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「怖いのは需要の戻りに対応できないこと」ANA HD新社長がとにかく楽観的な見通しを語るワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月9日 12時15分

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏 - 撮影=遠藤素子

航空需要の激減で、ANAホールディングス(HD)は2年連続の赤字に落ち込んだ。来期は黒字に戻せるのだろうか。4月に新社長になった芝田浩二氏は「需要が戻ったときに機材が足りないことのほうが怖い」と話す。ジャーナリストの安井孝之さんが聞いた――。

■経営危機と言われたが…ANAはコロナ後も生き残れるのか

——新型コロナウイルス感染の第6波が続き、第7波も予想されています。ロシアのウクライナ侵攻で世界経済の先行きはさらに不透明です。2年続いた赤字決算から2022年度は黒字に転換させる目標を掲げていますが、実現できるのでしょうか。

【芝田】コロナ禍の2年でコスト削減と事業構造改革がずいぶん進み、強靭(きょうじん)な体質になりました。今後も事業構造改革を継続し、その手綱を緩めません。強靭になった経営体質の下で今後は売り上げを上げていき、黒字を確保したいし、確保できると考えています。

——新しい危機が次々と起きている時代です。予想通りにいくでしょうか。

【芝田】確かに「一難去って一難」という状況が続いています。新型コロナとウクライナの問題は二つに分けて冷静に考えたい。

2月24日に起きたロシアのウクライナ侵攻は国際線を直撃する話です。ところが、新型コロナの影響で、現時点のANAの国際線の収入は小さく、大きなインパクトではありません。現在の環境であれば、あまり影響は大きくはないと見ています。

注意すべき点は新型コロナです。コロナの影響は国内線、国際線の両方にありますが、現在の主要なマーケットは国内線です。

まん延防止等重点措置が解除されると、昨年秋のように十分需要が戻ると思っています。山谷はあるが、強靭な体質に生まれ変わったことが寄与して、将来のリバウンド需要を吸収できると思います。

■「コロナ前に戻ると信じています」

——中期的な見通しを考えると、今後の新型コロナの影響をどう見ていますか。

【芝田】見極めは難しいですが、当面はウィズ・コロナだろうと思う。ウィズ・コロナが許容できるような状態が一定の期間続き、新型コロナが普通の風邪のようになっていくのでしょう。国内線は今夏には回復のメドがついてほしいですね。

【芝田】国際線の回復は今後2年ぐらいかかると思っています。23年度末ぐらいでしょう。ウィズ・コロナはそれぐらいのレンジになるのではないかと思う。それ以降はコロナ前に戻ると信じています。

——いずれ元に戻るという考え方ですか。

【芝田】そういう見方です。回復のペースはマーケットによって違うが、将来的にはきっと戻る。旅行先でいえば、ハワイは比較的早く戻ると思います。

——観光需要は戻るかもしれませんが、オンライン会議の活用が進んだビジネス需要は戻らないという見方はないですか。

【芝田】私は戻ると考えています。個人的にもそう思うし、ビジネスパートナーや私の知人からも海外に渡航し、対面して商談するニーズはあると聞きます。オンラインでは話が片付かないものがあります。回復のペースが速いニーズと遅いニーズがあるかもしれませんが。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

■2014年以降に発注した新型機が続々届く予定だが…

——先ほど「強靭な体質になった」とおっしゃいました。ANAは保有機体を削減(20年度に早期退役の28機を含め35機が退役)しましたが、今後はどのような成長軌道を描いているのでしょうか。

【芝田】需要の戻りに応じて生産高(提供座席数と飛行距離をかけた座席距離数)はいかようにも対応するという覚悟です。どういうことかというと、機材は少なくなっていますが、余裕機材がまだ国内線、国際線にあり、国際線には比較的多くあります。

国内線に乗られると分かりますが、国際線の座席仕様の飛行機が飛んでいることがあります。国際線で使っていた機材を国内線に使っているのです。これまでにない工夫をしながら需要に対応しています。そうした工夫で限られた機材を活用し、戻る需要に柔軟に対応していきます。

一方で2014年以降、発注してきた機材のデリバリーが始まりつつある。それを止めたり、先延ばしにしたりしてきましたが、現状は新機材が列をなして待っている状態です。

だから需要が戻ったときに機材が足りないということはない。成長戦略に疑問符が付くことは全くありません。23年度、24年度は何機必要かという判断について議論をしている最中です。

