1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

早朝5時から「おはようございます!」…朝から晩まで「いい人」だらけのNHKを見ていたら疲れた

プレジデントオンライン / 2022年4月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

NHKは受信料を財源とする公共放送だ。ノンフィクション作家の髙橋秀実さんは「NHKは『豊かで、かつ、良い放送番組の放送を行うこと』が法律で規定されている。だから、朝から晩までいい人しか出てこない。意識してNHKと向き合ってみると、何やら言い知れぬ圧迫感を覚える」という――。

※本稿は、髙橋秀実『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

■日本人に規則性をもたらす「道徳の宣伝機関」

早朝5時、いきなり男女が声を揃えて挨拶する。

「おはようございます!」

まどろんでいた私はびっくりして目を覚ます。「おはようございます」と囁(ささや)くのではなく、勢いをつけて「おはようございます!」。朝から元気いっぱいの様相で、私も「早くしなさい!」と急かされるようなのである。

NHKのニュース番組『おはよう日本』。彼らはまず「○月○日、○時になりました」などと日付と時刻を伝える。まるで日本の時間軸を統率するかのようで、これが毎朝5時、6時、7時に繰り返される。ニュース番組なので新しい情報が伝えられそうなのだが、朝の5時からずっと見ていると、同じニュースが反復されており、内容より規則性が印象に残る。何かが起きているというより、道路交通情報の決まり文句のように今日も「おおむね通常通り」と言いたげなのだ。

遅まきながら気づいたことだが、NHK(日本放送協会)こそ日本の「道徳」ではないだろうか。日本人に規則性をもたらすという点でも道徳の宣伝機関といえるし、NHKはその存在自体が道徳的である。

■受信料に支えられる国営放送といってよさそうだが…

1950年(昭和25年)に放送法に基づいて設立された特殊法人で、その使命は「健全な民主主義の発達」や「公共の福祉」と規定されている。財源は広告収入ではなく受信機を備えた世帯から徴収される受信料(年間6714億円/令和3年度)でまかなわれており、公平な負担で公正な番組づくり。法律に基づいて受信料を徴収し、国会で経営委員会の委員や予算が承認されるので、国営放送といってよさそうなのだが、NHKは「政府の仕事を代行しているわけではありません」(NHKのHPより、以下同)と念を押す。

政府や「特定の利益や視聴率に左右されず、まさに自主的、自律的にニュース・番組を制作し、編成することができます」とのことで、NHKは「公平」「公正」「自主」「自律」の事業体。その「番組基準」を眺めてみると、「世界平和の理想の実現に寄与」したり「人類の幸福に貢献する」と宣言している。国民に対しては「人格の向上」を図って「合理的精神を養う」。「生活を安らかにする」ことにつとめて「相互扶助の精神を高める」。

さらには「家庭を明るく」「家庭生活を尊重する」そうで、「地域の多様性を尊重」「地域文化の創造」「わが国の過去のすぐれた文化の保存」「豊かな情操」「健全な精神」……。まるで『学習指導要領』(文部科学省)にあった「道徳」の徳目が列挙されているようで、NHKとはすなわち道徳放送だったのだ。

見える道徳。視聴できる道徳というべきか。NHKを流せば茶の間も道徳教室に早変わりするわけで、私は早朝5時からどっぷりNHKに浸かってみることにしたのである。

■NHKの出演者からひしひしと伝わる同調圧力

つらい……。

観始めて1時間も経たないうちに私はそう感じた。これまで断片的にニュースなどを観ることはあったが、こうして真剣に凝視することはなかった。初めてNHKと向き合っているようで、向き合っていると何やら言い知れぬ圧迫感を覚える。

この感覚は何なのかと考えながら観ているうちに、出演者たちが「みんないい人」だということに気がついた。それぞれが「いい人」というのではなく、「みんないい人」。「いい人」が集まって「みんないい人」ではなく、「みんないい人」だから「いい人」でなければいけないという同調圧力が画面からひしひしと伝わってくるのだ。

ニュースのキャスターは与えられた原稿を丁寧に読む「いい人」で、ゲストやVTRの素材に対しても「へぇ一」「ほう」「ステキです」などとこまめに反応する。スタッフたちとも「いい人」同士で労(ねぎら)い合っているようで、「相互扶助の精神」(「番組基準」)を体現しているのだ。

