「子どものいない女性より、子持ち女性の収入が多い」最新の研究が明かす"逆転現象"の背景
プレジデントオンライン / 2022年4月5日 11時15分
■母になることによる賃金ペナルティ
子どもの誕生は、親に大きな影響を及ぼします。
心理的な面からみれば、子どもの誕生は親に大きな喜びをもたらすと言えるでしょう。一方、生活面からみれば、生まれてから数年間にわたって、子どもから目を離せないため、子育てにかなりの時間と労力が費やされることになります。
この影響を受けるのは、圧倒的に女性です。
女性が子育てのために仕事を辞めたり、働き続けたとしても仕事量を抑制せざるを得ないということがたびたび観察されてきました。
この結果として、子どものいない女性よりも、子どものいる女性の方が、賃金が低くなってしまうわけです。
このような賃金低下は、「Motherhood Wage Penalty(=母になることによる賃金ペナルティ)」と言われ、さまざまな研究でその存在が指摘されてきました(*1)。
(*1)Viitanen, T. The motherhood wage gap in the UK over the life cycle. Rev Econ Household 12, 259–276 (2014).
■最新のアメリカの研究では「逆の結果」が出てきている
日本に住んでいると、子どもを持つことによって女性の賃金が低下するという結果は、実感に近いものがあります。
しかし、最新のアメリカの研究によれば、近年「逆の傾向」が見られる場合もでてきたと指摘されています。
ここでの逆の傾向とは、ズバリ「子持ちの女性の方が賃金が高い」というものです。
■子どものいない女性と子どものいる女性の賃金格差が持続的に縮小
この研究は韓国労働研究所のヤンヒェ・クワク研究員が「Review of Economics of the Household」という学術誌に2022年1月に発表したものです(*2)。
この研究では、アメリカの労働力調査に当たるCurrent Population Survey(CPS)を使用し、子どもを持つ女性と持たない女性の賃金を1990年から2019年まで比較しています。
分析結果を見ると、興味深い3つの結果が示されています。
1つ目は、「子どものいない女性と子どものいる女性の賃金格差の持続的な縮小」です。
1990年代前半では、子どもを持つ女性の方が6%ほど賃金が低くなっていましたが、その差は徐々に縮小していき、2005年以降では2%未満まで減少しました。
この結果が示すように、アメリカでは子どもの有無による賃金の差がかなり小さくなってきています。
(*2)Kwak, E. The emergence of the motherhood premium: recent trends in the motherhood wage gap across the wage distribution. Rev Econ Household (2022).
■高所得層では、ワーキングマザーの方が賃金が高い
2つ目の興味深い結果は、「高所得層では子持ち女性の方が賃金が高い」というものです。
ヤンヒェ・クワク研究員は働く女性をその所得階層別に分類し、子持ち女性と子どものいない女性の賃金を比較しました(*3)。
この分類の中で特に興味深い結果を示したのは、高所得層の子持ち女性です。
![ノートパソコンを使用して在宅勤務している母親のそばには子供たち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/670/img_1b11a55e68d95b829850e5c6c0ce189d365485.jpg)
自分で高い賃金を稼ぐことのできる女性について見ると、2005年以降、子どもを持つ女性と子どもを持たない女性の賃金格差が消失し、子持ち女性の賃金の方が約3~4%高くなっていました。
このように高所得層では、子どもを持つことによって賃金が低下する「賃金ペナルティ」が発生せず、むしろ、賃金が高い「賃金プレミアム」が発生しているのです。
「子持ち女性の方が賃金が高い」という傾向はこれまでほとんど観察されてこなかったため、この結果は非常に興味深いものです。
なお、所得階層が中位層や低位層の場合、依然として子持ち女性の賃金の方が低いという傾向が続いていました。
