「睡眠6時間未満は7時間以上より4倍風邪をひきやすい」日本人は寝不足のリスクを軽視しすぎている
プレジデントオンライン / 2022年4月6日 9時15分
※本稿は、穂積桜『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■年600人の産業医面談の7割は睡眠に問題がある
現在19社の企業の産業医として働くわたしの仕事の内容は、各社の経営方針・業態・規模によっていろいろ違いがあります。
しかし、そのなかで一貫して大切にしているのが、従業員のみなさんの心身の不調に対し、面談を通じてしっかりとアドバイスをするということです。
![穂積桜『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/6/200/img_163c807a96a665bbb64958075a700d3c321891.jpg)
産業医面談で会う人の数は、年間で約600人にも上ります。産業医面談に訪れる人の症状は多岐にわたりますが、そのなかで本書のテーマである睡眠に問題がある人は、全体の約7割もいると見ています。
体調不良を回復に導くには、「睡眠をいかに取ってもらうか」がどれだけ重要なことであるかということを、日々痛感しています。
これまで、「体調が万全でなくても、目先の仕事、家事、育児、介護があるから、気にしていられない!」と全力で突っ走るビジネスパーソンにたくさん出会ってきました。
そんな人たちに向けて、「少しでも役に立つ情報をベストなタイミングで伝えたい」「なるべく大事に至らないうちに体調を整えるお手伝いをしたい」と思いながら仕事をしています。
また、精神科医の立場から見てきた患者さんたちは、「睡眠がよく取れていると緊張がとてもゆるむ」ということも教えてくれました。眠ることで体調が整う下地ができるイメージで、まさに睡眠は「最高の薬」なのです。
■「寝る」という超シンプルなことの大切さ
例えば、発達障害の傾向のある人は一般的に体の感覚がとても敏感なことが多く、その強過ぎる感覚入力のバランスを取る独自の手段をいくつも持っています。
ある人は、「過集中に伴う緊張を解消するにはまずは睡眠。あとはスクワットで筋肉をたくさん使うのがいい」と話していました。
産業医面談においても、「睡眠さえきちんと取れていれば、ここまで具合が悪くなることはなかったかもしれないな」と感じる場面に遭遇することがよくあります。「寝る」という超シンプルなことの大切さを、みなさんに再認識してほしいと常々感じています。
そこで、産業医面談に訪れた人にはまず、最近の睡眠の状況や様子を聞くことにしています。
この質問へのいちばんよくある回答は、「普通に眠れていますよ」というもの。
そこで、前日の夜の眠りに入った時間や当日の起床時刻、寝ているあいだに目が覚めた回数や、ときには直近の数日間の睡眠時間を書き出してもらいます。
すると多くの人が、「昨日はちょっと遅くて深夜3時くらいに寝て、今朝は6時半に起きました」などと、十分に眠れていないことが見えてきます。
その結果を前に、「あれ? 思ったほど眠れていないですね?」と指摘すると、ようやく「うーん、確かにそうかもしれない」という答えに変わるのです。それだけ多くのみなさんが、無自覚のままで睡眠不足に陥っているということなのです。
産業医面談を通じ、数カ月にわたって一緒に睡眠を整えていくと、体調を崩していた人がどんどん快方に向かうことは珍しくありません。
もしその人が、どことなく体調が悪いことを放っておいてそのまま仕事を続けていたら、いずれ体を壊して仕事も休まざるを得なくなっていたかもしれません。
■正しい知識を身につければ睡眠満足度は上がる
数カ月にわたって産業医面談に通わなくとも、睡眠が改善したというデータもあります。わたしがメディカルアドバイザーを務め、企業向け睡眠改善プログラムを提供する株式会社ニューロスペースでは、睡眠改善の集合研修を実施しています。
その対象企業で蓄積したデータから、研修前と研修後1~3カ月の時点で睡眠満足度や睡眠の悩みに変化が表れました。
詳しい結果は図表1に掲載しますが、集合研修で睡眠の正しい知識を身につけ、自分自身の習慣を振り返ることで、1~3カ月後には睡眠満足度や睡眠不足、寝つきにくさや目覚めやすさなどに違いが生まれることが見えてきたのです。
![睡眠改善プログラム効果事例 (某丸の内大手企業)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/6/500/img_1686840a02766a409470c212e07df72f315361.jpg)
いま、産業医としてよく相談される内容のうち、睡眠不足に原因があるとピンとくるものには、次のようなケースが挙げられます。
□気づいたら、やらなくていいような同じ作業を1時間くらいしていた
□普段はしないようなミスを連発してしまう
□電車で寝過ごすことは前からあったが、乗り間違いも増えた
□ちょっとしたことでキレたり、涙が出そうになる