■恐れていることは、需要の上振れに対応できないこと

——コロナ禍の前の2019年5月に成田―ホノルル間に投入された超大型機「A380」はウィズ・コロナの厳しい状況下で抱えていますが、負担ではありませんか。

【芝田】先ほどお話ししたように国際線の中でもホノルル線の回復は早いと見ています。A380はホノルルに特化したものなのでそんなに遠くないうちに活躍する機材だと考えています。今も駐機中の機内でレストランとして利用したり、遊覧飛行で飛んだりしてしっかり使わせてもらっている。今は翼を温めているという感じで、心配はしていません。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

——芝田さんの見方はとても楽観的、楽天的に思います。いつもそうですか。

【芝田】その見方は正しいですよ(笑)。「楽に思う」ことを心掛けています。悪くなった時の下支えはしっかりやっていますが、需要が上振れた時にそれに対応できる余力がないとせっかくの勝機、チャンスを失ってしまう。その備えは常にしておきたいのです。

——3月に国際線の新ブランド「AirJapan」を2023年度後半にアジアなどに飛ばすと発表されました。それも需要が回復した時の備えですか。

【芝田】これでANAグループにはフルサービスのANA、LCC(格安航空会社)のPeach Aviation、それに加えてハイブリッドのAirJapanがそろいました。それぞれの強みを生かしながら成長に向けて力を発揮してもらう。今後の需要の回復のスピードはどうか? 中身は? インバウンドなのかアウトバウンドなのか? 訪日の戻りは速いのか? などと考えを巡らせています。訪日外国人の戻りが速ければ、訪日外国人をターゲットにしているAirJapanブランドが活躍できます。

ANA・3ブランドの飛行機の模型
撮影=遠藤素子

■コロナ禍で温めてきた“新しい翼”

三つのブランド、サービスをそろえたことで、ニーズに応じてお客様が選択できるようになり、ANAグループの魅力度は増すと思います。ANA、Peach、AirJapanそれぞれのブランドで、お客様のライフスタイルに応じてサービスを選べる環境を整備したい。

——「強靭な体質」に加えて経営に柔軟性を付け加えたということですか。

【芝田】そう思います。ただそのためにはそれぞれのブランドが強靭さをもつ努力をそれぞれにしなければならない。例えばAirJapanはPeachのローコスト経営を学び、しっかり低コストを実現する。機内のサービスは座席回りも含めてフルサービスのANAのようにお客様に満足してもらえるように知恵を絞らなければいけない。そうした努力の結果で、お客様が三つのブランドを回遊できるような仕組みができれば収入増につながっていきます。

——お互いが客を取り合うことにはならないのでしょうか。

【芝田】少々あってもいいんじゃないかと思います。それぞれに競争し、切磋琢磨(せっさたくま)してほしい。Peachは香港や台湾など4時間ほどの距離を飛んでいます。AirJapanはもっと長い距離を飛ぶ。場合によっては同じ所にも飛びますが、AirJapanは訪日需要がメインで外国人が便利な時間帯に離発着する。フルサービスのANAともマーケットが違うんです。十分、棲(す)み分けはできると思います。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

■出向社員は、需要を見ながら全員戻す

——守っているだけの方がマイナスだと、取りこぼしを恐れているのでしょうか。

【芝田】その通りです。今後の成長の糧をどこで拾えばいいのかと常に考えています。需要は元に戻りますからね。出向社員も含めて人材と機材というリソースは小さい会社になっていますが、中身は筋肉質になり、ものすごくパワフルになったというのが今の状況です。

この体質をもってすれば、次の需要の戻りに応じて反転攻勢できる下地は十分できている。さあ反転攻勢だという時にその備えができていないと本当にみじめなことになります。

多くの企業様に受け入れていただいている約1700人の出向社員はいずれ復帰します。機材も徐々に柔軟に戻す。場合によっては前倒しすることもある。そういう備えはしっかりしていきます。しっかり需要をみながら、みんな戻すのが大前提です。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

——多くの会社は苦しくなったら新たな手を打たず、守りを最優先すると思いますが。

【芝田】航空事業はインフラ事業だからでしょう。昨年秋のように新型コロナがいったん収束したときの需要の戻りを考えると、航空事業の存在は決してなくならないという自負を改めて感じ、大きな自信となりました。無駄な準備は省きますが、反転攻勢の準備をしていることが大事です。

——ANAの前身、「日本ヘリコプター輸送」の創業社長だった美土路昌一さんは「現在窮乏、将来有望」と社員を叱咤(しった)激励し、かつて「野武士」「アウトサイダー」といわれたANAは日本一になりました。今のANAはまさに「現在窮乏」という状態ですが、かつてのような気風は社内にまだ残っているのでしょうか。

【芝田】そのような気風はもうないのかというと、まだ強いとは思う。正直言って、いろんな思いを社員は持っています。しかし月齢賃金を含めた賃金のカットがあったのに、それでも会社が好きで残ってくれている社員がいる。とてもありがたいと思います。

【芝田】「現在窮乏、将来有望」の思いは今にも通じます。「私たちの会社は将来に向けて暗い業種では決してなく、明るい夢のある会社なんだ」という思いをANAグループ社員と共有したい。それが私の最初の仕事だと思っています。

■大学休学中、北京大使館で得た大切な教訓

——芝田さんは「共有」と「共感」という言葉をよく使われるそうですね。

【芝田】企業理念はぜひ共有したい。理念には「安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します」とある。ANAらしい企業理念だと思う。残っている社員は企業理念を共有したから、残ってくれている。

アクションプランには「共感」してほしい。三つのブランドでしっかり今後の航空需要を取っていく。そこにテコ入れして拡大していきます。そして非航空事業である「ニューバリュー事業」としてバーチャル旅行体験などの新事業の種まきは終わっています。それぞれの事業がANA経済圏の中で成長することによってプラスαの付加価値を生み出すというアクションプランへの共感を求めていきたい。

そういう対話を通じて感じることは、社員にはチャレンジ精神があるということです。私が入社した頃のような野蛮な野武士思想ではなく、しっかりと心根にあるANAのDNAを今の「現在窮乏」にマッチさせ、呼び起こしたいと考えています。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

——社員にとっては、悲観的なトップより、楽天的なほうがモチベーションは保てますね。

【芝田】社員たちがその分、慎重ですからね。能天気に楽天的なのではないです。常に違う局面に対する備えを頭の中で試行錯誤しています。常に別の案、「Bプラン」を考えています。

——そう考えるようになったのはいつ頃からですか。

【芝田】仕事の一番基礎を学んだのは、大学4年、5年の2年間に休学し、北京の日本大使館で働いた時です。曲がりなりにも外交官(※編集部註)をやらせてもらい、仕事はこうするんだと学びました。

※編集部註:外務省在外公館派遣員として北京の日本大使館に派遣された。在外公館派遣員とは、大使館、総領事館などの在外公館に派遣される民間人材で、語学力を生かして館務事務補佐などの業務にあたる。嘱託職員で任期は原則2年。現在は外務省の委託を受けてた国際交流サービス協会が派遣員の募集・選考を行っている。

当時、大平正芳首相の訪中があり、分刻みの工程をつくる作業をしました。想定外の事案にも対応できるように、Bプランはしっかり用意していました。その経験がその後の考え方の基礎になったのかもしれません。

——両にらみのプランを準備するのはコストがかかりませんか。

【芝田】プランを2つ用意すると普通は負担が多くなります。それをどれだけコストを減らして用意するかが妙味ですよ。

ANAホールディングス 代表取締役社長 芝田浩二氏
撮影=遠藤素子

■インタビュー後記――新社長はなぜ「楽天的」でいられるのか

就任の記者会見で、前社長の片野坂真哉会長は芝田社長について「『大丈夫だよ』が口癖で、大丈夫じゃないという空気の時に、2日ぐらいして『大丈夫だよ』と2、3の根拠を持ってきた。なるほどと思い、それに乗っかったこともあります」と話した。

インタビューでの発言は一見、実に楽観的、楽天的な見方だなあ、と思ったが、その裏にさまざまな思考を巡らせた結果のBプランを持ち合わせているようだ。根拠のない楽観主義者ではなく、ある意味で慎重な楽観主義者と言える。

考えてみれば悲観論からは夢も成長も生まれない。「将来有望」と信じなければ苦境からは抜け出せないのだ。

先を読み、別の選択肢を用意して備える――。常にBプランを考えるのは「将棋5段」の腕前のせいかと思い、尋ねてみると違っていた。森内俊之9段と懇意のため森内氏に「5段」と認定されたらしい。

「コンピューター将棋では5級の腕前です」とあっけらかんと笑う。格好をつけない人だと思った。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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