飼い主の半数超は「やりたくない」…それでも犬猫へのマイクロチップ埋め込みが義務化されるワケ
プレジデントオンライン / 2022年4月2日 10時15分
■東日本大震災では多くのペットが離れ離れに
2022年6月1日から、ペットショップやブリーダーといった第一種動物取扱業者が取り扱う犬や猫へのマイクロチップ装着の義務化がスタートします。
犬や猫が生後120日齢になるまで(それ以前に他者に譲渡する場合は譲渡前まで)に装着し、指定登録機関へ所有者登録を行うことも義務付けられます。そのため、ペットショップなどからマイクロチップを装着した犬や猫を迎え入れた場合には、飼い主が所有者変更の届け出を行う義務が生じます。
また、既に犬や猫を所有している飼い主には、動物愛護法の「動物の所有者は動物が自己の所有に係るものであることを明示する措置をとる」という観点から、マイクロチップの装着は「努力義務」と位置付けられています。新たに犬や猫を拾ったり、マイクロチップを装着していない犬や猫を譲り受けた場合も同様となります。
マイクロチップが注目され始めたのは、東日本大震災の後からです。多くの犬や猫が飼い主と離れ離れになり、自治体などに保護されました。迷子札や鑑札、狂犬病の注射済票を首輪に付けていた場合は100%飼い主が判明しましたが、首輪のみや首輪が外れてしまった場合は困難を極め、飼い主が判明することはほぼありませんでした。もしマイクロチップの装着がなされていたら、より多くの犬や猫が飼い主と再会できたことでしょう。
マイクロチップの義務化は、そのような災害時はもちろん、平常時の迷子や盗難、事故に遭ったりしたとき、身元を速やかに証明することを目的としています。つまり「もしもの時に役に立つ」というものです。
■山中や動物園前に遺棄される犬や猫たち
また、犬や猫など動物を巡る社会問題でもある「飼育放棄」や「遺棄」などを未然に防ぐという効力も期待されています。後述するように、全国の保健所などに引き取られる犬と猫は年間7万頭以上に上り、そのうち2万頭以上が殺処分されています。
2013年9月に施行された改正動物愛護法では、自治体が業者から犬や猫の引き取りを求められても拒否できると明記されました。しかし、その改正があだとなり、2014年には全国の山中などに大量に犬が遺棄される事態となりました。いずれも人気種の成犬で、繁殖に使えなくなり業者が捨てた疑いが指摘されています。
また、2018年11月に11頭、2019年4月に9頭と宇都宮動物園の関係者出入口前にレトリーバー系の子犬が遺棄され、こちらも業者が捨てた疑いが指摘されています。そして、2020年8月には、千葉県習志野市のショッピングモール内の猫カフェ前に、子猫2頭がキャリーバッグに入れられた状態で置き去りにされました。一般の飼い主によって捨てられたと指摘されています。
そして、日本がペット先進国である欧米に追いつくためには、マイクロチップ装着の義務化は必須であったとの見解もあります。そのようないくつかの理由から2019年に動物愛護法を改正し、義務化に至ったのです。
■義務化について知らない人は76%にも上る
マイクロチップが日本に入ってきたのは1997年で、2002年頃からその普及活動が始まりました。2004年には、犬や猫などの動物を輸入する際のチップの埋め込みが義務化。2005年には「特定外来生物」や「特定動物(危険動物)」への個体識別措置として義務化されました。
当初は一般の飼い主への認知度は低く、装着もわずかでした。環境省のマイクロチップ義務化に関する資料によると、2005年の公益社団法人日本獣医師会のマイクロチップ登録制度(AIPO)の登録数は、犬と猫を合わせて約1万件でした。その後、2010年には約45万件、2022年3月時点では約281万件と着々と登録数が増えています。今後は義務化に伴い、ますます登録数が増えていくだろうと予想されています。
しかしながら、日本トレンドリサーチを運営する株式会社NEXER(ネクサー)が、2021年12月28日~2022年1月12日に全国男女計2000名を対象に「犬猫のマイクロチップ装着義務化に関するアンケート」を行ったところ、「今年6月に犬猫へのマイクロチップの装着が義務化されることを知っているか」との質問に対し、76.3%の人が知らないと回答しました。
■半数超の飼い主が「装着させたくない」と回答
また、「現在飼っている犬や猫にマイクロチップを装着しているか」との質問に対しては、全頭装着していない75.5%、全頭装着している21.5%、装着している犬猫もいる3.0%という回答。さらに、全頭装着していないと言う飼い主に対し「今後マイクロチップを装着させたいと思うか」との質問をしたところ、55.9%の人がマイクロチップを装着させたくないと回答しました。
現段階では、多くの一般の飼い主が装着を否定的に捉えていることがわかります。その理由には「体に異物をいれるなんて考えられない」という根強い抵抗感があるようです。また、「健康への影響が心配」「費用も高いし、手術は避けたい」「室内飼育なので必要ない」「必要性がまだ理解できていない」などマイクロチップ装着への不安や理解不足も多く見受けられました。
