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40日間の密着取材後に気づいた…元NHK「プロフェッショナル」のディレクターが見落としていたこと

プレジデントオンライン / 2022年4月6日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/batuhan toker

ヒット企画は、どのように生まれるのか。認知症の状態にある方がホールスタッフとして接客をする「注文をまちがえる料理店」など数々のヒット企画を生み出した元NHKディレクターの小国士朗さんは「私が制作していた『プロフェッショナル 仕事の流儀』では、40日間の密着取材をしていた。そのとき素人の目線の重要性を知った」という――。

※本稿は、小国士朗『笑える革命』(光文社)の一部を再編集したものです。

■専門性がないことがコンプレックスだった

僕はよく「自分は●●のど素人です」という言い方をします。

●●には、「認知症」や「がん」といった言葉が入ってくるわけですが、謙遜でも何でもなく、とにかくどの分野のことでも本当に、ズブの素人なんですね。自分に何か特筆するような専門性があったらよかったのですが、「何のプロですか?」と聞かれても、答えられるものが何ひとつない。これはNHKで番組を作っていたディレクター時代からずっとそうでした。

小国さんが企画した認知症の状態にある方がホールスタッフとして接客をする「注文をまちがえる料理店」
撮影=森嶋夕貴(D-CORD)
小国さんが企画した認知症の状態にある方がホールスタッフとして接客をする「注文をまちがえる料理店」 - 撮影=森嶋夕貴(D-CORD)

周りには、医療や福祉、教育や政治、経済などにめちゃくちゃ精通していたり、動物や自然を撮影するために人生をかけていたり、スポーツや音楽やドラマといったエンターテインメントのことだったら誰にも負けないという誇りを持ったディレクターやプロデューサーがごろごろいました。

でも、僕にはないんです。どれも興味があるといえばあるけど、そのことだけをやり続けたいわけではない。あっちにふらふら、こっちにふらふら。そんな自分の姿勢は無責任なんじゃないだろうか。もっと腰を据えて、徹底的にその問題、その分野に向き合い続けるのが、伝える人間の責務なんじゃないか。僕にも「小国といえば、これ!」と自他ともに認める専門性があったらよかったのに……といろいろ思ったりもして、一言で言うと、「専門性がないこと」は僕のコンプレックスでした。

しかし、です。

この専門性のなさ=素人であることが、企画をする上では意外と武器になるぞということに最近気づいてきたのです。

■「どっちが日本代表ですか?」

たとえば、ラグビーW杯2019日本大会で、100万人近い人を集め、「にわかファン」という流行語を生みだした「丸の内15丁目プロジェクト」。このプロジェクトの始まりは、まさに「素人の違和感」からでした。

2018年、NHKを卒業したばかりの僕は、人生で初めてラグビーを見ました。それまでラグビーというスポーツに一度も関心を持ったことのない僕でしたが、ラグビーW杯のスポンサーに決まった三菱地所の担当者、高田晋作さんに「プロジェクトを手伝ってほしい」と声をかけてもらったのがきっかけで、まずは試合を見るところから始めることに。

ラグビーの試合でのスクラム
写真=iStock.com/skynesher
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skynesher

ちなみに高田さんは、NHK山形放送局時代の僕の先輩で、その後三菱地所に転職をされた方なのですが、実はこの人、ラグビー界のレジェンドなんです。慶應義塾大学ラグビー部創設100周年の時のキャプテンで、大学日本一を成し遂げた人なんですね。

高田さんのご自宅に遊びに行った時、無造作にスポーツ誌の最高峰『Number』が置いてあって、その表紙にラガーマンが写っていたので、「これ誰ですか?」と聞いたら、「それ、俺」と言われました。あんた、『Number』の表紙飾ってたのかよ……(なんで今NHKでブナの森の番組とか作ってるんだよって心から思ったのは内緒です)。

そんなレジェンド高田さんに連れられて、僕は人生で初めてラグビーを見たのですが、僕の第一声は「どっちが日本代表ですか?」でした。

いや、ほんと、すいません。レジェンドになんという失礼な質問を……と思ったのですが、本当に分からなかったんです。

■ラグビーチームは「ダイバーシティ&インクルージョン」

一見すると、どちらのチームも外国人ばかり。勝手に思い描いていた日本代表像とは全然違う風景を目の前にして、僕は混乱していたのです。むしろ、なんでみんなふつうに見られるの? とすら思っていました。

しかし、同時にこの瞬間、自分の中にラグビーとの接点が初めて生まれたことに気づきました。ラグビーでは、日本の多くの企業が悩んでいる「ダイバーシティ&インクルージョン」の問題が解決していると思ったのです。