(*3)ここでの所得階層とは、女性の稼ぐ賃金水準を基に分類しています。高所得層の場合、上位10%の賃金を稼ぐグループが該当すると想定されます。また、中位層の場合、ちょうど全体の真ん中の50%を稼ぐグループが該当し、低位層の場合だと下位10%を稼ぐグループが該当すると想定されます。
■アメリカでは自分の稼ぎが多い女性ほど、子持ち割合が増加している
3つ目の興味深い結果は、「高所得層の働く女性ほど、子持ち割合が持続的に増加している」というものです。
論文では、女性の所得階層別に子持ち割合の推移を調べています。この結果、次の3点が明らかになりました。
② 子どもを持つ比率の低下がどの所得階層で発生しているのかを検証した結果、中位層および低位層での減少が原因であることがわかった。
③ これに対して、高所得層では逆に子どもを持つ比率が増加していた。また、高所得層では子どもの数も増加する傾向にあった。
以上の結果から、「アメリカでは自分で高い賃金を稼げる女性ほど、子どもを持つようになってきている」と言えます。
これまでキャリアの追求と家庭生活の追求は相いれない部分があるため、両立が難しいと考えられてきました。
しかし、直近ではキャリアと家庭生活の充実の両方を手に入れる女性たちが出てきているのです。
■なぜ高所得の子持ち女性ほど、賃金が高くなっているのか
これまでの分析結果から明らかなように、アメリカではワーキングマザーの姿に変化が生じています。
なぜこのような現象が起きているのでしょうか。
ヤンヒェ・クワク研究員は論文の中で、「子どもの存在が賃金上昇に寄与している」という因果関係があるわけではなく、「高所得層の女性の行動パターンが変化した」可能性が高いと指摘しています。
つまり、自分で高い賃金を稼げる女性の中で、子どもを持ち、キャリアも維持できるように行動パターンを修正したのではないかと考えられるのです。
そこで、行動パターンを分析した結果、次の3点において変化が生じたことが明らかになりました。
■稼ぎが多い女性の3つの変化
1つ目の変化は、「晩産化」です。
高所得層の女性ほど、第1子を30歳以降に出産するよう出産時期を遅くしていたのです。
学卒後の数年間は仕事でさまざまな経験を積む時期であり、出産によって職場を離れるコストが大きいと言えます。
そこで、出産時期をあえて遅らせ、キャリア中断による影響を緩和したのです。
2つ目の変化は、「労働時間の増加」です。
1990年以降、子持ちの働く女性の労働時間は増加傾向にあります。中でも高所得女性の労働時間の伸びが大きく、30歳以降に出産した女性ほど、週50時間以上働く割合が増加していました。
これは賃金上昇に直結し、子持ちの高所得女性ほど賃金プレミアムが発生する要因の1つになったと考えられます。
3つ目は、「パートナーとの同居」です。
パートナーが家事・育児に参加してくれる場合、働く子持ち女性は労働時間を増やすことが可能となり、子どもを持つことによる賃金低下を緩和できます。さらに、パートナーの所得によって世帯所得が増えるため、家事・育児を外注することも可能となります。
以上の点から、パートナーとの同居は子持ちで働く女性にとって重要な要因です。
高所得層の女性のうち、約80%がパートナーと同居しており、この割合は1990年から2019年の間でほぼ変化していませんでした。
これに対して、低所得層の女性ほどパートナーと同居している割合が低下し、シングルマザーとなる比率が上昇していたのです。
■アメリカでは「ワーキングマザー」の姿が変わってきている
アメリカでは自分で高い賃金を稼げる女性を中心に、「キャリアと家庭生活の充実をつかみ取っている母親」が増えています。
もちろん、全体の比率で見ればまだまだ小さいものですが、注目すべき変化だと言えるでしょう。
また、この変化は日本の目指すべき労働市場の一つの形を示していると言えます。子どもの有無に関係なく、能力を発揮し、評価される労働環境です。
日本がそのような労働環境に到達するにはまだ長い道のりがありますが、共働き世帯が主流になりつつある現状において、避けては通れないでしょう。
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拓殖大学政経学部准教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部准教授 佐藤 一磨)
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