アンケート結果から読み取れるように、一般の飼い主の「努力義務」は、まだスタートラインにも立っていない状況です。まずは、マイクロチップ装着についての正しい情報を入手し、その抵抗感や不安、理解不足を払拭(ふっしょく)することが大切です。その上で、装着について考える必要があるでしょう。
■感じる痛みは通常の注射と同じ程度
マイクロチップは直径約2mm、長さ約8~12mm程度の円筒形の電子標識器具です。電源は不要で、体内に埋め込んだら脱落する可能性は低く、半永久的に使用可能です。
チップごとに15桁の番号(識別番号)が記録されていて、専用のリーダー(読み取り機)で読み取ります。この番号には所有者情報などさまざまな情報がひも付けられ、前述した指定登録機関のデータベースに保存されます。照会することにより、個体識別や所有者情報などがわかるという仕組みです。
チップの埋め込みは、注射針のついたインジェクターやインプランターと呼ばれる使い捨ての埋め込み器で行います。麻酔や鎮静剤の使用はなく、犬や猫が感じる痛みも通常の注射と同等とされています。
埋め込み部位は、背側頸部(けいぶ)(首の後ろ)の皮下深部が一般的です。チップにはいくつかの規格がありますが、日本国内では、国際規格(国際標準化機構)であるISO11784/5に統一されています。指定登録機関への登録は、この規格のチップに限定されます。
また装着は、獣医療行為として獣医師が行います(2023年からは新たな国家資格となる愛玩動物看護師も獣医師の指示のもとに装着できるようになります)。装着費用は動物病院によりますが、2500~5000円程度が一般的です。
装着後に「マイクロチップ装着証明書」が発行されます。この証明書を添付の上、装着後30日以内に指定登録機関へ登録します。パソコンやスマートフォンなどでのオンライン申請(300円)と、専用用紙による郵送申請(1000円)が可能です。また、登録した情報は、所有者が変わるたびに変更登録が必要となります。変更登録も同様の手数料がかかり、完了すると登録証明書が発行されます。
*この指定登録機関への登録制度は、日本獣医師会が民間事業として行っているマイクロチップ登録制度(AIPO)やその他の民間業者が行っているマイクロチップ登録制度とは異なります。そのため、既にこうした事業者に登録したデータは「移行登録サイト」より無料(令和4年5月31日まで)で移行することができます。
![犬猫保有者のマイクロチップ装着・情報登録の流れ(出典=環境省HP「犬と猫のマイクロチップ情報登録に関するQ&A」)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/670/img_ea70f90639bb6ea7b8067593c0562f8b451880.jpg)
■もしもの時にもペットと飼い主がひも付けされる
マイクロチップ装着の最大のメリットは、犬や猫が迷子なって保護されたとき、身元証明が確実にできるので飼い主と再会できる可能性が高くなることにあります。迷子札や鑑札などは首輪ごと外れてしまうことがありますが、マイクロチップであれば脱落することはないからです。
また盗難時には、保護されたとしても自分のペットだと証明するのは困難です。「似ているだけだ」と主張されたら、取り戻すことはできません。しかし、マイクロチップを装着して登録してあれば、自分が飼い主だと証明することができるのです。
災害、盗難などペットの防災の観点からも大切なことといえます。また、確実に飼い主が特定できることから、保護されても他の人に譲渡されたり、殺処分されてしまうというリスクを避けられます。そして、飼育放棄や遺棄など「安易にペットを捨ててしまうことを思いとどまらせる抑止効果がある」と期待されています。
■犬や猫の体に大きな負担はかからない
デメリットは、体内(皮下)に埋め込む際に「通常の注射程度」の痛みがあることです。ワクチン接種等の注射針よりも若干太いので、痛みが強いのではないかと考える飼い主も多いようです。しかし最近になり、従来品よりもサイズが小さいマイクロチップが開発され、動物病院に広がりつつあるので、このデメリットは軽減されそうです。
また、犬や猫が保護されたとしても、読み取るためのマイクロチップリーダーがなければ番号がわからず、照会することができません。現在は、全国の動物愛護センターや動物病院、保健所などに常設されていますが、十分とはいえません。今後は普及の拡大に応じて、さらに多くの場所に常設する必要があるでしょう。
![犬に注射を打つ獣医師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/670/img_50557039a23be505ef624483abf4f002241632.jpg)
さらに、飼い主にとって気がかりなのは、マイクロチップ装着による健康への影響でしょう。
しかし、その装着が適切に行われていれば、動物の体に負担をかけることはないとされています。特にアレルギーなどの副作用が起きないように、チップの外部には生体適合素材が使用されています。まれに皮下組織内でチップが移動することがありますが、健康や読み取りに影響はないそうです。