■ドラマの登場人物もお笑い芸人も「みんないい人」

特に驚かされたのは朝8時から始まる連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に続く『あさイチ』という番組。いきなり同局制作の『カムカムエヴリバディ』を褒めることからスタートするのだ。その日のゲストはこれまた同局制作の大河ドラマ『青天を衝(つ)け』の脚本を担当している大森美香さん。開始早々、彼女は同番組の司会をつとめる博多華丸さんが西郷隆盛役に「いい」と思って大河ドラマに起用したと打ち明けた。大森さんは華丸さんが「いい」と褒め、華丸さんたちも大森さんの脚本が「いい」と讃える。

番組には彼女の夫や娘も登場し、彼女が仕事も家事も子育ても両立している「いい母親」であることが明らかにされ、出演者全員から称賛を浴びる。かつて同じドラマで仕事していたという俳優も彼女のことを「上の人には厳しく、下の人には優しい」と証言した。権力にのまれず、庶民感覚を忘れないそうで、まるで国家権力からの自主自律をテーゼにしているNHKそのものではないか。みんなに「いい人」と讃えられる大森さんは、みんなを「いい人」にする。

連続テレビ小説や大河ドラマの登場人物たちも「みんないい人」。「いい人」が逆境にも負けずに頑張り、それを「いい人」たちが支える。「NHK歳末たすけあい」のPR映像でもお笑い芸人の阿佐ヶ谷姉妹が視聴者にこう語りかけていた。

時には家族のように、時には友のように、
自分を支えてくれる人がいること、
そんな存在がいるだけで、
私たちは、笑顔で毎日を過ごせています。

彼女たちも「いい人」で、「いい人」が「あなたはいい人ですか?」と問いかけているようなのだ。

■いい人ではない行為にはきちんと理由がある

その日に放送されていた各種番組も「みんないい人」だった。東京の小金井市の井戸(水汲み場)に集まる人々を取材した『ドキュメント72時間』では家族のために水を汲みに来る人々が紹介され、中には取材スタッフを労ってスープをつくって運んでくれる人まで登場した。『未来スイッチ』という番組では脚が不自由な曾祖母のために「杖に変形するシルバーカー(手押し車)」を発明した中学3年生がとりあげられ、福祉用具メーカーの取締役が「応援します!」と絶賛した。

『逆転人生』という番組では口蹄疫(こうていえき)の被害から立ち直った畜産農家が紹介された。出演者たちは過剰なまでに「どん底からの大逆転劇!」「大、大、大逆転!」「素晴らしい!」などと「逆転」という言葉をなぞり合い、農家の方も逆転劇に合わせて生活設計しているようだった。『ロコだけが知っている』でも地域に貢献する人々が次々と紹介され、最後にゲストの細川たかしさんがこう絶叫した。

「いい人ばっかりだ」

NHKはまさにいい人づくめ。夜10時から放送されていたドラマ『群青領域』などではそうでないような行為をする人も登場するが、見るからに本当は「いい人」であり、そうでないようなことをする理由がちゃんと用意されているのである。

笑顔のプレートを持つ人たち
写真=iStock.com/SDI Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SDI Productions

■50代男性が欠かさずNHKのドラマを観るワケ

「毎日、欠かさず観てますよ」

意気揚々と語ったのは藤堂さん(50代男性/仮名)だ。彼は十数年来、連続テレビ小説のみならず、大河ドラマも欠かさず観ているという。

——面白いんですか?

単刀直入にたずねると、彼は「う~ん」と唸(うな)った。

「面白いものもありますね」

——面白くないものもあるんですか?

「あります」

——面白くなくても観るんですか?

「観ますね」

即答する藤堂さん。

——なぜ、なんでしょうか?

「面白くなるかも、と思って観るんです」

今後に期待しながら観るということか。いずれにしても面白いから観るのではなく、欠かさず観ることが前提になっている。ちなみに彼は会社も無遅刻無欠勤らしい。

「毎日15分というのがちょうどいいんです」

藤堂さんが続けた。連続テレビ小説は15分の番組。この長さのドラマは「他にはない」とのことである。

■ラジオ体操みたいに新陳代謝を促す習慣

——飽きないということですか?

「っていうか、以前、1週間分を週末にまとめて観ていたことがあるんです。そうするとやっぱりちょっと違うんですね」

——どう違うんですか?

「1週間分を一気に観るのはつらい。週末は録りだめた他のドラマも観たりするんで、あんまり時間をとられたくないし。だから分散させておきたいんです」

——分散?

「そう、毎日に分散されていたほうが楽なんです」

——楽なんですか……。

視聴は一種の義務なのだろうか。「楽」ということは、彼も本当はつらいのではないだろうか。

「つらくはないですよ」

きっぱり断言する藤堂さん。

「今やってる『カムカムエヴリバディ』などは毎回、ホロッとさせられます。観ながら泣いたりすることもありますしね」

——毎回ホロッとするんですか?

