中国と取引している経営者層が多い。そのため、国民党支持者は親中的な傾向が強く、今回の禁輸措置解禁についても否定的な人が多いのだ。

この女性は以前、日本で暮らしていたことがあった。彼女の住んでいた京都のスーパーでは、福島県産の野菜が大量に売れ残っていたという。怖いのは日本人も同じだということだろうか。

彼女は「でも……」と続きを話し始めた。

「私は、福島に行って、農家で、作業しているかたと話をしたり、作物を作っているところを見せてもらったりしました。そこで食べたご飯はとてもおいしかったです。今の時代、本当に安全なものなんて無理だと思います。だから農家のかたが心を込めて作ったものを見たものとして、私は大丈夫だと思って食べることにします」

この女性は、普段、日本の文化を特集する雑誌の編集者をしている日本通である。そんな彼女の周りでも、食べたくないと思っている人がいるのには、やはり放射能というものの恐ろしさ、放射能というものを人間がいかに恐ろしいものだと捉えているかを実感する。

一方で、この女性のように、実際に福島の農作物の現場を知る人であれば、安心して食べることができるのである。

■「輸入禁止してきたこれまでが誤りだった」

また、別の40代のウェブデザイナーの女性は次のように語った。

「(輸入解禁になって)よかったと思う。反対している人はほとんど国民党支持者の人たちだよ。台湾がTPPに参加したいなら、福島県産を含む5県の食品輸入は必要なことだと思う。あと科学的にも、それらの食品は、国際基準の安全範囲内だから、そもそも輸入禁止だったのが間違っている。だから私は何の問題もないと思う。安心して食べるつもりだよ」

私には、この女性が一番客観的で冷静な意見を言っているように思えた。ただ、頭でわかっていても体が拒否する場合もあるので、この女性が本当に食べられるのかどうかは、口にしてみないとわからないとも感じた。

と、ここまで3人の女性たちに意見を聞いたが、語られる角度も実に多種多様で賛否両論だった。しかし、頭ごなしに反対! 食べません! という意見が連続して出てこなかったところに、日本という国に非常に好意的である台湾らしさを感じないわけにはいかなかった。

■日本食に対する台湾人の印象とは

では、そもそも、台湾人は日本の作物や食べ物にどういったイメージや距離感を抱いていたのだろうか。ある50代の主婦はこう答える。

「日本の作物やフルーツなどはおいしいと評判で大人気ですよ。でも、日本と違うところをあえて言うと、私たちは、あまりブランドにこだわらないです。日本は、米や牛肉なんかに細かくブランドがあって、それによって値段が全然違うじゃないですか。台湾にもブランド牛とかはあるにはあるんですけど、そこまで人気がありません。誰も気にしないから。だから、普通の日本産という名前だけでみんなおいしいということで人気があります。でも、福島での原発事故以降、イメージは確かに落ちました。それは仕方のないことだと思います。でも、基準値をクリアしているなら、またお客さんは戻ると思います。台湾人は日本人を信頼してますから。だから今回の解禁の措置を私は嬉しく思います」

■台湾人に安心して日本食を食べてもらえる努力の継続を

では、台湾にある日本食のレストランはどうだろう。近年、日本のチェーン店の台湾進出が勢いを増しているが、現地の利用者にはどんなイメージを持たれているのだろう。

台北市の街並み
写真=iStock.com/Sean3810
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sean3810

台湾でも、日本食は人気で、日本でチェーン展開している吉野家ややよい軒など、日本では庶民的でリーズナブルな価格帯の店をよく見かける。だが、台湾の一般市民に取材したところ、それらは、意外と高級な店というイメージを持たれている。たまのご馳走で行く店という位置づけらしい。それは価格帯にも反映されていて、やよい軒などはだいたいどのメニューも300台湾元(約1200円)するそうだ。

日本で牛丼が500円前後で販売されていることを考えると、これを日本に当てはめると、「毎日通うには少し高い」といった感じだろうか。

だが、これはチェーン店企業の戦略で、高級路線をあえて狙っているともとれる。しかし、これも福島の原発事故以降、イメージは確実に低下した。原発事故後に筆者も何度も台湾を訪れているが、イメージ悪化などで、顧客も離れていったように見えた。素材に日本産のものを使っていなくても、なんとなく客足は遠のくものである。

今回の措置で、客足が戻るといいのだが……。

結論としては、台湾の人が輸入解禁してくれて、無邪気に喜んでいないで、日本は、国としての信頼回復に一刻も早く努めるべきだろう。例えば、台湾の人を福島の農家に招待する無料ツアーを定期的に企画するなど、どうやったら安心して食べてもらえるか、常に考え続けることが重要だ。それが、本当に台湾人がおいしく、安心して日本の農作物を食べてくれることに一歩一歩近づくことになり、ひいては国家間の信頼関係の回復にも影響を与えるのだ。

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神田 桂一(かんだ・けいいち)
フリーライター
1978年、大阪生まれ。写真週刊誌『FLASH』記者、『マンスリーよしもとプラス』編集を経て、海外放浪の旅へ。帰国後『ニコニコニュース』編集記者として活動し、のちにフリーランスとなる。。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(菊池良との共著、宝島社)、『おーい、丼』(ちくま文庫編集部編、ちくま文庫)、『台湾対抗文化紀行』(晶文社)。マンガ原作に『めぞん文豪』(菊池良との共著、河尻みつる作画、少年画報社。『ヤングキング』連載中)

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(フリーライター 神田 桂一)

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