また、「診察に問題はないのか」と筆者が利用する動物病院の獣医師に聞いたところ、「装着していてもレントゲンやCTスキャンなど支障なく行うことができます。一定の条件下でMRI画像が乱れることはありますが、診断はもちろん動物の体や番号の読み取りに影響はありません」とのことでした。
■先行する海外では義務化に違反すると罰金も
実は、海外におけるマイクロチップの普及は、日本より10年以上も早く進められてきました。欧米を中心に1986年頃から普及活動が行われ、マイクロチップ装着に対する理解も進展しています。フランスやスイス、ベルギー、イギリス、イタリア、オーストラリアなど、既に義務化されている国も多く、違反した場合には罰金等が科せられます。
これまで海外において膨大な装着実績がありますが、現在まで装着後の副作用はほとんど報告されていません。また、外部からの衝撃による破損の報告もありません。健康被害でわかっているものは英国小動物獣医師会による情報で、370万頭以上のマイクロチップ装着実績のうち腫瘍が認められたという2例の報告だけです。
そのため、マイクロチップの安全性は「高い水準である」と世界的に評価されているのです。多くの飼い主が不安要素と考えている健康への影響は、心配のないレベルといえるでしょう。
■日本では罰則がなく「法の抜け道」がある
2020年度の環境省が公表した「犬・猫の引取り及び処分の状況」によると、全国で保健所等に引き取られた犬は2万7635頭(飼い主から2701頭、所有者不明2万4934頭)、猫は4万4798頭(飼い主から1万479頭、所有者不明3万4319頭)となっています。このうち所有者不明とは、野犬や野良猫、迷子の犬や猫、遺棄された犬や猫など所有者がわからない犬や猫の数で、かなり多いことがわかります。
こうして引き取られた犬や猫のうち、犬4059頭と猫1万9705頭が殺処分されました。
![おりの中の猫](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/8/670/img_c8ac35e22e30557df18de0fc0eee270b135372.jpg)
マイクロチップ装着の義務化には、こうした飼育放棄や遺棄などを未然に防ぐ目的もあります。所有者不明の犬や猫を減らすことは、殺処分を減らすことにつながるからです。しかながら、安易に飼育放棄や遺棄などを行う悪徳業者は、義務化されたとしてもいずれは捨てる予定の犬や猫に装着はしないだろうとの指摘もあります。
装着しなくても現状では罰則は設けられていません。事業者に課せられた飼養管理基準(数値規制)の徹底として、繁殖制限措置である交配が可能な上限年齢が守られているかどうかを個体ごとに確認する狙いもあるとされていますが、それもまた法の抜け道を考えるのではないかと懸念されています。
■効力の発揮には正しい理解と「監視の目」が重要
2022年6月1日時点で、犬猫等販売業者が既に所有している犬や猫に関しての装着は努力義務とされる予定です。そのまま装着することなく、繁殖引退後に遺棄される可能性も否めません。一般の飼い主が飼う犬や猫に関しての装着も努力義務であるため、飼育放棄や遺棄が減るとは考えにくいのです。
また、海外においては、犬の体内からマイクロチップを取り出してから遺棄されたという事例もあり、装着することでさらに犬や猫を苦しめることになるのではとの指摘もあります。施行後は、それらに対する「監視の目」もアップデートされることを期待します。
筆者は「マイクロチップは飼い主と犬や猫をつなぐ大切なデータシステム」だと捉えています。この義務化をきっかけにマイクロチップの正しい情報が多くの人に伝わり、その知識や捉え方が進展していけば、根強い抵抗感や不安も払拭されていくと考えます。
まずは、「マイクロチップを正しく知る」ことが大切です。そのための啓蒙(けいもう)活動をさらに進めることもまた重要です。普及が広がり効力を発揮するまでには、まだまだ多くの課題があり、時間が必要です。
施行後はその状況をしっかりと把握し、見極めながら、よりステップアップしたシステムを構築していく必要があるでしょう。
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ペットジャーナリスト
世界最大の猫種である「メインクーン」のトップブリーダーでもあり、犬・猫などに関する幅広い知識を持つ。家庭動物管理士・ペット災害危機管理士・動物介護士・動物介護ホーム施設責任者。犬・猫の保護活動にも携わる。ペット専門サイト「ペトハピ」で「ペットの終活」をいち早く紹介。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍している。
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(ペットジャーナリスト 阪根 美果)
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