これはすごい! と素直に思いましたし、がぜん興味が湧いてきました。

■企画の一歩目は素人の違和感

ダイバーシティというのは、性別や年齢、人種や国籍、文化や宗教、学歴や職業といった、たくさんの人と人との違いのことで、インクルージョンは、そういったひとりひとりの違いを受け入れて、それぞれの違いを活かしていきましょうという考え方ですよね。絶対にそういう世界になった方がいいに決まっています。誰に聞いても「その通り!」と言うでしょう。

ただ、実現させるのが難しい。どの企業もめちゃくちゃ真剣にこのテーマに取り組んでいるのに、多様な個性を認め合って、活かし合うことは本当に難しく、永遠のテーマと言ってもいいのかもしれません。

でも、今僕の目の前には、めちゃくちゃダイバーシティな集団が、おたがいをリスペクトして、受け入れ合い、それぞれの力を発揮して、勝利という目的に向かってひとつになっている光景がある。

だとしたら、ラガーマンがビジネススクールを開校して、ダイバーシティ&インクルージョンについて語ってくれたら、ビジネスパーソンは目から鱗がぼろぼろしちゃうんじゃないかと思いました。リーチマイケル(当時のラグビー日本代表キャプテン)先生のリーダーシップ論なんて、もう最前列で聞きたすぎるだろ。

そして、さらに飛躍して、ビジネススクールだけじゃなくて、街にあるいろいろな施設(レストランや映画館や美術館など)も全部ラグビーに引っかけたものにして、「ラグビーを通したまちづくり」をやったら、街を作るプロフェッショナル企業の三菱地所らしさもでるぞ……と妄想は膨らんでいくのですが、ここでの大きなポイントは、企画の大切な一歩目が、「素人の違和感」から始まったということです。

■大事なテーマもほとんどの人は興味がない

僕は当時、ラグビーにおいて、国の代表になる際、「当該国に3年以上継続して居住していれば代表の資格を得る(※)」というルールがあるなんてことは、もちろん知りませんでした。ラグビーにくわしい人からすればそれは当たり前のことで、だからこそ日本代表に多様な国籍の選手が集まることに対しては、違和感などひとつもないわけです。ただ、ど素人の僕から言わせてもらえば、「そんなルール、ほとんどの人知らんからな!」となります(謎の上から目線)。

僕は、ラグビーに限らずどんなテーマであっても、大半の人は素人なんじゃないかと思っています。同じテーマに四六時中向き合っていたり、熱心な人というのは人口の1%もいればいい方で、残念ながらほとんどの人は、僕やあなたが大事で大事でたまらないと思っているそのテーマ(ラグビー、認知症、がんetc.)に興味がないんです。

だって、もし、みんなが興味を持ってくれているとしたら、僕の作ってきた番組の視聴率はすべて20%超えていたはずですよ(1回もとったことないですよ、20%なんて)。世の中もっとムーブメントだらけになって毎日が大変なお祭り騒ぎでしょうし、社会課題なんて全部解決しちゃって、やっぱりみんなでお祭り騒ぎしていますよ。

でも、そうはならないわけで。それはなぜかというと、繰り返しになりますが、そのテーマに興味のない素人の方が圧倒的なマジョリティだからです。

渋谷のスクランブル交差点
写真=iStock.com/Juergen Sack
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Juergen Sack
※2022年1月1日より、居住年数による代表資格は「36ヵ月間」から「60ヵ月間」へ変更された

■「その知ったかぶり、ただの自己満だからな」

企画においてよくないと思うのが、「素人が圧倒的なマジョリティである」という事実を忘れてしまうことです。

どうやったら素人に振り向いてもらえるかが出発点だったはずなのに、だんだんと自分がそのテーマにくわしくなっていくと、「それは常識だから」とか「え、そんなことも知らないの?」とか言いだすわけです。

僕も思わずそういう言葉を発しそうな時ってあります。

でも、そんな時は「その知ったかぶり、ただの自己満だからな」って、自分に突っ込みをいれます。どんどん自分がマイノリティな存在になっていることに気づかず、マジョリティの感覚を切り捨てる。こんなにもったいなくてバカげたことはない、と思うんです。

だから僕は企画をする上で、ど素人の時の自分は、企画者として最高の状態だとすら思っています。

素人の自分が「ん……何これ?」と引っかかる違和感には、かなり多くの人が引っかかってくれるかもしれない。一方、そのテーマにくわしくなってから引っかかる違和感は、世間的にはめちゃくちゃニッチな可能性が高く、マジョリティである多くの素人たちを置いてきぼりにしてしまう確率が高い。

だから、自分でも他人でも構わないのですが、素人が抱く素直な感想や違和感には必ず耳を傾けることを大切にしています。

■NHK「プロフェッショナル」では40日間ロケをする

ちなみに、こうした考え方は、NHKで番組を作っている時に学びました。

たとえば、「プロフェッショナル 仕事の流儀」では、40日間ロケをします(僕が在籍していた当時)。文字通り、朝から晩までプロに密着をして、その一挙手一投足を記録していくのですが、そうすると、だんだんと分かってきた「つもり」になっていきます。その業界のことも、その人のことも、なんとなく分かったと言いたくなってくるんです。