□会議中に上の空になってしまって、会議の内容が頭に入ってこない
これらは、発熱したり、体のどこかが痛んだりするようなわかりやすい自覚症状を伴うものではありません。そのため、その原因が睡眠不足にあるとはなかなか認識できないのです。
■睡眠不足が招くパフォーマンスの低下
睡眠不足は、仕事も含めたあらゆるパフォーマンスの低下を招きます。
昨今、ビジネスの世界では「健康経営」というキーワードが使われるようになっています。
病気や体調不良で会社を欠勤することを専門用語で「アブセンティーイズム(病欠)」と呼び、これに対し、「出勤しても、なんらかの不調のせいで頭や体が思うように働かず、本来発揮されるべきパフォーマンス(職務遂行能力)が低下している状態」のことを「プレゼンティーイズム(疾病就業)」と呼びます。
このプレゼンティーイズムにより、全米で年間1500億ドル前後の損失が出ているといわれるほど、無視できない大きな問題になっているのです。
プレゼンティーイズムの主な原因としては、肩こり、腰痛、頭痛、落ち込み、アレルギー、そして、不眠が挙げられます。
「睡眠不足だけがパフォーマンス低下の原因ではないよね?」と思う人もいるでしょう。でも、実は上記の症状のうち、不眠以外の症状は、睡眠不足が悪化させていると考えられるのです。
詳しくは後述しますが、睡眠には「体の痛みを取る」という働きもあります。さらに、すでに触れましたが、「睡眠不足が続くと不安や恐怖を感じやすくなる」ということもわかっています。
また、睡眠の重要な働きとして、免疫機能を高め、ホルモンのバランスを整えることも挙げられるため、睡眠不足になれば免疫機能やホルモンのバランスが崩れ、アレルギー症状を悪化させることにもつながるというわけです。
そのため、先に挙げた肩こり、腰痛、頭痛、落ち込み、アレルギー……それらのすべてが、睡眠不足によって悪化するとも考えられるのです。
ここで重要になるのは、睡眠不足はただ心身の不調を招くだけのものではないということ。なぜなら、それによりプレゼンティーイズムに陥れば、あなたの会社での評価が下がってしまうリスクがあるからです。
元気に働いて、本来の能力に見合った評価や報酬を得るためにも、あらためて日々の睡眠を見直すことを産業医として提案したいと思います。
■日本人の約30%が抱える不眠
睡眠不足を招く大きな要因が、「睡眠障害」です。睡眠障害とは、「睡眠になんらかの問題がある状態」のことを指しますが、この「睡眠障害」には様々な症状があり、細かく分類すると、なんと八十数種類にも及びます。
その代表格が「不眠症」です。おそらく、この本を手に取ってくれた人の多くが、程度の差こそあれ、不眠の症状に悩んでいるのではないでしょうか。
不眠症の定義は次のとおりです。ポイントは、「日中に眠気や倦怠感があるか」です。日中に眠気や倦怠感がある人は、次の項目にあてはまるものがないか、チェックしてみてください。
□眠るまでに30分~1時間以上かかる
□眠ったあとに何度も目が覚めて、再度眠りに入れないことがある
□睡眠時間の割に熟睡した気がしない
□起きたい時刻より2時間以上前に目が覚める
これら、どれかの症状が週に2回以上あり、かつ1カ月以上継続しているかが、不眠症の診断の目安です。
きちんと受診して、医師から不眠症だと診断されている人は、日本では約10%とされています。
「多くの人が睡眠に悩んでいるという割には、思ったより少ない?」と感じたかもしれません。でも、これはあくまで「受診して不眠症だと診断された人」の割合に過ぎません。
「きちんと眠れていない」との自覚がありながら病院に行っていない「隠れ不眠」も含めれば、その割合は約20%になり、日本人の5人にひとりが悩んでいるといえます。
しかも、無自覚の潜在患者まで含めれば、その割合はさらに高くなり、不眠症状のある人は約30%になるとも推測されています。
それだけ、「隠れ不眠」とも呼ぶべき人が多いのが実情です。
■日本人の睡眠時間は世界最短
日本は「隠れ不眠」が多い国だと書きましたが、加えて、現代に生きる日本人は、そもそも睡眠時間が短いというデータも存在します。
ランニングやフィットネス用のウェアラブル・デバイスで世界的に有名なポラールの日本法人が、2017年に主要28カ国・地域で6カ月にわたり収集した約600万の睡眠データを解析したところ、日本人の平均睡眠時間は男女ともに世界最短でした。
ちなみに、日本人男性の平均睡眠時間は6時間30分で、日本人女性は6時間40分です。
参考までに、男女ともに最長だったのはフィンランドで、男性が7時間24分で、女性が7時間45分でした。日本人とは実に、1時間近くもの差があります。
日本人男性の6時間30分、日本人女性の6時間40分という睡眠時間を見て、「思ったより眠れているじゃないか」と思いましたか? 多忙なビジネスパーソンや子育て中のママであれば、「毎日6時間も眠れない」という人もたくさんいるはずです。
![各国の男女別平均睡眠時間](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/7/500/img_c77db95b753a24686515b8e86159cd44351539.jpg)
