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それではプーチンの戦争は止まらない…欧州がいまでも「ロシア産LNG」に大金を払い続ける根本原因

プレジデントオンライン / 2022年4月5日 17時15分

2022年3月24日、ベルギーのブリュッセルで開催された欧州理事会首脳会議の冒頭で撮影されたワンシーン。ドイツのオラフ・ショルツ首相(前)、米国のジョー・バイデン大統領(後)、シャルル・ミシェル欧州理事会議長(右) - 写真=EPA/時事通信フォト

欧州は日米と連携してロシアに経済制裁を科しているが、天然ガスは対象外としている。なぜ天然ガスの輸入をやめないのか。エネルギーアナリストの前田雄大さんは「欧州は政策的に脱炭素を進めてきたため、ロシアへの依存か高まってしまった。無自覚に『プーチンの罠』にはまっている状態だ」という——。

■脱炭素に全集中…欧州がハマった「プーチンの罠」

ロシアのウクライナ侵攻は現代社会が抱えるさまざまな問題を露見させた。安全保障はその代表格であるが、社会・経済システムに大きな影響を与える点で見過ごせないのが資源・エネルギーの論点だ。

対ロ経済制裁の中で、アメリカはロシア産の原油・天然ガスの禁輸を3月8日に発表した。もちろん、経済制裁は西側が連帯をして行わなければ効果は薄くなる。ブリンケン米国務長官は、欧州各国と事前に調整を試み、ロシアに対する資源・エネルギーの制裁でも欧州側に協力を求めた。

しかし、この対ロ制裁に同調できたのはイギリスだけだった。資産凍結や国際決済システムからの排除といった制裁では足並みを揃えることができたにもかかわらず、エネルギー分野だけは不十分な形になった。これには明確な理由がある。

EU各国は資源・エネルギー分野でロシアとの関係を断ち切れない弱みがある。これに深く関係しているのが、欧州の焦り過ぎた脱炭素戦略だ。欧州はある意味で「プーチンの罠(わな)」に完全にはまったと言っていい。それも無自覚のままに――。

■脱炭素の主導権を握るためにロシア依存を進めた欧州

なぜ欧州は、国家存立の要であるエネルギーに関して、ロシアに致命的な弱みを握られることになったのだろうか。改めて振り返ると、資源・エネルギーに関するロシアと欧州の関係は伝統的に結びつきが非常に強いことがわかる。

ロシア経済の主軸は化石燃料セクターだ。ロシアの輸出品目を見ると、資源・エネルギー関係で輸出額の半分を占めている。お得意さまは欧州だ。また原油にいたっては半分弱の輸出は欧州向けに出されている。したがって、ロシア経済を欧州が支えているといってもあながち間違いではない。

ウクライナのゼレンスキー大統領は3月17日、ドイツ連邦議会での演説でドイツ政府の対応を一部強い口調で非難した。それはドイツがロシアから天然ガスを直接買い受けるために敷設したパイプライン、ノルドストリーム2を念頭に置いたものだ。要は、ドイツがロシアに資源・エネルギーを得る対価として支払った資金が、ウクライナ侵攻にも使われたというロジックだ。

欧州から見てもロシア産の資源・エネルギー依存は高い。天然ガスについては4割、ドイツでは5割以上を占めている。この面では欧州のエネルギー事情をロシアが支えてきたといっても、こちらもあながち間違いではない。

実際のところ、この関係性は最近になって構築されたわけではない。冷戦時代から段階的に構築されてきた。

ロシアはソ連時代の1970年代、シベリアのガス田開発と欧州と接続するパイプラインの開発で主要生産国・輸出国になった。1984年に建設されたウレンゴイ-ウージュホロド・パイプライン、1996年に稼働したベラルーシとポーランドを経由するヤマル・パイプライン、バルト海を通ってドイツと結ぶノルド・ストリームで、ロシアは天然ガスを欧州に供給。トルコ向けのブルー・ストリーム(2003年稼働)、トルコと南東ヨーロッパ向けのトルコ・ストリーム(2020年稼働)もある。