本当に穴が開くくらい一生懸命、現場で起きていることやプロのことを見続けていますから、そうなるのも仕方がないんですが、「実はそれが一番危ない状態なんだ」とプロデューサーから叩き込まれました。わかった「つもり」になっている時が、一番ヤバいんだぞと。

超尊敬するプロデューサー(ただし超怖い)の教えを忠実に守ろうと思っていた僕は、「ちょっと危ないかな……」と感じた時は、取材ノートの1ページ目を開くようにしていました。

黒いノートを持ったシャツを着た男
写真=iStock.com/kk-istock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kk-istock

ノートの1ページ目を書いていた時の僕は、その業界にもその人にもど素人な状態です。だから、走り書きしているメモの中には「え、そんなことに引っかかってたの?」ということがたくさんでてきます。

■あやうく「宝」を見過ごすところだった

たとえば、認知症介護のプロフェッショナルとして有名な介護福祉士の和田行男さんを取材した時のメモ。こんな風に書かれていたりします。

「お年寄りとあいさつ。顔近い」。

小国士朗『笑える革命』(光文社)
小国士朗『笑える革命』(光文社)

たぶん、朝「おはよう!」と挨拶する時に、和田さんとお年寄りの方の顔がものすごく近かったんでしょう。それを「あれ?」と思って書きとめたのでしょうが、「なぜ、和田さんはそんなに顔を近づけて挨拶をするのか?」という疑問に対して、ロケが半分くらい終わっている時点で、全然答えられないことに気づく。もうどこかで、和田さんが顔を近づけて挨拶するのは当たり前と思って、スルーしていたのです。

それで、あらためて和田さんに「なんで挨拶の時、顔が近いんですか?」と聞いてみると、「においをチェックしている」という答えが返ってくるわけです。

口臭や体臭、尿や便といったさまざまなにおいにはたくさんの情報があって、そのにおいによって、言葉になかなかでてこないおじいさんおばあさんの体調や心の細かな変化をとらえていく。そんな、和田さんならではのプロの技が見えてきたんです。

もうね、あっちゃーですよ。素人の時の違和感を放っておくと、とんでもない宝を見過ごすことがあるんですよね。

■ど素人は新しい世界を切り拓く

なので、これから新しいプロジェクトを立ち上げるという人はノートを買ってきて、言葉や感想や違和感をとにかく書き殴ってみるのがオススメです。とにかくまっさらな気持ちで、素直に、感じたままに書くのがポイントです。そして、時々その「ノートの1ページ目」(というのは半分比喩です。厳密には1ページ目じゃないといけないわけではなく、ノートの最初の方という意味です)を開いてみると、おもしろい発見があるかもしれません。

「deleteC」は、みんなの力でがんを治せる病気にするプロジェクト。
「deleteC」は、みんなの力でがんを治せる病気にするプロジェクト。参加企業の対象商品に含まれる「C」の文字を消してSNSに投稿すると、1投稿100円、1いいね10円が参加企業から寄付される。(筆者提供)

もうずいぶんと長い間、ある業界やプロジェクトにどっぷり浸かってしまっているという人は、自分がまだ素人だった時のことを思いだしてみたり、周りにいるど素人(=子どもや親や新人やパートナーなど)に、今自分がやっていることを30秒くらいで話してみて、その反応をノートに書いてみるといいと思います。

ラグビーのど素人だった僕の違和感がきっかけで生まれた「丸の内15丁目プロジェクト」は、のちに100万人の熱狂につながっていきました。そして、「注文をまちがえる料理店」や「deleteC」でも、僕は認知症、がん、それぞれについてのど素人でした。

でも、だからこそ気づけたことがあったし、その違和感にこだわったからこそ、これまでにない新しい世界を作ることができたのかもしれないと思います。

何の専門性もなく、すべてにおいてど素人であることはコンプレックスでしたし、今もそうだったりもします。でも、企画の始まりは、この素人の違和感が非常に役立ったりするので、素人でよかったなぁ、素人万歳だなと今では思えることが増えました。

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小国 士朗(おぐに・しろう)
プロデューサー
株式会社小国士朗事務所代表取締役。2003年NHK入局。「プロフェッショナル 仕事の流儀」「クローズアップ現代」などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。 150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の他、個人的なプロジェクトとして、世界150カ国に配信された、認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」なども手がける。2018年6月をもってNHKを退局し、現職。携わるプロジェクトは「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」をはじめ他多数。好きな食べ物は、カレーとハンバーグ。

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(プロデューサー 小国 士朗)

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