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「プーチン=極悪非道、ゼレンスキー=正義の味方」そんな安直な思考が見落とす重要事実

プレジデントオンライン / 2022年4月6日 13時15分

2021年3月3日にキエフで欧州理事会議長と共同記者会見するウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領(左)と2021年8月20日にモスクワのクレムリンで会談後のドイツ首相と共同記者会見するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(右) - 写真=AFP/時事通信フォト

ロシアがウクライナに侵攻して1カ月余り。欧米や日本の報道スタンスは「ロシア=悪、プーチン=極悪非道」だ。精神科医の和田秀樹さんは「プーチンは悪者で、ウクライナ=可哀想な犠牲者、ゼレンスキー=正義の味方という単純な思考では見落としてしまうこともある。欧米のウクライナ報道の根底に“アジア人差別”があるとの指摘をする専門家もいる」という――。

■「プーチン=極悪、ゼレンスキー=正義」でいいのか

自慢話のようで恐縮だが、私の高齢者向けの本が売れている。

『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)が22万部売れたと思えば、3月末に出した『80歳の壁』(幻冬舎新書)は発売1週間で4回も増刷がかかり8万部となっている。

これらの本で強調したことのひとつに、前頭葉の老化予防ということがある。前頭葉が老化すると意欲が低下し、足腰や脳を使うことが減っていくので全身の老化が加速するからだ。

前頭葉の老化予防のためにできることに、ルーティンを避けることがある。行きつけの店でない店にチャレンジしたり、普段読まない著者の本を読んだりすることだ。

私が前頭葉の老化予防のために心がけていることは、なるべく人の言わない意見を言うようにすることだ。

人の言っていないことを言うために情報を探すことや、それを表明するためのロジックを考えることが、多少なりとも脳を創造的に使うことになり、前頭葉のトレーニングになると信じているからだ。

たとえば、世間の論調が「コロナが怖い」一色で染まっているときに、ほかの病気でどのくらい普段の年に亡くなっているのかを調べることで、風呂場で死ぬ人よりコロナで死ぬ人のほうが少ないというような意見が言える。

感染防止のためコロナ自粛一色で染まっているなら、ステイホームの負の側面にもスポットライトを当て、足腰が弱って高齢者が歩けなくなるリスクなどコロナ自粛の弊害を指摘するといった具合だ。

前置きが長くなったが、そういう思考習慣をつけている人間にとって、今のウクライナ情勢はかなり違和感があるのは事実だ。

ロシア=悪、ウクライナ=かわいそうな犠牲者
プーチン=極悪非道、ゼレンスキー=正義の味方

というような図式が出来上がり、それ以外の意見が言いにくい状況となっている。大量の市民の死傷者が出ているこのタイミングでわざわざロシアの弁護をする必要はない。ロシアの侵略行為は決して許されるべきではない。

■かなりひどいアジア人差別がベースのウクライナ報道

ただ、少し異なる見方・考え方を探ることにも意味があるはずだ。そうした意図もあり、先日、私のユーチューブ番組「和田秀樹チャンネル」にイスラム学者の中田考氏(同志社大学元教授=イスラム法学・神学)をゲストに招いたのだが、こちらの気づかない視点が与えられて有意義だった。

画像=ユーチューブ番組「和田秀樹チャンネル」より
画像=ユーチューブ番組「和田秀樹チャンネル」より

ひとつは、今回のウクライナ報道が、実は、かなりひどいアジア人差別がベースになっている可能性があるという指摘だ。

ロシアはチェチェン紛争(ロシアからの分離独立を目指すチェチェン共和国と1994年から2度にわたって戦われた民族紛争)のときは、今のウクライナ攻撃の比でない市民無差別攻撃を行い、20万人の民間人が殺害されたとされる。人口100万人前後の国だから5人に1人が殺されたことになる。

それに対して、当時の欧米各国の制裁は現在のウクライナ戦争に対する制裁と比べたら小さいものだったし、残虐な映像も今日ほど流されなかったのは確かだ。チェチェン人がかわいそうだとか義捐金を送ろうなどという声は日本でもほとんど聞こえなかった。

実際、欧米のメディアがウクライナの現地から中継をするときに、リポーターは「ここは、シリアやパレスチナでないのです。ヨーロッパの中でこのような惨事が起こっているのです」などと平気で言うらしい。

彼らの発想では、シリアやパレスチナで一般市民が爆撃されても問題ないが、ヨーロッパではダメだということなのだろうか。単純にこれまで戦争や紛争が起こらなかった地域で人々が死んでいるという驚きを伝えたかったのかもしれないが、シリアやパレスチナといったアジア系を蔑んでいると受け取られてもしかたない。

■ロシアをイスラエルが支え経済制裁は実質的に無効に

さて、それ以上に、今回、私が気づかなかったのはイスラエルの存在だ。

この国は、世界の中で唯一何をやっても制裁されない不思議な国だ。1981年に武力で一方的にゴラン高原を併合すると宣言し、その後、実質支配を続けている。これに対して、国連はほぼ全会一致で撤退を要求する決議を出したが、制裁は実質的に受けていない。

核開発も公然の事実となっている。もちろん、制裁を受けたことはない。世界で一番暴虐無人に振る舞えるのは、この国だ。そんな意見も一部にはある。

ウクライナのゼレンスキー大統領は本人が認めているようにユダヤ系であり、イスラエルに逃げれば身の安全が保証されるとの説もある。

いっぽうで、ロシア系のユダヤ人が多数いるイスラエルは、ソ連時代からロシアとは仲がいい。確かに国連決議ではロシア非難に賛成票を投じたが、国連決議が無意味なのを一番よく知っているのはイスラエルだ。表向きに欧米の味方の顔をしているだけかもしれない。