欧州とトルコを結ぶロシアの主要パイプライン
出典=EPRS

今回のウクライナ侵攻は、北大西洋条約機構(NATO)の東側拡大がロシアを刺激したという見方が安全保障の専門家から指摘されることがある。だが、資源・エネルギー分野で言えば、NATO対ワルシャワ条約機構という明確な構図が存在した冷戦期にも欧州はソ連に依存してきたのだ。安全保障は対立するものの経済面では関係性を構築することでバランスを取ってきたという部分もあるのだろう。

日没時のすてきなヨシュカル・オラ市の眺め
写真=iStock.com/Mordolff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mordolff

冷戦構図の終焉(しゅうえん)とともに、今日に至るまで、世界はグローバリズムを標榜(ひょうぼう)し、国際協調、相互依存によって「平和」と経済的な安定を実現させてきた。ここ数年、国際協調主義から自国第一主義への転換が見られるようになりバランスは揺らいでいる。

そのトリガーこそ、欧州主導の急進的な脱炭素戦略だった。

■欧州の焦りが生み出した「ロシア頼みの脱炭素戦略」

気候変動対策をはじめ、欧州はこれまで脱炭素の国際的な旗振り役を担ってきた。各国で事情は異なるが、再エネ比率の拡大に努め、脱炭素転換を世界に先んじて実行してきた。

世界的なメガトレンドになった背景には、気候変動の問題が現実の経済・社会に悪影響を及ぼすようになったこともある。だが、再生可能エネルギーの国際的な価格下落と、脱炭素が経済性を持ってきたことが最大の要因だろう。先行者の利益を得たい欧州にとっては、世界的に吹いた脱炭素の風は大いにプラスとなった。

ルール作りでも、経済的にも主導権を取りたい欧州は一貫してあるブランディングを開始する。それは「CO2を出さないことの正義」という新たな価値観だ。これは脱炭素転換で先行する欧州にとっては非常に都合がいい。気候変動問題はCO2の排出が主要因と考えられている。この欧州の「CO2無排出正義」は、地球環境の保護、国際社会への貢献という大義名分を与えるからだ。

他国が異を唱えるものなら、「気候変動問題は喫緊の課題であるのに、経済成長を優先する姿勢は果たして正しいのか」と欧州勢は反論できる。もちろん、国際貢献の文脈もなくはない。欧州の世論が気候変動対策を支持する土壌があるのも事実だ。

しかし、国際交渉に携わった現場で筆者が見てきたのは、欧州の政策展開は国際貢献の文脈を超えて、自国・自地域にとって都合のよいルール・体制作りを行いたいという主導権争いを色濃くしたアグレッシブな姿勢だった。

特にパリ協定が発足してから、その傾向は一層強くなった。パリ協定はCO2無排出正義にお墨付きを与える枠組みであるが、アメリカや中国の企業を中心に、脱炭素分野で猛追を始めたことが欧州を焦(あせ)らせた。

■日本の石炭火力、ハイブリッド車の排除に躍起に

2019年に一度は調整に失敗した「2050年カーボンニュートラル」だが、EUは2020年に合意し、他国に先駆けて方針を打ち出した。欧州はこうして、後戻りでいない一本道に自ら足を踏み入れた。

3月15日にEU加盟国の間で基本合意に至った国境炭素調整措置(CBAM)の導入は、欧州の脱炭素が「気候変動対策」に留(とど)まらないことを明確に示している。

CBAMは、環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける措置だ。CO2無排出正義を掲げつつ、EU域内の産業を保護するもので、気候変動対策でも、戦後の国際秩序とも言える自由貿易の原則から言っても問題となり得る措置だ。

これは自動車分野にも当てはまる。2015年のディーゼルエンジンの排出規制不正の結果、燃費のいい車の競争で日本に敗れた欧州勢は、CO2無排出正義を掲げて反撃に出る。

2021年7月、欧州委員会は2035年に欧州で販売される新車について、CO2の排出を認めない方針を発表した。日本勢が得意とするハイブリッド車は「CO2を出す」という理由だけで欧州市場から排除されることになった。

