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「だからプーチンは想定外の苦杯をなめた」ウクライナの"デジタル戦"を支えた31歳閣僚の手腕

プレジデントオンライン / 2022年4月3日 9時15分

2022年3月30日、モスクワのクレムリンで行われたイングシェチア共和国のマフムード=アリ・カリマトフ州知事の会談に耳を傾けるロシアのウラジーミル・プーチン大統領(ロシア)。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシアのウクライナ侵攻について、世界中から非難の声があがっている。なぜこうした状況になったのか。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「ロシアは『デジタル戦』でウクライナに負け、情報統制に失敗した。これはプーチン大統領にとって想定外の事態だったはずだ」という――。

■ロシア政府に都合の悪い情報は次々と削除

ロシアとウクライナとの停戦交渉に少しずつ変化が見られるようになった。ロシアとしては、勝利と呼べるだけの戦果をあげ、それを盾に交渉を有利に運びたいところだが、戦況は依然として膠着(こうちゃく)状態だ。その要因は情報戦での失敗だ。

ロシアの通信規制当局ロスコムナゾルは、ロシア軍がウクライナへの侵攻を始めた2日後の2月26日、独立系メディアに対し、ロシア軍のウクライナでの軍事行動を、「攻撃」や「侵攻」といった表現で報じた記事の削除を要求した。

これを受けて、ノーベル平和賞受賞者のドミトリー・ムラトフ氏が編集長を務める独立系の新聞「ノーバヤ・ガゼータ」は、要求からおよそ1カ月後、休刊を余儀なくされている。

情報統制はさらに続き、3月に入ってからは、SNSのTwitter、Facebookもロシア国内でのアクセスがブロックされた。

モスクワ在住のロシア人に聞けば、3月下旬までは、海外のSNSにアクセスできるVPN(ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク)を使用すれば閲覧することができたが、今はほとんど使用できなくなり、ロシア発祥のSNS「テレグラム」も、政府にとって都合の悪い情報は検閲によりかなり削除されているという。

■21世紀型の戦争はデジタルが鍵を握る

情報統制のあおりを受けたのは、独立系メディアやSNSだけではない。国営のロシア通信も、侵攻して2日後の2月26日、「ウクライナはロシアに戻ってきた」などとする戦勝を祝うような記事を配信した後、すぐに削除している。

3月14日には、ロシア国営テレビの女性スタッフが、生放送で「反戦」を叫ぶ珍事も起きたが、それを除けば、国内での情報統制は想定通り進んだと言っていいかもしれない。

ところが、現段階で言えば、ロシアはウクライナに情報戦で負けている。

21世紀型の戦争は、銃火器を使っての攻撃や空爆だけにとどまらない。開戦前もそうだが、開戦して以降も、自国に都合のいい情報だけを公表し、一般市民への海外からの情報は遮断し、反戦機運が高まらないよう徹底して抑え込むことが不可欠になる。

相手国に対しては、サイバー攻撃や通信基地への攻撃を行い、デマを流したり、相手国の軍を違う目標に誘導したり、あるいは、インターネットやSNSを使用できなくしたりするデジタル戦争も重要な鍵となる。

■得意なはずの情報戦でプーチン大統領が苦戦

その点、ロシアは、情報統制によって国内の不満分子をある程度抑え込み、ウクライナ軍の無線通信を電波妨害で遮断し、前線で戦う兵士に虚偽の指令を送信して別の目標へと誘導するなど、これまで得意としてきた戦術を駆使してきた。

しかし、その一方で、ウクライナの通信システムを破壊できず、ゼレンスキー大統領(以降、敬称略)をはじめとするウクライナ政府の幹部、一般市民による自由な発信を許してしまっている。

ゼレンスキーらを支えたものについては後述するとして、ロシアのプーチン大統領(以降、敬称略)にとって最大の誤算は、「侵攻後、2日か3日で首都キーウは陥落させられるだろう」という見通しが甘すぎたことのほかに、ゼレンスキーがSNSを通じ、圧倒的な「メッセージの物量作戦」で国民を鼓舞し、国際社会の多くを味方に引き入れたこと、そしてウクライナ市民も、日々刻々と変わる戦場の様子を国際社会に向け発信し続けたことだ。

プーチンは得意なはずの情報戦で敗れ、苦戦を強いられているのだ。まさに、ことわざで言う「川立ちは川で果てる」(川に慣れている者は川で死ぬことが多い=人は得意な部分で油断し失敗しやすい)である。

■台湾統一を目指す中国にとって「先行研究」に

一方、習近平国家主席(以降、敬称略)が、台湾統一を「核心的利益」と呼び「中国の夢」と主張する中国の情報統制はどうなっているだろうか。

最近では、3月4日、北京パラリンピックの開会式で、国際パラリンピック委員会のアンドルー・パーソンズ会長が平和を訴えた部分を中国国営中央テレビが翻訳しなかったことは記憶に新しい。

中国・北京の天安門
写真=iStock.com/The-Tor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/The-Tor

「中国は、今でも中国政府にとって都合が悪い情報を国民に知らせていないのか。とんでもない国だな」

筆者もこう感じたものだ。

ただ、習近平からすれば、ロシア軍によるウクライナ侵攻は、格好のモデルケースになる。「侵攻した場合、国際社会はどう出るか」だけにとどまらず、国内の情報統制や相手国に対する自由な発信の封じ込めについても学べる「先行研究」になっているはずだ。

■中国ではグーグル検索やYouTubeは使えない

中国でもアメリカ発祥のSNS、TwitterやFacebookは規制の対象となっている。「金盾」(グレートファイヤーウォール)と呼ばれるネット検閲システムによって、グーグルなど海外の検索サイトも閲覧することはできない。

グーグルは2010年に中国政府の検閲方針に反対して中国から撤退、以後、Gmailを含めほとんどのサービスが使えない。グーグルのサービスであるYouTubeももちろん見られない。LINEも同様だ。

これらを見たいなら、先に述べたVPNを使用するしかない。筆者の知人の日本メディアの支局員や日系企業の駐在員は、日本に住む家族や友人と連絡を取る際、VPNを使用している。中国政府公認のものではないが、海外のSNSやニュースサイトにもアクセスでき、「使っていて特に問題はない」と言う。言うなれば「抜け穴」である。

中国にはロシア同様、独自のSNSも存在する。ウィーチャット(微信)やウェイボー(微博)がその代表格だ。中国国内での対話や議論のほかに、日本をはじめ海外在住の中国人が、これらを通じて中国国内に無数の情報を流し続けているというのも大きな特徴だ。

2018年7月、中国のSNSアプリが表示されたiPhone X
写真=iStock.com/XH4D
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XH4D

■「ネット空間は既存のメディアよりは信頼できる」

中国で留学生活を送ってきた日本人学生に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「いつもネットで日本や世界のニュースは見ていましたよ。北京オリンピックで羽生結弦選手が中国で大人気になりましたけど、あれも日本のニュースを見たり、友人から情報が届いたり、翻訳機能とかを使って理解したりしているから、あのような現象になったのだと思います」
「さすがに中国政府に対しての批判は控えていますが、情報統制があるとはいってもネット空間は自由な部分もあって、テレビや新聞といった既存のメディアよりは信頼できます」

振り返れば、2021年7月、河南省を襲った集中豪雨で死者の数を少なく公表した中国当局に疑問の声が相次いだのはウィーチャットでの話だ。

また、女子テニス選手の彭帥(ほうすい)さんが、2021年11月2日、中国共産党元政治局常務委員の張高麗前副首相から性的な関係を強要されたと告白し、それが世界に拡散されたのもウェイボーを通じてである。

これらも「抜け穴」と言えるものだが、死者数ごまかしの指摘程度なら黙認しても、習近平や中国共産党への批判、あるいは政治的に敏感な話題などは、AI(人工知能)で自動検閲され、投稿してからすぐ削除される仕組みになっている。

彭帥さんの場合、その後、2週間失踪したが、国際的な関心事にならなければ失踪したままの状態だったかもしれない。

■習近平批判を許さない不健全国家の狙い

中国では、2021年6月の全人代(全国人民代表大会)で、中国の国家安全を損ねるようなデータ収集に対し、法的責任を追及する「データ安全法」が成立した。また中国政府は2021年11月末、国内のニュースサイトで転載してもよいメディアのリストを公表した。

その翌月のアメリカの有力紙、ワシントンポストには、中国当局がTwitterなどを24時間体制で監視し、中国に批判的な外国人の個人情報を大量に収集しているとの記事も掲載されている。

また、監視社会の中国では、近年、2億台を超える監視カメラによる統治が続いている。とりわけ、「天網」と呼ばれ、監視カメラとAIを組み合わせたシステムは、監視カメラで人民の動きを追跡し、AIによる顔認証で個人を特定する優れモノである。

習近平指導部への批判は、国内外を問わず一切許さない、不満分子はどこまでも追いかけるといった情報統制や監視システムの強化は、健全な国家がやることではない。

その不健全な超大国は、虎視眈々と台湾、そして尖閣諸島を狙っている。

台湾侵攻に踏み切る場合、国内的には、ロシアがウクライナ侵攻後に実施したように、独立系メディアを徹底排除し、VPNをはじめ、ウィーチャットやウェイボーなども規制することが想定される。その辺りはプーチンの成功例に学べばいい。

そして、ロシアがウクライナでのSNS発信までは統制できなかった失敗例から、台湾国内の通信網にも触手を伸ばす可能性は極めて高い。

■ウクライナのデジタル戦を支える「Starlink」

話をロシア軍によるウクライナ侵攻に戻そう。

人前にほとんど出てこないプーチンとは異なり、ゼレンスキーは日本や欧米での議会演説、TwitterなどSNSを通じてのスピーチなど精力的に発信を続けている。軍事力で10倍近い差があるロシアを相手に「言葉」で戦っていると言ってもいいくらいだ。

その発信を支えているのが「Starlink」である。これは、人工衛星で宇宙からインターネットに接続できるサービスを提供するシステムで、立ち上げたのは、アメリカの電気自動車テスラや宇宙開発を行う「スペースX」の創業者として知られるイーロン・マスク氏だ。

ウクライナのフョードロフ副首相兼デジタル担当相
ウクライナのフョードロフ副首相兼デジタル担当相(写真=Dubetskyi-Ph/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

ゼレンスキーが大統領に当選した2019年の時点からSNS戦略を指揮してきたミハイロ・フョードロフ氏(現在の副首相兼デジタル改革相)が、ロシア軍が侵攻を開始した2日後、Twitterでマスクに「システムを提供してほしい」と呼びかけ、協力が実現した。

人工衛星を介する「Starlink」も、地上の通信機器が標的となれば危うい。しかし、光ファイバーケーブルを陸に揚げ、通信基地と接続する通常のインターネットの場合、基地が攻撃によって破壊されれば完全に使用できなくなる。

侵攻当日、ゼレンスキーから対ロシア情報戦を指揮する仕事も任されるようになった31歳のフョードロフは、途切れることなくゼレンスキーや自身の発信を続けるため、より安全な「Starlink」に目をつけ、ロシア軍にデジタル戦争を挑んだ。

■「ロシア=悪玉」を定着させたデジタル担当相の手腕

「私たちはここにいます。自由のために戦います」
「世界は私たちとともにあります。勝利は私たちのものになります」

軍の兵士や市民に「勇気を与える」として話題になったゼレンスキー語録は、フョードロフとマスクの協力によって築いたプラットフォームから国際社会に発信されている。

それだけでなく、各国首脳にSNSでロシアへの制裁とウクライナへの支援を求め、「ロシア=悪玉、ウクライナ=善玉」として、ロシアを世界経済から遮断することまで成功したのである。その手腕はただ見事というほかない。

筆者は1995年に現地を取材したボスニア紛争を想起した。ボスニア紛争では、ボスニア政府がアメリカの大手PR会社と提携し、欧米の世論を味方につけることに成功した。対するセルビア政府は、情報戦を甘く見たために、悪玉のレッテルを貼られ制裁を受け、最終的には敗北した。

「武器も弾薬も使わないのに、これほど国際社会の見方が変わるのか」

筆者は、セルビアの首都ベオグラードで、制裁によって陳列棚に何ら食べ物がないスーパーを歩きながら、情報戦の重要性を初めて実感した。

このボスニア以上のことを成し遂げたのがフョードロフ、と言えるだろう。

■海に囲まれた台湾は中国の侵攻にどう対応するか

これを中国の台湾侵攻に置き換えれば、中国側はロシアの轍を踏まないよう、「Starlink」が使えない手段に出るはずだ。

マスクの場合、フョードロフの依頼を受け、48時間以内にネット接続が可能な端末をトラック1台分、ウクライナに送り込んだ。しかし、陸路で搬送が可能なウクライナとは異なり、台湾は海に囲まれた島だ。

元自衛隊統合幕僚長の河野克俊は、中国の出方について、

「中国は、台湾が支配する金門島や馬祖島を攻略し、それらの島を起点に台湾を海上封鎖する可能性がある」

と語る。また、尖閣諸島を行政区域として抱える沖縄県石垣市の中山義隆市長も、

「中国はかなりの数の艦船で、まず尖閣諸島や台湾周辺の海を抑えるでしょうね」

と話す。そうなれば、ウクライナと同じようにはいかない恐れもある。

ただ、台湾には、ゼレンスキー同様、メッセージ力に優れた総統、蔡英文がいる。また、35歳でデジタル担当相に抜擢された唐鳳(オードリー・タン 現在は40歳)氏もいる。中国と台湾の軍事力の差は、まさしくロシアとウクライナの関係に匹敵するが、情報戦では引けをとらない、むしろその上をいくのではないかと筆者は見る。

中国がロシアから学んでいるように、台湾もウクライナから学んでいるはずである。だとすれば、台湾有事が生じた場合、戦闘機や艦船の数もさることながら、情報戦、もっと言えばデジタル戦争が勝敗を決するのではないかと思ってしまうのである。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、『すごい!家計の自衛策』(小学館)ほか多数。ウェブマガジンも好評。

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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)

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