中田氏の読みでは、ロシアが今後さらに本格的に経済制裁を受けた時に支えるのはイスラエルではないかという。

中東の地図
写真=iStock.com/KeithBinns
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KeithBinns

国際決済や石油や天然ガスの購買について、中国が助けるという説を唱える人が多い。中国だって、そういうものはのどから手が出るほど欲しいだろうが、現時点では、ロシアと比べ物にならないくらい国際社会に食い込んでいる中国が、自国株の暴落を食らってまで、ロシアの支援をするかは不透明である。

しかし、イスラエルは、仮にロシアの国際決済や原油や天然ガスの輸出入をイスラエルが裏で支えたとしても、まず国際的な制裁を受けるとは思えない。つまり、場合によっては莫大な利益をあげることができる。

中田氏の読みが正しければ、ロシアの経済制裁は実質的に無効になり、それだけこの戦争が長引くことになる。アメリカとの関係もあるイスラエルが本当にロシアを裏で支えるかはわからないが、複雑な各国の関係や思惑を読み解く上で一考の余地はある。

■ウクライナ危機でいちばん割を食うのはアジア系か

もう一つ衝撃的だったのは、今回の一件でいちばん割を食う恐れがあるのは、アジア系民族に含まれるパレスチナ人やゴラン高原の人たちだという主張だ。

イスラエルは、ウクライナのユダヤ人難民を全面的に受け入れると表明している。最大100万人規模の難民がイスラエルの移民となることも想定される。このとき、彼らには土地が用意され、農業で十分食べていけるように遇されるという。

中田氏によれば、その土地の候補の筆頭に挙げられているのは、ゴラン高原やパレスチナだ。平和に農業をやって暮らしているパレスチナの丸腰の民に銃をつきつけ、その土地が取り上げられ、そこにウクライナの人たちが入植する……という構図だ。

ウクライナの人たちはかわいそうだが、パレスチナの人の悲劇が報じられないのなら、それは私には人種差別にしか見えない。

イスラエル付近の地図
写真=iStock.com/ntmw
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ntmw

ロシア制裁の最先端にいるアメリカにしても、必ずしも、ロシア=悪、ウクライナ=正義という図式にはなっていないようだ。

ジョンズ・ホプキンスの大学院を出て、アメリカのCDC(疾病予防管理センター)のスタッフだった医師の木村盛世氏(元厚生労働省医系技官)はコロナ問題でも自粛一辺倒の政策に疑問を呈しているが、ウクライナ問題でも重要な論文を私に紹介してくださった。

シカゴ大学のJohn Mearsheimer教授のものだが、以下のような主張をしている。

・クリミア併合後、ウクライナの残りもロシアが吸収し、プーチンが旧ソ連帝国復活を目指しているような議論があるが、それは完全な誤り。

・アメリカを中心とする西側諸国がNATOやEUや民主主義を東方に拡大しようとしたことがロシアとの対立関係の原因。特に2008年にグルジアとウクライナのNATOへの加盟を認める方向が示されたことが問題。

・アメリカならびにどの同盟国は、グルジアとウクライナを中立的な緩衝国として位置づけ、これらの地域にNATOを拡大しないようにすべき。西側諸国はウクライナを経済的に救済する計画案を示すべき。この案はロシアが歓迎するようなものである必要がある。

これら西側諸国にも責任の一端があるといった意見に完全に賛同するわけではない。しかし、少しでも早い停戦はウクライナの人たちの命を救う上、世界経済へのダメージを少しでも小さくできるのだから、さまざまな角度からの自由な討議は必要だろう。

私自身は、今、テレビで論じられる情勢の判断や情報もかなり偏っていることを疑っている。コメンテーターをみても、もともとプーチンに批判的でプーチン批判の著書のある人たちのオンパレードだ。こういう人たちにロシア政府サイドの情報が届くとは思えない。

かつて、北朝鮮通を称する北朝鮮批判ばかりしていた評論家たちが誰一人として、金正恩が後継になることを予想できなかった(候補の1人として名を挙げる人さえいなかった)ことでもわかることだ。

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏はプレジデントオンラインで「プーチン大統領の目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない」と題した記事を発表した(3月3日配信)。ロシア=悪との偏向思考をするコメンテーターや書き手が多い中で、この佐藤氏の論考はとても説得力のあるものに感じられた。きっと今なおロシアから有力な情報が入るからこそ書けたのではないか。

社会心理学の立場から考えると、自分が正義の味方で、許せない敵がいると考えているときは、集団的浅慮という判断に陥りやすいとされる。

人間というのは、自分が正義と思うと残酷なことにも痛みを感じられなくなる。あのナチスですら、自分たちが正義と思っていたのだ。

北朝鮮の飢えた子どもの映像をみても、悪い国の人間だから当然だと感じたり、ウクライナ兵にロシアの若い兵士が殺されても同情の心が起こらなかったりしたら、それはちょっと危険な状態だと私は思う。

一般大衆が偏った判断をしても、外交に影響はないように思うかもしれないが、民主主義国では民意は無視できない。少なくとも、ふだんの人間関係では、自分が「正義の味方症候群」に陥っていないかという自省をウクライナ情勢を機に身に付けたいものだ。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)

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