車のグリルに「ハイブリッド」の文字
写真=iStock.com/pictafolio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pictafolio

こうしたなりふり構わない脱炭素方針は、エネルギーセクターでも見られた。標的となったのが石炭火力発電所だ。化石燃料の中でも石炭はCO2の排出が多く、気候変動対策上も低減させる必要性が叫ばれた。2017年11月にはイギリスなどの有志国により脱石炭連盟が発足し、その傾向は加速していった。

ここでも日本は大きなあおりを受ける。日本は、相対的にCO2排出の少ない高効率石炭火力を得意としているが、石炭火力は一律に問題視されるようになった。2021年末の気候変動に関する国際会議(COP26)で、締約国は石炭火力を段階的に削減することで合意した。もちろん、その強烈な旗振り役を担ったのは欧州だ。

■軍事面だけではない…エネルギー分野にもあった戦争の引き金

すべて欧州の思い描いた通りに脱炭素シフトが進むように見えた。しかし、この急激な脱炭素シフトによって、欧州とロシアのバランスを崩すことになる。

先述の通り、ロシアは天然ガスや石油といった化石燃料セクターで経済がもっている。欧州はロシア産の化石燃料を購入するかたちで、ロシア経済を支えてきた。

地上ガスパイプラインの建設現場
写真=iStock.com/Leonid Eremeychuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Leonid Eremeychuk

しかし再エネが普及すれば、当然ロシアからの化石燃料輸入は減る。それだけでなく、CO2無排出を掲げる欧州が、脱炭素を世界に各国に求めるほど、化石燃料に依存するロシアを圧迫することになる。

ただでさえ、年金制度改革で国内経済の不安をかかえるプーチン政権にとって、これは長年培ってきた欧州との間のバランスを崩す一手であったことは間違いがない。

2021年にロシアが欧州向けの天然ガスの供給を絞ったことは、これとは無縁ではないだろう。ロシアが、天然ガス供給を政治的に利用したことで、欧州は急遽エネルギー不足に見舞われた。

電力価格が高騰し、多くの新電力が各国で倒産したほか、産業界にも影響が波及した。これは欧州にとどまらず、世界的な天然ガス価格の高騰を招き、それと連動する形で原油、石炭の価格も大きく上昇した。また石炭価格の高騰は、中国国内の電力不足の原因となるなど、世界のサプライチェーンにも影響を及ぼすまでになった。

ロシアはこうした一連のドミノ倒しを見て、自国のもつ影響力を再認識したに違いない。

■ロシア産の天然ガスに依存するようになった根本原因

なぜロシアが供給を絞っただけで、欧州はエネルギー危機となったのだろうか。その原因もまた、欧州自身が進めた急激な脱炭素戦略と言っていい。野心が招いた結果とも言える。

EUの脱炭素戦略の内実は、脱石炭というエネルギー政策だ。世界にCO2無排出正義を掲げるに際し、欧州は先手を打ってここ数年、脱石炭を一気に加速させた。イギリスは2024年に石炭火力全廃を発表、ドイツも2030年までの段階的廃止を決定した。

もちろん、風力や地熱、水素といった再生可能エネルギーに代替させているが、すべては賄えない。そこで、化石燃料ではあるが、石炭に比べてCO2排出が少ない天然ガスに依存せざるを得なくなったわけだ。

こうして脱炭素への移行期における燃料として、天然ガスの重要性は高まった。隣国で、調達コストが安価で済むロシア産天然ガスが、欧州にとっては最適だった。

天然ガスであっても当然CO2は出る。欧州は脱炭素時代の移行期の方策と考えられたハイブリッド車は排除する方針だが、発電に関してはCO2の排出を許した。この点はいかにも欧州の二面性を象徴している。

いずれにしても、欧州は急進的な脱炭素転換に伴うエネルギーのひずみを埋める役割を、ロシア産の天然ガスに求め、依存度を高めていった。欧州が脱炭素で米中などとの競争を制し、主導権を握り続けるためにはロシアが不可欠なものだった。