この数字は、あくまでもポラールの製品を使っているユーザーの平均値です。しかも、ビジネスパーソンよりも長時間の睡眠時間が取れる高齢者や学生のデータも含まれています。
その点を考慮すると、働き盛りの世代に限れば、日本人の平均睡眠時間はさらに下がると考えられます。
約30%の人に不眠の症状があるうえに、日本人の睡眠時間は世界最短レベル。そう考えれば、やはり日本人の不眠・睡眠不足はもはや「国民病」であるといえると思います。
健康でいるために、そして仕事のパフォーマンスを上げるために、良質で十分な睡眠時間を確保することが、これからの日本人には求められます。
■睡眠時間6時間未満は7時間以上より4倍風邪をひく
では、そもそもなぜきちんと眠れないことが問題なのでしょうか。
睡眠のもっとも大切な役割は、「寝ているあいだに体のお手入れ(メンテナンス)をしてくれる」点にあります。
例えば、熟睡することで副交感神経の働きが優位となって、血圧が低下し、高血圧を予防することができます。こうした「血圧の調整」機能がそのひとつです。
また、もっと重要な役割として、「ホルモンバランスの調整」があります。「食欲を司る」働きをするレプチン、グレリンというホルモンを例にしてみましょう。
睡眠時間が短い人ほど、食欲を増進させるグレリンの血中濃度が高くなり、逆に食欲を抑えるレプチンの濃度が低くなることがわかっています。
ここからなんとなく想像できるかもしれませんが、睡眠不足の人は、食欲が異常に増して太りやすくなってしまうのです。
産業医面談にくる人は、年々体重が増えていくことを気にしていることが多いのですが、その原因が「意志の弱さ」だと思い込んでいます。
でも、本当は睡眠不足が原因で、睡眠さえ足りていれば、それだけで食欲が抑えられて徐々にスマートになっていくかもしれない、という人もたくさんいるのです。
![睡眠は体のお手入れ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/7/500/img_77194e6ebef6cf7766f4176c25939d08230404.jpg)
また、「免疫機能の調整」も睡眠の大切な役割のひとつです。
「免疫機能」とは、「病原菌などから体を守り、健康を維持するための防護システム」のことで、たった数日、睡眠不足になっただけでも体の防御機構に影響が出ることがわかっています。
例えば、2015年に発表されたアメリカの研究では、睡眠時間が6時間未満だった人は7時間以上眠れている人に比べて、ライノウイルスという風邪のウイルスに4倍以上もかかりやすいことがわかったのです。
それこそコロナ禍において、睡眠が体の防御機構に及ぼす影響は無視できないものではないでしょうか?
■日中にたっぷり使われた脳を冷却する役目も
それから、睡眠には「脳のなかの老廃物を外に排出する」という働きもあります。この作用には、認知症を防止するという側面もあるとされています。
極端な表現になりますが、「睡眠不足が続けばいずれ認知症を引き起こしかねない」――そういわれれば、睡眠の重要性をわかってもらえるかもしれませんね。
さらには、血糖値を安定させたり、精神的な落ち着きを取り戻させたりするといった作用など、睡眠が果たす役割は枚挙にいとまがありません。
もっと大きな視点で睡眠の存在理由を考えてみます。これは、「そもそも、なぜ人間は眠るのか」という問いに対する答えといえるかもしれません。
それは、人間が生きていくためにはなるべくエネルギーを使わない時間が必要だからです。そして、睡眠によって体力を節約する時間が生まれたことが、他の動物と比べて人間を飛躍的に進化させました。
また、人間ほど脳を酷使する動物も存在しません。日中にたっぷり使われた脳は、いわばオーバーヒート状態にあります。その脳を冷却してメンテナンスをすることにも睡眠は使われています。
つまり、人間が人間らしく活動するために、睡眠はなくてはならない重要な要素だということです。
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産業医、株式会社MEDICIO代表取締役
日本医師会認定産業医、精神科専門医、漢方専門医、臨床心理士。2001年、札幌医科大学医学部を卒業し、札幌医科大学附属病院神経精神科、東京都立松沢病院などで精神科医として研鑽を積む。また、国立病院機構東京医療センター、北里大学東洋医学総合研究所において、内科、東洋医学の知識を幅広く習得。2014年より、精神科、内科の臨床経験のみならず、人事労務、法律の知識を併せ持つ産業医として活躍。
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(産業医、株式会社MEDICIO代表取締役 穂積 桜 イラストレーション=伊藤美樹)
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