「わきまえない女はうるさくてかなわん」そんな"偉いおっさん"に牛耳られる日本社会に未来はない
プレジデントオンライン / 2022年4月5日 11時15分
※本稿は、谷口真由美『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■ラグビー協会はいままでの倍、時間がかかる
2021年2月3日。「ラグビー界の最重鎮」が“事件”を起こしました。元首相で、2年前まで日本ラグビー協会の名誉会長だった森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長(当時)が、同評議会でこう発言したのです。
「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。ラグビー協会はいままでの倍、時間がかかる。女性の優れているところですが、競争意識が強い。誰かひとりが手を挙げると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」
「女性を増やしていく場合は、『発言の時間をある程度、規制をしておかないと、なかなか終わらないので困る』と言っておられた。誰が言ったかは言わないけど」
「私どもの組織委にも女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。お話もきちんと的を射ており、欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる」
■「女性の発言が多い」という部分は正しい
この発言が女性蔑視と大きく批判され、結果として森喜朗さんは大会組織委会長の職を辞することになりました。同時に「わきまえない女」という言葉がツイッターなどで拡散され、一躍トレンドワードとなりました。日本ラグビー協会の理事は24人中5人が女性で(※2020年度時点)、私もそのうちのひとりです。「わきまえない女」の代表格と目され、私のところにもさまざまなメディアから取材依頼がありました。
森喜朗さんの発言は偏見に満ちており、公の場での発言としては許されるものではないと思います。もちろん、私たち女性理事が入ったことによって、ラグビー協会の会議の時間が倍になったという事実もありません。森さんの発言で正しいのは「女性の発言が多い」ということくらいでしょうか。
■ラグビー村の村人でない人には疑問点だらけ
確かに19人いる男性理事よりも、私たち5人の女性理事のほうが話している時間は長かったでしょう。それはなぜかというと、質問をするからです。「これはどういう意味ですか?」「あの件、結局どうなったのですか?」。理事会で十分に説明されないこと、一般的な団体や企業の常識では考えられないこと、そういったことがあるたび、私たちはどんどん質問していきました。それが、外部から招聘(しょうへい)された理事としての役目だと考えていたからです。
![谷口真由美『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/200/img_0c445b6ef124a3982892faf1b433294b299495.jpg)
大事なのは、審議事項を丁寧にこなしていくこと。パブリックな場所である理事会という場で、疑問点や質問すべきことが出てくれば、それは面倒でもひとつひとつ解消していくしかありません。
そもそも、私たち外部理事とラグビー協会内部の方とでは「情報量」がまるで違います。ふだんから顔を付き合わせている“ラグビー村”の人々の中では“常識”“決定事項”として共有されていることでも、月に1回の集まりにしか顔を出さない外部理事にとっては、理解できない内容が非常に多いのです。私たちは“村人”ではないから、わからないこと、受け入れられないことがあるのは当然です。だから発言するのは、女性理事の石井淳子さん、齋木尚子さん、稲沢裕子さん、私くらいということが多かったのです。
■女性理事が欠席すると「理事会が静かだったよ」
男性理事が理事会を休んでもバレませんが、私たちが欠席するとすぐにバレてしまい、「なんで来なかったの? 理事会が静かだったよ」と言われることもしばしばでした。それくらい、質問者は女性に限られていた印象です。理事も幹部も企業などで華麗な経歴を持つ人たちばかりなのに、大切なところでは黙っている、やり過ごすという印象。これが日本の企業のスタンダードなのか、と思ったぐらいです。
![会議前に空席の会議室のクローズアップ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/3/670/img_f379efb9d305afea737783f67542b0eb390516.jpg)
ラグビー協会では、いわゆる“シャンシャン総会”が当たり前とされ、意見や質問は“スムーズな進行に水を差すもの”という雰囲気で、ときにはあからさまに邪険に扱われました。ラグビー協会において必殺技は「時間切れ」という言葉。大切なことは考えさせないし、その余地を与えない。しかし私たち女性理事はその流れに抵抗しました。
森喜朗さんの発言は、きっとそのことを指しているのだと思います。すでに森喜朗さんの発言の問題点についてはさまざまなところで論じられてきていますので、本稿でこれ以上を語るつもりはありません。「しょうもないおっさんやな」──その一言に尽きると思います。
■森さんは「女性が多い理事会」に出席したことがない
一方で、釈然としないことがありました。なぜ森喜朗さんが「ラグビー協会の女性理事」の話を持ち出したのか、ということです。『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)の冒頭でご説明していますが、私を含む新任理事は、森喜朗さんが名誉会長を辞め、多くの高齢理事とともにラグビー協会を去ったのと入れ替わりに任命されました。つまり、森喜朗さんは「女性理事が5人いる理事会」に出席したことは一度もないのです。
ではなぜ森喜朗さんがそんな話をしたのか。それはつまり、森さんの前で「今のラグビー協会の理事会は女が意見ばかりして長くなっている」「わきまえていない女がいて、うるさくてかなわん」という主旨のことを話した協会幹部がいたということでしょう。それは、翌日2月4日の森喜朗さんの謝罪会見の発言からも明らかです。
「私は、昔は全体を統括する体協、いまのスポーツ協会の会長をしておりましたから、その団体のみなさんと親しくしております。そういうみなさんたちはいろいろ相談にも来られます。そのときに、やっぱりなかなか大変なんですということでした」
■ラグビー協会幹部や男性理事の「本音」だった
ちょうどこの頃は、1月に出したラグビー新リーグの暫定順位について、協会内で「谷口批判」が吹き荒れていた時期ですから、誰かが森喜朗さんにそれを耳打ちしていたのではないでしょうか。
つまり、森さんの問題発言は、森さん本人の意見というより、多くのラグビー協会の男性理事や協会職員幹部たちの「本音」なのです。
森喜朗さんは、ラグビー協会の若返りを図り、女性登用を推し進めた人でもあります。ですからこれ以上、私はあの発言を蒸し返すつもりはありません。ただ、当時の私の頭の中に浮かんでいたのは「女性蔑視」への怒りではなく「いったい誰が告げ口したんや」ということでした。発言そのものより、そんな“ムラ社会”の根の深さが気になりました。
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法学者
1975年大阪府生まれ。大阪芸術大学客員准教授。専門は国際人権法、ジェンダー法など。「全日本おばちゃん党」を立ち上げ、テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍。2019年6月、日本ラグビーフットボール協会理事に就任。2020年1月にラグビー新リーグ法人準備室長に就任。その後新リーグ審査委員長も兼任するが、2021年2月に法人準備室長を退任。6月に協会理事、新リーグ審査委員長も退任。著書に『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(文藝春秋)、『憲法って、どこにあるの?』(集英社)ほか。
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(法学者 谷口 真由美)
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