ロシアのウクライナ侵攻後も、EUは天然ガスの供給に依存している。対ロシアで結束する形を示しながらも、欧州各国の喉元はプーチンに刃を突き付けられた状態は今も継続していると言っていい。

空き地にたたずむ旧型の戦車
写真=iStock.com/XH4D
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XH4D

■後戻りはできない脱炭素の隘路

振り返れば、アメリカのトランプ政権はロシア産の天然ガスに依存を強めるドイツに警鐘を鳴らしてきた。メルケル政権はリスクを承知のうえで、戦略的な選択を採ったと見るのが妥当だろう。EUの要、そして脱炭素のトップランナーであるからこそ、ロシアのプーチンに頼らざるを得なかったのだ。

EUはリスクを承知で何を優先したのか。それは脱炭素推進による経済復興であり、今後の脱炭素市場における自国・自地域にとって有利となるルール形成だ。日本や米中に対する産業競争力の優位性を築き上げることを選んだわけだ。新型コロナからの復興という論点も加わり、2021年以降に一気に加速させた。取れる利益が見えたときに、リスクが霞(かす)んで見えてしまった。

そこにウクライナ戦争は勃発(ぼっぱつ)した。ソ連の冷静時代から続いてきた相互依存のゲーム理論が崩れることは当面はない、という読み違いだろう。もはや欧州はロシアの天然ガスなしでは機能しない。もし供給を止められても、中国がいる――。プーチンのこうした打算は侵攻直前の中ロ首脳会談の内容からもうかがえる(もちろん誤算も多々あっただろうが)。

安価な天然ガスという餌に、野心的な欧州は見事に誘い込まれた。先述の通り、脱炭素は後戻りが許されない一方通行の隘路(あいろ)だ。急激な脱炭素戦略によって、欧州は自らプーチンの罠にはまっていった格好となったと言える。

■戦争が終わってもエネルギー問題に悩まされることになる

アメリカはこの期に乗じて国産シェールガスの増産をもくろみ、欧州向けの輸出量を増やしている。それでも、地つながりのパイプラインで輸送した低コストのロシア産天然ガスに価格で対抗することは難しい。ウクライナ戦争が終わったとしても、欧州はエネルギー不足、調達先の確保や価格高騰に悩まされ続けることになる。

特に深刻なのは、ドイツだろう。ドイツは欧州各国の中でも、急進的な脱石炭、脱原発方針を掲げ、転換を図ってきた。特にメルケル政権の次に発足をした現政権は、メルケル政権よりもさらに高めの気候変動対策を掲げ、世論の支持を取り付けてきた背景がある。そのため、もはやアイデンティティーにもなったその方策を下ろすことは容易ではない。

ノルド・ストリーム2という天然ガスのパイプライン敷設計画は、さすがに承認手続きを停止せざるを得なくなったうえ、脱炭素方針の見直しについて、ハーベック経済・気候保護相が、現時点での方針見直しに否定的な見解を述べる一方、「タブー」なしに妥当性を検討する姿勢を示すなど、すでに旗下ろしの兆候は見せつつある。実際、すでにドイツでは休止中だった石炭火力が再稼働した。

各国の思惑がうごめく脱炭素戦線ではあるが、その移行期はバランスが崩れるものであり、こうしたリスクの急な顕在化も生じるのも特徴だろう。単にCO2を減らすという観点だけでなく、各国の綱引きやゲームの潮目なども意識しながら取り組まなければならない。

脱炭素は単なる環境対策ではない。日本がこれまで議論を避けてきた、国の根幹をなす安全保障の問題なのだということが、欧州の流転から読み解けよう。

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前田 雄大(まえだ・ゆうだい)
元外務省職員、エネルギーアナリスト
1984年生まれ。2007年、東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2022年より現職。脱炭素・気候変動に関する講演や企業の脱炭素化支援を数多く手掛けるほか、自身が発行人を務めるYouTubeチャンネル「GXチャンネル」で情報を発信している。著書に『60分でわかる! カーボンニュートラル 超入門』(技術評論社)がある。

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(元外務省職員、エネルギーアナリスト 前田 雄大)

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