まったく無感動な私が驚くと、彼は深くうなずいた。

「毎回あります。毎日観ていると毎日1回はホロッとする。それでハマるのかもしれません。泣くっていうのは体にもいいらしいじゃないですか」

連続テレビ小説はラジオ体操みたいなもの。毎日の新陳代謝を促す習慣ということなのだろうか。

■「不健全な男女関係」より家族関係が中心に

——すみません、何にホロッとするんでしょうか?

念のために確認すると、彼は力説した。

「家族の話ですね。子を思う父とか父を思う子とか。そういえばNHKのドラマはどれも家族がテーマですね」

NHKの「番組基準」にも「家庭生活を尊重する」と規定されている。ちなみに結婚については「まじめに取り扱」うと決められており、結婚以外の関係については「不健全な男女関係を魅力的に取り扱ったり、肯定するような表現はしない」と固く禁じている。それゆえ男女の情愛表現は制限され、ドラマはおのずと家族関係が中心になるのである。

「大河ドラマもそうですが、NHKは主人公を生い立ちから描くでしょう。それがいい」

思い出したように讃える藤堂さん。

——生い立ちのどこが、ですか?

「生い立ちから説明してくれれば、よくわかるじゃないですか、その人がどうしてそうなったのか、わかりやすいじゃないですか」

■NHKの番組を観ていて覚える圧迫感の正体

つまりは必然性ということか。ドラマに求められているのは物事の必然性であり、生い立ちから描くことで必然の連鎖として人生を理解できるのだ。確かにNHKは必然性を重んじる。

髙橋秀実『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか』(ポプラ社)
髙橋秀実『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか』(ポプラ社)

公共放送は必然的に生まれたかのように説明されていたし、報道やドラマ、情報番組もそれぞれ時節に必然的な企画として構成される。道徳放送とは必然的な放送。人生を偶然の連続と考えている私などからすると、必然の鎖に縛られるようで、だから圧迫感を覚えるのだろうか。

「でも実際、NHKのドラマに出ている俳優さんたちは熱演してるじゃないですか。みなさん気合いが入っていると思いますよ。そう思いません?」

首を傾げる私に藤堂さんが言う。

——そ、そうですね……。

「NHKはみんな観ているからです。他局のドラマと違ってNHKのドラマはみんな観てる。みんな観てるから気合いが入って、みんな熱演になるんです」

■みんなのみんなによるみんなのためのNHK

藤堂さんは力説した。みんな観てるNHK。みんな観てるからみんな熱演と「みんな」の連打になっているが、この「みんな」は必然性を表わしているのではないだろうか。「みんな観てる」は、人々が観るから自分も観る。観られているから観るわけで、観るから観られていることになる。主客を超え、意志をも超えて「観てる」のだ。

実際私たちは、やっている人が2、3人でも「みんなやってる」と言うし、たった1人が持っているだけでも「みんな持ってる」などと言う。周囲に言及しているフリをして必然性を獲得するのである。藤堂さんが言う「みんな観てるからみんな熱演」というのも必然性の連鎖であり、みんな熱演だからみんな観ることになる。「みなさまのNHK」はみんな観てるNHK。この「みんな」が何に裏付けられているかというと、放送法に次のように規定されている。

豊かで、かつ、良い放送番組の放送を行うことによって公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与するように、最大の努力を払うこと。(放送法第81条一)

NHKは「公衆の要望」を満たす。公衆から徴収した受信料で公衆の要望に応える番組を公衆に提供している。みんなのみんなによるみんなのためのNHKというわけで、これは民主主義の原理に通じている。NHKの使命の中にも「健全な民主主義の発達」と記されているくらいで、実は民主主義こそNHK道徳の根幹だったのだ。

----------

髙橋 秀実(たかはし・ひでみね)
ノンフィクション作家
1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社を経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『ゴングまであと30秒』『にせニッポン人探訪記』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『トラウマの国 ニッポン』『はい、泳げません』『趣味は何ですか?』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』『日本男子♂余れるところ』『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』『悩む人 人生相談のフィロソフィー』『パワースポットはここですね』『一生勝負 マスターズ・オブ・ライフ』など。『はい、泳げません』は長谷川博己、綾瀬はるか共演で映画化、2022年6月全国公開予定。

----------

(ノンフィクション作家 髙橋 秀実)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください