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なぜ高度なICBMを作れるのか…失業したウクライナ人技術者を誘い込む北朝鮮の手口

プレジデントオンライン / 2022年4月6日 12時15分

北朝鮮の金正恩委員長が、試験発射前に新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)とする国家メディアの報道の近くを歩いている様子。北朝鮮の公式朝鮮中央通信が25日に報じた。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■失業したウクライナの技術者が北朝鮮に?

北朝鮮は3月24日、核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」のロフテッド軌道での発射実験に成功したと発表したが、この時、平壌近郊のミサイル発射場では、ウクライナ人技術者が立ち会っていた、と国際軍事筋はみている。

2014年のウクライナ危機後、ロシアがウクライナ製ミサイルの輸入を中止したため、職を失ったウクライナのミサイル技術者が北朝鮮に招かれ、技術開発を指導した可能性があるのだ。

北朝鮮は2017年頃から、短距離ミサイルを含めミサイル技術を格段に向上させており、「ウクライナ・コネクション」を無視できない。

■米国を脅かしたミサイル製造企業「ユジマシ」

ウクライナへの無差別攻撃を続けるロシア軍は3月11日、中部のドニプロにもミサイル攻撃を行い、空港や民間アパートに大きな被害が出た。ロシアが今後、ドニエプル川以東の「ウクライナ左岸」の制圧を目指すなら、流域の戦略的要衝であるドニプロ攻防が焦点になる。

ドニプロは2016年までドニエプロペトロフスクと呼ばれ、人口100万人近い重工業都市。旧ソ連指導者、ブレジネフ共産党書記長がこの町を権力基盤にし、政権掌握後、元同僚をクレムリンに招き、「ドニエプロ・マフィア」を形成した。

スターリン時代以降、軍需産業や製鉄、化学工業が集積され、大学と一体化した軍事技術研究も進展。国営ミサイル製造企業「ユジマシ」はソ連時代、米国を震え上がらせた大型ICBM、SS18を製造していた。ユジマシは冷戦後もロシアに各種ミサイルを輸出したが、14年以降は取引が中止され、工場の多くが操業を停止した。

■「謝礼は月3000ドルで…」北朝鮮工作員が勧誘

職を失ったユジマシの技術者・労働者は数千人に上り、ロシアに移住した者や中国に招かれた者もいる。ICBM分野で米露に劣る中国は、ウクライナの軍事技術を評価し、優秀な技術者を招聘した模様だ。

核・ミサイル開発を進める北朝鮮もユジマシに注目し、旅行者を装った北朝鮮工作員がドニプロを訪れて技術者らと接触していた。2011年には、ドニプロでミサイル関連技術や設計図を盗み出そうとした北朝鮮の工作員2人がウクライナ当局に逮捕される事件もあった。

この時の裁判でウクライナ検察は、2人が在ベラルーシ北朝鮮貿易代表部員で、ユジマシの技術者らを「謝礼は月3000ドルでどうか」「北朝鮮のセミナーで講師をお願いしたい」などと勧誘したと指摘した。

3000ドルは経済破綻したウクライナの平均月収の10倍以上。日本人拉致問題と同様、外国人を騙して連れ出すことは北朝鮮の得意技だ。北朝鮮の工作員はその後も、ドニプロを定期的に訪れ、ミサイル技術者と接触したらしい。

ユジマシの労組幹部は「技術者や労働者は仕事を得るため、北朝鮮やイラン、パキスタンに渡航した」ことを認めた。

■17年以降、成功率が格段に上がった背景

北朝鮮がウクライナからICBM技術を導入しているとの情報は、米紙「ニューヨーク・タイムズ」(2017年8月14日)が最初に報じた。同紙は、17年7月に発射された長距離ミサイル「火星14」に、ユジマシ工場で生産された旧ソ連製液体燃料エンジン、RD250の改良型が搭載されていたと伝えた。

RD250は、60年代に旧ソ連で開発され、その後次々に改良され、ユジマシで製造された。

16年までミサイル発射で失敗を繰り返した北朝鮮は、17年から成功率を格段に上げており、専門家は「海外から技術者やミサイルエンジンを調達した結果だ」とみている。

RD250エンジンの改良型は、ドニプロからロシア経由の鉄道で北朝鮮に送られた可能性がある。英シンクタンク、国際戦略研究所の専門家は当時、北朝鮮は同型エンジンを闇市場で入手し、「火星14」「火星15」などのICBMに搭載したと分析した。

これに対しユジマシ社は、「北朝鮮のミサイル開発にかかわったことはない」と全面否定した。

■ミサイル成功はソ連邦解体の副産物

北朝鮮のウクライナ・コネクションについては、国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員を務めた古川勝久氏も、「2012-17年に毎年、のべ100人から500人の北朝鮮人がウクライナに入国し、協力者を獲得していた可能性が高い」と指摘している。(産経新聞、18年2月12日)

北朝鮮はRD250改良型エンジンの設計図を盗んだとの説もあるが、難解なロシア語の設計図を解読し、組み立てるのは至難の業で、古川氏は「製造に携わった技術者の協力が不可欠」としている。

韓国に亡命した北朝鮮の元ミサイル専門家も「われわれはロシアとウクライナの技術者に育てられた」と告白していた。

北朝鮮が昨年9月と今年1月に発射した短距離弾道ミサイルは、低空を不規則軌道で飛行するロシア製短距離ミサイル、イスカンデルMに酷似している。この開発には、ロシア人技術者の関与が噂される。

30年前のソ連邦解体後、北朝鮮工作員がウラル地方などロシアの閉鎖都市に入り、失業した核・ミサイル専門家を一本釣りしたことがあった。

ロシア外務省当局者は筆者に対し、「ソ連解体後、北朝鮮に渡ったロシア人技術者は26人だったことが極秘の調査で分かった」と話していた。北朝鮮の核・ミサイル開発成功は、ソ連邦解体の副産物なのだ。

北朝鮮国旗
写真=iStock.com/Stephen Anthony Rohan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stephen Anthony Rohan

■「ロシア軍の武器庫」にも目をつけている

ウクライナと隣接するモルドバ領沿ドニエストル共和国にも、北朝鮮が関心を示している。

モルドバからの独立を目指すドニエストル共和国は、親露派住民の多い帰属未定地域で、ロシア軍の平和維持部隊が駐留。帝政ロシア時代から軍の武器庫で、大量の兵器が野放しになっている。その中には、放射性物質で作る汚い爆弾や劣化ウラン弾も貯蔵されているとの情報もある。

筆者は2005年、ドニエストルを訪れた際、北朝鮮の工作員が定期的に来ていることを知った。この地は通常の旅行者が訪問するような場所ではなく、兵器の買い付け以外考えられない。

旧ソ連で暗躍する北朝鮮工作員の拠点は、ウクライナの裁判資料に明記されたように、ベラルーシにあるといわれる。外交筋によれば、在ベラルーシ北朝鮮貿易代表部は16年、大使館に格上げされ、北朝鮮偵察総局の拠点となっている模様だ。

ベラルーシの北朝鮮偵察総局は、ウクライナの戦況を注視し、新たな兵器の確保や技術者の一本釣りを密かに狙っているかもしれない。

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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年から現職。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。

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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)

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